―…おい
―うるさい…
―おい!
―やめろ…空気が…減って…
―しっかりしろ!御剣検事!
―…違う…お父さんは弁護士だ…検事じゃ…ない
―しっかりしねえか!
―やめろ!お父さんから…お父さんから、
離れろ!
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
耳をつんざく咆哮。
次の瞬間、目の前に広がる色。
――赤い。
血?
お父さんの…血?
いや…もっと冷たい赤。
赤く…光る。
「しっかりしろ、アンタ!大丈夫か?!」
耳慣れない声。
お父さんじゃ――ない。
目の前に、男の顔があった。
まず目についたのは顔の半分を覆っている、大きな見慣れない仮面。赤く光を放つ。
そして、ライオンのたてがみのような白い髪。
男が私の肩を掴み、揺すっている。
痛い。
どうして。ひどいことを。
「しっかりしろ、御剣検事!」
――御剣…検事?違う…お父さんは………
――検事は、私?
そうだ――
ここは、エレベータではない。
私は、9歳の子供ではない。
26歳の……検事だ。
そして目の前の男は――誰だ。
「あ…」
声を出そうとしたが、糊で貼り付けたように喉がへばりついて上手く話せない。
「気がついたか。夢を見るにはまだ時間が早いぜ…ボウヤ」
男の物言いに少しムッとする。
「…どちら様…だろうか」
「クッ……!ドチラ様、と来たか。
まぁしょうがねえ、アンタと顔を合わすのは初めてだったっけな」
「…」
「かわいいボウヤには、自己紹介を。ゴドーだ、御剣検事殿。」
仮面の下から覗く口元に皮肉っぽい笑みを浮かべながら、男は低い声で言った。
ゴドー…確か、成歩堂や糸鋸刑事が言っていた。突然現れた、謎の新人検事だとか。
「あなたが…ゴドー検事か」
ゴドーは口元を愉快そうに歪めたまま黙っている。
奇妙な仮面のせいで、感情が読めない。
「ところで…」
私は周囲を見回し、まずはごく当然の疑問を口にした。
「ここは、どこだろうか?我々は…一体」
じめじめした洞窟のような場所に、私とゴドー検事しかいない。
すきま風が強く、ひどく寒い。明かりもなく、かなり暗い。
ゴドー検事の仮面だけが暗闇の中で赤く光を放っていた。
「ここは…修験堂、のようだぜ。」
「修験堂…?と言うと…あの?」
「ああ、陸の孤島と言われる奥の院…そのまた奥にある、な。」
「な…何だと…!」
「ど、どういうことだ…そこに閉じ込められている真宵くんを救いだすために、
私があやめさんを…!」
「落ちつけよ、検事さん。」
「う…うム…」
「まずは、俺が見たことを順に話す。いいな。」
「…わかった。」
ゴドー検事がこちらを向き直る。
仮面に隠れて、その目はこちらを見ているかどうか分からない。
仮面の下に見えている口が、ゆっくりと動く。
「突然、大きな地震が起きた。かなり大きな揺れだった。
それから少しして…オレは、通りの真ん中でぶっ倒れているアンタを見つけた」
「…!!」
地震。
思い出した。奥の院へ向かう途中、地震に遭ったのだ。
目の前が真っ暗になって、それから――
そうだ、あやめさんを…容疑者を護送しているところだったのだ。
「あやめさん!…あやめさんは、どこに!」
「まあ、聞け。…俺が見た時、倒れてるアンタ以外には誰も…いなかった。」
「…しまった!!」
逃げられた―
血の気が引く。
容疑者を取り逃がした。私の責任だ。
私が、地震などで―
「落ち着け。倒れてるアンタを見て、怪我人かと思い俺は駆け寄った。
駆け寄ってしゃがみこんだ、その次の瞬間…後頭部に鈍い痛みが走って気が遠くなった。
