計画的猫生活(適当)


「にゃぁん」
「お!来たな!うっし!今日はな、鶏肉だ!食うか?」
「なぁん!」
とびっきり良い声で脚に擦り寄ると、玄関の扉をがばっと開けて、俺が入るのを待っている。
触りたくてたまりませんって顔でうずうずしてるのがすぐ分かる。俺のことなでるの好きだもんねぇ?イルカせんせ。
ま、正体知ったら流石にこう簡単には行かないだろうけど。
ガチャンと玄関を締めたとたん首根っこを掴まれて持ち上げられる。
そんなに締め上げられるとちょっと流石に苦しいんだけど?大体猫にこんな乱暴な扱いしたら、あっという間に嫌われるよね。
ま、多分そんなだから初めて触れる猫が懐いてくれたことに舞い上がって、その猫の正体を探ってみようなんて考えても見ないんだろう。おかげで順調にこの人のうちに上がりこんで、朝まで一緒に寝るなんてこともしばしばだ。
「やっわらけぇな…!猫ってみんなこんななのか?魚屋のシバとか、赤丸とかもここまでふわふわしてないよなー?へへ!」
ひとしきり撫で回しては抱き締めてきて、もうこんなにも顔が蕩けちゃうもんなの?ってくらい笑み崩れたまま、鶏肉を袋から取り出した。
どうやら俺への食事を優先してくれるつもりらしい。
「んな!」
かわいらしい猫の仕草、とやらは実のところ犬使いの俺には良く分からない。だが猫というイキモノは、餌をねだるときはとびっきり甘い声で鳴いて擦り寄っていくらしいというのは調査済みだ。後輩の一人が忍猫使いで、あのつれなさがいいんです!なんて騒いでたからな。
ま、俺の場合は強請ってる物が本当は違うんだけど、今のところはかわいらしい猫でいなきゃいけないもんね。
「生は駄目だろ?…いやでも猫って鳥そのまま取って食ってるか…?でもなあ?…ちょっと待て。やっぱり焼いてから食え。腹壊したらどうすんだ?な?」
案の定あっさりぐらついた。ちょろい。
宥めてすかして撫でまわしつつ、肩に乗った俺に待ったを掛ける。フライパンをあたためて周りを焼いたら水を張って蓋をして、程なく肉の焼ける美味そうなにおいが漂ってきた。鼻歌交じりに一連の動作をこなすこの人は、意外と手際がいい。
片手間に自分の飯も作ってしまうつもりなんだろう。ロースターに干物を放り込み、買ってきたパック惣菜をざっと拭いたちゃぶ台にそのまま並べてしまった。味噌汁も当然のようにインスタントだ。ポットからお湯を注いで適当にかき混ぜてそれでおしまい。ただ大根おろしだけは自分でつくるつもりなのかつるりと薄く皮を剥いたかと思ったら、力強く摩り下ろし始めた。
おかげで足元が揺れる。不満を唱えようとも、両手がふさがっているからなでてももらえない。
ふぅん?そういう態度とるの?
この人にとって、俺は最近偶々上がりこんでくるようになった人懐っこい野良猫に過ぎない。だが少しでも俺から注意が離れるのは許せなかった。
妙に挑発的な気分になって、揺れる肩に軽く爪を立てつつ、耳を齧る。もちろん血が出るような乱暴な真似はしない。どっちかっていうと愛撫のつもりだ。
「うへぇ!髭!こら!くすぐってぇぞ!何だお前意外と鼻息荒いんだなぁ?」
腕によりをかけたのにこの反応。だいたい鼻息荒いって大概失礼じゃないの?
「うぅぅぅぅ…!」
唸って見せてもへらへらと笑うばかりでぬかに釘だ。ま、わかっちゃいるんだけどね。だって俺はただの猫だ。もうちょっと、あと少しの間だけは、猫でいてあげるつもりだ。
「お?そろそろいいかな?…うん。中まで火が通ってる」
「んなぁ」
「ちょっと待てよ?まだ熱いしほぐすからな?」
「なああああ!」
耳元で殊更騒いでみせたのは、催促というより八つ当たりのつもりだったんだけど。
