初めて見た時からずっと虜になっていた。

一応同期だけれど、かなり年下の、天才検事。四年間、彼と僕はずっと同じ職場にいた。
同じ検事でありながら、僕と彼が接する事は無かった。
彼は天才と呼ばれていて、良い意味でも悪い意味でも常に話題の中心にいた。
それでいて彼は周りの人間には心底無関心であるように見えた。

比較的目立たない平凡な検事である僕と君との接点は、まだない。

ずっと君を見ていた。
目の覚めるようなワインレッドのスーツに身を包んだ、どこか影のある美しい天才検事。

検事・オブ・ザ・イヤーなんていう賞を貰ってしまって
舞台の上でライトを浴びて、キラキラと照らされていた御剣。
僕の中で、君はテレビの中の芸能人なんか比べ物にならないアイドルなのだ。
僕にとって君は偶像だ。現実の中の唯一の非現実だ。なにものにも換えがたい。
みんな君の事を悪く言うけど、僕はそんな事は言わないんだ。


僅かに開いた、執務室のドアの前。
目の前が真っ白になる。
ただひたすら反復的に前後に繰り返されている、獣じみた動き。

御剣は、目を閉じて苦しみに耐える様に、時折切なげな声を漏らして
大きな手で押さえつけられ、強引に突き上げられている。
これは一体何だ。
あの男、御剣に跨っている図体の馬鹿でかい男、確か刑事で貧乏臭い身なりをしてて、
コンビを組んで捜査しているらしく御剣としょっちゅう一緒に居るので僕は嫌いだった。
あの男が御剣と。こんな真昼間の執務室で、こんな事。
淫らでくだらない女のように、屈強な男に跨られて
柔らかそうなソファーに押し付けられて気持よさそうな顔をして身体を揺さぶられて喘いでいる。

御剣が、あのいつも一緒にいる刑事と、セックスしている。

ああ。これだから、現実って奴は嫌いだ。何一つ、思い通りになんてならない。
四年も同じ職場に居て、なぜ知らなかったのだろう、僕は?
ずっと幻をみていたのかも知れない、僕は、彼の凛とした綺麗な姿に騙されていたんだ。畜生。




執務が終わる。はじめて彼の執務室を尋ねた。
彼は、眉をちょっとだけ寄せて、机に手をついてこっちを見ている。

ああ、ワインレッドのスーツと白いフリルが凄く似合ってて綺麗だな。
造り物みたいに美しい。でも、悲しい、今の僕は。
眉を寄せて、僕を見つめる御剣。

「ええと…君は……?」

僕の名前を知らないようだ。当たり前か。
彼の事だから同僚の見覚えもないだろう。

「し、知ってるんだ、御剣」
「む?何だろうか」


声が震える。手も震える。落ち着け、格好悪い。でも、僕は何を言おうとしてるんだろう…?
彼に、僕の大事な彼を、傷つける言葉を言おうとしている。何故だろう。

「きき君が、男と寝てるって事、知ってるんだ」
「…」

「き、きみ、があんないや、いやらしいホモ趣味のある男だなんて知らなかったな」
「…」

「綺麗な顔して、あんな、汚い刑事とあんな事してるなんて。執務室で。エッチな顔してさ」
「…」

「あーあ、これ、け、検事局の人間達に、ばらしちゃったら、た、大変だよなぁ」
「ばらせ」

冷めた声に意識が覚醒する。ハッと御剣の顔を見ると、恐ろしく冷えた目つきで僕を睨みつけていた。
瞬間、泣きたくなった。彼に嫌われてしまった。四年間思い続けてきた彼に。


「ま、御剣」
「ばらせばいい。私は何も困らない。私をゆする気か?」
「…そ、そんなんじゃないよ、あの、僕は」
「ならば何が言いたい」

泣きそうだ。
格好悪い。大体、僕は何がしたかったんだろう。
ずっと見ていた御剣に、僕は。
彼の秘密を知った事で興奮してしまったのだ。彼を少し知ったような気になってはしゃいでしまった。
そしてきっと、少しだけ、彼を責めたかったのだ。僕を裏切った、彼を。
調子に乗って、僕は馬鹿だ。
せっかく密かに彼を見守って来たのに、全て終わりだ。

