「やぁ、御剣、久しぶり」
「――成歩堂」
成歩堂法律事務所。既にその看板は下ろされていた。
以前なら迷うことなどなかったビルは、他の雑居ビルに埋もれてこんなにも無個性かと思う。
成歩堂、弁護士資格剥奪の報を聞き急いで帰国したのだ。
事務所であった場所を訪ねれば、電気も点けずに成歩堂が応接のソファに座っていた。
静けさが耳に痛い。かつての賑わいが遠い昔のことのようだった。
「――成歩堂」
「帰ってきたんだ。忙しいんじゃないの?」
成歩堂は笑顔を御剣へ向ける。
「君のことを聞いたのだ。その…私に何か出来ることはないだろうか。君の力になりたいのだ」
「今更?別にないよ?」
成歩堂は笑う。ただそれは酷く荒んでいて、御剣は見ていられずに目をそらした。
力になりたい。かつて成歩堂が自分を閉ざされたエレベーターから救ってくれたように、彼を助けたい。
その一心で御剣は戻ってきたのだ。
しかし成歩堂から感じるのは、拒絶。確かに、力になりたいなどは気休めにしかならないかもしれない。
御剣とて何か明確な方法を持っていたわけではない。でも。
御剣は唇を噛む。
「僕が弁護士でなくても、何も変わらないよ。僕は僕だ。御剣には――関係ない、でもね」
成歩堂が手招く。御剣は歩み寄る。
――彼は変わらない。それはそうだろう。だが、成歩堂の笑顔に胸がざわめく。
以前はもっと溌剌とした笑みであったと思う。今はまるで澱を含んだような重さが、ある。

「あぅっ!」
成歩堂はそばに来た御剣の右腕を後ろに捻り、デスクへうつ伏せに押し付けた。
ガチャガチャとデスクの上が荒れる。
「僕の力になりたいなんてエゴもいいとこだよ。お前に…何ができる?…無いよ、何も変わらないんだ」
グッと体重がかけられて、御剣は肺が潰される感触に呻いた。
「でも…僕と違ってお前はどんどん進んで行くんだろうね」
御剣の耳を舌で舐りながら御剣のベルトを外す。これから行われるであろう行為に御剣は戦慄した。
まさか、成歩堂は自分を。
何とか身を捩ろうとするも成歩堂にのしかかられて身動きが取れない。
「や…止めたまえ、成歩堂…冗談は……くっ!」
ズボンの上から無遠慮に股間を掴まれ、御剣は硬直する。
「僕が何するのか、もう察してるよね御剣。君は天才だから」
御剣からはその顔は見えない。ただ笑いを含んだ声音から、恐ろしい顔をしているだろうことが想像できた。

左腕も取られ、右腕と一緒に後ろにベルトで縛られた。弛んだズボンが足元に落ちる。
「お前は今から僕に抱かれるんだよ」
「……あ、ん……ふぅ…」
顎を持ち上げられ、成歩堂が口に吸いついてきた。上顎をベロリと舐められ舌が絡みつく。
後ろ手に拘束されたまま、上体を反らし、後ろからの成歩堂のキスに応じるのは体が固めの御剣には苦しい。
不自然な態勢で、重なった唇の間から唾液が零れていく。
「ほら、ちゃんと唾、飲んで」
「んふっ、無理、だ…あ、君はどうして、私を…やはり君、は」
無力な私に絶望したのだろうか?御剣は目で訴える。
成歩堂はその視線を受けて一瞬無表情になると、御剣のクラバットを外し、丸めて御剣の口へ押し込んだ。
「んんっ!んぐ…っ!!」
「余計なことは言わなくていいし、考えたなくていいよ御剣」
少しくらい酷く扱われても平気だ。でもやっぱり御剣は昏い気持ちになった。

成歩堂の右手は御剣の臀部を撫で回し、ずらした下着の中へ侵入する。
尻の割れ目を辿り、固く閉じた肛門に至る。
左手は御剣の胸へと伸ばされ乱暴に弄る。
快と不快が混ざる。それは鉛のように凝り、御剣の体の自由と自由になろうとする意志を奪う。
ふぅふぅと、無様な息が閉じることの叶わない口から涎と共に漏れ続け、息苦しさに御剣の視界は歪んでいった。

