駅前の、いわゆる大型ショッピングモール。
平日だというのに、フードコートは人ごみで賑わっていた。
そのフードコートの一角。アイスクリームショップのテーブルに、彼はいた。
Yシャツに蝶ネクタイ。吊った半ズボン。紅顔にアッシュグレイの髪が良く映える、年端もいかない少年だった。
しかしその目は鋭く、義務教育中の歳とは思えないような光りを放っていた。
当然だ。何故なら彼は義務教育どころか、大学教育も既に終え、検事として働いていたのだから。

彼の名は、御剣。御剣怜侍。ご存知赤きヒラヒラの天才検事である。

数ヶ月前、彼は麻薬の売人をしているという容疑者に接触した。
彼の部下は危ないッス! やめるッス! と止めようとしたが、向こう見ずにも彼はその忠告を聞き入れなかった。
事実、心配した部下が、容疑者達のアジトに踏み込まなければ、彼は今ここにいなかっただろう。
容疑者とその仲間は、御剣を薬漬けにしようと妙な薬を盛ったらしい。
幸か不幸か御剣は、薬物中毒になることも、命を失うこともなかった。
しかしその身体は26歳から大よそ17年分、当年とって9歳まで若返る羽目になった。
幸い、その犯人達は逮捕できたし、麻薬や、御剣に盛られた妙な薬の出所もアジアの小国だと分かった。
その筋に詳しい知り合いが今、治す方法を探してくれている。

兎も角。
御剣怜侍はかくして、この姿へと変わってしまった。



そして今、彼はこのフードコートを張り込んでいた。
同種の麻薬取引が行われるというタレコミが入った為だ。
今回部下は、別の事件の担当をしているということもあり、一緒に行動していない。
その代わりに、別の“お目付け役”兼“ボディガード”が、同行していた。

「クッ……! 天使のキスより甘いアールグレイ、だぜ」

目の前に突然、ぬっとアイスクリームが差し出された。褐色のごつごつした指に、銀の指輪が光っている。
御剣がぎょっとして見上げると、そこには赤いレンズのサングラスをかけた男が立っていた。
白髪に褐色の肌をした、長身の男だった。服はTシャツにジーパンで、フリーターか不良のように見える。
その曲げられた手首にかかった白杖が、彼の視力を暗に示していた。
「……チョコレートの方が甘いだろう」
御剣は男から淡いベージュのアイスクリームを受け取ると、バツが悪そうにつぶやいた。
男は再びクッと笑うと、もう片手に持った茶色いアイスを見せ付けるように一舐めして言った。
「これはモカ、だぜ。ボウヤの舌にはまだ早すぎる」
「私はボウヤではない! ……確かに今はこんな姿だが」
「どんなナリでも、俺にはボウヤだぜ」
いっそ手に持ったアイスをぶつけてやろうか。いやそれではますます大人気ない。癇癪を起こした子どもも同じだ。
御剣は深呼吸して、アイスを一舐めした。
「……確かに甘いな。この味はあなたのセンスか? ……神乃木荘龍」
「可愛いボウヤには甘いものを……そいつが、俺のルールだぜ。それに、その男はもう死んださ」
神乃木荘龍と呼ばれた男は、御剣の向かいの席に腰掛けると、シニカルに笑ってそう言った。
「今の俺は、ゴドー。いわばアンタのボディガード……だぜ。御剣検事さんよ」

ゴドー。あるいは、神乃木荘龍と呼ばれる男。
その経歴については、詳しく触れるまでもないだろう。
ただ彼は知り合いに、御剣検事を一人にしないでくださいッス!! と涙ながらに泣き付かれたから、ボディガード役を買って出たのであった。