「わかったわかった!そうだよな?腹減ったよな?ちょっと待ってろ!あっち!あちち!」
…なんでそんなに必死になってほぐしてるの。
「なぁん」
「うん。ちょっと待ってろな?ふーふーしてやるから」
しかめつらしい顔で鶏肉を冷まして、鶏肉の汁付きのまま俺の毛並みに手をやった。ああ汚れちゃった。
「お?あ、そっか!すまんすまん!えーっと。毛づくろいでなんとかなる、よな?」
そっちの手に握ってる小汚い雑巾は勘弁してよ。
無言で毛づくろいをし始めた俺にあからさまにほっとした顔をして、鶏肉をさらに細かくほぐしはじめた。
もうちょっとで魚焦げちゃうと思うんだけど、ま、俺は食べないからいいか。猫になるとどうも思考が自己中心的になる。思い込みのせいかもしれないけど、だってこんなに大事にされてるんだから、ちょっとくらい態度でかくても問題ないでしょ?
愛されている自信が、驕慢な振る舞いを俺に許す。それにでれでれされちゃうから、余計にもっとそういう顔が見たくなる。
「うっし!できた!さあ食え!」
「なー」
ここでがっつくのが普通の猫。だが俺はそうそう甘くはない。
餌皿を前に尻尾をゆっくり揺らめかせ、ちゃぶ台の前に座り込む。
「…お前、まさかまたちゃぶ台じゃないと食わない気か?」
「なー」
当然でしょ?だってアナタとご飯食べるためにこんなことしてるんだもん。寂しがりやの懐に潜り込んで、俺がいるのが当たり前になってから姿を消して、それからその隙間には俺が潜り込む。
そういう計画だから。
俺に目をつけられた時点で、どう足掻いても逃げられないんだから、さっさとなれちゃえばいいのに。
「なつっこいよなぁ。毛並みも綺麗だし。飼い猫かもだよなぁ…」
「なあぁ」
「わかったわかった!…いい、よな?今日くらい」
罪悪感に歪む眉も震える唇も、俺の気分を良くしてくれる。そうそう。早く諦めちゃいなさいよ。
人のものかもしれないって思ってるくせに家に入れちゃった時点で、もう戻れないんだから。
「なーう」
ぼんやりしてるからロースターの前で高い声を出してやった。大慌てで魚をひっぱりだして、皿に載せているのを尻目に、ちゃぶ台の前に座って飯の仕度が終わるのを待つ。
「飯と、味噌汁これでいいし、だいこんおろしと…おお?だから待ってなくていいんだぞ?な?」
ぶつかった食器同士が音を立てるのも気にせず、忙しなく料理とも言えない料理を並べている。
さて、そろそろいいかなー?」
「いただきます」
「んなあ」
鶏肉はまあまあ美味い。戦場で虫を食ったときは流石に美味いもんじゃないと思ったっけ。ただ焼いただけの肉でもこっちの方がずっと美味い。
それに、飯を食う俺を見る目が好きだ。…庇護欲強いんだよね。父性も多分他の一般的な男よりずっと強い。
残念だね。俺なんかに目をつけられて。一生父親なんかにしてやらない。
なりたいっていうなら母親にならしてあげられるかもしれないけど。
「…一杯食えよ?」
「なあぅ」
甘い声で答えてあげた。当然だ。あとちょっとこの人が油断したら、食ってしまうつもりなんだから。
「あーあ。しょうがねぇ。もううちの子でいいよ。な?」
独り言ともつかないことばを零し、耳の後ろまで丁寧になでてくれる手に舌を這わせておいた。いっそ今すぐ食ってしまいたいという欲求を誤魔化すために。


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適当。
(`ФωФ')猫のフリで懐に潜り込み、フイに姿を消して猫型の穴に人になった自分が納まる大作戦は…どっかでばれそう。
ご意見ご感想お気軽にどうぞ。

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