おばかさん(適当)


 上忍が鬱陶しい。知り合いの域を出ない…と言いきってしまいたいところだが、頻繁に家に上がりこむようになってこっちの遠慮もいいだけ磨り減ってしまっているからそれも難しい。まあとにかくだ、何を考えているんだかよくわからない上忍が、なぜか俺んちの寝室に勝手に篭城しているのだ。
 寝たい。それも切実に。今何時だと思ってんだ。アンタは上忍で時間の自由も利くだろうが、こちとらアカデミー教師なんだよ。休みは減ることはあっても増えることはないし、拘束時間は下手な任務より多いし、残業も多い。
 …なんかむなしくなってきたな…。いや、教師であることは自分で納得して受け入れたことだからそれはいいんだが、こども相手ならまだしも、こんなややこしい人の世話まで引き受ける必要ってあるんだろうか。
「イルカ先生の馬鹿―バカーばーかー」
 失礼千万な内容…とも言いがたい。どっちかっていうとガキの癇癪から悲しくなってしまって嗚咽交じりに喚かれてるのとほぼ同じ内容だ。
 扉の向こうでずずっと鼻をすする音がしたから、俺の推測は間違っちゃいないだろう。
 問題は、何でこの人俺んちで俺に文句言いながら俺の寝室に閉じこもってるのかってところだよなあ。
「あのー。何があったんですかね?」
 家に上がりこむなり目のふちを赤く染めて、とっさにああ泣くって慌てて懐の手ぬぐいを手渡したのにひったくるようにそれを持っていったかと思えば寝室の扉が閉ざされていた。
 この流れで相手の意図を察する能力は俺にはない。上忍様ならお手の物かもしれんが、俺はしがない中忍だ。そんなもん分かるか。
 寂しがりやでややこしい性格をしている気はしていた。深夜に人んちに上がりこんでは膝に懐いて寝こけてみたり、朝っぱらからベランダに降り立って、ついでとばかりに洗濯物を干す俺にまとわりつくから朝飯食わせて送り出す羽目になったりとかなぁ。
 構って欲しいのは分かるんだが、何をそんなに寂しがってるのかはわからない。俺もこの人も親なしで、親族もいない。その手の寂しさに飲まれるようなヤツは忍を続けられずに辞めるか、まあほとんどは死んでるからな。
 なんなんだろうなぁ。眠いんだけどな。相手の状態がさほど切迫していない…少なくとも身体的にはだが、まあとにかく、出てけと怒鳴ってもいいんだろうとは思う。思うが、ここまで哀れっぽく泣かれるとそれもしづらいというかだな。
 どうしたもんだろうなぁ。この人。
「…イルカ先生」
「なんですか?」
 質問の答えじゃなさそうだが、名前を呼ばれたからには返事をしなくては。したからといって何か変わるとも思えないが、少しでも落ち着いてくれたらありがたい。
「…きて」
「はぁ。では失礼して」
 押しても引いてもあかなかったのがサクッと開いた。術か?まあ入れたんだからいいか。これで少なくとも扉の前でやきもきするだけって事態からは逃れられる。
 あーあーあー。顔を覆ってる布はびしょぬれで、目なんか真っ赤だし心なしか髪の毛までしょんぼりしているように見える。
 情けない顔しやがって。何があったんだ畜生。
「ああ、ほら。顔拭いて。手ぬぐいは?なんでポーチにしまってんですか。使いなさい。あ、ティッシュ!ティッシュでいいか。ほらちーんして。そうです。…風呂入りますか?飯は?食ったんですか?」
 気になって仕方がなかったことを片付けると、上忍はあれだけめそめそしていたのに泣き止んだ。…で、抱きついてきた。パジャマにジンワリと水気がしみこむ感触がなんとも言えないが、正直言って慣れっこだ。こどもは泣くのも仕事だからな。
「…イルカせんせぇ…」
「…しょうがねぇなぁ。ほら、風呂入りますよ?洗ってやるからおとなしくしてなさい。飯は…あー…カップラーメンしかねぇけど食え。そんで寝なさい。布団はあんたこないだ血まみれにしたからベッド半分で諦めなさいね?」
「…ん」
 返事ともつかない言葉はともかくとして、はりついてくれたままでいるから運ぶことくらいはできるだろう。
 この間も怪我してるくせに隠して俺の家に転がり込んで、どう説得しても病院連れて請うとしても拒んで手当てもさせずに寝床だけ要求して、結果的に血止めが不完全で俺の布団を血まみれにしやがったんだよなぁ。その弁償だと主張して、持ち込まれたやたら場所を取るベッドなら、野郎二人でもなんとか収まるはずだ。
 ああ。厄介な人だ。ほっとけなくなったらどうすんだ畜生。
「ほら、まだ寝ちゃ駄目ですよ。怪我隠してないですね?」
「…イルカ先生」
 ぼんやりしてから急がねぇとこの人いきなり寝るんだよな。寝ちまった人間運ぶの大変なんだぞ?
「ほら!風呂!脱ぐ!」
「はーい」
 素直に従う男を風呂場に連れこんで、飯のしたくも急がなきゃとか、そんなことを考えていた。
 …が、全部パーになったというか、食われたのは俺だったと言うか。
 いわく、恋心に気づかないイルカ先生が悪い!んだそうだ。
「…あんた、人の世話なんてできたんですね」
 普段は布団から梃子でもでないとか迷惑ばっかり掛けてたくせに、今日は俺を風呂でめちゃくちゃにしたあとベッドでもめちゃくちゃにして、シーツを交換して水を飲ませてくれて飯まで用意されている。合間にやたらとキスから勢いあまって噛み付いてきたりもしているが、妙にすっきりしているのが不思議だ。下半身はすっきりを通り越して重ったるいんだけどな!あはは!…はぁ。
「イルカ先生のなら」
 言葉少なにへばりついてきた。…まあ、いいか。これでこの人はうちのってことでいいんだろうし。
 少なからず寄せられる女性の皆様やこの人のシンパの皆さんの苦情は、これからつっぱねやすくなるだろう。
 うちの子なんで。そういえば諦めてもらえるはずだ。俺がそうしてもらえるように尽力するからな。
「まあ、いいや。ほら、ねなさい」
「予想外。…でも、うん。寝ます」
 布団にもぐりこんできて有り余る手足を俺に絡み付けることにしたらしい男のおかげで寝心地はさほどよくないが、しみこんでくる他人の体温は悪くない。
 なるようになる。諦めでもそう思って、重さを増していた目蓋を閉じた。隣に張り付いた男は、えらく楽しそうに笑っていた。

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適当。
木の葉の本当にあった怖い話シリーズ押しかけ上忍。

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