「張り込みはそんな真剣な目をしてするもんじゃないぜ」
「ム。だが注意して見なければ、分からないではないか」
「やっこさんも視線には敏感だ。そんなゴーゴンみたいな視線を向けられちゃ、おちおち取引もできないだろうさ。……自然体が一番だぜ」
「……ムウ」
事実御剣の目線は厳しいほどに厳しすぎて、刺すようなものになっていた。
しかも子どもの姿の上、アイスはしっかり食べているので、そのギャップがおかしすぎる。
「あなたこそ……その、何だ。いつものゴーグルはどうしたのだ。それで見えるのか?」
と、御剣はゴドーのかけているサングラスを指差した。
「それに、白杖まで持って」
ゴドーはクッといつものように喉で笑うと、サングラスの位置を中指でくいっと直した。
「まさか盲人が張り込みしてるなんて、向こうは思ってないだろうさ」
まるでいたずらっ子のように笑うゴドーを見て、御剣は眉を八の字にした。
ことさらいたずらの計画を話す子どものように、ゴドーは声を潜めた。
「これはいわばプロトタイプだ。そして俺はモルモット……だぜ」
「……意味がよく分からないのだが」
「相変わらず赤は見えないけどな、アンタの可愛い顔を見るには不自由しないぜ」
「誰の顔が可愛いと……」
「クッ……証明してやるさ」
突然ゴドーの指が、御剣の顔面に……その口元に伸びた。
「なッ!?」
「どうやら天使がいたずらしていったみたいだぜ、コネコちゃん」
顔を真っ赤にする御剣をよそに、ゴドーは御剣の口元から拭い取ったクリームをぺろりと舐めた。
「……やっぱり甘ェな、ボウヤにはピッタリのセレクト……だぜ」
なんというか、もう、言葉もなかった。
御剣はぐしゃっとアイスのコーンを握りつぶし、次の瞬間に後悔した。
手のひらといい爪といい指といいその間といい、何もかもどろっとした甘ったるいクリームでべったり汚れていた。
「……クッ、ドジッ子なボウヤ、嫌いじゃないぜ」
駄目押しとばかりの一言。
御剣はクリームまみれの手で、法廷の如く思いっきり机を叩き……その痛みにしばし悶絶した。
ややあって、御剣は、
「…………手を洗ってくる。売人が来たら知らせろ」
と言って椅子から降りると、トイレの方に歩いていった。
涙目の上声が震えていたのはゴドーの気のせいだったのか。背を向けた今は分からないことだった。
「…………素直じゃないコネコちゃんも、嫌いじゃないぜ?」
後には、心底楽しそうに笑うゴドーだけが、残された。


(あの男め……!)
御剣は内心激昂しながら、子ども用の低いシンクで手を洗っていた。
これでもかと液体石鹸をかけ、泡立て、纏わりついた糖分を洗い流していく。
(……誰がボウヤだ!!)
確かに今は坊やと呼ばれても仕方がない身体であることは自覚している。
しかしあの男は、そう、初めて法廷で会ったその日から、人のことをボウヤボウヤと……!
ガヅン。
「〜〜〜!!」
思わず思いっきりシンクを殴り、再び御剣は痛みに悶えた。
再び殴った拳を水で冷やしながら、御剣はぎゅっと目を瞑った。
(まるで、心配した私が馬鹿のようではないか……)
最近、神乃木の容態が芳しくない、とは聞いていた。
だから少しは、ほんの少しは心配していたのだ。
だが今日の彼といえば、そんな噂などどこ吹く風。完全無欠、相も変らぬゴドー節が炸裂していた。
(……ムウ)
怒るべきなのか、心配するべきなのか……安心するべきなのか。
まあ、それと自分を子ども扱いすることへの苛立ちは、また別なのだが。

考えていても仕方がない。それよりも売人を……
御剣は水を止めると、ハンカチを取り出そうとポケットの中に手を突っ込んだ。……ない。
そういえば、持ってきたリュックの中に……とも思ったが、そのリュックも、席に置いてきてしまった。
仕方がない、とため息をつき、手洗い場から出ようとした瞬間。

