「ねえ、御剣。僕、ちょっと思ったことがあるんだ」

赤いソファに、うつ伏せになった男が言った。
ニット帽に、前を肌蹴たパーカー。胸板には薄く汗が浮いている。

「ほら、裁判中ってさ。たった一つの証言が、証拠が、事件の流れを大きく変えることがあるよね。
僕はそう思っているし、御剣も多分そうじゃないかと思うんだけど」

男の声に返事はない。

「僕も、まさかここまで大きく流れを変えられるとは思わなかったよ。
……事件じゃなくて、僕の人生の、だけど」

返事はない。

「で、まあ、無職になったワケだけどさ、僕。証拠品一つで」

なお、返事はない。ニットの男は、薄く笑みを浮かべた。
「それでさあ、あのバッヂを返して、ふと思ったんだよね。
"どうして僕は、これを持っていたのか”……」

「まあ、答えは簡単に出たけどね。"君に逢うため”だった」

「法廷なら逃げ場はないし、ずっと君を見ていられる。君と話が出来る」

「最終的には君のトラウマの原因まで解いちゃったしね」

「その事に気づいた時にさ、ああ、もう、いいや、って、思っちゃったんだよね」

「きっと、もう、僕の目的は果たされてたんだよ。ね、御剣」


「……ね。返事をしてよ、御剣」
「ッ……!」
がくん、と、ソファの下で、別の男の肢体が跳ねた。
少し色の抜けた髪に、色素の薄い肌。菊門は、ニット帽の男根を飲み込んでいた。
「じゃあ、つまり、こういうことじゃあないかな、って思うんだ。
確かに僕は弁護士をクビになった。いろんな物を失った。でも、まだ、君を手放してはいない」
身体の下で、男の口が動いた。一体、今更何を言おうというのだろう。
その口に舌を入れ弄ると、ますます菊門が締まった。
「まあ、話は長くなったけどさ。つまり……僕と一緒にいて欲しいんだ。御剣。
僕と一緒に。ずっと。永遠に。一緒に、壊れよう?」
ニット帽は置いてあった白い袋を取ると、器用にそこから銀色のシートを取り出した。
ぱきり、ぱきり、と、封印から開放され、青い錠剤が胸板に転がり落ちる。
それを拾い上げると、ニット帽は口に含み、
「さ、またあげるよ。一緒に気持ちよくなろうね、御剣」

優しい笑顔で、愛していると信じている男に、口付けた。

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