目が覚めたらこの素敵な場所でアンタと二人、仲良くオネンネしてたってわけさ」
「…私の責任だ…。迷惑をかけて、申し訳ない。しかし、誰が我々をここへ…」
「さぁね。少なくとも…俺たちをもてなしてくれるつもりでは、ないだろうぜ」
当たり前だ。
そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
彼に苛ついても仕方ないのだ。
「当然、施錠されている…だろうな」
「ああ。アンタがまだオネンネしてる間に確認した…。妙な錠がガッチリ、だぜ。」
「…そうか…。」
少しの沈黙のあと、ゴドーが切り出した。
「なあアンタ。ずいぶんうなされていたが…大丈夫なのかい」
「…うなされて…?」
「ああ。脂汗ダラダラ流して、眉間にシワ寄せて…うわ言も言っていたな。
“おとうさん”とか“せんせい”とか…」
蘇る17年前の悪夢。
狭い箱、息苦しさ、焦燥感、銃声。
私はまだ、あの場所に囚われている。
「…すまない」
「謝るこたねえさ。
言いにくいことを聞いちまったんなら、こっちが謝るぜ。すまねえな。」
ゴドーの口元がまた笑みを形作った。
しかし今度の笑みは、少し穏やかなものだった。
言葉を返せずに、私は黙ってうつむいた。
再び沈黙が流れる。しかし、不思議と嫌な気分ではない。
ぶっきらぼうなその口調が、決して人を傷つけようとするものではないことが
彼との少しのやり取りの中で分かった気がした。
「ゴドー検事、あなたは…」
言いかけた時だった。
低い地鳴りのような音がして、足元が突然揺れた。ミシミシと地面が音を立てる。
瞬間、血の気が引いて視界が真っ暗になる。
立てなくなる。
体を支える足の力をなくして、みじめにも地面に倒れ込んだ―はずだった。
「お、おい!アンタ!」
かすかに声が聞こえた。
私の体を支えたのは、冷たい地面ではなく暖かい腕だった。
遠のく意識を必死で繋ぎ止めようとする私の耳元で、誰かが何か言っている。
「しっかりしろ!大丈夫か!」
先生?
ちがう。
お父さん?
息ができない。
苦しい。
助けて。助けて。
目がかすむ。意識が遠のく。体が痺れる。
このまま、死んでしまうのだろうか。
「おい、しっかりしろ…!畜生…過呼吸か…!」
苦しい。
苦しい。
痺れる指を、かすみゆく視界の先に伸ばす。助けて。
「クソッ…!」
その時、私の頭は大きな腕にすっぽりと包み込まれた。
その腕に強く抱かれ、私の頭は広い胸の中に押し付けられた。
暖かさを感じると同時に、私の弱い心を蝕む強い不安が徐々に溶けてゆくのを感じた。
「…はぁ…はぁ…」
大きな胸に顔をうずめ、私の呼吸は次第に落ち着きを取り戻した。
もう、大丈夫。
そう言って彼から離れることも出来るくらいには回復した。
しかし、そうしなかった。
もっとこの暖かさに抱かれていたいと思った。
まだ痺れの残る手で、彼のシャツをきゅっと握る。
もう少しだけ、彼の優しさに甘えていたい。
気がつけば顔をうずめる私の髪を、大きな手がゆっくりと撫でていた。
「…もう大丈夫か」
彼に聞かれ、仕方なく私は少し頷いた。
ゴドーが腕の力を緩める。
彼の腕から解き放たれ、私は彼を見上げる。
仮面のせいで、感情が読めない。
ゴドーの指が私の目元をなぞった。涙の跡だった。
「まだ、少し苦しいか…」
そう言ったゴドーの唇が、そっと私の唇に触れた。
唇の隙間から、ふぅっと息が入って来る。もう一度。そしてもう一度。
ゆっくりと唇を離したゴドーが、フッと笑った。
「アンタのその目…キライじゃないぜ。」
仮面で見えないはずのゴドーの目が、微笑んでいるように感じた。
