偶に見せる、捨てられた犬のような目が気に入っていた。
置き去りにされる恐怖や、手にした何かを失ってしまう悲哀を忘れられずにいることが
哀れだとも思っていた。
そんなものにはさっさと慣れてしまうのにかぎる。
後生大事に胸の内に秘めていたところで、己の枷にしかならないことをあの若造は気づかないふりをする。
やっぱり哀れだ。
大人になれない、ロマンチストなのだ。
そう言ったのは、彼の師匠であったか。
巌徒は御剣に事件の報告書を渡しながら彼の顔を盗み見る。
色が白く、端正といっていい。笑顔でもふりまけばさぞ女にモテることだろう。
ただ御剣の表情は暗く険しい。

「じゃあ御剣ちゃん、事件のことはわかったよね?」
「え、ああ。はい。わかりました」

報告書から顔を上げた御剣は眉根を寄せた苦しげな表情だった。
それはそうだろう。
市内にあるホテルで起こった事件だ。
エレベーターで女が一人、暴行の末殺された。
容疑者は確保され、裁判を控えている。後は御剣に任せるのみだ。
この事件が御剣に過去を彷彿させていることには間違いないだろう。
だから甘いという。
つけいりたいと思う。
御剣の暗い顔を見て巌徒は愉しくなってしまう。
でもまだ、この楽しみをとっておきたい。刈り取るにはまだこの芽は、青い。
それに飼い主の師匠の目がある。

「事情徴収とか好きにしてね。僕、君に期待しているから、カンペキにね、有罪にしちゃって」
「…はい。任せてください」

御剣は怜悧な表情に戻る。

「エレベーター内での犯罪だもん。犯人は奴で間違いない。無罪放免なんてありえないよね」

御剣は見るからに表情を曇らせた。そして小さく、当然です。と言う。
顔を逸らす、その首筋が白い。
ああ、その隙が堪らないのだ。


知らせが入ったのはそれから数日後のことだった。
護送中の犯人が逃走したと。
審理は一日で終わり、御剣のロジックはカンペキをもって被告人を有罪とした。
巌徒としては多少の物足りなさも感じたが、法廷に立ち鬼気迫る表情で被告人を睨めつける御剣を
まぁ、楽しく見物させてもらった。
――犯人が逃走?馬鹿馬鹿しい、逃げおおせるとでも思っているのか。それに警護の連中は何をしていた。
苛つきを抑え、御剣へと電話をかけた。
……………
出ない。
予感がする。嫌、というよりも腹の底が沸き立つような、もっと火が熾るような。
長年、刑事をやってきたその勘が、何かの兆しを巌徒に告げている。
御剣は気づいていただろうか。御剣が被告人を睨めつけていたと同じように、被告人もまた、
御剣の横顔を憎悪を込めて見ていたことに。
巌徒は局長室を後にする。確信があった。
気がはやっている。
心地よい緊張感だ。しかし、もっと子供っぽい。小動物を追い詰めたときのような残酷な恍惚感があった。


検事局は暗い。
時刻は23時をまわっていた。
巌徒はエレベーターで12階へ上がる。廊下は非常灯の心許ない明かりで、暗く浮かび上がっていた。
1202号室。
巌徒は脇のホルスターへ手を伸ばす。安全装置は外してある。
室内の気配を伺う。分厚い扉の向こう、空気が乱れているのを感じる。
ノブに触れると緩く回る。鍵は開いている。
息を吸う。吐かずに喉に留める。
巌徒は素早く扉を蹴り開けピストルを構えた。

大きな窓から差し込む夜の明かりで、部屋は暗く青い。窓際のオブジェが部屋に歪な影を落としている。
部屋の中央に二つの人影があった。一つの影はもう一つに覆い被さっている。
巌徒の出現に気づき、覆い被さっている方の影がけたたましい笑い声を上げた。

