冬。僕はきみの傍に、

006.アフター5

 ここからは18禁です。
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 柔らかなベージュの大理石の壁に囲まれて、瀟洒なカーテンの付いた天蓋つきダブルベッドがひとつ。シーツ類は全てシルクで覆われており、色の付いたライトに照らされてそれは銀色に見えた。
 壁には大型のテレビが据え付けられ、向かい合うように真っ赤なソファが置かれている。
 おおよそ“寝室”というには不向きなその部屋は、ラブホテルという名の恋人同士の逢瀬の場だった。
 ただし、利用する客のすべてが恋人同士とは限らないが。
 高級感が売りのラブホテル、その一室で行為の終わった二人が今、シルクのベッドに横になって、お互いに貪りあった快感の余韻に浸っていた。
 全裸でお互いに快楽を求め、与えあった二人だが実は恋人同士ではない。知り合ったばかりではないが、恋愛感情はなかった。ただ、そういう話の流れになって今ここにいる、それだけだった。
 乱れた息を整え高揚した気持ちを静めながら、男――信也(しんや)は信じられない思いで隣にいる相手を見つめた。
 何が信じられないかと言えば、ここ20年ほどラブホテルなどというものに縁遠かった自分がここに居るということもなのだが、それよりもなによりも久しぶりの相手が青年――つまり同性だったからだ。
 そして――
(まさか、この子と関係を持つことになるとは――)
 内心で呟くと同時に、胸の奥で何かが疼いた。それは、良心という名の罪悪感か、それとも別の何かなのか……。

 青年の名を輝(ひかる)という。
 彼とはここ最近、信也が会社帰りに通うようになったBARで出会った。
 カウンターは10席の小ぢんまりとした店で、アットホームというよりは客室を選ぶような雰囲気の、一人で飲む分には落ち着く感じのする店だった。
 そこで輝は店員として働いていた。
 中年か、若くても20代後半ばかりの店員の中で、今年20歳になったばかりらしい輝の存在は少々目立っていたように思う。
 だからといって、信也が初めて店の中で彼を見たとき驚いたのは、彼が若いからばかりではない。
 実は輝は3歳離れた自分の弟の息子、つまり信也にとって甥にあたる親族だったのだ。
 輝の存在に気付いた信也は、だが声はかけずにこのBARへ入ってしまったことを後悔しながら、輝の表情を盗み見た。
 甥とはここ十数年会っていない。最後に対面したのはまだ甥が10歳にも満たない頃だったと信也は記憶している。もしかしたら甥は伯父である自分のことを覚えていないかも知れないし、そうであって欲しいと信也は願った。
 信也の願いがどこかへ届いたのかは分からないが、輝の様子から信也を自分の伯父だと気付いた様子はなく、そう声をかけられることもなかった。
 それにほっとして信也は早々に店を立ち去ると、もう二度とその店へ行くまいと誓ったのだが――。

 家に帰ると時計は10時を回っていた。
 「ただいま」と言って家へ上がると、「あら、おかえりなさい」とリビングから妻が顔を出し、冷めた料理を温めなおすためキッチンへと向かう。
 料理を用意しながら妻が「今日は遅かったのね」と、さほど興味もなさそうに聞くので信也も「ああ、付き合いで」と嘘をついた。
 本当は付き合いでも何でもなく、ただ同僚が一人で飲む分にはお薦めですよと言うので気まぐれでBARへ行ったに過ぎない。
 だがそれも、行くんじゃなかったと後悔するばかりだ。
 BARで出会った甥のことを思い出してため息をついた信也の耳に、どたどたと階段を降りてくる音が聴こえてきた。
 誰だとは考えなくても分かる。一人息子の信久で、今年高校1年生になったばかりだ。
 信久はリビングへ入ってくるなり、帰ってきたばかりの父親へ「おかえり」もなく、右手を差し出すと「お小遣いくれ」と言うので、信也はもう一度大きく息を吐いた。
「今月分のお小遣いはもうお母さんから貰っただろう?」
「そう。だから親父に頼んでんじゃん」
「……貰ったお小遣いはどうしたんだ?」
「臨時出費があったんだよ。明日っからの昼飯代がいるんだ」
「その臨時の出費は何に使ったんだ。言ってみなさい」
「……プレステ」
 そこでまた信也は盛大にため息をついてから、息子を見据えると言った。
「信久、お前の毎月の携帯代だって馬鹿にならないんだ。昼飯代がないなら明日からお母さんにお弁当を作ってもらいなさい」
 そうして信也は、隣で息子が「えー」とか「ケチ」とか抗議をくり返しても全く無視を決め込んで、温められた料理を食べ始めた。

