土曜日。






ココ最近雨が続いていたというのに、今日は見事なほどの快晴だった。







真っ青な空に眩しい太陽。





まるで、私を嘲笑っているかのようだ。



















今日は学校も部活も休み。









素敵な休日


・・・・となるはずだったのだ。









あの手紙を見るまでは。




















私はたった一枚の紙を頼りに、ある建物の前に来ていた。




あまりにも豪華な建物で遠目に見たときはホテルだと思っていたのだが、よくよく目を凝らしてみてみるとどうやら俗に言う「共同住宅」だろう。





まぁ、同じ「共同住宅」と呼ばれるものでもその辺りにうじゃうじゃ存在しているものとレベルが違うのは確かだ。


こういうのを億ションとでも言うのだろうか。











ただ、不思議なのは・・・










私は周囲を見渡す。

2人、3人通りがかりの人は見かけたが、どう見てもココの住人には見えない。








そして、私は見上げる。


人の生活を匂わせるような物が何も無く、あるのはただの無機質な窓。












どこからどう見ても、人が生活している気配がしないのだ。











―ここで本当に彼は待っているのだろうか?











もしかしたら、また騙されているのかもしれない。

そう心のどこかで思いながらも、私にはもう分かっていた。









私は無意識にギリッと奥歯を噛み合わせる。













この建物の中にいるのは彼しかいない・・・・と。

























それにしても。






こんな凄い建物の前を




30分程行ったり来たりしている私は謂わば










不審者そのものだろうな。



















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   28 -risveglio-




















時は人を待たず













時も人も何もかも私を待ってはくれない。















時の流れは悲しいほど早く、私がどれだけ願っても決して人の都合を待ってはくれない。



















眠りに付くことも出来ず、悩み、考え・・・・悩み、考えては見たけど答えは出ず・・・・



答えが出ないから不安は募り、その不安は私の眠りを妨げる。







何ともまぁ、分かりやすい悪循環だ。




















悩むこと自体が無駄なのだ。


だって、すでに私に選択権はないのだから。







それでも、彼は私に選ばせる猶予を与えた。





『彼』。
忍足侑士は私に選ばせようとしている。





一つしかない選択肢を。










彼は言っているのだ。







「自分自身で選び、

そして。


『自分のところまで来い・・・』」

と。













私は彼の思惑通り、土曜日の約束の日まで悩み、選ぶのだ。




彼の用意した答えを。










彼の考えたシナリオ通りに・・・・・。














もっともっとよく頭を回転させて

たくさんたくさん考えたら良い方法もあったのかもしれない。




けど、今の私に考えられるはずもなかった。
















冷戦沈着なという女は一体どこに行ってしまったんだろう。







今の私の中にあるのは





混乱と恐怖。





それだけ。
















本当のでもここで恐怖を感じるかもしれないし、

混乱だってするかもしれない。









けど、やはり何処か冷めていて・・・・



いつでも、自分のことを第三者のような視線で見つめているはずなのだ。











そして。










何より、本来の『 』ならココで感じるのは、混乱よりも恐怖よりも何よりも・・・







『快感』







なのだ。





















暇を持て余しているにとってこの状況は楽しむべきものなのに・・・・・













大体、これは他愛も無いゲームで、ほんの余興に過ぎない。


それに対して本気で悩むこと自体間違っている。






それ程までにこのゲームに本気なのだろうか。













自分のことなのに訳が分からない。

















どちらも私であるのに。










まるで一つの体に2人の人物が同居しているかのような感覚だった。


どこか冷めたと相反するという人間が、に不思議な感覚を思い出させる。











それがにとってはあまりに不釣合いな感覚で。


だからこそ、決して二人は混ざり合わない。











だから苦しくなる。