「おっ、遅かったじゃねぇか!」

影は獣のように四つん這いになり巌徒へ向かって吼えた。

「お、俺を有罪なんかに、しやがって!へへ…っ!見ろよ、この野郎、犯してやったぜ!」

男は興奮しているのか吃音気味に喋る。
巌徒はピストルを構えたまま無言で男に近づき、ゲラゲラと下卑た笑いを浮かべる男を蹴り飛ばした。
もんどり打って転がった男の腹を更に蹴る。
ピストルを突きつけ、消えろ、と言った。
腹の底が冷えている。
男は巌徒に恐れをなしたのか、ばたばたと這うように部屋を出て行った。
逃げても無駄だ。ここに来る前に包囲網を布くように指示を出してある。
――腹の底が冷えている。ひどく残酷な気持ちになっている。
それは、あんな薄汚い犯罪者に対してではない。
この御剣怜侍に対してだ。
自分が手折るはずだったのだ。
こんなに簡単に楽しみを奪われるとは思ってもみなかった。
デスクの照明をつけ、床に目を落とした。
蛍光灯の白い明かりに体半分を照らされた御剣は、惨めといっていい有様だった。
シャツは引き剥がされ胸が露わになっている。下半身も何も身につけておらず、二本の足が力無く投げ出されていた。
開いた足の間にはぬらぬらとした液体が零れており、蛍光灯の明かりを受けて、鈍く光る。
巌徒は御剣の傍に屈む。
気絶しているかと思ったが、目は開いていた。
ただ、虚ろな目で焦点が合っていない。鼻から口、首にかけて血や精液で汚れていた。

「御剣ちゃん?」

返事がない。半端に開いた口から唾液が垂れている。
――薬か。
あの男が何かしらのツテを使って手に入れたのだろう。まったく余計なことをしてくれる。
巌徒は御剣の頬を叩きながら呼びかける。
何度目かの呼びかけに、ようやく御剣が反応を示した。
瞳がゆるゆると巌徒へ向けられる。

「みつ」「うわあああああっ!」

御剣は悲鳴を上げ、巌徒から離れた。
ソファに縋り付き震える。
腕の隙間から警戒するように巌徒を見ている。いや、見ているのは巌徒ではない。




御剣の視線は巌徒の右手に向けられている。

「……何?君、これが怖いの?」

巌徒はピストルを御剣に向ける。御剣は身を固くして更に巌徒から離れようとする。

「…ご、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「??」
「お、父さん、僕が、撃ったから」

何を言っている?巌徒は譫言を繰り返す御剣に無遠慮に近づき、顎を捉えて無理矢理こちらを向かす。
御剣の焦点は定まっていない。不安定に瞳が揺れ動いている。

「…君が撃ったの?これで、お父さんを?」
「撃っ、た。だから、悲鳴、が」
「ふうん」

薬効で意識が混濁しているのだろう。いまいち要領を得なかったが。そうか。
御剣が犯罪を異様なまでに憎んでいるのは知っている。だが、果たしてそれがどこに起因していたのか。
何のことはない、それは、罪の意識だ。
罪人が罪人を裁くことへの負い目。
――だから、自分は御剣を気に入っていたのかもしれない。
巌徒は首根を捉えて御剣を床に投げ倒し、眉間にピストルを押し当てる。
恐慌状態の御剣の目からぼろぼろと涙が零れた。

「馬鹿がつくほど真面目だなぁ、御剣ちゃんは。いつまでも過去に囚われてたら。
 慣れていかなきゃ。慣れなきゃ、潰れるよ?さっきも酷い目にあったばかりなんでしょ?」
「あ、あ、」

巌徒は御剣の足の間に手を差し込んだ。暴漢によって荒らされた場所が粘着いている。
指を体内に埋めると、御剣が暴れ出した。すかさず銃口を口内に突き込む。

「僕がねぇ、慣れ方を教えてあげるよ。だから大人しくしてなよ、御剣ちゃん、手元が狂ったら危ないでしょ?」
「う゛うぅ、うん、ン……っ!!」

見開かれた御剣の瞳に映った自分が、笑顔を浮かべていた。


「うん、んっ、んんっ、ぅ」

巌徒の指が御剣の中をまさぐる動きに合わせて、御剣が喉の奥で啼く。
内側の細かく凹凸した粘膜を撫でながら、穴を横に広げるとどろりと精液が垂れてきた。
中に出された汚汁を遠慮無く掻き出す。

