冬。僕はきみの傍に、

004.あなたの虜

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「お前、本当にそれでいいのか?」
 ある日、クラスメイトにそう問われたことがある。
 だけど、僕は彼が何を指して「それでいいのか」と疑問に思っているのか分からない。
 だって僕は今のままで充分幸せだから。
 たとえ周りからどんなに蔑まれようとも。

 僕は園華(そのか)先輩が好きだ。
 でも、先輩は少し傲慢なところがある。
 そんな自信に満ち溢れたところが僕は好きだけど、その性格ゆえに敵が多いことも事実だった。
 僕が先輩の目に止まり、先輩のものになってから、僕はその“敵”を排除する役目を負うことになった。
 それがたとえどんなに人を悲しませ、傷つけることであっても僕は忠実に任務を遂行した。
 だって僕は先輩が好きで、先輩の命令を忠実にこなしていくことがもう僕の幸せになっていたから。
 だけど、先輩の命令に従って悪事を働いてきたツケを払うときが来た。

 学校からの帰り道、僕はある男に拉致された。
 夜道、後ろから強かに頭を殴られ、隙を突かれた僕は気を失った。
 気がつくとそこは見知らぬ部屋だった。
 窓と呼べるものはなく、出入り口がひとつあるだけで、地下室だろうと想像できた。
「気づいたか」
 頭上から男の声がした。
 僕は急いで起き上がろうとしたが、手足がしばられて身動きが取れない。しかも、着ていた制服は脱がされ全裸だった。
 恥ずかしさになんとか下を隠そうとしながら、体をねじり僕をこんな目に遭わせた相手を見上げ睨みつけた。
「国林……」
 僕を嘲りの色を浮かべて見下ろしてくる男を僕は知っていた。
 先月まで僕の通う高校で教鞭を取っていた元音楽教師だ。高校で問題を起こし、退職を余儀なくされた。
 もっとも、その問題は僕が画策して起こしたわけだけど。
「国林“先生”だろ、真山。学校を辞めたとは言え、敬意は払ってもらわんとな」
 神経質そうな細い目を更に細め、眉間にしわをよせる国林に、僕は鼻で笑って見せた。
「あんたになんか、もとから敬意なんてものは持ってないよ。誰もね」
「何っ!?」
 かなり年齢差のある年下の僕に、そんな風に馬鹿にされて国林はサッと顔を赤らめると、僕の腹に蹴りを一発喰らわせた。
 国林の足は見事鳩尾にはまり、僕は一瞬息がつまり次いで咳き込んだ。
「ふんっ。人を侮辱し、貶めるからだ! この淫売め!」
 そしてまた一発、僕の腹を蹴り上げ、国林は怒りに荒くなった息を肩で整える。
 大きく息をついて昂ぶった気を静めると、もう一度余裕を見せようと口の端をつり上げて笑んだ。
「痛いか? 苦しいか?
これ以上、痛い目に遭いたくなかったら、学校側に私の無実をお前の口から証明しろ。そうすれば解放してやるぞ」
 だが、当然やつの言うことなんか聞くつもりは毛頭も無い。
「誰が、お前なんかの言うことを聞くか」
「まだ痛い目をみたいのか?あれはお前の私を陥れる罠だったのだと、そう校長に言えば――」
「そう言ってどうなる? お前が僕を犯そうとした事実には変わりないんだぞ」
 途端、また国林の表情は険しくなり、僕は三度目の蹴りを喰らった。

