「御剣さんは、甘いものはお嫌いですか?」
眼鏡越しの穏やかな目が微笑む。
「嫌いというわけではありませんが…」
私の答えに軽く笑みをこぼすと、紳士は続けた。
「実は私の今夜の宿泊先にはルームサービス限定のスイーツが出るらしいのですが…
男一人でスイーツというのも何でしょう?
もし御剣さんさえご迷惑でなければ、お付き合いいただければ…と思ってしまったのです。
いや、どうか聞き流してください」
紳士は自嘲気味に言って笑った。
私は、この理知的な紳士が意外な一面を垣間見せてくれたことが少し嬉しく、つい自ら申し出てしまった。
「そういう事でしたら、私でよければご一緒させていただきたい」
紳士は少し意外そうに目を見開いたがすぐにまた穏やかな微笑をたたえた。
「そう言っていただけると、ありがたい。
ワインも買ってありますから。」
今日初めて顔を合わせた人物の部屋を夜更けに一人で訪問するのはいかがなものかと思いはしたが、さほど躊躇はなかった。
彼の衿元で鈍く光を放つ弁護士バッヂだけが、その安堵感の理由ではなかった。
彼の人柄的な魅力――それは豊富な知識量と博学さ、それをひけらかさない控え目な物言い、人を引き付ける話術、言葉の端々に感じるさりげない気遣いなどだが――もひとつの要因であったし、
何よりその容姿はなぜか心惹かれるものがあった。
痩せているが適度に筋肉質で、いやみでない程度に洒落たスーツを着こなし、ややグレーががって来ている頭髪を清潔そうにまとめ、眼鏡の奥の瞳が穏やかに笑う。
そう、一目見た時から彼に対して懐かしさのような安心感を、無意識のうちに覚えていた。
彼と会話するとき、穏やかな幸せが私を満たすような気にさえなった。
だからだろう、彼からの申し出をむしろ快く感じた。
もっと話をしてみたい。
彼の事をもっと知りたい、と。
やがて、彼の宿泊先であるホテルの前でタクシーが我々を下ろした。
「少し引き止め過ぎてしまいましたね」
ワイングラスをテーブルに置きながら彼が時計を見た。
時計の針は既に深夜を回っている。
テーブルの上には専門店で買ってきたというワインのボトルが2本と、彼がオーダーしたルームサービスの品々と、グラスが二つが並んでいる。
「これは、大変失礼しました。長居が過ぎてしまった」
私は慌てて立ち上がった。正確には、“立ち上がろうとした。”
椅子から立ち上がろうとした体を、もつれる足が受け止め切れずバランスを崩した。
「おっと」
倒れかけた私の体を、彼が支えてくれた。
ふわりと微かに、コロンの香りが鼻をかすめた。
「危なかった。大丈夫ですか?」
見上げると目前に、彼の穏やかな微笑があった。
急に恥ずかしくなって顔を背けながら体を離した。
「これは失礼、少し飲み過ぎてしまったようです」
彼から離れて一歩踏み出そうとして、またよろめいた。頭がボンヤリする。
彼がまた私を支える。彼の体が触れている部分が熱い。
「そのようですね…。危ないですから、少し酔いがさめるまで横になったらいい」
ホテルなので当然のことだが、部屋にはベッドがあった。
だが、ここにあるキングサイズのベッドは彼が一日の疲れを癒すためのものだ。
私のためのものではない。
「いや、そこまでご迷惑はかけられません。
すみませんが、タクシーを呼んでいただけるだろうか…」
ふらつく足に力を込める。
そんな私を見る彼が、困ったように笑った。
「迷惑なはずありませんよ。
そもそもお誘いしたのはこちらですし、顔色もひどいですよ。
どうか、休んで行ってください」
言われて、そばにある大きな姿見を見る。
青白い顔がそこにはあった。なるほど、確かにひどい顔色だ。
言われてみれば、普段よりも随分と飲んだ気がする。
「では…大変申し訳ないのだが、お言葉に甘えさせていただけるだろうか」
力無く呟く私に、彼がにっこりと頷いた。
彼に支えられ、広いベッドに横たわる。
パリッとノリの効いた布が少し冷たく、火照る体を包んだ。
「申し訳ない…少し酔いをさましたらすぐにおいとまします」
恐縮する私のそばに腰掛けながら彼が穏やかな口調で言う。
「私の事なら気にしないで。
それに…横になっているあなたも悪くない」
彼のその言葉が少し可笑しくて、私は笑った。
「あなたのような人でも、そういった冗談をおっしゃるのですね」
しかし私の言葉に彼の反応はなかった。おや、と思いふと彼の方を見上げる。
ベッドに掛けて私を見下ろすその顔は、静かに微笑んでいた。
「そう、冗談…ですよ」
そう呟きながら眼鏡を外す仕草に、ふと鼓動が早まる。
「衿元が、苦しいでしょう?緩めてあげますよ」