 夜、寝に就きながら信也は意味のないことと知りつつも、つい甥の輝と自分の息子を比べて、隣のベッドで寝ている妻に気付かれないように、今日何度目かのため息をついた。
 歳は4、5歳も違うのだから、自分の息子がまだまだ子供に見えてしまうことなど仕方のないことだとは思うのだが、それでもBARで接客をしている甥の姿は20歳とは思えないほどしっかりしていたように信也は思う。
 それが生まれ持った性質なのか、それとも育った環境なのだろうか、そうだとしたら自分の育て方が間違っていたのだろうか。あるいは、自分の息子もあれくらいの年齢になれば自然と大人らしくなるのだろうか。
 そもそも、比べること自体が詰まらないことだ――。
 だが、信也の人生そのものが実は弟と比べられることが多くて、だから信也が自分を弟と、または甥と自分の息子とを比べてしまうのは、それはひとつの癖だと言ってしまえるかも知れない。
 3つ下の弟は兄よりも出来がよく、高校も大学も会社も何から何まで信也より上を行っていて、結婚すらも信也より早かった。
 更に言えば弟の息子、つまり輝は成績も優秀らしく一流の大学へ入ったと聞くし、将来は医者を目指しているのだと聞いた事がある。
 方や信也の息子は成績も乏しく、入った高校もそこそこのレベルで、大学へ進学するにしてもやはりそこそこの大学にしか入れないだろう。
 それでも、性格の真っ直ぐな子に育ってくれれば、という期待もどうやら望みは持てないな、と信也はうんざりするのだった。
 息子の性格がよくないのではないかと思うのには、何もお小遣いをせびられたからだけではない。
 次の日の朝、出勤前にスーツの内ポケットの財布を見れば、昨日まではあったはずのお札が無くなっていて、家を出るまでの息子の行動を思い起こせば疑いは確実で、そしてそれは度々あることだった。

