「今ならいけると思うんだよねー」 「…なにがですか?」 この人は上忍で、それもとびっきりの腕前なだけに死ぬほど忙しいはずだってのに、なぜか俺が外出する先でかなりの高確率で遭遇する。 頭の回転が速いし、情報通でもあるから、受付業務についての参考にさせてもらっている。…が、正直言って唐突に会話が成立しなくなることも多い。 急に訳のわからないことをいうことがあるんだよな。今みたいに。とはいえ、無表情…そしてだるそうな顔してるのにぺたっとくっついてきたり、肩に顎乗せてきたり、さりげなく買い物袋の取っ手を片方だけ持ってくれたりするから、邪険にもできない。 まあ上忍邪険にするのが怖すぎるってのもちょっとはあるんだけどな。ちょっとだけだけど。 あと、そんなことありえないと思うのに、この人はただ甘えるのが下手なのかもしれないという疑惑が頭を過ぎるからっていうのもある。 成人男子としてはありえないレベルのひっつきかたなのに、無表情なんだよなあ。いつもいつも商店街での買い物か、本屋での資料漁りか、一楽でラーメン食ってるくらいなんだが、外出てしばらくするといつの間にか隣にいる。いるというか張り付く。何が楽しくてそんなことをしてるのか聞きたい。聞きたいが無表情なので怖いってのと、どうもそれに関して聞いてもいつも会話が成立しないから、聞いても無駄に終わるんじゃないかという問題もある。 根性なしと笑わば笑え。だってこの人はすごい人なんだ。 すごい人なんだが…。 「クリスマスも一緒に過ごしましたね」 「そうですね…独身はクリスマスシフトと年末シフトはほぼ受付なんですよね…」 一応くじ引きはある。だがしかしそれは時間帯を決めるためだけのものであって、独身アカデミー教師で恋人がいない場合はほぼ強制的といっていいほどにクリスマスの夜を受付所でわびしく過ごすことになるんだ。 それに付き合って…なのかどうかはわからんが。飲食禁止じゃないのをいいことに、ローストチキンとかいうのと、ケーキまで持ち込んで隣でもしゃもしゃ平らげてくれたんだ。この上忍は。もちろん俺の分もあった。あったというか、ついつい物欲しげに視線をやりそうになるのをこらえてたら、いきなり口に放り込まれた。しかもびっくりして喉つまりを起こしそうになったら、シャンパンまで飲まされそうになった。一応受け付けで飲酒はまずいと断ったら、間髪いれずにしゅわしゅわする高そうなりんごジュースが出てきた。どこにそんなに食いもの仕込んでんだって思ったら、よくわからん術でひょいひょいと次から次へとご馳走が…。 そんなことされたら今自分がどこにいるんだか一瞬気が遠くなるに決まってるよな。それなのにチャクラの盛大な無駄遣い中の当の本人は、ぼんやりしちゃだめですよとか、サンタさんがくるかもしれないから早く帰ったらどうですかとか言い出したからな…。残念ながら25日も26日もシフトが入ってますって自分でも泣きそうな予定を告げたら、一瞬ぞっとするような殺気を放った後、ぶつぶつなんか言ってたっけな。 しかもお返ししようにも顔を半分隠した布をどうにかしないといけないんだが、ここは受付。いつ誰が入ってくるかわからない状況で、凄腕上忍の隠された素顔なんてみたくない。いや受付じゃなくったって怖すぎてみたくないんだが。 そんなこんなで毎日やってくる上忍のおかげで食いっぱぐれることなく年末までのわずかな休暇を迎えることはできた。正月価格で高騰した食料の買出しで、財布の中身が乏しくなることを覚悟しつつ、家から一歩出たとたんこれだもんな。 「…で、どういうことなんでしょう?」 「年始もですか?」 「シフトですか?ええ。俺は…たしか30から2日までずっと受付ですね」 例年より人が少ないことと、年始は年始で初詣客でごった返す神社の警戒に人が割かれる分、普段より休みが少ない。 年末年始くらいゆっくりしたいもんだが、その分年が明けてから少しだけまとまった休みが取れるからしょうがない。 それに去年よりはマシだ。意思の疎通はいまいちできないが、少なくとも寂しい思いはしないですんでいる。 この変わり者の上忍のおかげだ。 無表情だけど、意外といろんなことに詳しいし、そのくせ一般常識だろってことには疎かったりして、話題には事欠かない。それからこの奇行も慣れればちょっと楽しいかもしれん。 「シフトっていうのは、誰が決めるの?」 「え?ああ、主任ですね。あとは受付統括の上司が…」 「ふぅん」 「今日は明日明後日の分の食料仕入れとかなきゃいけないんですよ」 相変わらず気の抜けた話し方するよなーと思いつつ、買い物メモを確かめた。名づけてカカシさんがうちにくるなら買うものリストだ。酒とつまみは確定で、後は野菜好きらしいからなべとかもいいよなー。 「そ?」 いかんいかん。肝心の本人に聞いてなかった。たぶんついてくると思うんだけどな。しれっとした顔で。でもどうせなら食べたいものを食べてほしい。お礼も兼ねてるわけだし、たぶん任務明けで帰るのが面倒になったとかのような気もするが、折角新年をこれから迎えようってときなんだから、ちょっとくらい羽目をはずすのも悪くはないだろう。 「…カカシさんは、今日暇ですか?」 「んー?なぁに?」 「いや。先日のお礼に何か作りますよ」 「え?」 あ、珍しい。本気で驚いてる?んだよな。これ。目はいつもどおり半開きだけど、瞳孔が開いてる。 もしかして、ずうずうしかっただろうか。 「…あのー…無理はしなくていいんです。ただこの時期どの店も混んでるので、俺の家の方がいいかなと」 「いきます」 どうやら喜んでもらえたらしい。珍しいことに素直に笑った顔をみせてくれた。…なんだよ。そんな顔できるんじゃないか。初めてだ。まじりっけのない喜びだけの顔を見るのは。しょっちゅうなんかたくらんでる顔してるのはよく見てるんだが。 「そうですか!じゃあ色々美味いもの買い込んできましょう!」 「そーですね」 声はあまり変わらない。その代わり態度というか、纏う雰囲気が違う。浮き足立ってるというか、落ち着かないというか。そわそわしてるのがわかる。こんなにわかりやすい態度も取れるんだなぁ。この人。しょっちゅう出くわすのに、会うたびに新しい発見があるような気がする。 「てんぷらでも刺身でも!年末だしどーんと張り込みますよ!夜勤手当つくんで!」 「てんぷらはキライ。刺身はへーき。イルカ先生は?」 「あー…できればまぜごはん以外がいいです」 そういえば里の情勢から明日の天気まで話したことがあるのに、こんな会話も初めてだ。 お互いのことをほとんど知らないって、まあ中忍と上忍じゃ当たり前なんだけど、この人が歩み寄ってくれたのなら、もうちょっと踏み込んでみたいじゃないか。 そう、これが初めの一歩ってとこか。 「じゃ、てんぷらとまぜごはん以外で」 にこりと笑った男と商店街に向かって歩き出した。 手をつないで。 ******************************************************************************** 適当。 りはびり。 |