「服、脱げよ」
はっきりと聞こえた言葉だったのに、私は思わず自分の耳を疑った。
まさか。
そう思っていたが、彼らの一人が手に持っているモノを見てその考えは悲しくも打ち消される。
そう、DVDカメラ。
男って単純で、馬鹿で、ガキで。
自分の欲のためにしか動かない。
それにより、傷つく者がいても気にならないのだ。
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14 -messia-
「あんたら、そういう趣味があったんですか。」
平静を装った、冷たい声で私は彼らに言った。
男の私に対して「脱げ」など、そっちの趣味の男としか考えられなかった。
もしくは・・・・
―私が女だと知っている・・・?
ふとそんな考えが浮かび、内心ヒヤっとしていた。
いや。
この際、女だとばれているかいないのかなど関係ない。
このままじゃ確実に服を脱がされる。
そうすればばれていようがなかろうが、確実に女だと相手側は分かってしまうだろう。
男たちが一歩ずつ近付いてくる足音がやけに耳に纏わりつく。
一番前を歩いていた男が私の顔を見ながらゆっくりと口を開いた。
その口元はやはり醜く歪んでいる。
「何を勘違いしているのかは知らないが、別に男の裸をDVDに納めて楽しむなんていう趣味はねぇよ。」
得意げにそう言った男の言葉に私は女だとばれていないのだと分かると、ホッと僅かに息を吐いた。
が、すぐに不安が再び溢れ出す。
「とにかく全裸になってもらったところをこのDVDに納められれば良い。
心配しなくてもすぐに終わるさ。」
そう良いながら、右側のDVDカメラを持った男がDVDカメラを顔の前に持ち上げる。
「全く意味が分かりませんね。そんなことしてあなた方に何の得が?」
「お前みたいなヤツの裸の映像でも喜んでくれる人はいるんだよ。」
男達の目は私を見てはいなかった。
私を通して誰かを見ている。
そう。
おそらく彼らが見ているのは
私の裸を撮ってこい、と彼らに依頼した者。
この男たちがわざわざ動く理由。
金、しか思いつかなかった。
人を動かすことが出来るものなんて金しか知らない。
この氷帝学園では特に・・・・
そして、その権力を持つものは。
私の脳裏に一人の人物が浮かぶ。
『跡部 景吾』
最も悪趣味な嫌がらせをするのはあいつだった。
あいつにとって人間は自分の興味を惹くか、惹かないかの者でしかないのだ。
つまり、玩具と同じだ。
遊んで遊んで遊んで、遊び飽きたら切り刻んで捨ててしまう。
そういう男だ。
そういう面では忍足や向日はまだ可愛い方かもしれない。
ピーチクパーチクと騒いでいる小鳥のようなものだ。
煩いが直接的な害は無い。
「金でも貰っているんですか?」
静かな口調で。
重々しく。
私は口を開いた。
一番私の近くににいる男が私の言葉にいち早く反応し、うっとりするような表情を浮かべる。
「金?そんなもんじゃねぇ。
もっと良いものだ。」
「もっと・・・・良いもの?」
私は思わず聞き返してしまっていた。
金よりもっと良いものなんてそんなもの私の中には存在しない。
ありえない。
この世は全て金なんだから。
「っつーかしゃべり過ぎだ。」
男の一人が先程までしゃべっていた男を諌める。
声が笑っていることからしても本気で黙らせるつもりがあるのかどうかも怪しいが。
「そうだった。おしゃべりしてる暇はねぇんだった。これから俺達も用事があって忙しいんだよ。
「自分で脱ぐならさっさと脱げよ。」
男たちは口々に勝手なことばかり口にする。
私は視線だけ少し動かす。
逃げ場を探すためだ。
―何でも良い、何かあれば・・・・・・
全く動こうとしない私に彼らは笑いを漏らす。
「何だぁ?それとも脱がして欲しいのかよ。」
「ぎゃはははは!!マジかよ。男に脱がしてもらいたいなんて、こいつこんな顔して本当は自分がホモなんじゃねーか。」
「実はこんな状況に興奮してるとか!?」
「マジかよーーーーー!!女に相手にされないから男に走ったとか?ありえねー。」
「キモイのは顔だけじゃなかったんだな。」
口々にそんな勝手なことばかり言って爆笑し始める男たち。
でも、わざわざそんな戯言に一つ一つ相手をしてやる余裕は今の私には無かった。
目を一生懸命動かし、辺りを見渡すが、ここを脱出する方法は全く思いつかない。
私は、男たちのところで視線をとめる。
彼らは私の存在など忘れてしまっているのではないかと疑うくらい、私など見向きもせず、私の悪口で盛り上がっていた。
まさか私のこの薄汚い容姿がこんなことで役に立つとは思わなかった。
―今しかない
敵は3人。
明らかに不利な状況だが・・・・。
広い倉庫だ。
彼らの間を潜り向け外に出ることは決して不可能ではない。
3人の男達のうち2人は私から5mほど離れたところに2人並んで立っていた。
残りの一人、それがDVDカメラを手にした男だった。
そして。
そいつは残り2人とは離れている。
そこに一本の線が見えた気がした。
そこしかない。
私は彼らに気付かれないようにゆっくりと周囲を見渡す。
何か・・・・・何か彼らの気を一瞬でもそらせるものがあれば・・・・抜け出せるはずだ。
不意に足に何かが当たった。
私は視線を下に降ろす。
足元に転がるのは小さな黄色い球だった。
後ろを見ると大きなカゴに溢れるほど入っている、テニスボールがあった。
きっと、その一つが私がぶつかった事で転がり落ちたのだろう。
彼らに気付かれないように視線は彼らの方を向けたまま、ゆっくりと腰を屈めて足元に手を伸ばす。
―チャンスは一回だ
球を手に取った私は視線を天井に向けた。
そして。
天井に向かって・・・・・天井にあるあの電灯に向かって・・・・・・・
私はテニスボールを投げた。
ガチャーーーーーーーーーン
唯一の光を失った部屋に再び暗闇が舞い戻る。
男達も私もお互い姿が見えないと言う条件は同じ。
けど・・・・
「何だ!?」
「くそっ!何も見えねぇ!!!!」
男達が大声で騒ぎ始める。
―いける!