 その日、久しぶりに信也はハメを外した。
 次の日が休日だったからというのもあったかも知れないが、とにかく同僚から飲みに誘われて、いつもだったら断るところを昨夜や今朝のことがあって、飲みたい気分だったのもあり誘いに乗った。
 仕事帰りのサラリーマンたちが飲み騒ぐような店で、信也も珍しく雰囲気に流されて煽るように酒を飲んだ。
 結果、当然のように信也は酔いつぶれる寸前まで行って、駅前で同僚と別れると電車に乗らなければいけないのだが視界がぐるぐると回って足がもつれ、たまらず近くの電柱に片手をついて肩をあずけると、そのまま気分がよくなるまでじっとしていた。
 酔いを冷ましながらも、吐いたほうが楽なんだろうかとか、でも苦しいしなとか内心の誘惑と葛藤していると、うしろから声をかけられた。
「あの、大丈夫ですか?」
 意識が少しばかり朦朧としているのもあって、その声の主が先日会ったことのある人物のものだと気付くのに多少時間がいった、というよりは、振り返って相手を見て初めて知っている人物だということが分かった。
(輝、くん――)
 内心で思わず甥の名を呟いてから、声に出なくて良かったとほっとした信也だが、声をかけられて何て答えようかと些か戸惑った。
 それよりも、なぜ出会ってしまうのだろうかとこの偶然を恨んでいると、心配そうに覗き込んでいた輝の表情が、少し考え込むようなものになって、次いで驚いたように目を丸めて見せた。
「あなたは――」
 何かに気付いたらしい輝の様子に信也はギョッとした。もしかしたら、自分が伯父だと気付いただろうかと思うと信也は居た堪れなくなった。
 だが、輝の次の言葉に信也は安心した、というよりも拍子抜けする。
「昨日店に来てくださった方ですよね?ほら、ビル地下のBARの――」
 輝が自分が伯父だということに気付かなかったことには安心したものの、勝手な話ではあるが自分はそんなに印象に薄かっただろうかと少し不満にも思った。
 いくら最後に会ったのが十数年前だとは言え――……。
「あ、でも、1回しか会ってないですもんね。覚えてないか……」
 信也の思いはよそに輝がそう言うので、信也は電柱にもたれながらではあるが笑みを作ってみせた。
「いや、覚えているよ」
 すると輝は本当に嬉しそうに顔をほころばせた。
「ホント?」
 輝の笑みに、自分が覚えていたことがそんなに嬉しいのだろうかと信也はどこかくすぐったいような気持ちになった。
「ああ、店員の中で一人だけ若いなって思ってたから、よく印象に残っているよ」
 もちろん、それ以前に甥として知っているということは言わない。
「そうなんだ。確かに20代は僕だけかも」
 ふいにくだけた口調になる輝を、人懐っこいとでも言えばいいのだろうか。好青年のような落ち着いた仕草の中に、何げなくも年相応な態度を見ると、やはりまだ子供なのだなと信也は少しだけ警戒心を解いた。
「きみこそ、よく一度会っただけの客の顔を覚えているね」
「ま、ね。僕、接客好きでさ、人と話するのが好きなんスよ。だから顔を覚えるのも得意で――あ、僕のことは輝って呼んで下さい。ってか、そんなことより大丈夫ですか?」
 信也に声をかけた当初の目的を思い出したのか、輝はまた心配そうな表情になって信也の肩に手をかけた。
「ああ……いや、大丈夫だよ」
 相手に心配をかけたくない、というよりは輝の世話になりたくはなくて、とりあえず大丈夫だと言ってはみたものの酔いがさめたわけでもなく、電柱から体を離して一歩踏み出すのも難しい状況だった。
「僕の家、この近くなんですよ。良かったら休んでってください」
「いや、それは……迷惑はかけられないよ」
 慌てて輝の提案を辞退しながら、信也は弟の家に連れられていく様子を思い浮かべたが、何度か行ったことのある弟の家はこの近くにはなくて、もっとずっと遠いはずだった。ということは今、輝は一人暮らしをしているのだろうか。近頃は弟とも話をしていないので、その辺りの情報は得られていなかった。
「大丈夫ですよ。僕、アパートに一人暮らしだし、アパートには誰もいませんから」
 輝の言葉を聞いて、じゃあ世話になろうかと思う信也だったが、それでも相手が弟の甥であり、その甥に“世話になる”ことが信也の劣等感を刺激され、その為にすぐ「お言葉に甘えて」とも言えずにいたのだけど――
「来て下さい。じゃないと僕、あなたをこんな所に放っておけないし、心配ですから……」
 真摯に訴えかけられて信也も否と言えず、重ねて自分の体の調子に嘘もつけず、多少戸惑いながらも頷いた。
「じゃあ、酔いをさます間だけ、お邪魔させてもらうよ……」

