「風が出て来たな」
「そうッスね」
立てつけの悪い窓が風に揺すられて、ガタガタと鳴る。
隙間風が吹き込む狭い部屋は今日もしんしんと冷え込む。
真っ暗な部屋の中、ひとつの布団の中で身を寄せ合う御剣と糸鋸。
こんな夜はお互いの体温が頼りになる。
「さむい…」
御剣がぶるっと震えた。今夜はとりわけ冷える。
最近食が細くなって少し痩せた御剣には寒さがこたえるかもしれない、と糸鋸は思った。
何も言わずに、御剣を胸に抱き寄せた。御剣が糸鋸の顔を見る。
「これでちょっとはマシになるッスよ」
御剣も糸鋸の背中に腕を回す。
「…刑事は、あったかいな」
「人間湯たんぽッス!」
二人で少し笑った。
御剣の鼓動の音が聞こえる。服の布地を通して、御剣の温もりが伝わって来る。
正直なところ、下心がまったくないとは言えなかった。
大好きな御剣と、ひとつの布団で寝ているのだ。触れたい、と思うのは自然な衝動だった。
さらに欲を言えば、もっと触れ合いたい。気持ちよくさせたいし、気持ちよくなりたい。
自分だけが見ることを許された、乱れる御剣を見たい。
そんな事をもやもやと考えていた時、糸鋸の胸に顔をうずめている御剣が呟く。
「心臓が…どくどく言っているな」
糸鋸ははっとして御剣の顔を見る。御剣が糸鋸の顔を見上げる。
暗闇の中でよく見えないが、はにかんだ顔をしているように見えた。
「私も、人の事は言えないが」
そう言って笑う御剣を見て、触れたい衝動が抑えられなくなる。
御剣を強く抱きしめて、キスをした。
多少荒っぽくし過ぎたかと思ったが、御剣も懸命に応えて来る。
御剣の背中に手を這わせながら、その綺麗で滑らかな唇を味わう。
口づけを交わしながら御剣が下肢を絡ませてくるので、糸鋸はぞくりとした。
御剣の誘いを、糸鋸は拒むことが出来ない。それを、御剣も知っている。
御剣さえ受け入れれば、糸鋸はいつだって応えてしまう。
糸鋸は御剣のためなら、刑事と言う職を手放してしまえる程には心酔していた。
そして全てを受け入れるあまり、いつしか御剣に劣情を抱くようになっていた。
しかしどんなに欲情しても、御剣本人には手を出さないでいる自信が糸鋸にはあった。
それも、御剣本人から誘われてしまえば話は別だ。
二人で暮らすようになってからしばらくすると、御剣は糸鋸の肌を求めるようになった。
愛情が足らずに育った子供が人肌を恋しがるように、糸鋸に触れて来る御剣。
石ころが坂道を転がり落ちるように、御剣の体の虜になった。
舌で御剣の唇を開くと、口内へ誘うように迎え入れてくれる。
厚い舌を御剣の中へ侵入させると、御剣の舌が絡まって来る。
舌を絡ませ合いながらも、御剣が着ているパジャマのボタンを外して行く。
御剣が糸鋸の唇を軽く噛むので、糸鋸も御剣の唇を噛み返す。
ボタンを全て外すとその肩からパジャマを降ろす。あとは御剣が自分から脱いだ。
御剣の舌が糸鋸の唇を舐める。唾液が絡み合って、ちゅくちゅくという音が立ち始める。
二人の吐息が徐々に荒くなり、鼻孔から漏れる熱い息が互いの顔にかかる。
糸鋸は御剣の唇をむさぼりながらも、裸になった胸の突起を指で摘む。
「んっ」
御剣の甘い吐息が耳に届く。
暗いのでよく見えないがきっと今頃その頬は赤く染まり、
とろんとした潤んだ瞳で艶っぽい表情を作っているのだろう、と思った。
糸鋸は体の位置をずらし、御剣の胸に顔を寄せる。
片方の乳首を口に含み、もう一方は指先でこね回す。
御剣がくっと喉を鳴らした。乳首が感じやすいことを、糸鋸もとっくに知っていた。
特に、尖らせた舌先で上下に弾くように舐めてやるのが一番感じるのだと知っている。
「ん…はぁッ…け…けいじっ…」
甘く喘ぎながら御剣が、糸鋸の頭をぎゅうっと抱きしめる。
無意識か意図的にかは分からないが、自分の腿を糸鋸の股間へ擦りつけて来る。
早くも反応し始めている性器に刺激を与えられ、糸鋸の下半身を快感が走り抜ける。
妙な対抗心が沸いた糸鋸は、唾液で濡れていやらしく尖る乳首に軽く歯を立てた。
「あンッ!…あ…いぃ……」
「検事…おっぱい勃ってるッスよ…きもちいいッスか…?」
「きもちぃ…ふぁ…」
布団の中でごそごそと手を動かし、御剣のパジャマのズボンに手を挿し入れ股間をまさぐる。
既にしっかりと勃起してしまっているペニスをそっと握ると、御剣がビクリと腰を引いた。
「やっ…そこダメ…!刑事…」
「御剣検事のおちんぽ、ビンビンッス」
「けっ、刑事こそ…!」
御剣がペニスを握り返して来たので、糸鋸は思わず息を漏らした。
下着ごと御剣のズボンを引き抜く。自分もジャージと下着を脱ぎ去る。
裸になった御剣の腰を抱き寄せ、亀頭の裏同士が密着するように互いのペニスを片手で握り合わせた。
「んあっ!やっ…あぁん」
