俺の部屋の色を黒で表すとすれば、まさにこの部屋は白だった。







純白のカーテン、押しピンの穴一つない真っ白くて綺麗な壁。



秘書のような女性に差し出され、今部屋中にその良い香り充満させている紅茶の入ったカップでさえ真っ白だ。







綺麗好きの『あの人』らしい。











だけど、







この部屋に入った時から感じていた不快感。












「タバコ臭いな・・・・・」









こんな美しい部屋には似合わない臭いだ。


確か前来た時はこんな臭いはしなかったし、あの時確か禁煙中だと言ってた覚えがある。





それ以前、喫煙していた時でもこんな臭いはしなかった。

















何だか居心地が悪くてキョロキョロと回りを見渡していると、



ガチャッ





『・・・そうだ・・・・・・・はたのむぞ・・・・・・・・・』


この部屋の主が、携帯で誰かと話しながら無造作に扉を開いた。







Nsの数がどうたらと聞えたような気がしたからどうやら今度新しく増設するとか聞いた新病棟の話なんだろう。



まぁ、そんなことは俺には関係ない。








俺が聞きたいのは一つのことだけ。
















ピッと電子音が鳴り響く。






その人が電話を切った音。



携帯を数秒程じっと見つめた後、

ようやく俺の方に視線を向けた。







先ほどまでの難しい顔とは打って変わって、優しいいつもの笑顔だった。








「侑ちゃん久しぶりだな。」


「そういやそうですね。でもそれはおじさんが最近うちに遊びに来てくれないからでしょう?忙しいんですか?」


「そんなに行ってなかったかな?」とか言いながらおじさんは笑うと、俺とは向かい合う形でソファに腰掛ける。









まだ43歳という若さでありながら、すでに一病院、しかも大病院の理事長の地位にいるおじさん。




俺の父親の一番の親友でもあり、俺の遠い親戚でもある。








そして。

俺は今日この人に会うために部活をサボってまでここに来た。











つい昨日までどうでも良かった人間のために。



わざわざ、ここまで・・・・。









俺はニッコリと笑って

「親父泣いてましたよ。最近アイツが連れんって。あっ、でも『もしかしてようやくあいつにも春が来たのか』ってウキウキしてましたけど。」

そう言った。





親父が言ってたのは本当だけど、俺は冗談のつもりだった。








だけど。


笑顔だったおじさんの顔から徐々に笑顔が消え去っていくのが目に見えてよく分かった。








彼が部屋に入った時から思っていたけど・・・・




こうやって真面目な顔をするとよく分かる。











もしや体調が悪いんでは無いかと思うほど、青い顔をし、折角の整った顔はボロボロ。

前に会ったときに比べると一見してはっきり分かるくらい痩せ細っていた。








おじさんはやっとの想いで苦笑いを浮かべると



「そうだったら良いんだがな。」


と、呟くように言った。











その顔を見たとき、何だか俺の遊びの延長線上のようなつまらない事でおじさんの仕事の邪魔をしてしまったことに申し訳なくなってしまった。



どんなにしっかりしていると言われても自分はやはり子どもだと実感する。








でも・・・・・

いや、だからこそ。



面白いもんは面白い。

欲しいもんは欲しい。





止められないのだ。













だから。







「おじさんいきなりで悪いんですが、この携帯の持ち主知りませんか?」


そう言って俺がカバンから取り出して見せたのは、岳人から預かった、の携帯電話だった。





















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   33 -gioiello-





















初めは、ただの興味だけだった。













「げっ!」


「岳人、どないしたん?」

岳人のつまらない計画に付き合わされて、夜遅くまで部室に残された俺は、そのターゲットとなっただけを部室に置いたまま岳人と二人並んで帰宅していた。






そして。





岳人が突然、首を絞められた蛙のような声を上げたのは

丁度、校門を出ようとした時だった。













岳人は足を一歩踏み出したまま固まって、顔には冷や汗をダラダラと掻いている。




余程ヤバイコトを思い出したのか。