 輝の住むアパートへ着くと、酔い覚ましに水をもらって信也は、勧められるままソファに横になった。
 そうしていると、いけないと思いつつも睡魔が襲ってきて、自分ではどうしようもないほど強い力で意識が沈んでいくのが分かった。
 このまま寝てしまってはまずい。甥に迷惑をかけるし、またこれ以上の迷惑をかけたくもないし世話にもなりたくない。家には連絡もしていないから心配をかけてしまうし、と考えながらも信也は、自分が寝たと分からないほどの早さで眠りに落ちた。
 夢の中は居心地がよくて、まるで自分がふわふわと宙を浮いているようだった。宙に浮かんでいる気持ちよさを感じていると、しばらくしてそれとは別種の心地良い感覚が体を支配していくのを感じた。
 それは体の奥から染み渡って、沈んでいた意識を鮮明にするような強い刺激に変わり、体の異変に目を覚ました信也は目の前の状況に頭が真白になった。
「な、な――」
 自分の腰の辺りに輝の頭があり、その頭が上下するたびに湿った音がすると同時に、痺れるような快感が信也の体に走り抜ける。
 ズボンと下着は半分ずり下げられて、露になった下半身はちゃんと反応して輝の口の中を、自らの意志に反して出たり入ったりしている。
 なぜこんな状況に陥っているのか、到底理解できない事態に信也の思考回路は働きを失い、輝が故意にか信也のものに軽く歯を立てるのに、信也は思わず「あっ」と声を上げて反応してしまう。
 ふいに快感が止んで輝の温かい口の中から解放された信也だが、強引にされたとはいえ中途半端なままの状態に、ついもの欲しそうな表情になってしまう。
 そんな信也を輝は嬉しそうに見上げた。
「気持ちいい? 信也さん」
 訊ねる輝だが答えは待たず、今度は舐めるように信也のものを楽しんでいる。
 実際に気持ちいいのだが、置かれている状況に決して「気持ちいい」とは言えず、それよりも信也は別のことが気になった。
「っ――な、名前っ……なぜ、知って――」
 舐められるたびに感じる快感に息も上がりながら訊くと、輝は動きを止めないまま合間に答えた。
「免許書――見た、んだ」
 答えてまた、信也のものを口の中へ納める輝。だが、どうやら焦らされているということに信也は気付いた。この状況を楽しんでいるのか、信也を弄んでいるのか――。
「や、やめ、なさ……いっ――輝、くんっ」
 再び信也のものから口を離すと輝は、どこか挑発するように信也を見上げて言った。
「でもここ、こんなになってるよ? やめていいの?」
「大人を、からかうんじゃない」
 そう強い口調で言ってみせても、輝は一向に怯んだ様子もなく――
「僕だってもう大人さ。ねぇ、もっと気持ちよくしてあげようか?」
と言って体を起こすと、自ら服を脱ぎ始めた。
 何をするのかと思えば、全裸になって信也の腰の辺りを跨いで「ちょっと待って」と言うと、自分で自分の後ろへ手をやって何やらやっている様子。
 初めは何をやっているのか分からなかった信也だが、どういうきっかけでか輝が何をやっているのか分かってしまった。自分の蕾を自分で解しているのだ。
 信也はもう、輝が何を考えているのか理解できなくて、それでもとにかくこんなことはやめさせようと上半身を起こそうとしたが、完全に起きるよりも早く輝がそれを押し留めた。
「いいから、じっとしてて下さいよ、信也さん。今気持ちよくしてあげるから」
「こんなことはやめるんだ、輝くん。私はもう帰るから……」
「じっとしてて、信也さん――」
 もう一度信也が身を起こすよりも早く、輝の腰が沈んで、輝の手で支えられていた信也のものが、輝の入口へ導かれて行く。そして更に「やめなさい」というよりも先に信也のものの先が輝の中に飲み込まれて、そのあまりの締め付けに信也は思わず呻いた。
 それには構わず輝は止まることなく腰を沈めて、ゆっくりとでも確実に信也のものを飲み込んでいく。すべて納まりきるとそこでようやく止まって、興奮しているのか吐息をもらす。
 信也はといえば、やはり強い締め付けに言葉もなくただ呻くばかりで、初めての刺激に衝撃を受ける。
 だが、徐に輝が動き始めれば何も考えられず、強い快感を追っていくので精一杯で、輝の動きに攻め立てられているとばかり思っていたら、気がつくと自らも腰を振って輝を下から突き上げいた。
 輝の表情からも余裕はなくなって、そうして、輝が自分で自分のものを扱いて先に射精すると、輝の入口がギュッと収縮し、それが刺激となって信也も輝の中で射精した。
 射精しながら最後には前後不覚になって、そこで信也の意識は途切れた。

