「でさぁ〜、今日跡部様がさぁ〜・・・・・・・・」
「マジで〜!?超ヤバイんだけど〜・・・・・・・・・・」
「うわ!もうこんな時間!!今日用事あんのに〜!!もう最悪〜・・・・・・」
クスクス ザワザワ・・・・
絶え間なくコート内に聞こえる女の甲高い笑い声。
レギュラー、準レギュラー達に向けられる黄色い声援。
あまりに色んな名前が繰り返し、飛び交うため私は部活参加初日だというのにレギュラー、準レギュラー全員の名前を覚えつつあった。
私はテニスの黄色い球がたくさん入ったカゴを両手で抱え、固まっていた。
「何だ・・・・・・・この部活は・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・マネージャーって何ですかね?
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7 -ninnolo-
「あんた、これも洗っといてね!」
洗濯物を洗っている私は顔を上げて声のした方を見上げる。
そこにはいつの間にか3人のマネージャーが立っていた。
投げ捨てられたタオルがストンと私の足元に落ちるのが分かった。
タオルを投げたのはどうやら真ん中に立っているヤツだろう。
美人マネージャー達の中でも群を抜いて美しい女だ。
レギュラー達の彼女に対する態度、他のマネージャー達の態度を見ているだけで分かる。
彼女がこの煩い、自己中女どもをまとめているリーダー的な存在だ。
(こういうヤツらには極力関わりたくなかったけど・・・)
少しその女達に視線を向けた後、私は黙って足元に投げ捨てられたタオルを拾おうと屈む。
「ったく、神様は不公平よね。」
そう言って女は深々とため息を吐き出した。
しかし、私はそんなことより、タオルの上に置かれた一つの足の方が気になった。
「スミマセンが足をどけてもらえませんか?タオル洗濯しなくちゃいけないので」
「跡部様達とこいつが同じ人種だなんて考えられないわ。」
女のその言葉に他の2人も大笑いし始める。
「さん最高~!超ウケるんですけど〜。」
「さすがさん。こんなのにも情けをかけてあげるなんてやっさし〜。」
「まぁね。でも良かったじゃない。こんなのでも跡部様達の役に立てるのよ。
ま、私たちほどじゃないけど〜。」
私はあまりの言葉におもわず屈んだまま顔だけ上げる。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
一体どの口でその言葉を吐くのか?
気付いたときには
「あなた方が跡部部長達の役に立っている・・・・と・・・・?」
呟くようにそう言っていた。
その瞬間彼女たちの美しい顔が醜く歪むのを見た。
彼女の言葉を聴いた瞬間、私は今日一日の悪夢のような時間を思い出した。
・・・・・今日だけで仕事を何回押し付けられたか分からない。
いや、そうでは無い。
彼女達はもともと仕事などする気はなかったのだ。
それこそ私がいようがいまいが。
部活中の彼女達の行動範囲の狭さにはさすがの私も驚かされた。
ただ、座っているだけ。
または立っているだけ。
そして、何をするかといえばレギュラー達にキャーキャーを叫ぶだけ。
38人中37人がそれだった。
堂々と仕事をせずにレギュラー達の応援に専念している彼女達に驚いて思わずその場にいるマネージャーの数を数えてしまった私も私だが・・・・。
何回数えても一人足りなかったのだが、その一人が何しているのかまでは私は知らない。
というか、どうでも良かった。
私にとっての事実は、マネージャーのほとんどが仕事をせずにただ応援をしているだけ、
そしてそのツケが全て私に回ってきている・・・
ということだけだから。
おかげで私は部活中あっち行って掃除したり、こっち行って洗濯したり、と大忙しだった。