まるで拒絶反応でも起こしているかのように、息苦しくなって、胸がキュゥと締め付けらるのだ。











しかもいつしか消される『』は『』の嫌いな部類な人間だった。














つまりそれは自分が嫌いだということで。





私の仲間は私しかいないのに・・・・・














一度それを意識してしまうと、何だか急に胸が苦しくなった。


苦しくて虚しくて・・・・










考えることも億劫で。











「深く物事を考えるなんて私には向いてない・・・・・。」


自分自身にそう言い聞かせとうとう私は考えることを止めた。












考えても無駄なのだから、考えるだけ損だ。




無駄なことを考えて、悲しんで、そこから勝手に話を広げて悩むだなんて・・・・










本当に私らしくない。
































それが金曜の夜のこと。













やっと決めた。


忍足侑士の誘いに乗ることに。












どうせ彼から逃れることは出来ないんだから









だったらこっちから向かって行ってやろう。

















そして。




勝てなくても、相手もただでは済まさない。














』には出来なくても『』には出来ること。

















私になら出来る。






















そう信じて、私は眠りに付いた。









深い深い眠りに付いた。























夢さえ見れない





深くて真っ暗な眠りだった




























◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 







目的地があまりにも目立つ建物だったのと、






何よりも地図が綺麗で見やすかったから。


方向音痴らしい私でも迷うことなく、簡単に辿り着くことができた。















そうなのだ。



道には迷わなかった。











けど、


あまりにも豪華な建物に私はなかなか一歩前に踏み出すことが出来ず、入り口付近を行ったり来たりしていたため、迷った時以上の時間を費やしてしまった。





というか、現在進行形だったりする。















「よし。1・2の3で入ろう。」


大きな自動ドアの前に立ち、私は大きく深呼吸をする。






さっきから一体何度この行為を繰り返しただろう。














一歩踏み出して自動ドアの前に立つが結局入れずまた入り口前をうろうろと歩き回る。

そして、しばらくしてまた立ち止まり大きく深呼吸する。




それを延々と繰り返していた。



















けど・・・・。








―今度こそ。

そう思って私はもう一度大きく深呼吸をする。














今度こそ行かないとさすがに私はストレスだけでやられてしまいそうだった。














イライラし過ぎて敵ボスに出会う前に、自滅してしまいそうだ。








さっさと行ってしまって、用事を済ませて・・・・・

良くも悪くもすっきりしたいのに。











体が・・・全身で拒否する。







一歩足を踏み出すと、一歩後ずさる。











どうしても前には進まなかった。



















でも。

それではダメなのだ。
















気持ちを落ち着かせるよう目を瞑る。









1・・・・・





2・・・・・











3・・・・・・・・・・・・・・・・














ゆっくり数えて、

ゆっくりと目を開いた。















「行こう。」










今度こそ。



一歩。











そしてまた一歩。













そしてまた・・・・・・。






















開いた自動ドアをくぐった瞬間。


ようやく、足を縛り付けていた何かから一気に解放された






そんな感覚だった。









急に解放されてしまった足は、私の意志に反してどんどん加速されていく。















中にはオートロックシステムのガラス張りの扉がその道を塞いでいた。







私はその横にある集合インターフォンの前まで行くと、地図に書かれていた部屋番号を入力し、そのままの勢いでインターフォンを押す。




少しでも勢いを緩めてしまったらまたうじうじ悩んでしまうことが分かっているから・・・











インターフォンを押した瞬間。

普通だったら聞えるはずの相手を確認するための応答の声は聞えることはなく、目の前の頑丈そうな大きな扉が静かに・・・しかしすばやく開いた。