岳人のこんな顔は見慣れているから、俺は特に焦りも、驚きもせず淡々と尋ねると、

岳人がゆっくりと俺の方に首を回し、口が半開きの状態を俺に曝す。






「これどうしよう?」


そう言って彼がポケットから出したのは、



先ほどトラブルの一番原因となった





の携帯電話だった。




彼のということを主張でもするかのように、小さい土星のついたストラップが揺れている。











『まだ、持っとったんか』、と半ば呆れながら、俺は



「ホンマ、ようあんな嫌がらせ思いついたなぁ・・・・。」


岳人の行為を思い出し、ため息混じりに言うと、岳人は怒って反論するどころか、一気に泣きそうな顔になる。






「やっぱり流石にやりすぎだったよな?」


「まぁ・・・・・流石に人のロッカーを勝手に開けて漁って、しかも携帯を勝手に見る・・・・っちゅうのは関心出来んなぁ・・・・・。」





「だよな・・・・・どうしよう・・・・。」

俺の言葉に素直にシュンとなる岳人が何だか可哀相になり、頭をポンポンと軽く叩いてやった。





「何で、わざわざ持ってきたん?」


「・・・・忘れてたんだよ!っつーかアイツが物凄い形相で飛び掛ってくるから返すタイミングをなくしたというか・・・・・・。」


そう言いながら岳人はより一層シュンと小さくなる。


岳人は後先考えず行動することがあるから、こうやって後になってしなければ良かったと後悔する姿は日常茶飯事だ。

そして、いつもフォローするのは俺の役目。





が、あまりに呆れた行動をした時には反省を促す意味でも突き放すこともある。





そして。

今日はこの部類だ。






相手は別にどうってことないなのだから、さっさと行ってさっさと返してくれば良い。

















そう思い、俺は・・・・











「後々に残しとくのも嫌やろうから、今から戻って返してきたら・・・・・・」








そこまで言いかけたのに・・・





不意に俺の頭に横切った何かが俺の口を止めたのだ。


















それは・・・・












の眼鏡の下から出てきたあの瞳だった。



















別に何か特別な物を持っているような顔では無い。






だけど、その瞳の強さは常人の物では無かった。



印象的な眼・・・・というのまさにこのことだろうと思う。



眼鏡を取った彼はその瞳の強さに引っ張られ、全く違う顔立ちへと変化していた。










認めたくは無いが、あの瞬間確かに俺の胸はあり得ないくらい高鳴っていた。



まるで、恋でもしたかのように・・・・。












ふと湧き上がる感情は








興味?





























だから俺は



「しゃーないなぁ・・・・今回だけは甘やかしたる。俺からに返しとくわ。」


そう言い、岳人から携帯を預かった。






「マジかよ!侑士優しいな!!」


そう嬉々としながら笑顔で俺にお礼を言った岳人を本気で可愛いと思った。







素直で純粋で何も知らない岳人。

最近やけに俺に対してだけは色々なことを敏感に感じるとることが出来るようになったというのに・・・







まだ甘い・・・。






俺の中に渦巻くどす黒い感情など何も気付いていないのだろう。







岳人がこれを俺に渡したことで、俺はもっと酷いことをという男にしてしまうかもしれないというのに・・・・・




そう考えると、何だか色々なことが楽しくなって、

俺は思わず口元を歪ませていた。















そして、帰宅後、の携帯を見た俺は、知らない男達の中から1人の見知った名前を見つける。



まさか、同一人物とは信じられなかったが。






その電話番号もメアドも、確かにその人のモノだった。












そう。






その人は








俺がこの世で尊敬する数少ない人物の1人・・・・だった。























*       *        *       *       *       *











そして。






いてもたってもいられなくなった俺はその次の日、つまり今日こうやっておじさんに会いに来ていた。







先ほど、『春が来た』だのなんだのという話をしてからというものおじさんの顔は一層影を帯びているのだが、







今、俺が言った言葉を聞いた瞬間・・・・・・いやどちらかというと携帯を見たからという方が大きいだろうか、


おじさんは目に見えて動揺を示す。






ガチャン!