冷たくぬるりとした感触。
尻の狭間を伝い、太股までを濡らす。
「……!?んんぅ…っ!」
「蜂蜜だよ。お前が置いていってくれたやつ」
成歩堂は潤滑剤替わりに使う気らしい。御剣の肛門に塗りたくり襞を押し広げている。
――無理矢理犯されるのか。せめて得意のはったりで騙してでもくれたらいいのに。
こんな子供じみた癇癪を起こすほど彼は愚かではなかったはずだ。
しかし、やり場のない思いを自分にぶつけることで彼が楽になるのなら、という思いもある。
成歩堂の言うとおり、御剣のエゴでは彼を助けられない。
「ねぇ、抵抗しなよ」
「…ぅん…ん………ぅ」
つまらないよ。成歩堂が小さく呟いた。
滑らせただけのそこに成歩堂の性器が押し付けられる。
まだ十分に慣らされていない固く閉じた肉の隘路が、力任せに広げられた。


「んっ!ぐ…ふぅ……ぅぅ…!」
メリメリと肉の裂ける音が聞こえる気がした。灼けるような痛みで、血が流れたことを知る。
痛いよ、成歩堂、苦しいんだ。
伝える術はない。御剣は呻いて苦痛をやり過ごそうとする。
デスクにうつ伏せになったままの御剣に覆い被さり、成歩堂は小刻みに腰を揺すった。
「んっ…ん〜…っうぐ…」
「はっ、血、出ちゃった。破瓜…みたい」
何とか、何とか少しでも快楽の兆しが欲しい。この暗がりを塗り潰す快感を。
御剣は成歩堂に押し付けるように自ら腰を振った。ははっ、と息を漏らして成歩堂は笑っているらしい。
嘲られてもいい、直接的な愉悦があれば耐えられる。

蜂蜜と成歩堂が分泌する液のお陰か、次第に肉の筒が馴染んできた。
ギチギチと成歩堂を押し返そうとしていた肉壁は浅い部分から深底へと誘うように波打つ。
肉同士が柔らかく絡み合う感覚。
御剣の腰の奥に細波が訪れる。
クチクチと粘着質な音を立てて犯される肛門が震える。
「…御剣…御剣…」
成歩堂の優しげな声に暖かく抱かれているように錯覚してしまう。
ああ、細波が煽られて、御剣を潤す。
彼に知られた弱い一点を執拗に肉棒で擦られて、たまらず御剣はドロリと精液を漏らした。
「あ……御剣、っ」
「ふぅ…ぅ……ん、く…」
射精の反射で強く成歩堂を締め付けてしまう。
御剣がドロドロとデスクと床を汚している内に、腹の中で彼の性器が脈打ち、精液が溢れた。

ふぅふぅと息をつく口からクラバットが取られた。唾液でぐっしょり湿っている。
御剣は深く空気を吸い込む。胸がキリキリと痛むほど肺を膨らまして、吐く。
デスクに零れた唾液が見える。火照った頬に冷たい木の感触が心地いい。
全身を包む、痺れるような倦怠感と甘い虚無感。
成歩堂に犯されたという現実は、しかしさほど御剣を打ち据えはしなかった。
心のどこかに彼に求められたという暗い喜びがある。
後ろ手が解かれ自由になり、曲げられていた節を軋ませながらデスクに手をついた。
成歩堂はどんな顔をしているのだろう。笑っているのだろうか、それとも。
デスクに寄りかかりながら後ろを向く。
「成歩堂」
目深に被ったニット帽の奥、瞳が潤んでいる。何故かひどく哀しげな顔をしていた。


