氷帝に入ってから半月以上が経過しようとしていた。







あまりに多くのことがあり過ぎて。





後になって思い返してみると、




良くも悪くも退屈だと感じることすらなかったことを知る。

















―あの朝―


氷帝に入って初めて暖かい日常を感じたあの日。










あの日から一週間くらいだっただろうか。












それは、思わず退屈に思ってしまうほど、まさに『平和』だった。










時折すれ違い様に何かを言ってくるヤツらはもちろん大勢いた。



けれど、どんなに仕事を押し付けても必ず次の日には終えてしまう私にどうやら少しはマネージャーとして認めてくれたようで、表立って何かをしてくる者がいなかったのだ。











あまりにも穏やか過ぎて



それは逆に恐怖すら感じさせた。














それはそう・・・・

言うなれば






嵐の前の静けさ









というものだったのかもしれない。















この一週間の静けさは、神様のいたずら?














いや、違う。
















神様なんかじゃない。









全ては『彼』の意志の元に動いている。





まさに舞台を盛り上げようとする『彼』の演出なのだ。













再び悪夢が始まるまで















あと約6時間。





















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   27 -lettera d'amore-










その日は朝から雨だった。




しかも大雨だった。









大粒の雫が激しく窓を打ちつけ、不協和音を醸し出す。



ただでさえ、授業など億劫でやってられないというのに。






特に窓際の席の私にとっては最悪の状況下での授業だ。













「今日は機嫌が悪そうだな。」

隣の席の日吉晴れ晴れとした顔で私を見ていた。




私は頬杖を付いたまま視線だけを日吉の方に向けるが、何か悪態を付くのも面倒で


「別に・・・・・」

ただ、そう低く呟くとすぐに視線を窓の外へと戻す。







「表情の乏しいお前がそんな顔をするなんて、余程雨が嫌いなのか?」


「別に・・・・・。ただ、煩くて堪らないだけだ。この雑音をどうにかしてくれたらすぐ直る。


ってか、お前に表情が乏しいなんて言われたくないよ、日吉。」






普段からぶっきら棒な方だと思うが、今日は何だかとにかく苛々していて、私は思わず強い口調でそう言ってしまう。






しかし、日吉は全く気にもしていないようで、面白そうに口元を緩めただけだった。






―ったく・・・・・・・・調子が狂う。


私は舌打ちした。




















この日吉という男は本当に不思議な男だと思う。


氷帝では今まで見たことが無いような強烈な個性的メンバーが揃っているが、その中でもテニス部は異彩を放っている。

個性的どころかこれは変わり者の部類に入るのではないのだろうかとさえ思う。







日吉はその内の1人だ。








だから、変わり者なのは別に驚くことはないのだけど、この男は誰一人として近付いてこなかった私に、何の躊躇もすることなく自然と近寄ってきて、普通に話しかけてきた。

言うなれば、変わり者の中でも変わり者なのだ。











他人なんてどうでも良い、って態度を取ってるくせに。




本当に困っている人は助けるくせに、良い事をしているだなんて微塵も思っていない。






氷帝テニス部の次期部長候補である彼はきっと私なんかじゃ届かないほど氷帝では高い地位にいるはずなのだ。

だけど、彼は全くそれを傘に着ようとしない。






権力にも屈しない。




氷帝学園という一つの帝国の王である跡部部長に面と向かって立ち向かっていける数少ない人物の1人だ。











世の中、権力を傘にやりたい放題するヤツも、それに屈して虎の威を借るヤツもたくさんいるのに。












どうして、この日吉という男は庇って得することも無い、



いや・・・・

むしろ損をすることばかりの私なんかに構ってくるのだろう。











誰の目も話しも気にすることなく、いつも普通に通りに話しかけてくる。



もしかしたら、それもある意味権力があるから出来ることなのかもしれない。


けど、彼はそんな感じじゃないような気がした。










いや、ただそう思いたいだけなのかもしれない。

