忍足先輩は倒れるように後ろにあるソファに座り込む。





ボフン






と柔らかい音を立て座面が沈み、忍足先輩の体も共に沈む。








一度天井を顧みると、彼はため息を漏らした。












「そういや。俺の言うこと何でも聞くんやったなぁ?」





「言いましたね。」





内心ドキドキ・・・・・・などするはずもなく、私は興味無さそうにそっぽを向いてそっけなく答えた。


別に意識してそういう態度を取った訳でもない。





ただ、安心したからなのか、一気にやる気を無くしてしまっただけで・・・・









けど、忍足先輩の目に映っているのは、すでに自分のことなど忘れ去っているかのように適当に返答する私.


そりゃ、かなりムカつくだろう。






「早速、一つ目の命令や。」

目を僅かに細め私を見ると、強調するように普段より少し大き目の声で忍足先輩はそう言った。








やっと忍足先輩の方を向いた私だったが、



聞き返す間も無かった。











忍足先輩はそれを口にする。














忍足先輩の細く長い指が私を通り抜け、何かを指差す。





そして、その形の良い唇を半分だけ歪ませながら忍足先輩は言葉を紡ぎだす。














最初の命令。














聞いた時一瞬耳を疑った。




まさか、そんな命令が最初の命令とは・・・。





















「その水浸しの床を掃除しろ。」


















自分が汚したんだし・・・・・


別に掃除くらいしても構わないのだが、












偉そうにこいつに命令されると、結構腹が立った。





















110   

   32 -faccia pulita-


















「分かりました。」






ソファの背凭れに背を預けゆったりと優雅に寛いでいる様子が心の底から不愉快極まりない。


けど、それを顔に出すのは彼の思惑に嵌ってしまうようで、それ以上に不愉快だから・・・、


素直に、淡々と承諾すると、私は周囲を見渡す。





掃除道具を探すために。

















が、この豪華で美しすぎる部屋に掃除道具がその辺に放置されている訳も無い。










「忍足先輩、掃除道具貸して下さい。」


「自分で掃除なんかしたこと無いから掃除道具なんて何処にあるか知らん。」






「・・・・・・・・・そうですか。」















お互い様かもしれないが・・・・









―この満面の笑みがムカつく。










私は忍足先輩の勝ち誇ったような満面の笑みを横目で見ながら、わずかに口を窄ませ肩を竦める。











『腹が立つ』では無く『ムカツク』という表現の方がここまで合う人間など、今まで会ったことがない。

もちろん私のものさしによるものだけど・・・・



人形のように何も感じることなく、何も考えることも無くただただ、男達のために足を開いていた私でも、本当の人形じゃないのだから時にはイラっとくることだってあった。


ただ、それを表には出さないだけで。





人形になりきれたらもっと楽だったのだろうけど・・・。






あの頃の私は


パッと消えるシャボン玉のように、感情は浮かんだかと思えばすぐ消え去った。








徐々にその間隔が拡がっていき、少しずつ本当に感情が消え去っていくような感覚を覚えながらもどうすることも出来ず、ただ黙ってそれを受け入れるしか無かったあの頃。



それが当たり前だと思っていたし、そうすることが一番楽に生きる方法だと思っていた。










それが氷帝の彼らを出会って再び徐々に感情が戻ってくるのを感じずにはいられなかった。










そして。


その中でも忍足先輩は別格だ。

もちろん彼にはすでに女だとバレているからというのもあるだろう。






けど、それ以上に。









似ているのだ、この男は。










私に。