「どうして君がそんな顔をしているのだ」
「…御剣こそ、何でそんな平気そうにしてるんだよ…!」
両肩を掴まれ揺さぶられる。
「僕はお前に酷いことをしているのに、何で。もっと僕を拒んでもいいし、嫌ってもいい。
 そうじゃないと――また御剣を追いたくなる。這い上がりたくなるよ」
お前に追いつきたい。肩口で成歩堂が言う。御剣は成歩堂を緩く抱く。
ああ、彼も苦しんでいるのだ。
御剣が、弁護士であった彼の過去であり、過去が彼を苛むというのなら。
御剣は何をすべきだろう。
またあの場所で見えたい。命を懸けて戦いたい。
信じているとか、待っているとか伝えたいことはたくさんあった。でも口にするとどれも嘘臭くなる気がする。
まったく、口下手な自分が憎らしい。
御剣はデスクに腰掛け、成歩堂へ向けて足を開く。今度は自分からキスをせがんだ。
成歩堂は驚いたように目を見張ったが、すぐに御剣に応えてきた。
音を立てて、舌を絡ませて、唾液を混ぜ合う。
御剣は足を成歩堂の腕にかけ、彼の性器に指を絡める。
「み、つるぎ…?」
「もう一度、私を抱きたまえ、今度は優しくしてくれ…」
先端に入口をあてがい、挿入を促した。成歩堂が御剣の腰を捉え再び押し入ってくる。
体が開く。
下半身が熱によって、じわりと、濡れる。
御剣は臍の下あたりに手を添えた。この奥に、成歩堂がいる。
「御剣…感じる?」
額を重ねて成歩堂が問うてくる。
感じる。互いの薄い皮膚を隔てて、血肉が煮えたぎっている。
成歩堂に先端のくびれで肉壁を深く絡め取られ、御剣は鳴いた。
「あ…ふ…みつ、るぎ…気持ちいい?」
眉根を寄せた成歩堂が切なくて、御剣は彼の首に手を回しキスをしながら引き倒す。
デスクに仰向けになって成歩堂と交わる。
ギリギリまで抜いては体の奥を目指して挿し込まれる肉棒。それによって粘膜を擦られ、こじ開けられる悦楽。
「あぁっ、いいっ!…いい…っあ、成歩、堂もっとぉ…」
反り返った御剣の性器がその快感を露わにして揺れ動き、雫を撒く。
柔らかい血肉が絡み合う律動に合わせ、結合部からはポタポタと先の精液が零れていた。
「あ、ああ、君のが、零れて…しまう…ぅうん…もっと、奥に、出して…っ」
「…いいよ、御剣の奥にいっぱい、出すから……っ!」
成歩堂は御剣の尻を浮かせ、腰を押し付ける。低く呻きながらトクトクと御剣の中を温い精液で満たす。
満たしながらも音をたてて御剣を刺激し絶頂へ導く。
御剣もまた、成歩堂を力を込めて包み、その暖かさに感極まって涙をこぼした。


御剣に覆い被さって浅い呼吸を繰り返す成歩堂の背中に腕を回す。
顔は見えないが、鼻をすする音がする。グズっているのだろう。
もうだいぶ暗い。窓から偶に差し込むヘッドライトが部屋を白く塗り潰しては、消えた。
繋がった内側はまだ熱を蓄えていたが、体の外側は冷え始めていた。
こんなに密着しているのだ、今のうちに言ってしまおうか。
御剣は息を吸う。
「…私はもう、ここには来ない」
「………うん」
「君とも会わない」
「………うん」
体が一度、大きく戦慄いて肌が波打つ。鼓動が共鳴している。
彼の苦痛を和らげることも、共有することも出来ない。また、彼もそれを望んでいない。
そして御剣の存在が彼の復活を阻むというのならば。
それならば御剣に出来ることは一つだ。
「君と再び会うのは、あの場所だ。――君が私に会いに来てくれたあの場所に、私はずっといるから」
御剣は変わらずに、あの場所に立ち続ける。
成歩堂が御剣をかき抱く腕に力を入れた。
失われつつあるその熱を忘れまいとするようだった。


いつかまた、明るい笑い声にこの事務所が満ちる時に。いつかまた、彼が矜持を取り戻した時に。
成歩堂があの場所に戻ってきたら言おう。


――ようこそ、法廷へ

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