彼は何の見返りも求めずに私を対等に見てくれる、と・・・



そう思っていたいのかもしれない。












どんな人のどんな優しくて親切な言葉も行動も私は信用できなくて、うざったく感じて・・・・

信じることなんて出来なかったのに。



あのノートのやり取りがあってからというもの私達の間に流れる空気が変わり始めた。










何故、日吉若という男の言葉だけはこんなにもスッと私の心の中に入ってくるのだろう。





本当に不思議だ。






















「前から気になっていたんだけど、何でお前はいつも俺に話しかけてくるんだ?」



いつの間にか日吉の瞳をしっかりと見つめ、無意識にそう尋ねてしまっていたことに気付いた私はハッとしてすぐ日吉から視線を反らす。


気になっていたのは事実だけど、聞くつもりなんて全く無かったのに・・・。







何だかよく分からないが、こういうのを顔から火が出るというのだろうか。

意味も分からずとにかく恥ずかしかった。









そんな私の心のうちなど気付いていないのだろう。


日吉は声の調子を変えることなく


「悪いのか?」


そう尋ね返す。








「いや・・・・・・・誰も話しかけてこないのにお前だけが話しかけてくるのが不思議で・・・・」


「俺も不思議だ。」




「はぁ?」

表情を変えず、いつものようにぶっきら棒な、真面目な顔で彼は淡々とそう言う。



それが、何だか不覚にも凄く面白かった。









私は思わず笑いそうになってしまい、唇を軽く噛み締める。


「お前って結構可愛らしいんだな。」




私の言った言葉を瞬時に理解することが出来なかったのだろうか。

それとも、聞かなかったことにしたかったのか。







きっとどちらもだと思うが。

キョトンとした後、彼の意志とは反して顔が赤く染まっていく。





「なっ!男に可愛いなんて馬鹿にしているのか!?」



「別に馬鹿にしている訳じゃない。褒めコトバだ。」




「どこが褒め言葉だ!」

日吉の実家は古武術の道場らしいから。



お堅い家庭できっと育ったのだろう。







それは私の単なる偏見なのかもしれないけど・・・・


口癖が「下克上」っていうのが、あながち偏見とは言い切れない気がする。







とにかく、彼は慣れないその言葉に、ただ照れているのか、それとも不愉快だったのかプイッと頬杖を付いて私からそっぽを向いてしまった。


「本当に短気なやつだ。」


「うるさい。」


頑なな日吉の態度に私は軽く息を漏らすと、わずかに目を伏せ、

そして。


苦笑した。









「そう言えば、お前とこんなに長い時間会話したのは初めてだな」

しみじみと言ってしまった私の言葉に日吉は無言だった。



けど、私は別にそれでも構わなかった。




ただ、言いたかっただけだから。
















「そういえばお前、忍足先輩と何かあったのか?」


しばらくの沈黙の後、日吉はゆっくりとコチラを向いてその名前を口にする。








心の底から聞きたくなかった名前だけど、それを悟られるわけにもいかない。

そう思って私は軽く息を吸うと、


「別に何も無いが・・・・?何でそんなことを聞くんだ?」

抑揚の無い声でそう言った。








「ココ最近、お前のことをずっと見てる。」

その言葉に正直驚いた。



けど。

―そうなのか?

とは聞けなかった。








―全く気付かなかった・・・・







日吉のただの勘違いでは無いだろうか。

他の誰であっても別に見られても気にはしなかっただろうけど、









不意にあの部室での夜のことが思い返される。








あまりにも平和で忘れかけていたが、やはり彼は何かに気付きかけているのだろうか。













「忍足先輩には気をつけろよ。あの人は一番の曲者だ。」

日吉のその言葉がより私の不安を増徴させる。


本当に良いタイミングで的確なアドバイスをくれるものだ。









そう思うと何だか少しおかしくて私は苦笑交じりに

「曲者?」

そう聞き返す。







「考えていることが全く読めない。」

「確かに・・・・・・・でもそれは忍足先輩に限ったことじゃないだろ?俺にとってあの人たちは全員何考えているか分からない。」



不意にどこからか感じた冷たい視線に、私は無意識に「テニス部」や「レギュラー」という言葉を口から言うのは控えていたのだが、日吉は何も言わずとも『あの人たち』というのが誰であるのかも、そして何故私がそういう言い方をしてくれたのかも理解してくれたようだ。