再び、唇を重ね合わせた。
今度は、空気を送るためではない。
唇を噛み合い、舌を絡ませ合う。
ゴドーのシャツを握る私の手に、力が入る。
私を抱きすくめる手が背中をなぞれば、ゾクゾクとしたものが走る。
気付けばお互いを激しく求め合っていた。
ゴドーの舌が私の首筋を這う。
シャツを捲りあげられる。
指先で敏感な突起をこね回されれば、いとも簡単に淫らな声を発してしまう。
「クッ…!やっかいなボウヤだぜ。…その目で、何人の男を狂わせて来た?」
自らもシャツを脱ぎ、半裸になったゴドーが皮肉っぽく笑う。
「俺は、赤い色が見えない。
だから、アンタの肌がどんなに火照っても見ることができねえ。
喘いでくれよ、俺にも分かるように。聞かせてくれ、アンタが感じてる証拠を」
私は小さく頷いた。
彼の指が私の敏感な部分をまさぐれば、足を絡ませ耳元で声をあげた。
いつしか薄暗い闇の中で、汗ばんだ二つの裸体は重なり合っていた。
「ゴドー検事…あなたが…欲しいのだ…」
快楽に腰をくねらせながら潤んだ瞳で訴えると、ゴドーは少し笑った。
「おねだりが上手だな、コネコちゃん」
そして、ぴちゃぴちゃと唾液が絡み合う音が立つほどの激しいキス。
唇を離したゴドーの指が、私の唇を割って口内を掻き回す。
私の口から取り出したその指は唾液で濡れて光り、糸を引くほどだった。
そしてその指が、私の肉の穴を割って入って来る。
「くっ…ん」
「痛いか?」
私はふるふると首を振った。耳元でゴドーの笑い声が漏れた。
やがてきつく閉じていた門は緩み、欲望をもってヒクつく。
「検事さんよ…アンタのここ…ずいぶんいやらしい動きしてるぜ…」
ゴドーの皮肉っぽい笑いも、もはや私の情欲を掻き立てるものでしかない。
熱で潤んだ瞳でゴドーを見上げた。
「は…はや…く…ほしい…」
「焦るな…。オレはどこにも、逃げねえぜ。」
入り口に、熱いものがあてがわれる。
ゴドーの熱がゆっくりと肉壁を絡め取るように、私の中に侵入してくる。
「んっ…は…あっ…んぁ」
「いいぜ…コネコちゃん…アンタのいやらしい顔…よく見えるぜ…」
快楽にかすむ目で見上げれば、ぼんやりと赤い光が映る。
ゴドーの熱い肉が私の中を擦って動く。
「あ…はぅ…ンっ…」
すがるようにゴドーの頭に手を回し、白い髪に指を絡める。
「カワイコちゃんには優しく攻める…そいつが…オレの、ルールだぜ。」
ゴドーの口元が緩む。
彼のものが前立腺を擦るたび、わたしの口からはだらしなく淫声が漏れた。
「んっ…あっ、そこっ…い、イイっ、ぁんっ!」
ゴドーの先端が私の性感帯をリズミカルに突けば、快楽の波が体の底からこみあげてくる。
「やぁっ、あっ、だ、ダメ…い、イくぅ……んんっ!」
そうしないと壊れてしまいそうで、ゴドーの腕をぎゅっと握った。
ゴドーはニヤリと口元を歪めただけで何も言わず、さらに激しく揺さぶって来た。
最後の一突きが、ひときわ強い快楽と共に私の自我をさらってゆく。
「はっ……あっ…あああぁぁぁっ…!!」
激しい快感が全身を貫き、体中の筋肉が硬直すると同時に
性器からはドクドクと淫らな体液が溢れだした。
快楽の余韻が痙攣を起こし、ゴドーの腕を握る手にも力が入る。
ゴドーはクッと短い笑いを漏らして言った。
「アンタのイく瞬間…良かったぜ…。オレの分も…しっかり受け取ってくれよ」
さらに激しい一突きが私の奥に刺さる。
私が声を洩らすのと同時に、熱いものが流れ込んで来た。
「…人は誰でも共犯者だぜ…アンタも、オレも。…快楽と言う魔物に…溺れたのさ」
繋がったままで、ゴドーの乾いた唇が私の唇を塞いだ。