(ったく・・・・・セックスよりキツイし・・・・・・・・)
何度そう思ったことか。
そんな彼女達にまさか『役立たず』と言われるとは思わなかった。
そのふてぶてしさにはある意味かなり尊敬する。
「てめぇ、何言ってんの?私達が役に立ってないとでも言いたげじゃない?」
「何かこいつ生意気〜。見た目も悪くて性格も悪いって最悪じゃない?」
『』と呼ばれたリーダー格の女の両隣の女達が口々に毒を吐く。
当のは無表情のまま私をじっと見つめていた。
凄い瞳の力だと思った。
こいつのこの目に男達は軽々と落とされていくのだろう。
けど
(たいしたことは無い)
この程度では私を脅かすことは出来ない。
特に、先程こいつなど足元にも及ばない、恐ろしい眼を持った男と対峙してきたからか余計にそう感じた。
そうとも知らずに彼女達は顎を突き出すようにして笑う。
「はははっ!こいつビビッてやんの!!」
「弱いんだから、黙っておとなしくしてりゃ良いのにね〜。」
「2人とも落ち着きな。こいつはまだ入ったばっかだからさ、私達がどれだけレギュラー達にとって必要な存在か分かってないのよ。」
そう言うと、は口元を歪めて、これでもかというほど歪んだ汚い笑みを浮かべた。
「もうすぐ分かるわ。私達のマネージャーとしての本当の仕事は何なのかってことがね。」
「ま、男のあんたには関係ないけどね〜。」
「そうそう。だからその分、あんたは私達が本業に専念出来るように、頑張って雑用を片付けてもらわないと。」
彼女達の言葉を聞き、は満足そうに口元を歪ませる。
よくもまぁこう繰り返しこんな醜い顔を出来るものだ。
こんな顔は余程性格が悪くないと出来ないだろう。
私も今まで色々な人間を見てきたが−たぶん同年代の中では関わった人間の多さだけで言えばトップレベルだろう−それでもこんなに歪んだ表情をする人間を見たことはなかった。
この女を一瞬でも美しいと思ってしまった自分自身はこの女と同類なのかと軽くショックを受けた。
・・・と同時に、こんな女でも好きな男の前では美しい笑顔を見せるのだろうか、と思うと何だか不思議な気持ちを感じてしまう。
そんなことを考えながら、私は再び視線を下ろした。
地面には彼女が投げ捨てたタオルが落ちている。
随分な汗を吸ったタオルは地面に張り付くように横たわり、哀れなほど土に塗れていた。
加えて、の足に踏みつけられ、擦られ、これの持ち主はきっと二度とこれをタオルとして使用することはないだろう。
「このタオルはあなたのですか?」
私は思わずそう尋ねていた。
は一瞬間を置いて、ハンッと鼻で笑う。
「こんな汚いのが私のの訳ないでしょ?臭いし汚いし。そこの水飲み場に落ちてたのよ。」
「・・・・・・持ち主が誰かも分からないのにこんなことをして良いんですか?」
そう言って私はが踏んだままのタオルを握りこむ。
持ち主がいなくなり、無残にも捨てられたタオルが自分でも愚かだと思うほど、哀れで堪らなかった。
人間にも同情したこともなければ、一度たりとも『可哀想』という言葉を使ったことが無い私が、まさかタオルに同情するなんてありえないと思った。
けど、逆に言えばタオル・・・つまり人間じゃないものだったから同情したのかもしれない。
きっと、人間の傲慢さに打ち捨てられた仲間だから。
「こんな汚いタオルを使う人間は心も外見も汚いのよ!そんな人間のこと知ったこっちゃ無いわ。ってかそのタオル持ち主にすでに捨てられてたんじゃない?」
「心も外見も汚い人間で悪かったな。」
不意に聞こえた声は私の背後からだった。
そう、ちょうど私の目の前に立っているの視線の先。
だから、私より先には声の主の顔を見た。
声のした方を振り返ろうとした私が振り返る直前に見たのは青ざめる達の顔だった。
の唇がわずかに震えながらその人の名を呼んだ。
「宍戸くん・・・・・・・・・。」
そう。
『宍戸亮』
正レギュラーの一人だ。