「まぁ、確かにその通りだ。だが、やはりあの先輩が一番得体が知れない。」


もう遅いのかも知れないけど、日吉もまた声を少しだけ抑え、敢えてこういう言い方をした。






「・・・・・・・得体が知れない・・・・・・」

ただ自分に言い聞かせるように呟いた声に、日吉は軽く頷く。




「あの人は笑顔で人を追い詰めることが出来る人だ。嫌われたら最後。氷帝にはいられない。」









「経験があるのか?」

あまりにも自信満々に話す日吉が何だか不思議で私はそんなはずも無いと分かっていながらそう尋ねていた。




「あるわけ無いだろ。あったら俺がテニス部にいられる訳がない。」


「じゃぁ、何で自信満々なんだよ。」







「勘だ!」

右手の握り拳で軽く机の上を叩き、威張って断言する日吉に私は思わず






「勘かよ。」

そう突っ込んでしまう。








「けど、自信はある。」


「はぁ・・・・。」

どういう自信なのだろう?









経験したことがあるわけでもなく、見たことがあるわけでもなく・・・・・



一体どこからそういう話になるのだろう。









そんな他愛も無い疑問を抱いていることを、日吉は絶対に分かっているくせに、説明する気などないらしい。




というよりもきっと、口では説明出来ない何かなのだろう。









「大体、他人にバレるように何かする訳が無いだろう?あの人は誰にも・・・・それこそ本人にすら気付かないほど巧妙に少しずつ見えないところから攻めていくタイプだ。」

そう言って眉間に皺を寄せた日吉を見ていると






「余程嫌いなんだな・・・・」

思わずしみじみとそう言ってしまっていた。





「嫌いではない・・・・はずだ。苦手ではあるが・・・・。何だか分からないが、あの人だけに限らず、その周りの人間の何かが俺を不愉快な気分にさせる。テニスプレイヤーとしては尊敬しているんだがな。」







そう呟くように言った日吉は物凄く悲しそうで。





それ以上に悔しそうだった。















日吉が感じている不快感が何なのか私には分かっていた。







一途で、優しくて、無意識に正義を貫くことが出来る実直な彼だから、


今の氷帝テニス部レギュラーの影の部分に本能で気付いているのだろう。









分かっていたけど。


だけど、教えはしない。










それは綺麗な日吉という人間を穢してしまう行為のような気がしたから。










だから、私は


「忠告ありがとう。参考にさせてもらうよ。」

それだけ言って、

口元だけで僅かに微笑んだ。






「あぁ。」

日吉もまた私の微笑みに答えるように、












笑顔でそれだけ言った。

























◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






ドサッ!



私は勢い良く書類を床に下ろす。







ソレと同時に溜まった埃が舞い散り、私は激しく咳き込んだ。










「ったく・・・・・何で私がこんな仕事を押し付けられるんだよ。」




それもこれも全ては権力に屈しまくりの担任教師と権力を振りかざし過ぎの同じクラスのテニス部マネージャーのせいだった。

















――――――――――――






帰りのHR終わった後の事だった。






「誰かこの書類を教員室の隣の倉庫に運んでおいてくれないか。」






そう大声で言った教師の言葉。






一瞬シーンとした後、


彼らは互い互いにしゃべり始めたり、片づけを始めたり。






当然のことのように誰もする気はないようだった。







その彼らの態度もどうかと思うが、私もぼんやりと教師を見つめながら


―それくらいの書類ならお前1人で運べよ。



それが私の本音でもあった。








確かに書類の量はある程度ありはするが、体格の良い男であれば1人で運べない量でもない。


肩幅広くて、上腕など私の腕二つ分はありそうな筋肉をしているくせに、あの程度の書類も運べないのだろうか。











そう思って私は馬鹿にしたように鼻で笑う。



運べない訳ではなくて運ぶ気など最初から無いのだろう。









「面倒」が口癖の馬鹿教師。




全てが面倒なら生きることすらやめてしまえ!

