夏の朝(適当)


 穏やかな風が洗濯物を揺らす。まだ朝も早いというのにぬるく湿ったそれに、今日も暑くなりそうな気配を感じてため息をついた。
「どーしたの?イルカ先生」
「ああ、いえ、ただ今日も暑くなりそうだなぁって思っただけです」
 エプロンがやたら似合うこの人のおかげで食生活はすさまじく向上した。同じくらい落ち着かなさも上がったけどな。なにせしょっちゅう引っ付いてくるし、外ではそれなりに距離を保ってくれるのに、家に帰ってきた途端散々な目に合わされることも珍しくない。
 曰く、離れたら死んじゃうんだそうだ。
 普段はとびっきり賢い人だというのに、そういう主張をするときだけはとてもじゃないが上忍というか、忍に見えないくらい幼い仕草を見せ、しかも己の主張を絶対に曲げないから、ほとほと困り果てている。
 なんでこうなったんだろうなぁ。洗い立ての洗濯物を痛む腰をかばいつつなんとか全部欲し終わったところで、こうして抱き込まれている。それを拒否できない自分も度し難い。
「そうね」
 ふわっふわの髪の毛からはうっすらと味噌と魚の匂いが漂ってくる。ずっと昔に失った、幸せの匂いだ。
 とはいえこの人は忍。それも上の上、危険な任務ばかりをこなす立場にある人だ。最初は良くてもすぐにいい匂いだなんて笑ってはいられなくなった。こういう関係になる前にも飯を作ってくれたことがあって、もちろんお礼は言ったがついついアンタ上忍のくせに危ないでしょうがと説教したら、ちゃんと匂い消しはするから大丈夫なんだと言い張られ、実際どうやってるのか知らないが、任務に出る直前には忍の鼻でも匂いを感じ取れなくなっているから不思議なもんだ。
 この人は謎が多い。なんでそんなに料理が上手いんだと聞いたら、趣味なんですと笑ってくれて、そんな話をするころにはそういうところまでかわいらしく思えてしまうようになっていたから、あまり詳しくは話を聞いたことがない。
 まあ一番の謎はある日突然好きだの欲しいだのわめいて縋ってきて、こうして俺の家に転がり込んで居ついてしまったことなんだが。
「飯、ありがとうございます」
「いーえ。イルカ先生こそ、ごめんね?昨夜は熱いってかわいく縋ってくれちゃうからついねぇ?」
 謝っているようでいて、抱きしめられたままその手がさんざんなぶられたところを怪し気にさまよう。揺れる瞳は夜の匂いを漂わせていて、とてもじゃないが爽やかな朝に似つかわしいもんじゃない。
 ここらで切り上げねぇと、それこそ出勤できなくなっちまう。朝っぱらから淫行に励んだ挙句に欠勤なんて、二度と経験したくない。
「そ、そういう話は禁止です!朝はシャキッとするもんです!」
「えー?こっちは元気ですよ?」
 押し付けられる物体は…ああもう何も言うまい。
「そんなもん知りません!そういうことは夜にするもんです!」
「そ?…じゃ、夜に、ね?」
 なんでこの流れで笑うんだ。うっかり引きずられそうになるじゃないか。
 知り合ったころから何とも言えず艶のある人だとは思っていたが、こういう関係になってしまってからは滴るような色気を隠そうともしなくなった。
 困る。なにがって、俺の平穏な日常がすぐにお色気路線になっちまうからだ。流される自分も駄目駄目だ。なにやってんだ俺は。もっと己の意思を強く持たなくちゃいけない。
「…ほら、飯、食いますよ!」
 振り切るように食卓に着いたのに、珍しくついてこなかった。目を細めて何かを見つめている。ベランダにネコでも来てるんだろうか。犬使いだが動物全般好きだもんな。この人。
「カカシさん?」
「ん。ああごめんね?いーい眺めだなぁって」
「へ?」
 眺めと言われても変わり映えのしないボロアパートのベランダから見えるのは、同じようにややぼろっちいが長閑な街並みくらいのもんだ。この人にとってはそういうものさえも平和な里の象徴なのかもしれないけど。
 まるで他人事みたいに里を見るのを放っておけなかった。この人だってこの里の仲間だってのに、どうしてそんなに眩しそうに見てるんだよ。
「なに言ってんですか!アンタは!」
 付き合い始めたころみたいに死ぬまでは側にいてだのまた四の五のいうようなら朝っぱらからだろうが構わないから、一発殴ってやろうかと思っていたのに。
「ほら、俺のとイルカ先生のパンツが並んで風に揺れてますよ?最高じゃない?」
「は?」
 今、なんて言いやがった。こいつ。
 確かに視線の先には洗ったばかりのシーツと俺とこの人の下着が揺れている。女モノじゃないから特に隠すってこともしちゃいない。
 それだけでなんでこんなに幸せそうにしてるんだ。この人は。
「これ見たら二人は他人じゃないんですよー?って、もう一発でわかるでしょ?トランクスの隣にボクサーって。揺れてくっつくのがもうね!サイコー!」
 頬を染めて朝っぱらから騒ぐことなのか。それが。こいい年をした成人男子だというのに、騒ぐ中身も騒ぎ方もアカデミー生並だ。
 なんつーか。この人はもしかしなくても頭が良すぎてどうかしちまってるんだろうな…きっと。
「…ほら、いいから。飯食いますよ?」
「はぁい!いっぱい食べてねー?今晩のためにも!」
 いそいそと食卓につく姿を見送って、密かに溜息をついた。
 なんだってこの人はこんななんだろうってのと、こんななのにかわいいって思っちまうんだろうって理由でな。

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適当。
ぱんつのひ。

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