持ち上げようとしたカップが持ち上げきれずにおじさんの指から離れ、滑り落ち音を立てる。

完全に持ち上げていたら、もしかしたら割れていたかもしれないから、幸運だったというべきか、俺が話すタイミングが良かったというべきか・・・・




しかし、揺れたカップは紅茶の水面をも揺らし、テーブルには少し紅茶が零れていた。








よく見ると、おじさんの指が僅かに震えている。

そしてその顔はやけに怒気と悲嘆を孕んでいた。






今まで見たことが無いその顔に俺はゾッとした。



















にしても凄い。




携帯なんて世の中同じ機種を持っている人間なんて大勢いるのに、恐らくストラップを見ただけでアイツのだと分かったのだ。


それだけでも、アイツとおじさんは結構親しい関係にあることは窺える。








「知り合いみたいですね。」



「・・・・・それをどこで手に入れた?」

彼は地を這うような重低音の声色で呟きながら、その眼は俺を睨みつけるように捕らえる。




「偶然道で拾ったんですけど、持ち主調べるために中見せてもろうて吃驚しました。


まさかおじさんの知り合いとは。」




「で?何だ、俺から彼女に返しておいて欲しいということか?残念だが、確かに知り合いではあるが、そんなに親しい仲ではないから連絡も取り合っていないし、

・・・・・・・今、彼女がどこで何をしているのかも私には分からない。」


不機嫌に言うと、おじさんはポケットからタバコを取り出す。





タバコを口に銜え、ライターに火を点けようとするが、手が震えており上手く出来ないようで、何度もカチカチと音だけ響いていた。

数十回してようやく火を点けると、ソファの背凭れにゆっくり身体を預けながら、まるで気持ちを落ち着かせるかのように天井を仰ぎ、そして繰り返しタバコを吹かす。







一体何がそんなに動揺させるのか。


しかも言葉に何か含むものを感じる気がするのは気のせいだろうか?












それにしても・・・・・。





目の前でイライラしながらタバコを吸っているこの人を見ていると、この部屋のタバコ臭さの理由がなんだか分かった気がした。

どうやら、苛立つ心をタバコで抑えているようだ。







何がそんなに苛付くのか。







それは分からない。



だから、予想の範疇を出ないが、この様子からすると恐らくに関係することだと思う。










「そんなに親しい仲じゃないって・・・・・だったらどういう知り合いなんですか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・私の知り合いの・・・・娘だ。」

ギリギリ聞えるくらいの小さな声で呟くようにそう言うと、おじさんは居心地が悪そうに視線を斜め下へと反らす。








結構長い付き合いだからよく分かる。








―このおっさん、嘘下手やな・・・・・








挙動不審なおじさんを俺は内心呆れたように見る。









知り合いの娘・・・・か。




―また微妙な・・・・・・・・・















その時。






ふと、脳内ツッコミを入れていた俺の頭に何か違和感が生まれる。



そして、その違和感が一体何なのかはすぐに分かった。







だから。







俺は思わず

「・・・・・・娘・・・・・・?」


とすっ呆けた声で聞き返してしまっていた。


俺の記憶違いで無ければ、確かおじさんは『彼女』とも言っていた気がする。










「男じゃないんですか・・・?」




その時のおじさんの顔は見ものだった。


頭が良くて、俺もああいう大人になりたいと思うほど、男の俺から見てもカッコ良かったあのおじさんのこんなマヌケな顔が見られる日が来るとは夢にも思わなかった。






そして。

そのまま、おじさんは黙り込んでしまったのだった。











その後、俺はさり気なくについて色々と探りを入れてみたものの、その事についてはコレより先一言も語ることは無かった。



もっと色々と聞きたかった。

というよりも肝心なことは何一つ聞けていない気がする。




何もかも中途半端で、まるでお預けをくらった犬のような・・・・・

もどかしかった。






けど、時折見せる悲哀の表情を見れば、流石の俺もそれ以上は追及できず、


聞くのは諦めるしかなかった。


















何もかもが不十分で、もどかしかったからかもしれない。






笑顔でおじさんと他愛も無い話しながら内心、俺の中で何かメラメラと燃え始めているのを感じていた。




それは嫉妬か、憎しみか、興味か。







確かに、自分の尊敬している人にこれ程までに意識されているに少なからず嫉妬心はあるだろう。





だが・・・。



この気持ちはそれ以上の何かがある気がする。











もしかしたら、これが跡部が言っていた『嗜虐心』というヤツかもしれない。






それとも違う感情だろうか。








まだ、はっきりしない自分の気持ち。













ただ、一つだけはっきりとしていること。




それは。










あいつのあの瞳を見た時から、





確実に俺のアイツに対する想いに変化があったということだけ。




























だから・・・・・






それから一週間ほど、俺はアイツをずっと見ていた。















だけど、何にも分かりはしなかった。





アイツへのこの想いが何なのかも。



それ以前の問題である、アイツが本当に女なのかも。










女と思って見ると、確かに女に見える気もする。


けど、ただの思い込みのような気もする。







そう考えるとグルグルと考えが回るだけで出口に辿り着けなかった。















このままでは埒が開かない。















だったら。





アイツから自分が女だと言わせれば良い。
























そして。






それからすぐに俺はアイツを俺の独り暮らし用の家へと呼び出す。

俺しか住んでいないその空間へ。









・・・・・・そして。




アイツは可愛いくらい見事に俺の罠にはまってくれた。













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして。




今度は訳の分からないゲームを持ち込んできた。






そもそもゲームにすらなるのか分からないくらい、判定が曖昧なゲーム。










けど、何故か興味が惹かれた。




いや。



ゲーム・・・・・というより、その前日のおどおどした雰囲気とは打って変わったような・・・・・・ゲームを提案した時のあのの態度や表情の変化に興味が弾かれたという方が正しいのかもしれない。