そう思った次の瞬間。
脳は意識する前に瞬時に男と男の隙間―逃げ道―を導き出し、そして体は意識する前に地面を勢い良く蹴り出し、その道を走り出していた。
扉までの距離は行きよりも近く感じた。
はっきりは見えないけれど、闇に慣れたきた私の瞳はわずかに・・・でも、確かに扉を映していた。
私は手を伸ばす。
少しでも早く扉に辿り着こうと必死で手を伸ばした。
カチッ
素早い手つきで鍵を開ける。
そして。
ひんやりとした扉に手を付けた。
ダァァァァン!!!!
何が起こったの?
感じるのはついさっき確かに感じていた、手への扉の感触じゃなかった。
痛み?
鋭く激しい痛み。
そして体中に感じる冷たい感触。
「ったく、やってくれるじゃねーか。」
目の前がちかちかして、ぐるぐる回っていた。
何が何だか分からない。
「でも、残念だったな。扉は一つしかないんだ。お前の姿は見えなくても扉の前で待っていたら確実にお前の方から俺の方に向かってきてくれるさ。・・・残念だったな。」
男は念を押すように、「残念」と言う言葉を繰り返す。
その言葉によって私は状況を飲み込んだ。
―あぁ・・・・・私は失敗したんだ・・・・・
どうやら、扉に付いた瞬間男に強引に扉から引き離され・・・・・いや投げ飛ばされたらしい。
頭を床に叩きつけられたのかもしれない。
私は少し落ち着いてきた頭で考える。
痛みも大分落ち着いてきていた。
「おい!確かその箱の中に予備の懐中電灯あっただろ?持って来いよ。」
耳に、足音が甲高く響き渡る。
おそらく懐中時計を取りに行っているのだろう。
開いた目にも今度ははっきりと映る。
私を見下ろす一人の男の姿を。
どうやら男の手により私の両腕は拘束されているらしい。
手が思うように動かないのはそのためだろう。・・・・
こいつが私を投げ飛ばした男。
そして、どうやら私は今、仰向けで床の上に横たわっているようだ。
この痛みは床に激突した時にどこか痛めたのだろう。
何もかもが曖昧ではっきりしない。
しかし、徐々にはっきりとしてくる意識によりそれがやはり正解だったと理解するより他なかった。
次第に状況判断も正確になってくる。
だから。
分かった。
―もう・・・・・・ダメだ・・・・・
こんなヤツらに負けたくない。
太郎さんとのゲームにも負けたくない。
でも。
私の体は私よりも正直だった。
一度諦めてしまった私の体からは、私の意志に反して一切の力が抜け落ちた気がした。
まるで、『抵抗すること』に抵抗するかのように・・・・
もう、無駄なんだから諦めろとでも言うように。
「そうそう。そうやって大人しくしていれば良いんだよ。」
力が抜けて鉛のように重たくなった私の両腕を掴んでいる男の手には力が込められる。
いつの間にか懐中時計の明かりで照らされていたのか、目の前がやけに明るい。
男達の顔も今度ははっきりとした形を成していた。
見たくないものが見える・・・・。
靄が掛かったような目で私は近付いてくるもう一人の男の姿を見る。
にやついた男の顔。
伸ばされる数本の手。
―あぁ・・・・・ゲームオーバーか・・・・・
私は瞳を瞑った。
ただ、その時を待つ。
胸元に手が近付く気配を感じた。
体の至る所を撫で回すように手が這う。
―ホント・・・・私ってつくづく普通の学生生活に向いてないんだな・・・・
自嘲気味に私は心の中でそんなことを呟いていた。
そんなことを考えてるうちに、
誰かの手でゆっくりとズボンのファスナーが下ろされる。
DVDがまわされる音がやけにはっきりと聞こえた。
もう終わり。
そう思った。
時だった。
バンッ!!
突然聞こえた大きな音と、先程まで私を照らしていた小さな光とは打って変わるような目が痛くなるような眩しい光。
部屋の扉が開いたのだと気付くまでには数秒かかった。
「何してんの?あんた達。」
私は床に横たわったまま朦朧とした頭でまっすぐ前を見つめた。
何だか焦点を思うように合わせることが出来ない。
だけど、耳だけは凄くしっかりしていた。
はっきりと聞こえる音。
「な、何で・・・・・芥川先輩が・・・・こんなところに・・・・?」
誰かがそう震える声で呟いた。
『芥川先輩』
いつの間にか私の目は彼を捉えていた。
彼の目も私を見つめる。
けど、視線が合うことは無かった。
いつも、眠そうな顔してて、時々笑顔で。
太陽のように眩しい彼からは想像がつかないほど、
芥川先輩が恐い顔していたことが何だか印象に残った。