氷帝のレギュラー達はみんな少なからず似ていると思ったけど、望んだことではないにしろ、こうやって忍足先輩に近付いたことで、よく分かった。

似ていると思ったレギュラー達をやっぱり似ていなかった、と思わず感じてしまうほど、この男は飛び抜けて最も私に似ている。









この腹黒さと言い、生きることに飽きていることと言い、何だか彼には近しいものを感じてしまう。









だからかもしれない。

これほどまでにこの男に『ムカツク』のは。





彼は近い所に位置しているから。

























私は再びキョロキョロと辺りを見渡す。





ある一点で視線を止めると少しも乾く様子を見せない足を引き摺るように歩き、ペチャペチャと湿った音を立てながらそこへと向かう。












向かった先にあったのはテーブル。










「コレ借りますね。」




そう言うと、忍足先輩が答える間も与えずに、勢い良くテーブルの上にあったテーブルクロスを引き抜いた。





その拍子に上においてあった花瓶やグラスが下に落ちて激しく音を立て割れる。














次の瞬間。


背後で、盛大なため息た聞えた気がした。






「お前・・・・・・・・・・・・・ホンマにゲームする気あるんか?」

私のあまりの行動に呆れた忍足先輩はソファから身を乗り出し僅かに腰を上げたまま、深々とため息を吐いた。








「あるから、こうやって掃除してるんじゃないですか。」



「・・・・・・・・・・・もうええわ・・・。」

半ば諦めたようにため息混じりに呟くと再びゆったりとソファに腰を沈める。






また、わざとらしく「はぁ・・・・」とか言いながら軽く頭を横に振っているその男の姿がやけに腹立たしい。



何だか一度認識してしまうと、今までの比ではないくらいイラつく。










思い込みって凄い。











引き抜いたテーブルクロスで床を拭きながら私はボンヤリと考えていた。











考えてれば考えるほど



少し悲しい気持ちになるのは・・・・







―つまりこのイラつく態度を私自身もしてるってことだな・・・・













認めたくは無いが、おそらくその考えは間違いではないだろう。




反面教師とはまさにこのことだ。











―だからって別に治そうとも思わないけど・・・・










不意に、割れて粉々になったガラスが目に入り、子どもっぽいことをしてしまったと虚しくなる。





自業自得だとは思うが、先の長い掃除を思いながら私は少し頭を下げたのだった。




















∽    ∽    ∽    ∽















掃除を始めて一体何分経ったのだろうか。




結構な時間が経った気がするのだが・・・・

















どこも片付いていない気がするのは気のせいだろうか?














「なぁ・・・・・・一つ言うてもええか?」

今まで掃除していた私を、視線が痛いくらい黙ってじっと見ていただけの忍足先輩の声が背後から聞こえ、



私は

「何ですか?」

振り向きもせずぶっきら棒に返答する。







「いつ気付くかと思って黙って見とったんやけど・・・・・・・・」

はっきり言わず、歯切りの悪い忍足先輩の物言いにやっぱり不機嫌度は増し、

私は乱暴に床を拭きながら、






「だから一体何なんですか?」

と吐き捨てた。







私のその様子を見て、忍足先輩はわざとらしくまたため息を吐く。












何故こうやってこいつは毎回毎回引っ張るのか。


言いたい事があるのならさっさと言って欲しい。







「はぁ・・・・・」


また漏れたため息。














その瞬間、沸点を超えてしまい、私は物凄い勢いで振り返り、睨みつけた。














それと同時に。

狙ったように忍足先輩はやっと用件を口にし、













それは私の頭を抱えさせたのだった。















「お前、掃除する前にそのビショビショの服どうかした方がええんやないか?