「うぅ…きもちいッス…!検事…!」
糸鋸がゆるゆると腰を動かすと、互いの裏筋が擦れ合って激しい快感をもたらす。
二人の先走りがねちねちと絡み合う。顔の位置が近いので熱い吐息が直にかかる。
御剣の乱れた吐息を顔に感じながら、糸鋸もまた呼吸を乱す。
たまらなくなって口づけをした。
「あぁ〜…検事のおちんぽ…きもちいいッスぅ…」
強い快感に恍惚としている糸鋸の耳元に、御剣が囁いた。
「刑事…欲しい…」
「…え?」
「い…挿れてくれないか…」
「…い…いいんスか…?」
「…うム」
糸鋸は戸惑いつつも体を起こすと、御剣を仰向けに寝かせた。
暗闇の中でもぼんやりと白く浮かぶ、御剣の肢体。
その白い腿を手で掴み御剣自身の腹に付くように折り畳むと、大きく股を開かせる。
そのまま股間に顔をうずめ張り詰めるペニスに舌を這わせれば、御剣の色っぽい声が漏れる。
さらに御剣の体を深く折らせ腰を高く浮かせると、硬く閉じたアナルに舌をなぞらせた。
「んっ」
小さく悶える御剣。舌先で丁寧にほぐすように舐め回す。
アナルへの愛撫を行いながらも、糸鋸は御剣の様子をちらちらと気に掛けた。
先ほどから息が乱れているのは快楽のためか、それとも―
「御剣検事…大丈夫ッス…?」
声を掛けるが返事がない。
愛撫をやめて顔を覗き込んでみる。
「検事…?」
御剣の目は大きく見開かれ、大粒の涙が頬を伝っていた。
開かれた口は空気を求めるようにぱくぱくと動き、ハッハッと浅い呼吸をしている。
糸鋸の顔からさっと血の気が引いた。
「検事!御剣検事!しっかりッス!」
「ああ…う…あ…」
白痴のように、虚空を見つめながら言葉にならない呻きを発する御剣。
糸鋸はたまらず胸に引きよせ強く抱いた。
「何もしないッスよ!大丈夫ッスよ!!」
「ごめ…なさ…ごめん…なさ…い…ごめん…」
うわ言のように謝罪の言葉を繰り返す御剣。誰に対しての謝罪なのかは、分からない。
その言葉は次第に嗚咽に変わり、しゃくりあげるように泣き始めた。
いつもの事だった。
もう何度、こうして泣きだす御剣を抱きしめたか分からない。
人肌を恋しがるように糸鋸を求めるくせに、感情が壊れてしまう。
糸鋸にも薄々、その原因は分かっていた。
幼い頃から、師匠である狩魔豪が御剣にほどこしてきた性的な仕打ち。
生々しい映像と共にその事実が検事局内に知れ渡り、同時に始まった御剣への陰湿なセクハラ。
度重なる虐め、性的ないやがらせ、果ては集団による強姦未遂。
辛ければ辛いほど強がってしまう御剣の性格が災いして、
糸鋸が事態に気付いた時には御剣の精神状態は限界を超えていた。
御剣を抱き締めあやす様に、その背中を一定のリズムでぽんぽんと叩く。
しゃくりあげて泣いていた御剣も、次第に落ち着きを取り戻す。
「ゆるして…ごめんなさい…」
かすかな声で許しを乞う御剣。
狩魔の幻影を見ているのか、もしくは周囲の人々に虐げられた記憶か。
いずれにしても御剣の心を大きく傷付けた。
御剣をこんな目に遭わせた存在を強く憎みながら、その柔らかい髪を撫で続けた。
「大丈夫ッス…心配ないッス…自分がずっとそばについてるッス…」
どれくらいそうしていただろうか。
汗ばんだ肌もすっかり冷えたころ、ようやく御剣は自我を取り戻した。
涙声で鼻をすすりながらも、まともな会話を交わせるようになる。
「…すまないな、刑事…」
「いいんッス」
「…本当は、したいのだよ」
「わかってるッス」
「でも…自分の感情が…コントロールできないのだ…」
「大丈夫ッス」
「…すまない」
「気にしてないッス」
御剣の肩に毛布を掛けてやる。
俯いたままの御剣が、すまなそうに口を開く。
「刑事には…いつも、我慢させてしまっているな」
「えっ?」
「その…最後までさせてやれなくて…辛い思いをさせているだろう?」
「な、何言ってるッスか!自分は全然平気ッスよ!」
「だが…」
「自分のことなら心配いらないッス!」
糸鋸は脱ぎ捨てた下着で、咄嗟に自分の股間を隠した。
同じ男だから、御剣にも分かる。欲望を放てずにいる苦しさを。
せめて絶頂に導いてやりたいと思い口や手での奉仕も提案した事があるが、糸鋸が固く拒否した。
“御剣検事にそんな事させたくないッスから!”
「冷えて来たッスね、早く寝ることにするッス!」
「…そうだな」
糸鋸はこんな時、いつにも増して明るく振る舞う。
自分に気を使わせまいとしているのだということは、御剣にも分かっていた。
そんな糸鋸の気遣いを無にしないためにも、御剣はそれ以上何もいわない。
「さ、人間湯たんぽであったまるといいッスよ!」
「わかったわかった」
御剣は再び糸鋸の胸に抱かれる。
やがて二人をまどろみが包み、静かな寝息が狭い部屋に響く。
風はいつの間にかやんでいた。