「…ぼ、ぼ…、僕は御剣の事が好き、なんだ」
「ん?」

気付くと、僕はもう泣きながらそれを呟いていた。御剣の顔も見れない。

「ごめん、君に憧れてるんだ、好きで。あんな、あんなのは、ショックだったから」



部屋に静寂が積もる。
僕の鼻をすする音だけが響いていた。

それを打ち破ったのは、御剣だった。


「……つまり私と、やりたいという事か?」
「えっ?」

御剣の言葉にビックリして、僕は反射的に顔を上げて彼を見つめる。

御剣は、笑っていた。
まるでその笑顔は淫魔だ。頭がパニックになる。

「やりたいがために私を脅しに来たのか。
ならば、最初からそう言えばいいものを」

薄く笑いながら、御剣が近寄ってくる。
混乱しながらも、心臓が高鳴る。
僕の目の前に立った御剣が、僕の股間を、そっと下からなで上げた。
電流のように快感が走り抜ける。

「うわあっ!?」
「キサマ、童貞か?」

あきれたような口調で、僕をまっすぐ見つめる御剣。
その顔も綺麗で、馬鹿にされてるんだけどドキドキする。

「みっ、御剣、御剣、君、君って、こんな、男相手に、い、淫乱なの?」

ふっ、と御剣は鼻で笑う。
無知な子供を見下したような表情だ。

「もう勃起しているじゃないか」


御剣は跪いて、僕の恥ずかしいくらいに勃起している股間を、ズボンの生地の上から咥える。
う、と情けない声を出してしまって恥ずかしい。
御剣は口の端を歪めて笑いながら、ちゅうちゅうと音を立てて吸い始める。
ズボン越しなのにおかしくなりそうな程、気持ちいい。

器用にベルトが外され、チャックが下りる。
ああ、しまった、ださい白ブリーフはいてきちゃったよ。
もっとかっこいいのにしてくれば良かった。こんな事なら――。
ブリーフの合わせ目から自分の性器が突き出している。
こんな汚い物を憧れつづけてきた御剣に見られている事が、たまらなく恥ずかしい。
でも、そんな汚い物を、御剣は。

「だ…駄目、だよ」
「何故、駄目だと?私の事が好きだと言ったくせに…」

笑いながら、御剣は勃起を口にすっかり咥えこんでしまった。ああ、と声が漏れる。

僕は瞬く間に頭がショートした。
御剣は、片手で僕の睾丸を優しく揉みほぐしたり
根元の方を手で握ってしごきあげたりしていて
どう考えても慣れてる感じで、それがまた卑猥な普段の姿を刺激して興奮させられてしまう。


思わず御剣の後頭部を押さえつけ、奥に擦りつけながら勢いよく往復する。
くぐもった抗議の声をあげる御剣がいるけど、もう止まらない。
何も考えられなくて、死ぬほど気持ちいい。
ああ、ああ、うああ、と馬鹿みたいな声を出して腰を夢中で振る。
あまりの強烈な快感に、涙が滲んだ。

「んう、うっ、うっ」

御剣は苦しげな声をあげて悶える。

「はぁっ…あ、ああ、御剣…ごめ…ん」


何も考えられなくて白痴のようになる、頭が真っ白になって腰を突き出しながら射精した。

御剣は無理やり僕の身体を離すと、身体を折り曲げて大きく咳き込んだ。
口から白い精液が流れ出る。

「っ……」
「ごめん、ごめん、ごめん」

僕は、不安定な荒い息を落ち着かせながら、朦朧とした頭のまま機械的に謝る。

「気管に入りそうになったぞ…馬鹿め。
…………苦しかったが…、だが、少し…」

僕をそっと見上げた御剣の表情が、少し甘さを含んでいるように見えた。
もしかして、あんな風にされて、口を乱暴に犯されて感じていたのかな。

御剣は口内の残りの精液を
いつも首にかかっているヒラヒラとしたフリルでぬぐい取った。
それ、そういう風にも使えるんだ。なんか感動した。

「あの…本当に、ごめん」
「気にするな」
「き、気にするなって、御剣…」
「今度はもっと早い時間のある時に来たまえ。
暇が合えば、刑事のように、私を抱いてもかまわないのだぞ」

直接的な御剣の言葉に顔が真っ赤になる。
そんな僕を見て、御剣はまた冷笑するのだった。

それって、本気で言ってるのかな…。
4年間思い続けて来た御剣は、僕の思っていた彼では無かった。
でも僕はきっとすぐに、この執務室のドアを叩いてしまうのだろう。

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