掃除したところを片っ端から自分自身でまた汚しとるって好え加減気付け。」




















気付かなかった・・・・。








全く。















気付かなかった私が愚かなのか、それとも忍足先輩が目敏いのか。












恐らく・・・いや確実に

前者だろう。







とりあえず、このままでは負けてしまったようにあるので、私は自分の愚かさを少しでも隠すべく


「つまりなんですか・・・・私に素っ裸になって掃除しろってことですか・・・・?」


単調な口調でそう言った。












ここは『きゃっ♪恥ずかしい!!私ったら〜お・ば・か・さ・んv』



とでも言ったら男は『可愛いやつだな。この〜』とか言ってラブラブカップルの出来上がりなのかもしれないけど、










こいつと私。


これほどまでにそのシチュエーションが似合わないペアも無いだろう。






思わず吐き気を覚えてしまい、演技は得意分野にしろ、さすがにその台詞だけは言うのを憚られた。










「素っ裸になりたいならなったらどや?別に止めはせん。見たくも無いけどな」




そう言って忍足先輩はニヤリと笑う。










先ほどの妄想でげんなりしていた私は、忍足先輩のその笑顔に一瞬にして正気に戻る。













何で私はこういうことには鋭いのだろう。















忍足先輩の笑った顔を見た瞬間。




彼が私にさせたい事がすぐに分かってしまって。











私は思わず奥歯を噛み締め眉間に縦皺を作る。
















言いたくない。


かなり言いたくない。


物凄く言いたくない。






でも、こいつの前で素っ裸で掃除するのとソレとどちらが良いかと問われれば・・・・。



究極の二択ではあるが・・・・・。










『ソレ』の方を選ぶしかない。

















私はゆっくりと体を起こし立ち上がると、忍足先輩の方へしっかりと向き直り、











そして。



深々と頭を下げた。













軽く唇を噛むと、その言葉を口にする。





「お願いします。服を貸して下さい。」












こいつなんかに頭を下げて何か物を請わなければならないとは・・・・




本当に腹立たしいことこの上ない。



















一分程そのまま静止していただろうか。



何も言わない忍足先輩に私はまた苛立ちを覚えていた。









もう、ばっくれて帰ろうかとすら思い始めた時。







パサッ





不意に頭を下げたまま静止していた私の頭の上に色々な物が降ってくる。


驚いて顔を上げ、私はそれを掴み取った。


それはタオルと衣服だった。



私はあっけらかんとしてそれらを見つめた後、ゆっくりと顔を忍足先輩へと視線を動かす。











忍足先輩はいつの間にやらソファから立ち上がり私のすぐ近くまで来ていた。



そのことにまず驚く。






そして。







「ほら。この服貸したるわ。」



そう言いながら優しく微笑んだ彼を見て、


私はより一層驚いたのだった。









「・・・・ありがとうございます・・・・。」



忍足先輩のこの優しさも笑顔もゲームに勝つための罠だということは気付いていた。


それでも。



私は返す言葉を知らなかった。












忍足先輩は私の頭をポンポンと叩き、



「ついでに風呂も使って良えで?女の子が身体を冷やすもんやない。」



そう言った忍足先輩はより一層微笑みを強くした。










―こいつやっぱり私に似てる・・・・・・・・










同類だからこそ分かる、忍足先輩の演技を見ながら私は何だか・・・



違う意味でドキドキした。




それは恋や愛などといった女らしい素敵な感情ではない。






まさに獲物を狩るときの高揚感・・・・とでも言うべきか。






安心すると共に

抜けかけた興奮が再び私の中に舞い戻る。










「じゃぁ、お言葉に甘えてお借りしますね。」


反抗してやるの癪だから、素直に従うことにしよう。








相変わらずどこか冷めた感情と、ゲームへの興奮から熱くなった感情を併せ持った胸を押さえながら、


私はその場を立ち去ったのだった。




















両手に衣服類を抱えて浴室に向かいながら、口端で笑っている自分にようやく気付いた時、本当に感動した。



役に入っているときは無意識に演技出来る所が本当に凄い。










無駄に広い浴室で私はようやくびしょ濡れの服から解放されながら、ずっと自画自賛していた。







あんな連中に似ていると思わざる得ない自分に嫌悪感を抱いたこともあったけど、今は自分が大好きだ。


別にナルシストとか言うわけではない。








ただ、私にこんなにも協力してくれて、私のこんなにも助けになっていて、私がこんなにも信頼している、私自身という存在。







こそ私にとって最も大切であり無くてはならない存在なのだ。












服を脱ぎ終え、裸になった私は自嘲気味に笑いながら、最後に再び瓶底眼鏡と、ボサボサのウィッグを外す。


本当の髪が何の邪魔も無く外気に晒され、物凄く心地良い。






もともと身体にしっかりフィットした服とか・・・そういう肌に何かを密着させることが好きではない私にとってこのウィッグとか・・・・・それこそ雨でベチョベチョになった服とかは大嫌いだった。