「落し物ですよ、御剣検事」
「うム? ああ、すまな」

男の声に振り返り、はた、と気づく。

何故、自分が御剣検事だと分かったのか――



次の瞬間。衝撃が全身で弾け、意識がブラックアウトした。





気の抜けた電子音が、アイスクリームショップに響いた。
「……? ああ、電話が俺を呼んでるぜ」
誰も聞いていないのにそう言うと、ゴドーは反対側の椅子にかかったそれを、テーブルの上に上げた。
トノサマンの顔を象った、子ども用リュックだ。
その中でトノサマンのテーマソングを歌い続ける携帯電話を手に取り、相手に答える。
『検事さん!! 今すぐそっから離れるんだ!!』
知らない男の大音量が、ゴドーの鼓膜を直撃した。
『聞こえてんのか!? ソコはヤバい! 今俺の仲間が向かってるから動くんじゃ』
「……クッ、よく聞こえてるぜ」
電話の向こうで、明らかに男は動揺したようだった。
『だ……誰なんだ、テメエはッ!? テメエ、御剣に何を』
「名乗る前に、まず相手の名前と職業を聞く……それが、オレのルールだぜ。御剣怜侍の知り合いさんよ」
御剣怜侍。その名を聞いて、男はますます興奮したようだった。
『は……ハッ! ああそうかい! よおくわかったぜ! 狼子曰く! “友に仇なす者の喉首には、決して喰らいついて放すな!”
首洗って待ってろ、この薬中のペド野郎ッ!!』
ガチャン。ツーツーツー。
「…………」
一体、何だったのか。まるで嵐のような電話だった。
だがしかし。
「…………」
ソコはヤバい。御剣怜侍。薬中のペド野郎。
電話の相手は、自分を何と勘違いしたのか。
今は、何と勘違いするような状況なのか。
そもそも今日張り込んだのは……何の為、だったか。

「ッ……まさか!」

次の瞬間。ゴドーは弾かれたようにトイレに走り……そして、後悔した。


御剣怜侍の姿は、既に、影も形も消えていた。





“これ……本当に……”

“……じゃ、ないんだから……”

“でも、効果は……”

“……タダの子ども……”

ざわざわとノイズめいた声が、薄暗い意識の中に侵入してくる。
手錠の、重く冷たい感覚がある。
御剣は辺りを見ようと瞼を開いたが、涙が滲んで、辺りは良く見えなかった。
何度か瞬きをしたが、今度は今いる場所自体に光源が少ないこともあって、ほとんど見えない。
影法師たちがざわつく声だけが聞こえ、それが不安をかきたてた。
どうやら、何者かに拉致されたらしい。

不意に、巨大な手が、御剣の顔面に伸びてきた。
強引に片目を開かれ、光で照らされる。
「ん? おい、もう起きてるみたいだぞ」
「本当か?」
急激な明度差の中では、族の顔を確認することも出来なかった。
再び光源を失った世界は、かえって真っ暗で、余計に何も見えない。
ただ男たちの下種びた気配がするだけだ。

「おはよう、検事サン。気分はどうかな?」
突然、影法師のひとつが、口を開いた。
「随分小さくなっちゃってさあ。んー?」
頭を掴まれ、無理やり顔を上に向けられる。
……彼らは、自分が御剣怜侍だと知っていた。
子どもの姿の自分を、御剣怜侍検事だと知っていた。
そのことから導き出される結論は、たった一つ。
こいつらが、この影法師たちこそが……!!



「貴様らが……貴様らが、私を……!」
「直接はやってない。やった奴らはポリ公が全部しょっぴいちゃったしね」
と、男は、にべもなく言った。
その態度が、ますます御剣の血を頭に上らせた。
「ふざけるな! 早く私を元に戻せ! 開放しろ! 全員を法廷に引きずり出してやる!」
しかし、ただの子どもが拘束されながら喚いたところで、何の効果もなかった。
それに気づき、御剣は悔しげに唇を噛む。
「アハハハハハ! いいなあその可愛い顔!」
憎らしいことに、相手にはこちらの姿が見えているらしい。

――せっかく、出会ったというのに!
――この身体では……裁くことも、逃げることも出来ない!