 信也が目を覚ましたのは辛うじて午前中と言える11時15分ごろだった。
 寝転がったまま辺りを見渡せば見慣れぬ部屋の光景で、ベッドではなくソファに寝ていることに疑問を持ったがそれも一瞬で、次の瞬間には全てを思い出した信也は慌てて上半身を起こした。
 スーツの上着とネクタイは脱がされていたが、下着とズボンはキチンと履いていて、昨夜のことは夢だったのかと思ったが、それに確信が持てないほど行為の余韻が体に残っていた。
(私は――)
 昨夜のことを思い出して信也は、恥ずかしさよりも後悔の念に襲われる。まず同性の相手とあんな事をしてしまったのもそうだが、何よりも相手は自分の甥だということが、どうしようもなく深い罪を犯してしまった、と――。
「おはよう、信也さん」
 後悔に信也が頭を抱えていると、シャワーを浴びていたらしい輝が、腰にタオルを巻いただけの格好で風呂場から出てきた。信也の思いとは裏腹に、輝の表情は明るい。
 笑みを浮かべる輝に信也は何も言えなくなって、ただ呆然と見つめていると輝は信也の隣に座って心配そうに覗き込んできた。
「どうしたんです? 二日酔い? 薬飲みますか?」
「いや……」
 昨夜のことが夢じゃなければ(夢ではないと分かってはいるが)、輝はなぜあんなことをしたのか、信也は全く理解できなくて、そうするともう訊ねるしかなかった。
「昨日は……その――」
「気持ちよかったですよね?」
「っ――」
「僕も気持ちよかったです、とても」
 輝の言い方があまりにもあっけらかんとしているから、信也は理解するよりも先にもしかしたら自分をからかっているのかと訝しく思った。
「なぜ、あんなことをしたんだ」
 眉間にしわを寄せて輝を見つめると、輝は真面目な表情になって信也を見つめ返した。
「もちろん、好きだからです」
「え……?」
「僕、信也さんに一目惚れしたんです。だから信也さんの恋人にしてください。僕を信也さんのものにして――」
 そう言って輝は信也に口付けした。
 口付けされながら信也は、反射的に拒否しなければと思ったが、それを押し留めるように内心で声がした。
――弟の息子が私を? 甥を私のものに? 甥が私を好きだと?
 そうして、先ほど感じていた後悔よりも何よりも、言い知れぬ優越感が信也の胸中に広がっていった。