だから、こうやって風呂に入ることで全てから解放される。









何もかもから解放され、一人になれる場所。



私はそんなお風呂が大好きだ。









ふと隣を向くと大きめの鏡に私が映っていた。



からに戻る途中の微妙な姿。







改めて見ると、化粧って凄いなと思う。









そりゃ自分に違いないけど、まるで自分じゃないみたいで物凄く違和感がある。


しかも今は髪の毛も、身体も全て見慣れた私そのものなのに、化粧したままの顔だけ違う人で何か気色悪い。











「・・・・・・・・・・早く化粧も落としたい・・・・・・」



そんなことを呟きながら、

やっとその厚化粧からも解放されると嬉々として浴室の中へと足を踏み入れたのだった。





























瞬間。
















「何だよ・・・・・・これ・・・・・・・。」







だだっ広い部屋の中央にポツンとある、不釣合いな小さめのお風呂。

土地なんていくらあっても足りないこの世の中で、何でここはこんなにも無駄な利用の仕方をしているのだろう。





綺麗な真ん円のお風呂に私は思わず呆然と見つめてしまった。







―どこかのラブホテルみたいな・・・


とか思ってしまう自分が悲しい。

























∽     ∽      ∽     ∽







お風呂に入って私はまず、顔を洗った。







素っ裸が好き、なんて変態そのものだけど・・・


肌があまり強くないこともあってかとにかく身体に何かを密着させることが好きではない私は、もちろんウィッグも苦手だし、ピッタリとフィットする服もあまり好きではない。


それ以上。

言うなら女性必須のブラジャーというものすら苦手だったりする。






そして化粧も例外ではない。






肌が突っ張るような・・・、皮膚呼吸出来ないとでも言うべきか、とにかくあの常に何かを肌に付けているような感覚が苦手だった。


それでも、やはりブラジャーなどの下着類と同様、人生に置いてしなくてはならない時がある訳だから、しなくては仕方が無い。






私は何故か置かれてあったクレンジングオイルで化粧を必死に洗い落としながら、

女は面倒臭いな・・・・とか馬鹿みたいなことを考えていた。








































「・・・・・・・・・・・・・・・・キモチイイ・・・・・」






顔も身体も一通り洗い終え、汚れを落としたところで、私はようやく湯船の中に入ることを許される。


浴槽の壁に背を凭れかからせながら高い天井を仰ぐ。



天井には一面に宝石でも埋め込まれているのだろうか。



キラキラしてて、まるで星のようだった。







そんなロマンティックなモノに憧れている訳ではないけれど。


物凄く心地良い。














加えて。


丁度良い湯加減で、気持ち良い事この上ない。







汚れきった私の全てを洗い流してくれるように、お風呂に入ると外から内まで全てがすっきりとする。



さっきまでの忍足先輩へのムカつきとか。

というかそれ以前に忍足先輩の存在すら。





・・・・・忘れかけていた。










私は身体をより沈め、湯船の中に口の下くらいまで浸からせる。







氷帝入学当時にバッサリと切ってしまって今は肩より少し長いくらいの髪の毛が、湯が波打つたびに共に揺れる。



あの頃は結構短く切ったつもりだったが・・・・






勘違いだったのか、それとも伸びただけなのか・・・・


「・・・・・思ったより時間って経つの早いな・・・・・」




私は伸びた髪を手で弄びながら思わず呟いていた。

















そう言えば・・・・




以前私の髪の毛を触るのが大好きな人がいた。











男の癖に私の身体に触ろうとしない臆病者だったのに。








何故か髪の毛だけはいつも触って
















私の髪の毛を綺麗だ、と。



そう繰り返していた。
















今では連絡を取り合うことすらない、彼だけど・・・・。










その番号は未だに私の携帯の中に。






























私はゆっくりと目を瞑り、そのまま意識をシャットアウトさせた。































彼此1時間以上風呂に入っていただろうか。



普通の人なら流石に逆上せる時間でも、私は全然平気だった。












やっぱり気の持ちようって大切だと思う。



お風呂だったら私は一日いても飽きはしないだろうから。













私は後ろ髪引かれる思いで風呂から上がり、忍足先輩が用意してくれたタオルで身体を拭きながら、

浴室から出る。




幸いだったのは、靴下など膝より下と、肘より前は雨でビショビショだったのだったのだが、下着自体はそれほどまでに湿っていなかったこと。








私はフゥと息を吐きながら、自分の下着を身に着けた後、





忍足先輩が用意してくれた衣服を見に付けようと、両手で持ち上げた。














そして、次の瞬間


「何故・・・・・・Yシャツ・・・・・?」





思わずそうツッコンでしまっていた。






最初彼から渡された時確認しなかったから、もしかして途中でズボンを落としてきたのだろうか。