御剣はぎりりと奥歯を噛み締め、暗闇を睨み続けた。
せめて目が暗闇に慣れれば、ここがどこなのか、見当をつけられるはずだ。
ただの個室なのか、倉庫なのか、あるいはもっと違った密室なのか。
それが分かれば、せめて、外にこの悪漢どもの事を伝える術も考えられる。

だが男たちは、観察する間も与えなかった。

突然男の一人が、御剣の胸倉を掴んだ。そして――
「さ、もっと可愛い顔になろうか? みつるぎれいじくん?」
そのシャツを、一気に引き裂いた。
「――ッ!?」
その直後、ズボンや下着も同じように引き裂かれ、ばちんとサスペンダーが弾け飛んだ。
複数の手が、御剣の露になった肌に迫る。
「や、やめろ! 何をするつもりだ……!」
「ちょっと楽しいコトをしようと思ってね。大丈夫、怖くないよ。すぐに何にもわからなくなるから……」
憤った御剣を鎮めるように、男は彼の頭を撫でた。
しかし優しい手つきはそこまでだった。



まず手は、青年時の筋肉などまるでない、薄く皮ばった胸を。
そして、その上にある、小指の先ほどもない乳首を、そっと撫ぜた。
「やっ……やめ……あぁッ!?」
突然きゅっと乳首を摘まれ、御剣は思わず悲鳴を上げた。
子どもの柔肌から受ける刺激は相当で、それだけでぴりぴりとした痛みが走った。
「可愛い声で啼くなあ。もっと聞かせてよ」
闇から伸びたもう一本の手が、反対側の乳首を捕らえ、刺激した。
こつこつと指先でノックし、指の腹で揉むように押したかと思うと、突然ぎゅっと捻ってみせる。
閉じた乳頭の穴も爪弾かれ、その度に御剣は高い声を上げた。
「こっちはどうかな、みつるぎくん?」
こっち?と疑問に思う間もなかった。
「うあぁッ!?」
今度は、下半身を……肛門を、刺激されていた。
「小さいけど、すごくヒクヒクしてるね、ココ。何か入れてほしいのかなぁ?」
まるで括約筋を解すように肛門の周りで円を描かれる。
決して触れられたくない秘所に、犯罪者たちが群がり、べたべたと汚い手で触っている。
怖気で目の前が真っ赤になりそうだった。

「ねえ、入れてほしい?」
御剣は男の言葉に、震える喉で無理矢理声を張り上げた。
「こ……断るッ! 私は、決して、……屈しない!!」
男は、手を止めると、ふうん、と興味もなさそうに言った。
「そういうこと言っていいの? 気持ちよくなりたいんだったら、素直になったほうがいいよ?」
猫なで声で強姦に同意しろと迫る男に、御剣はなお、刺激が止まったのをいいことに、まるでここが法廷であるかのように攻め立てた。
「麻薬取締法第12条……営利目的による麻薬取引ならば、1年以上10年以下の懲役、情状により300万円以下の罰金だ。
更に刑法第224条に第225条、未成年を略取すれば3月以上7年以下の懲役、わいせつ目的ならば1年以上10年以下……!」
「それで?」
「麻薬取引の上、私をこうして拘束した時点で、既に貴様らは罪を重ねすぎている。
おとなしく捕まればいいものを、貴様らはムダに刑を重ねただけだッ!!」


途端、男たちの気配が、すうっと冷えた。
「……ま、しょうがないね。検事さんだもんね。小さくても」
口調は先ほどと変わらないが、声色は明らかに冷え切った、冷徹なそれに変わっていた。
「アレ持ってきて。ちょっとまず素直にさせないと使えないよ」
男の声に、影法師がごそごそ動く。やがて、
「どっちのヤツだっけ?」
と、違う男の声が聞こえた。
「どっちでもいいよ。さっさと使えるようにしないと」
目の前の男が答える。
一体何を使えるようにするというのだ。
そう思った瞬間、突然、今度は口元に指が伸びてきた。
そのまま強引に開かされたかと思うと、舌先に何か苦い物が触れた。
――麻薬の粉末!?
「はーいみつるぎちゃん、おくすりのみましょうねー」
もはや男の声には、感情すら篭っていなかった。
暴れる御剣の舌にその粉を塗りこみ、無理矢理飲ませようとする。
「ほら、ちゃんと飲もうよ。飲んだら気持ちよくなって、そのナマイキなお口も忘れちゃうからさ。
ね、飲もうよ。飲めよ。……はやく飲めよこのガキッ!!」