彼の細く長い指がゆっくりと私の喉元に伸びる。
この脈拍の速さは、単にワインだけのせいなのだろうか。
指先が、軽く首の皮膚に触れる。
その瞬間、まるで呼応するように私の指先がぴくりと跳ねる。
いつの間にか照明が絞られ薄い闇に覆われた静かな空間に、シュルシュルと布の擦れる音が響く。
クラバットが彼の手で取り去られた。
細い指はさらに私のシャツの衿元を開ける。
喉元まで開けられたシャツの間に、彼の視線が張り付く。
なんだか全裸の姿を見られているような錯覚に陥り、急に恥ずかしくなった。
「白い肌が、喉元まで赤くなってしまいましたね」
静かに彼が言う。
それが、アルコールによるものなのか、それとも私の羞恥心によるものか、どちらの影響のことを言っているのか分からなかったのでますます気恥ずかしくなった。
「ベルトも苦しいでしょう。緩めないといけませんね」
彼の手がゆっくりと私の下方に進む。
「い、いえ!大丈夫ですから!」
思わずうわずった声になる。
それに気付いたからかどうかは分からないが、彼は笑いながら答えた。
「遠慮なんかしないで、御剣君」
彼の指がそっと、ゆっくりと私のベルトを緩めだす。
カチャカチャと金属音がしたかと思うとシュル、と皮が擦れる音がした。
腹部を締め付けていた圧迫感が消える。
ジジッ、という鈍い音。ファスナーの音だった。
「あ、や、やめ…!」
思わず、彼の手を遮る。
そう、私はもはや彼とのこの空間に官能的なものを感じ始めていた。
彼にファスナーを触られる事で微かに反応し始めている男性器に気づかれてしまうことを恐れたのだ。
ふふっ、と彼が静かに笑った。
「どうしました?御剣君」
遮った私の手を静かにどかすと、とうとうファスナーを最後まで開けきった。
ドクドクという脈拍の音が自分の耳に張り付く。
おどおどと彼を見上げる。
服を緩めてもらっただけで卑猥な衝動を抱いている淫乱な男だと、蔑まれているのではないかと怯えた目を向ける。
しかし、その瞳は相変わらず穏やかに微笑んでいた。
薄い唇がゆっくりと動く。
「御剣君、そんなに潤んだ目で見ないでくれないか。
よこしまな気持ちが生まれてしまうじゃないか」
―あ…!
あまりの恥ずかしさに顔がかあっと熱くなる。
この良識ある紳士に対してまで、私は淫らな誘いの目を向けてしまったのか。
なんと…なんと卑劣でいやらしい男だ、私は。
バッと顔を背けた。
もう、こんな汚い顔を見られたくない。
見ないでくれ、こんな私を。
しかし、彼はあくまで穏やかに優しく、そっと私の髪を撫でた。
!?
彼の行動が意外であると同時に、その温かな手の平が心地よかった。
「そんなふうにしてもダメですよ。
私はもう、あなたに魅せられてしまった」
ギシ、とベッドの軋む音、人が動く気配、彼が私の上に来て、覆いかぶさるように腕を立てる。
彼の腕の下からおずおずと見上げると、その表情はいつものように微笑みをたたえてはいるものの、その目は“男”のものになっていた。
ドクン。
心臓が跳ねる。
そうだ、私は期待している。
この男性に、今からされようとしている事を。
「君は、不思議な人だね」
そう呟いた彼はゆっくりと体を落とし、私の首筋にそっと口づけた。
「…っ!」
ビクンと全身が震える。
温かな柔らかい唇が、次々と私の首筋に降り懸かる。
やがてその細い指は私の顎を彼の方へ引き寄せた。
重なる唇。
いとも簡単に、彼の世界へ墜ちてゆく。
無数のキスは私の唇を溶かし、いつしか舌と舌を絡ませ合う。
ちゅくちゅくという水音が静かな室内にやけに大きく響く。
唇を絡ませながらも彼の指先は器用にシャツのボタンを外し、私の肌の上に滑り込む。
冷たい指が熱く突き立つものを弾き始めれば、私の鼻を抜けて声が漏れた。
ベッドの上の私は、はだけたシャツをかろうじて纏っているだけの状態だった。
下半身には下着はもちろん、靴下すら残っていない。
彼の愛撫に夢中だったので、いつの間に脱いだのか、それとも脱がされたのか分からない。
一方彼の方はと言うと、まだジャケットもきちんと羽織っている状態だった。
彼はそのジャケットを脱いでベッドの上にポンと置きつつ、立ち上がった。
「用意をしてくるから…。ちょっと待っていて」
部屋から消えた彼は、バスルームへ向かった。
うっすらと開いたバスルームの扉の隙間から光が洩れ、細く筋を作る。
彼が残して行ったジャケットを何気なく見やると、その襟もとに鈍い光を放つものがあった。
――弁護士バッヂ。
かつて、それを着けていたあの人。
あの人に憧れた。
そしてこのバッヂに憧れた。
彼のジャケットの襟元にひっそりと咲く、小さなひまわりの花を見つめた。