カメラが付いているから確認するまでもないということかもしれないけど・・・・・












あまりにも感じが悪い。






けど、そんなこと怒っている時間すらもったいなかった。


私はまた自動で扉が閉まってしまう前に、と少し足早に今度こそ忍足侑士のいるその場所へと一歩足を踏み入れたのだった。





































彼が指定したその部屋は最上階だった。





エレベーターで一気に上がってきたからあまり実感は無かったのだが、通路を歩いていると時折入ってくるその景色があまりにも空に近くて・・・・





まるで私は今、一番空に近い場所にいるような。




そんな錯覚にさえ陥る。















「ここか・・・?」


最上階にはこの一部屋しかないらしい。








にしてはやけに通路が長かったし、一つの家の中のように綺麗だった。









もしかしたら、すでにここは部屋の中なのかもしれない。





そう思うが、

あまりに通る場所全てが豪華すぎていまいち構造が分からない私には判断のしようがなかった。
















けど、入れそうな入り口はココしかないのだから仕方が無い。


周囲を見渡すが、インターフォンらしきものも見当たらなかった。












私は恐る恐るドアノブに手を伸ばす。








カチャ




小気味良い音が響き、何の躊躇いも無く扉は開いた。














それがあまりにも意外で、逆に私の緊張は強くなる。









「失礼します・・・・」

躊躇いがちに呟くように言うと、私は左右を見渡しながらその中へと足を踏み入れた。























昼間なのに薄暗い部屋。


浴室からだろうか。

それとも台所からだろうか。






水道から水が滴る音がやけに大きく響いている。











建物の中に入ってから結構涼しいとは思っていたが、


この部屋の中は涼しいどころか、寒さすら感じさせ、私は僅かに身を震わせた。








それはもしかしたら恐怖からのものかもしれないけど、そんなの判断不可能だ。















ガラッッ





突然鳴り響いた甲高い音に私は不覚にも身を竦ませた。



おそらく自動製氷機から氷が落ちた音だろう。








静かな部屋とあまりの緊張感がその音をやけに大きく聞えさせるのだ。







そんな緊迫した空間。


この部屋は外界から遮断された一つの異空間のようで気味が悪いと、私はゆっくりと歩きながらボンヤリと考えていた。



















そして、私はようやくもう一つ














扉を開いた。













最後の扉を。





















「よう来たな。」







扉を開いた瞬間。












目に入ったのは部屋のど真ん中に置かれた大きなソファにゆったりと寛いでいる忍足侑士の姿だった。




















口元に僅かに微笑みを浮かべる忍足先輩の顔に、何だか余裕を感じて、物凄く不愉快で・・・





「先輩が呼んだんでしょう。」


そう言った私の声にはやけに力が篭る。













「こんなに早く来るとは思わんかったわ。」



「嫌なことは早く終わらせたい性格なんで。」




無愛想にそう言った私の何がおかしかったのか忍足先輩はクッと笑いを漏らすと、体をソファに凭れかからせた。

ギィとソファが軋む。













「せっかく選ぶ時間を与えてやったのに。」


忍足先輩は笑い雑じりに言った。





「選択肢が一つしか用意されて無いのに、『選ぶ』ことなんて出来ません。」


「よう言うわ。」

ややあって彼は軽く笑い出す。


今日の彼はいつも以上にテンションが高いらしい。


笑い声も話す声も・・・・

何だか楽しくて堪らないという印象を受ける。










彼は話しをしながら、

ダサい男の子の服装なんて分からなくて、悩んだ結果氷帝学園の制服で来た私の姿を忍足先輩は上から下まで舐めるようにゆっくりと見る。








普段と違うところと言えば大きなバックを持っていないところくらいだ。













そんな、粘着質な彼の視線に居心地の悪さを感じながらも

私は黙って彼の様子を見ていた。



というよりも黙っているしかなかった。






忍足先輩が話しをしている時はまだ良かったが、急に無言になったことによりより一層居心地の悪さは増す。








―早く、この空気をどうにかしてくれ。


内心、思わず切実にそう叫んでいた。




人頼みだなんて本当に私らしくない。






でも、それだけ嫌で堪らなかった。











そして。

一通り見て満足したのか、忍足先輩は口元により深い笑みを浮かべる。