と思わず吐き捨てそうになったことが片手では足りないほどあった。








私が最も嫌いな部類の人間だ。










「おい。アリス姫。お前やってくれないか?」

誰も動かないことに痺れを切らした担任教師が指名したのは、担任教師の大のお気に入りのテニス部マネージャーの女だった。





確かアリスと呼ばれていたような・・・・・くらいの認識しかない彼女だったけど、最近のあまりの担任の態度に気付いた事により、私はようやく顔と名前がしっかりと一致した。





木更津アリス。





全く、顔と名前がここまで合ってない人は見たことがない。

アリスという可愛らしい名前とは正反対の気も意志も強そうな顔。



確かに美人ではあったが、彼女の美しさはまるで氷の結晶のようだった。








冷たくて鋭くて・・・・・それでいて激しく恐ろしい。








その証拠に、男女関わらず彼女を内心彼女を恐れている者はクラスの半数以上を超えていた。







『アリス姫』と呼ばれた彼女。




さすがテニス部のマネージャーをすることが出来るほど、美しい。

だが、もう少し言えば、さすがテニス部のマネージャーが出来るほど強い女なのだ。











そして、彼女の美しさは担任教師でさえ虜にしていた。



興味なさ過ぎて、あまり意識していない時は良かった。





が、毎日のように『アリス姫』と名指しする担任教師に、ある日気付いてしまった時、私はあまりの気持ち悪さに鳥肌が立ったのを覚えている。






ソレは現在も継続中だ。






自分が気に入っているからって・・・『さすがに姫はないだろ』と思う。











が、クラス中が引いている中、呼ばれている張本人だけは満更でも無さそうだ。



今日も、いつも通り『姫』と呼ばれたことに満足し、顎を上げて担任教師の方に視線を向けた。










「そんな仕事を私にさせるんですか?私を誰だと思っているの?」



その言葉が何を意味するかは暗黙の了解らしい。







私は詳しく知らないが、ウッと黙り込んだ担任教師達の雰囲気がそれを物語っていた。

このセクハラ教師がセクハラ行為を彼女に強要できないのもこれに関係していたりするのだろう。












想像の範疇を出ないが、




たぶん、物凄いお金持ちなのだろう。









この学校には本当に私を含め単純思考回路の持ち主ばっかしだ。



そういう意味では、私はこの学校に向いているのかもしれないと思う。














そんなことをボンヤリと考えていた私は



彼女の口から出た言葉に思わず、傾きかけた体をピンと伸ばした。





「私〜君が適任だと思いますぅ〜。テニス部でも仕事頑張ってくれてるみたいだしぃ?」




語尾をダラダラと延ばしながらしゃべるアリスに少しイラっとしながらも私は突然、うちのクラスどころかうちの学年のお姫様に指名されてしまったことに驚きを隠せなかった。







そして、すぐに分かった。






彼女もまた、私が憎くて堪らない人間の1人なのだろうと。








アリスの厳しい口調と態度が全てを物語っていたから。














そして、その言葉に担任教師はすぐに


「アリス姫の言う通りだ。じゃぁ、頼むぞ。」



それだけ言って私の方を見ようともせず、いそいそと教室を出て行ったのだった。



色んな意味でアリス姫とやらには逆らえないらしい。
























というわけで現在に至るわけだが・・・





普通の男子生徒だったら一度で運べる量の書類でも、私の非力な腕ではあまりに重過ぎて二度に分けて運ぶしかなかったため、書類を片付け終えた時にはすでに部活動の練習開始時間を回っていた。