視界がぼやけているのは、どうしてだろうか。
いつの間にか戻ってきた彼に話しかけられる。
「どうしたのかな。ぼんやりして」
「あ…いや…」
彼の手にはボディソープのボトル。
「痛くしてしまったら、すぐに言ってくださいね」
脚を持ち上げられ、私の秘部が彼の目に映し出される。
恥ずかしくて、思わず両手で顔を覆った。
ソープを絡めた彼の指がそっと私の肉を割って来る。
「んっ…」
「痛いかな?」
私は顔を覆ったまま首を振った。
「だい…じょうぶ…続けて、ください…」
開いた脚の間から、にゅぷにゅぷと粘着質な音が聞こえる。
恥ずかしくてたまらないはずなのに私の性器は萎えることを知らず、
透明な液をみっともなく垂らし続けている。
「手を、どけてごらん」
彼が言う。
恥ずかしい。
いやだ、見ないで。
こんなに醜い私を。
あなたの指に感じている淫らな私の顔など。
小さく首を振ると、彼の手がそっと伸びて来て私の手首を掴んだ。
目の前には優しい笑顔。
「み…見ないで…ください」
涙で滲んだ目元に彼がキスをくれる。
「見せてください。快楽に溺れる、君の綺麗な顔を」
なぜ、そんなことを言ってもらえるのだろう。
視界が余計にぼやける。
温かいものが頬を伝う。
「おとうさん…」
無意識に口走ってしまいハッとした。違う、お父さんではない。
そんな私にも彼は何も言わず、ただそっと髪を撫でてくれた。
「お父さん」
もう一度はっきり口に出してみた。
目の前の影に腕を伸ばすと、しっかりと抱きとめてくれた。
嗚咽を漏らしながら、その背中にしがみつく。
お父さんではない、勿論わかっている。
ただ、いまはこうしていることがひどく幸せに感じた。
私が過去の幻想に抱かれている間ずっと、温かい手が髪を撫でてくれていた。
ひとしきり泣いてようやく落ち着いたころ、
徐々にハッキリする視界の中には微笑をたたえた彼の姿があった。
「あの、スミマセン…なんだか、取り乱してしまって」
「構わないよ。君の泣き顔も、気に入ったから。」
優しく言う彼の手が、先ほどほぐされたばかりの場所をそっとまさぐる。
「っ!」
「…次は、君のいやらしい顔が見たい」
「あ…」
私の肉はいとも簡単に、彼の指を2,3本飲み込んでゆく。
指がゆっくりと動く。体内で彼の動きを感じる。
「あ…あ…」
欲しい場所になかなか辿りつかない指先がもどかしくて、自分から動く。
彼の指にその個所を擦りつけると、無意識の淫声が漏れる。
「あっ…ふああ…」
こみあげるような快感に襲われる。
もっと、もっと。
もっと触れて欲しい、ここに。
気付けば、彼の指を咥えこんだまま一心に腰を動かしていた。
「まったく淫靡だよ、君は本当に…」
感嘆したように彼が漏らす。
「はっ…ぅん……ください…早…く…」
自ら腰を揺らしながら、快楽に潤んだ目で彼を見つめる。
「何が欲しいんだい」
そう言って悪戯っぽく笑う彼。
「あなたの…あなたの、性器を…」
「どこに?」
「私…私の…穴の中に…」
みっともなくよがりながら、ねだる。
彼は黙って頷くと、抜いた指の代わりにその肉棒をねじ込んで来た。
ググッ、と体が割られてゆく感覚。
「んあっ…あっ、ふぁ…!」
「君の好きな場所は、分かったよ…ここだろう?」
差し込まれた彼の先端が、私の最も敏感な部分を擦る。
「んあっ…あっ、はっ、んっふ…」
私はもう我を忘れて身悶えるよりほかなかった。
全身が快感の虜になる。
体全体で繋がっているような、
自分という存在そのものが快楽の一部になってしまったような。
やがて快楽の波が私の自我をさらってゆく。
「はっ、あぁ、も、だめ、イ、イく…」
彼に揺さぶられながら、すがるように見上げる。
私に覆いかぶさるようにして腰を揺すっていた彼が、
黙ったまま頷く。
「んっ…はっ…っああ!」
瞬間、はじけたようにビクンとのけ反る。
自らの性器から放たれた精液が私の体を汚してゆく。
彼の動きに合わせるように、ドク、ドクと次々溢れ出る。
「はぁ…はぁ…んっ…は…」
激しい快楽の中荒い息をつく私の髪を、繋がったままの彼が撫でる。
「すごく興奮しました。君は、最高だ」
彼に撫でられたまま私は微笑む。
「あなたの、番ですね」
「ああ、私はいいのですよ。十分に満足です」
私はぷるぷると首を振って言った。
「その…私の中に…出して…くれないだろうか」
申し出て赤面する私に、彼が笑いかける。
「君は…そんなにも私を虜にしたいのかな」
そして彼がゆっくりと、再び動き出す。
私の中で彼が脈打っている。
再び張りだした私の性器を見て、彼が笑った。
「いや…もう、どうしようもないほど、虜だよ」