それとも・・・。


私は思わずありもしないズボンを、探す。

服を入れておいた籠や、その周りも念入りに。





でも、ズボンどころか布一枚すら出て気はしない。








不意に視線をハンガーに干している水浸しの私に制服一式に向けると、



これ見よがしにそれらはポタポタと水滴を落とす。















私は再びそのかなり大きめのYシャツを両手で持って精一杯広げてみる。













つまりズボンは穿かず、ワンピースのような感じで着ろということか。



嫌がらせでは無く、もしこれを素でしているのなら・・・・











「何てマニアックなことを・・・・・・・・。」




私はボソリと呟きながら、しぶしぶとそのYシャツに腕を通したのだった。





























私が浴室に併設された洗面所の重い扉を開けると、その音に気付いたのか、すぐに不機嫌気味の忍足先輩の声が飛んできた。


「お前、一体何時間風呂に入ってんねん!」





顔は見えないのに、彼の怒り具合はよーく分かるから凄い。


黙っているのも癪なので、忍足先輩のいる先ほどの部屋へと向かう廊下を素足に、太腿の半分くらいまで覆うYシャツのみという異様な格好で向かいながら、


「寝てましたーーー。」


そう叫び返した。





寝てはいないが、意識は完全にシャットアウトしてたから、寝てたのと同じだろう。

と、勝手な解釈をしながら。





聞えもしない忍足先輩の舌打ちが聞えてきた気がした。









―絶対、顔合わせた瞬間また嫌味言われるな・・・・


なんて思っていた。


















そして。




やっぱり、私が部屋の扉を開けた瞬間。






その音に反応して、忍足先輩は


「おそい!」


そう私に怒鳴った。








彼はソファの肘掛け部に肘を置いて頬杖をついてほぼ横になり掛けていた。





眼も閉じており、一見眠っているようにも見えるが、




その眉間に寄った皺が彼と不機嫌そうにへの字になった唇が、彼は寝ていないことを鮮明に物語っている。









「そんなことで怒るのはモテない男のすることですよ。」



「ようそんなに長く風呂に入っとられるな・・・・。綺麗にするような大層なモン持っとらんくせに・・・・・」









「そう言えば、忍足先輩のところのお風呂って洗顔から化粧水まで・・・・なんでも揃ってるんですね。彼女のですか?」


「・・・・・無視かいな。」







ため息を吐きながら、忍足先輩はゆっくりと身体を起こしながら









「あれは姉貴の・・・・・・・・・・・」




























そう言いかけて。






















彼の動きは













静止していた。










先ほどまで、眠っているのかと思わせた双眸が今は、しっかりと私を瞠っている。







―なんか前にもこんなことがあった気が・・・・・



私の思考回路は過去へと遡っていく。

そして、それはそれほどまで遡ることなく、一致した。










そう。

あの時。











忍足先輩に眼鏡を外した素顔を見られた時と同じだ。











だけど・・・。



―今更だよね?








女だということも、眼鏡を外したところももうすでに見られているのだ。


だとしたら、一体何をココまで驚くことがあるのだろう。







私も目を見開き、起き上がりかけの状態で凍りつき、私を驚いた表情で見つめる忍足先輩を見下ろしていた。




確か以前は私が見下ろされる方だったから、今回はその逆だな・・・・とかボンヤリ考えてしまった。








「・・・・・・お前・・・・・・・・・か・・・・・・・・・・・・・・・?」



余程動揺しているのか、忍足先輩の声はわずかだが震えていた。






そんな忍足先輩を鼻で笑うと私は

「何を今更・・・・・。」


と肩を竦める。















私はすっかり失念していた。

だからどうってことでは別に無いが・・・・。







後でよくよく考えると、化粧も何もしていない私の本当の顔を見られるのは




・・・・初めてだった。






眼鏡を外した顔を見られ、女だとバレて、もう全てがバレていたような感じだったから今更、生まれたままの顔を見られて驚かれるとは考えてもいなかったんだ。


加えて、初めて女だと見えるような格好もしているのだから・・・・・







まぁ、少しは驚いて貰えないと私が可哀相だ。
















数分後。



珍しいものでも見るかのように凝視している忍足先輩を見て、ようやくそのことに気づいた。
















そして。


気付いてなかったことは

もう一つ。













風呂から上がって部屋に入ってきた私を、初めて見た時、










さりげなく口元を押さえ


その奥で




「・・・・・・・反則やろ・・・・・・・。」









などと呟いたことなど



私は気付きもしていなかった。









気付いてたら、もっと色々出来たのになぁ・・・・・































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