溢れ出る唾で、反射的に薬を飲み込んだ、その瞬間。





がたん!
突然音がして、眼前の暗闇が四角く切り取られた。
真っ白な光が差し込んだのだ、と、今度は明るすぎる故に失った視界の中で気づく。
「……!」
影法師という隠れ蓑を失った男達が、ざわついた。
御剣は瞑っていた目を開け、そして……混乱しながらも、安堵、した。


「クッ……! 昼間から、ディオニソスの宴ってワケかい? アンタ達……」


神乃木荘龍、あるいはゴドーと呼ばれる男が、そこにいた。
サングラスの向こうから、色を失った白い瞳で、こちらを睨みつけていた。


「おい、何なんだよアンタ! この×××が!」
男がそう言ってゴドーに詰め寄ったその瞬間。パチンという音がした。
そのごつごつとした手の中に、いつのまにか獲物が握られていた。
「え?」
白刃が、舞った。
「がッ!?」
詰め寄った男はそのまま、顎を押さえてくず折れた。
闇の中、逆光を受け白く光るソレは、まるでヒーローの武器のように見えた。
ゴドーはくるくるとその獲物を……白杖を振り回すとニイッといつものように、シニカルに笑って見せた。


「アンタ達、座頭市って知ってるか?」



そこから先は、ゴドーのオンステージだった。とだけ言おう。
なまじ目が見えないフリをしているだけ……実際は本当に見えないのを矯正しているだけだが……なので、
向こうも油断しているのだろう。
方や薬中、方や色々な意味でケンカ慣れしている男、となれば、勝敗は見えたようなものだった。


漸く御剣の目が光に慣れた時、そこに立っていたのは、先ほどまで御剣を犯そうとしていたリーダーらしき男と、ゴドーのみだった。
御剣は、思わず言葉を失った。
「…………ッ」
「……何、もうバテたの?」
余裕綽々の男に、乾いた咳をしているゴドー。
方や後ろで黙って戦い方を見物していた男、方やケンカ慣れしているが、病み上がりと連戦で体力が落ちている男。
となれば、勝敗は……
「……ッ」
「――ッ!」
ゴドーが脱力した一瞬、男はポケットから取り出したナイフで、ゴドーに飛び掛っていた。

「――神乃木ッ!!」

からん、と乾いた音がして、御剣の手元に、割れたサングラスが転がってきた。



そして……男の、体も。



「……クッ。やれやれ、だぜ」

その声に、御剣は思わず頭を上げた。
「……!」
そして、絶句した。
ゴドーの顔面、真一文字に走る傷痕。
その横、目のすぐ横に、真新しい赤い傷口が、出来ていた。
おそらく、相打ちだったのだろう。杖を喰らった男は気絶しただけだが、ナイフを喰らったゴドーは――
「か、みの、ぎ……血が……」
「そんな情けない顔するんじゃねえよ、コネコちゃん」
ぐいっと血を拭うと、ゴドーは不敵に笑ってみせた。
笑って、みせたかったのだろう。
しかし、その顔からすうっと血の気が失せていく様は、御剣からも十分に分かった。
「情けない顔……って……今のあなたには見えないじゃないか!? 何でこのような無茶なマネを!?」
「知ってるか、コネコちゃん」
片膝をつきながら、それでもゴドーは、御剣を安心させるように、言った。


「俺の世界に、赤は――存在しないん、だぜ」


そうニヒルに呟いた瞬間……巨体が、倒れた。

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