「にしても、お前結構危ない人物っぽかったで?」

笑いながら言うその言葉の意味を私は瞬時に理解した。



彼が何のためらいも無く扉を開いたのも、この部屋に導いたのも、私がこの建物の前をうろうろしているときからずっと見ていたからなのだ。


やっと私を解放してくれた彼にホッとする一方で、何だか彼の底意地の悪さに腹が立つのも事実だった。







「ずっと見てたんですか・・・・?」


「別にずっと見てた訳や無いんやけどな。ふともうすぐ来るかと思うて窓から見たら、8の字にくるくると回っとるヤツがおったんや。

思わず笑ってしもうたわ。」




彼は細長い綺麗な指で8の字を描きながら、反対の手を背凭れの上に乗せる。








その姿がやけに優雅で色っぽかった。







そう思ってしまう自分に腹立つ。









「本当に悪趣味ですね。あの手紙と言い・・・・」

私の言葉に、ようやく思い出したという感じで頭を縦に軽く振った。







「あぁ、あの手紙。結構良かったやろ?」

「えぇ。あまりに素敵過ぎて凍りつきましたよ。」






「あれな、昔もらったラブレターの文面をパクらせてもろうたんや。
あんな面白い手紙はなかなかないで?あれもらった時は笑ったわ。まぁ・・・あの女はホンマもんのストーカーやったけどな。」

そう言って彼はフッと笑みを深める。



「けど、今の俺の心情にぴったり合うて、吃驚したで?あの時は理解不可能やと思うとったけどなぁ。人生やっぱり何があるか分からんわ。

にしても・・・・・っちゅうことは何や?俺もストーカーか?」




手を叩いて笑い始めた彼の姿が何だか分からないが私の神経を逆なでしていく。






一生懸命好きだといった女の子に対してその態度は無いんじゃないだろうかとその女の子に対して同情でもしたのだろうか。

少しムッとしていた。


「女の子が一生懸命書いて送った手紙をそういう風に言うもんじゃないですよ。」







「そやかて、ストーカーはストーカーや。その時の女が持ってた『俺の大事』なもんって何やったと思う?」


「さぁ?」












「俺の入学当時からの写真集!」











「ホンマにあん時は笑うしかなかったわ。何が、俺の『大事なもん』や!



勝手に人の全てを理解した気になって。ホンマにこれやから女ってヤツは・・・。」


そう言った後、付け加えるように

「思い込みが激しくて流石にうんざりするわ。」

そう吐き捨てる忍足先輩の顔には心の底からの嫌悪感が浮かんでいて、





私は何だか不思議な感覚に襲われた。















いつも、いつも・・・・・女の子を抱いているくせに・・・・・







「アナタは女性が嫌いなんですか?」


思わずそう尋ねてしまっていた。








けど、私の問いに忍足先輩は不愉快そうにすることもなく、むしろ


「大好きやで?俺は女の子には紳士に接するし。」

と言った彼の声は柔らかくて優しい。






けど。
先程までの顔とは打って変わって満面の笑みを浮かべる忍足先輩の顔はやけに嘘っぽかった。





しかも、それ以上に恐ろしかった。









先程までの嫌悪感を露にした顔よりもこの笑顔の方が恐いって・・・・





忍足先輩の中に広がる暗い部分を垣間見た気がする。











全身の毛が逆立つよな感覚を覚え、私は両手にわずかに力を込めた。






私の中にわずかに怯んだその隙を、彼に見破られたくなくて


「どこが・・・。」


私は小声で吐き捨てる。












「心外やなぁ?


ほらっ。



今もこうやって紳士的に接してやっとるやんか。」













淡々と言ったその言葉。




『どこが紳士的なんだ!』そう言い返そうとして。














私はすぐに思い止まった。




いや違う。




彼の言葉の意味が分かってしまった私には、言い返すことが出来なかったのだ。


















「・・・・・・・・・一体何を・・・・・?」






覚悟をしていたはずだったのに。












それでも、いざそれを突きつけられると












声が震えた。



































忍足先輩の声が一オクターブくらい低くなったような気がした。








「もっと早く気付いてやれんでスマンかったなぁ?





お前、
















女の子なんやろ?」



















そう言って笑った忍足先輩の笑みは





今まで見てきたどの微笑みよりも美しくて















淫猥で















冷たかった。





















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