だから、ゲームなんて二の次だった。



























だけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




















































*       *        *       *       *       *











走馬灯のようにここ数日のことが思い出される。





あの部室での夜のことから始まり




岳人との会話。

おじさんとの会話。




学校でのこの女の姿。




初めてこの部屋に来た時のと今日ゲームを持ち込んだ時の












とにかく頭の中は過去と現在が入り混じって


ゴチャゴチャだった。









何で今、この時に思い出したのか分からない。


















俺は思わず口を押さえる。











白い肌にほんのり赤く染まった頬。

唇がまるで熟れた果実のように赤々と輝いている。

大き目のYシャツの長袖を肘上まで捲り上げており、そのYシャツから出ている長い四肢もまた白く美しい。



僅かに濡れた髪が顔の輪郭を描いている姿が何とも艶やかだった。
















だが、何よりも印象が強かったのは





眼だった。









眼鏡の下から見えた瞳でさえあれだけ強い光を放っていたというのに・・・・



今の素顔となったのそれはその比では無い。







まさに、全ての物を圧倒するかのような。



それくらい強い力を放っていた。
















『綺麗』と言うだけなら世の中には五万といる。




例えばうちのマネージャー共の中でもやアリスはトップレベルの美しさだ。




も確かに顔は整っているし美人な方だとは思うが、それでもやはり彼女達と比べると顔のパーツだけを見ればそれ程飛びぬけているものは無い気がする。


それでも、俺はやアリスよりもこの、目の前にいるという女の方が美しく感じるのだ。


















というよりも


こんなに女を美しいと思うのは初めてだった。
















「さっきから何ジッと見てんですか。」


は眉一つ動かさず、口だけ動かして淡々と言った。





―これが本当のか・・・・・・・







自分を見つめる双眸は強く光り輝き俺を射竦める。



だがその光は太陽のように相手を明るく照らす物ではない。











あれだけの光を放っていながら、彼女の眼は冷えきっていた。








まるで、人形のように。











学校でのとは同一人物には思えない。





化粧とは恐ろしい物だと改めて実感する。


―全く良く化けたもんやな・・・・


思わずそう苦笑してしまうほどまでに。







だが。


彼女が化けたのは容姿だけでは無い。








身体全体から発するオーラも、言葉も態度も何もかもが違っていた。














跡部がもし、この女に会ったら何と言うだろう。












跡部は学校でのこの女に対して『嗜虐心をそそる』と言った。




そして。

確かにその意見に納得は出来ていた、








が。



跡部のように自分から特別何かをする気にもなれなかった。












けど、今は違う。






この誇り高く、人形のようなこの女を怒らせてみたい。






苦痛に歪ませてみたい。


















・・・・・泣かせてみたい。










不意に俺の頭の中に、最近毎日のようにセックスしていた女達の姿が浮かぶ。





だが、その顔は無い。








そこに、この氷のような女を重ねてみたくなった。














すると、一つの疑問が俺を支配し始める。














― 一体この女はどんな声で鳴くんやろな?



と。











そう思った瞬間。






ふつふつと胸に込み上げてくる物があった。


















もしかしたら、俺はこの女にこんなにも容易く欲情してしまっているのかもしれない。



けど、それを認めるのは俺のプライドが許さなかった。










ゲームにも絶対に負けたくない。














だから。




俺はこの胸に込み上げる物は、この女への憎しみによるものだと思い込むことにした。









すると、スッとその感情は俺の中に取り込まれ。










への怒りは




一気に膨らんだ。

















気付いた時には俺はの手を掴み、抵抗するの力など気にもならないほど強引に引っ張っていく。




その先にあるのは俺の寝室。











ベッドの前まで行くと、俺は力任せに彼女をベッドの上へと放り投げた。




俺は見下ろし、彼女はベッドの上に上半身だけ乗った状態で、倒れこんだままその冷たい眼で俺を見上げていた。



こんな状況になっても顔色一つ変えないこの女が本当に憎らしくて。




















俺は口元を歪め、








言った。















「お前、俺の命令なら何でも聞くんやったな?



やったら命令したるわ。」







俺を見る、の瞳が僅かに揺れた気がした。









気のせいかもしれない。



だが、そうだとしても・・・・・十分だった。















俺は顎を突き出すようにしてこの女を見下す。
















「服を脱げ。」










そして。












「足を開くんや。」















俺のためだけに。







俺が望む時に。



















このゲームが続く限り








お前は俺の玩具。

















俺だけの
















人形。























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