しかも、腰も痛いし腕も痛い。














私は置いた書類の前でしゃがみ込む。





「また・・・・・・・・・・嫌味言われるよ・・・・・・・・・・」














―こりゃ体を鍛えておかないとダメかな・・・。











どうせ遅刻するならとことん遅刻してやろうかと思ったが、


よくよく考えると、仕事をする量は変わらないのだから、それはただ私が帰る時間が遅くなるだけだった。









そう思うと、太郎さんとの賭けがある限り、私は行くしかないのだ・・・その事実を改めて感じ、頭を押さえ深々とため息を吐くとしぶしぶと立ち上がったのだった。






















◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆








それにしても・・・



私は部室へと向かいながら、何となく自分の細い手首を見つめる。










昔から病気がちだったとは言え、ここまで体力が無いのも、腕力が無いのもどうなのだろう、と思う。









あれだけ毎日セックスしてたんだから、体力も足腰も結構強くなったんではないかと思い込んでいたのだが・・・・・



実際は全くそんなことないらしい。









「あぁ・・・・・もう情けないなぁ。」


本当に情けない。







正義のヒーローのように悪いヤツラをバッタバッタと倒せるくらいの力と技があったら良いのにと思う。



こんな目に会うことが分かっていたら、格闘技でもしてたのになぁ・・・・と今更後悔しても無駄なことは分かっているのにそう思わずにはいられなかった。








そう思うと、時間って大切だと思う。






人は決して過去には戻れないのだ。



あるのは、今とそして未来だけ。












決して戻れない時間を私は生きているのだ。



























「あれ・・・・・・?」

無意識に靴箱の扉を開き、靴を履き替えようと靴を地面に落とした私の目に、靴の下敷きになったピンク色の封筒が目に入る。









私のじゃないかもしれないけど・・・・・





もしかしたら私のかもしれない。












そう思うと、さすがに放置することも出来ず私は靴に足を入れると、トントンとつま先を床で叩ようにして、少し小さめの靴にしっかりと足を入れながら、上半身を倒して封筒に手を伸ばす。









封筒には「 様」と丸々とした字で書かれていた。









「何だ、これ?ラブレターか?」

そんな訳がないと私は分かっていながら、自嘲気味にそう呟く。






一体今度はどんな嫌がらせなんだろうと、少し興味津々に封筒を裏返してみるが・・・




「名無しの権兵衛さんかよ。」









そう。

封筒には差出人の名前は書かれていなかった。













普通だったら、開封するのを躊躇うのだろうが、



―もしかしたら、一時代昔の少女マンガのように中に剃刀が入っていたりするのだろうか。



そう思うと、凄くそれを見てみたい気がして、私は何も躊躇することなく封を切る。



















中から出てきたのは二枚の紙だった。






私はそれぞれに折り畳まれたその紙の一枚を無造作に封筒から取り出す。


開くまでの無く、それが何かは分かった。







―・・・・・・・地図・・・?









そうなのだ。


最初に開いたのは、何やら何処かへの道が書かれた手書きの地図。













そして、どうやらもう一枚が手紙らしい。












最初に開いてしまったのが地図だったからなのか。








何だか嫌な予感がして。


私の心臓はドクドクと激しく動き始める。









私の体は私の頭よりも正直で賢い。










まだ、何が合った訳でもないのに




体はすでに警報を出し始めていた。












恐る恐る封筒からもう一つの紙を取り出すものの、開けてみる勇気がなかなか出なくて、とりあえず紙を天井に向けて透かしてみると、封筒に書かれた字とは違う整った綺麗な字がその姿を明らかにした。





私は微かに震える手でぎこちなく手紙を開く。






















中に書かれた文章はあまりにも短か過ぎて、読み終えるまでにかかった時間はほんの一瞬だった。












けど、その瞬間。












私の周りの空間が時間を止めた。


















「次の土曜日に同封した地図に書かれた場所でアナタを待っています。

俺に全てを教えてくれたアナタの大事なものもココでアナタを待っています。



アナタが来てくれる日まで、俺はここにいます。
アナタを想いながら。




どうか、この想いが伝わりますように。」











差出人の名前を書いていない時点でただのいたずらだとは思っていたが・・・





―ストーカーか?


それとも新手の虐めだろうか。









何となく漠然とそんなことを考えていただけて、どちらにしろこんなの特に気にも留めなかっただろう。









ただし、それには差出人が







よく知っている『彼』でさえなければ・・・・。


という条件が付く。















この手紙の

一番の問題は・・・・



ストーカーでもいたずらでも、虐めでもない。





一番重要だったのは送り主が誰なのか、だった。




























そう。私の目を引き付けたまま放さなかったのは、













手紙の一番右下に書かれた








『忍足 侑士』



という名前だった。








その名前が一番に目に入ったからだろう。

吐き気がするような気持ち悪い文章にも今の私には、気持ち悪いと想う余裕さえなかった。

























心も、身体も一瞬にして全てが凍り付いて




私は手紙を持ったまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。















これから自分がどうするかなど。





考えられるはずもない。























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