「あらら、可哀想に御剣ちゃん。こんなに中出しされちゃって、気持ち悪かったよね」
「んんん!んぅ…!」
「でもね、この中、気持ちよくもなるんだよ」

巌徒が目星をつけながら御剣の中を探る。性器側の肉の壁を引っ掻いていくと、その一点で御剣の体が跳ねた。

「ううん!ん゛ぅ、ぅ!」
「ね?腰の辺りがゾクゾクするでしょ?」

抵抗をなくした御剣の口からピストルを引き抜く。べっとりと絡んだ唾液が糸を引く。
ちらりと御剣の瞳に光が宿った。

「あふ、あ、局長、どうして……?」
「お目覚め?御剣ちゃん?…薬、ちゃんと抜かないとねえ」

まだいくらか濁った瞳の御剣を反転させ、巌徒は後ろから抱き竦めた。

「局、長、わ、私は……」
「野良犬に種付けされちゃってたんだよ?覚えてる?覚えてたらどんなふうだったか教えてもらいたいな」
「あうぅ!!」

御剣の股間をまさぐる手はそのままに、巌徒はもう片方の手を御剣の口に運ぶ。
人差し指と中指を口内に差し込み、舌の付け根のさらに奥を圧迫した。
御剣が呻き、胃液を吐き出す。

「ぐ、げふっ、っ、う……!」
「辛いよね?まぁ、今に慣れさせてあげるからね、心も体も」

そう、この若木をへし折るだけが楽しみなのではない。
飼い慣らし、色を染めていくその過程を楽しむこともできるのだ。



ふと同年の男の死神のような顔を思い出す。
なるほど。多少の齟齬はあるかもしれないが、あいつもこのような心事であるのかもしれない。
えずき、ぐったりとしている御剣の尻を抱え、巌徒はその狭間に自らの性器を擦りつける。
ああ、まったく年甲斐もなく興奮している。

「…!!やめ、やめてください!局長!!」
「残念だよ、御剣ちゃんが傷物になっちゃって。僕がお手つきにする予定だったのに。
 …大丈夫、感じさせてあげるから」
「あ、ああ、あああっ!!!」

御剣が泣き声をあげた。
巌徒が御剣の肉を割って侵入する。窮屈ながらも先の陵辱の痕跡か、湿り気がある。
ゆっくりと半分ほど挿入したところで、一気に貫いた。
ぜぇぜぇと息を切らしながら御剣は床に爪を立てる。
狭い直腸をこじ開けるように腰を回してから、巌徒は出入りを開始する。
御剣のびくびくとした痙攣が、直に伝わってきて、巌徒をさらに高ぶらせた。

「あ、あぅ、や…いや、だ…っ!…ンあ、はあっ!?」
「ほら、ここ、いいでしょ?」

巌徒は御剣を横に倒し、片足を抱える。大きく開いた足の間を荒々しく穿つ。
奥を突かれる度に御剣は引きつった喘ぎをもらす。
意に反して巌徒を受け入れ、泣きながら喘ぐ御剣の凄艶さに巌徒はますます体積を増す。

「いや、だ、いやだ……あっ、う、ぁはン…」
「嫌、じゃなくて、もっと、って言うんだよ…いいよ、君、素質ある…」

熱を帯びてきた粘膜の絡みつきを存分に堪能し、巌徒は吐精した。
御剣の中にどくどくと溢れさせながら、粘液を染み込ませるように肉棒を擦り付ける。
巌徒の腰使いは止まず、淫猥な水音を鳴らして尚御剣を犯す。

「ひ、あ…あ…どうして…わ、たし、を…私、が…何を」
「……これから後ろだけでも、イけるようにしてあげるからね、可哀想な、御剣ちゃん…」

御剣は虐げられた犬のような目で呆然と巌徒を見つめる。
巌徒は笑顔を浮かべたまま御剣の質問には答えない。
御剣には苦痛と快楽、そして征服される歓びを覚え込ませてやろう。
さぁ、彼を手折るのは自分か彼の飼い主か、それとも別の誰かか。
美しい散り様に期待しようではないか。

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