 輝に告白されてから信也は、仕事帰りはいつも輝が働くBARへ通った。輝の仕事が休みの日は一緒にすごしたし、お互いに休みが合えば街へ出かけたりした。
 それでも会社の人間や、最悪の場合自分たちの家族に知られたくはないので、極力目立たないように出かける場所は考えて、アパートも時折輝の母親が訪ねてくることがあるというので、体を求める時は専らラブホテルを利用した。
 初めこそ20歳以上も離れた、しかも同性の恋人に違和感もあった信也だが、それよりも甥に好かれる喜びと優越感が勝り、今では輝と一緒にいることが楽しくて仕方が無かった。
 そしてそれは、彼とのセックスも同じで――
「信也さん、僕のこと好き?」
 ラブホテルのベッドの上で、先ほどの激しい行為の余韻に浸りながら目を閉じていた信也に、隣で同じように息を整えていた輝が訊いてくるから、信也は彼を振り返ると
「ああ、好きだ」
と言った。
 信也の返事に満足したのか、輝は満面の笑みを浮かべるとベッドの上に起き上がった。上半身を起こした状態で信也を振り返ると、また訊ねる。
「信也さんは僕以外に男としたことある?」
「いいや……」
「本当に?」
「ああ、どうして?」
「だって、信也さんって格好いいから、モテそうだと思って」
「ハハ、モテないよ。もういいオジさんだからね」
「そんなことないって。っていうか渋くて格好いいんだ」
「……そうかな?」
「うん、そう」
 そんな風に言われたことがなくて信也は、言われてみると嬉しいものだなと少し照れた。だが、ベッドを降りて脱ぎ捨てられたバスローブを拾って羽織りながら輝が、
「――じゃあ、挿れられるのは経験ないんだ?」
という質問に信也は、ベッドに上半身を起こして輝の動きを視線で追った。そして眉をひそめる。
「――ああ、それが……?」
 質問の意図が分からず訊ね返すも、それに輝は答えずに自分の脱ぎ捨てた服から携帯を取り出すと何やら操作を始める。
 電話ではなくメールを打っているらしく、操作しながら再び口を開いた。
「僕と信也さんの関係って……バレると結構ヤバいよね」
「……」
「特に僕の両親に知られたら、信也さんにとっては非常にマズいんじゃないかな」
 輝が何を言いたいのか、咄嗟には分からなかった信也だが、それでも否応にも胸の中に湧き上がった不安は次第に鮮明になっていく。それは、初めに沸き起こった優越感に押しやられていたものだった。
「きみは知って――?」
「うん、知ってたよ。信也さんが僕の伯父だってことは」
 輝の言葉に瞬間、騙されたと怒りが湧き起こったが、自分もそれは黙っていたことであり、しかも弟に対する優越感を覚えることに利用したのもあって、ついに信也は何も言えず黙ってしまった。
「あれ? 怒らないんだ。それとも、怒れないの?」
 携帯をテーブルに置くと、輝は薄く笑みを浮かべて信也を見つめるが、しかし、なぜ今になってそれを明かすのか信也は輝の考えをはかりかねた。
「でも僕、信也さんが好きっていうのは本当だから。真面目なところとか、優しいところとか。僕の父さんは――信也さんの弟は、とっても厳しい人でさ。僕も信也さんみたいな人が父さんだったらなって」
 そこで輝の携帯が数秒だけ鳴った。メールらしい。携帯の画面を見ながら、輝が続ける。
「だから、信也さんが僕から離れないようにっていう意味でも、信也さんに頼みがあるんだ」
 そう言ってまた携帯をテーブルに置くと、部屋の戸口へと向かった。そうして戸を開けると、訊ねてきたらしい誰かを招き入れた。それは、信也の知らない男たちだった。
「なにを――」
「信也さんにこいつらの相手をして欲しいんだ。もちろん信也さんにお金も入ってくるし、今までに無い気持ちいい思いもできるし、悪い話じゃないでしょ?」
 それは勝手な言い分だ、と言ってやりたかったが、さっき「僕の両親に知られたら」とクギを指された信也は、やはり何も言えずに固まってしまった。
 何も言えずにいる信也を、現れた男たちが品定めするように眺めて、
「写真で見るより好みだな」
「固まってっけど大丈夫なんかよ」
「挿れていいの?」
と言いながら、止める気もないらしくいそいそと服を脱ぎ始める。
 そんな様子を楽しそうに見つめる輝。
「始まってしまえば大丈夫さ。ただ後ろは初めてらしいから優しく頼むよ」
 男たちに声をかけたあとで、呆けている信也に「楽しんで」と言って自分はバスルームへと消えていった。
 あとに残された信也は、無駄だとは知りつつも今更ながらに「やめてくれ」と懇願しながら、その後、数時間に渡って男たちに犯され続けた。
 犯されながら信也は、自分を騙した輝を呪うよりも先に、弟に対する感情を、劣等感を捨て切れなかった自分を呪った。

 午後6時過ぎ。
 会社を出ると計ったように携帯が鳴った。
 届いたメールを開くと輝からで、いつものように待ち合わせ場所が指定されている。
 だが、その待ち合わせ場所にいるのは決して輝だとは限らず、違う男の場合がほとんどで、今ではもうそのことに信也は慣れつつあった。
 どんなに嫌だと拒否したところで、輝の父親のことを……自分の弟のことを持ち出されれば信也は、輝の言うことに逆らえなくなるのだ。
 輝に告白されて感じていた優越感も、もし弟に知られたらと想像してみれば、同性というばかりか自分の甥に手を出したことは常識にも道徳にも背くことで、人として最低であり、今まで以上に弟に蔑まれるのかと思うといっそ死んだ方がマシだと思うほどだった。
 それでも、死ぬのが怖いというよりも、同性との行為に次第に夢中になっていく自分がいて、信也は自分が深みにはまってしまっていることを自覚してもいた。
 携帯を閉じると、信也はいつものように誰が待ってるかも分からない場所へと向かった。今ではそれが信也の日常だった。

[終]

2008.05.25

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