 国林の蹴りを喰らいながら、思ったとおりの人間だなと僕は思った。
 音楽の授業中でも国林は威張り散らし、少しでも音程を外す生徒がいればすぐさま「違う!」と怒鳴り、そして何度も同じところをやらせる。
 だが、授業はまだマシな方らしい。
 国林は吹奏楽部の顧問もやっていて、部活ではまた更に輪を掛けて厳しいらしい。
 それでも、音楽の授業などそんなに重要ではないから、ほとんどの生徒が真面目に授業を受けてはいなかった。
 僕も音楽に興味も無ければ、国林の叱咤に恐怖もなく、ただ授業をやりすごすだけだった。
 ところが、国林があろうことか園華先輩に目を付けて、僕はその国林をこの学校から追放するため画策した。
 どんなに過去、栄誉ある人だとしても、学校の教師と言えども、園華先輩を愚弄することは許さない。
 僕は音楽の授業のことで話があると言い、音楽室の横の準備室でまず二人きりになるようにした。
 放課後、準備室へ行くとデスクに国林用のコップがあったので、後ろを向いた隙にそれに薬を盛った。即効性で、興奮する奴だ。
 薬が盛られたとも知らず、それを飲んだ国林は、僕が幾つか質問していくうちにも息が荒くなって、僕を見る目つきが変わった。
 嫌悪はあったが国林の変化に気づいていないふりをして、国林にくっつくように身を寄せると、我慢できなくなったのか国林が襲い掛かってきた。
「あっ、やめて下さい」
 か弱げな声で僕が言うと、更に興奮した国林が唇や首筋に吸い付いてくる。
 本気で逃げたくなったが、ここでこいつを突き飛ばして逃げては意味が無い。
 なんとか国林の攻めを受け流しながら僕は待った。
 その間にもザラザラした国林の舌が首筋を這い、細長い指が体を弄り次第に下へ降りていく。
 抵抗して足を動かせば、すでに勃起した国林のものが当たって嫌悪が増した。
 ついに国林の手が僕のものに、ズボン越しに触れてきた。
 乱暴に擦られ気持ち悪いはずなのに、反応してしまう自分のものを憎らしく思うが、国林の手つきに、快感に溺れるということは無かった。
「きゃっ!!」
 国林の手が僕のベルトにかかったその時、準備室の戸が開いて女性の悲鳴がした。
 見ると戸口に少し年配の女教師が、口元に手を当てこちらを凝視していた。
 僕の上で国林は息をのみ、固まっていた。
 僕は国林を突き飛ばすと、その場に座ったまま肌蹴た胸を隠し、立てた膝に顔を埋めた。被害者を装うために。
 そうして、国林は生徒を襲ったという罪に問われ、学校を辞めざるをえなくなった。
 そう、あれは僕が画策したことだ。国林を陥れるために。
 だけど国林が悪いんだ。先輩に目をつけるから――。

「だが、お前がその気なら――」
 険しかった国林の表情が、ふいに淫猥なものになった。
「あの時の続きをするまでだ」
 嫌な予感はあった。こうなることも予想はしていた。
 国林に犯されるということは嫌悪以外のなんでもないが、そんな事で僕を挫けさせたりすることは出来ない。
 何をされようとも、僕の心はひとつだ。
 先輩のために。
「ああっ!! くっ……!」
 国林は縛ったままの僕をどうにか後ろ向かせると、尻を突き出したような格好をさせた。
 そして、何の準備もないまま僕の中に、自分の欲望をねじり込んだ。
 途端に鋭い痛みがそこから体中に広がり、思わず体が大きく震えた。
 体が――入口が文字通り引き裂かれているようだ。暖かいものが滲んできているのが分かった。それが血だということも。
 しかし、そんな事はお構いなしに国林は根元まで自分を挿入した。
 痛みの所為で僕のそこは何度もヒクつき、国林のものが僕の中にあるのだと嫌と言うほど感じる事ができた。
 国林は自分を根元まで入れると、そこからしばらく動こうとしなかった。
「どうだ真山、痛いか? それとも、こういうのが好きか? 好きそうだな。こんなにヒクつかせやがって。園華にもこんな風にされてるのか? ん?」
「お前、には・・・関係、ないっ」
 僕はせいぜい平静を装って言ったつもりだったけど、やはりどうしても上手く呼吸が出来なくて途切れ途切れになる。
 それに気を良くした国林は鼻で笑った。
「どうした、さっきまでの元気がないな? どうしてほしい。抜いて欲しいか?」
 嘲笑うかのように言いながら、国林は僕の返事も待たずゆっくりと腰を引いた。
「うっ……くっ」
 更に痛みが走り声が漏れる。
 入口ギリギリまで抜くと、また止まった。
 あと少し引いてくれれば痛みは無くなると言うのに、それが分かっていながら腰を止めた国林を呪いながら、僕は気がつけば痛みから逃れようと腰を動かしていた。
 だが、その腰を国林が掴む。
「そうかそうか、抜いて欲しくないんだな。お前の望どおり、こうしてやるよっ!」
 そう言うと国林は自分のものを一気に、僕の最奥へ貫いた。
「ああっ!!」
 たまらず僕は悲鳴を上げると、背を逸らせて必死に痛みに耐えた。
 国林は僕の悲鳴も無視して――いや、むしろ悲鳴を聞きたいがためにか、激しく腰を動かして僕を攻めた。
「ひっ!――いっ――あっ――っ!」
 痛みは次第に痺れに変わり、痛みに耐えるのに疲れた僕は、声もなくただ国林のやることを受け流していた。
 そんな僕の異変に気づき、国林は動きを緩めるとまた話しかけてきた。
「どうした真山。失神してしまったのか? ふん、まさかな。園華とはこんなもんじゃないだろう」
 確かにそうだ。
 先輩とはもっと激しいし、もっと感じる。
 でも、それは僕が先輩を好きでたまらないからで、先輩は僕を感じさせることもしてくれるから……だから、どれだけ長い時間攻められても、僕は耐えられるし幸せだ。
 そんなことを考えていると、ふとさっきの国林の言葉に疑問が浮かんだ。
 今のは、どういう意味だ?
「……――そ、今、なんて……それは――あっ!!」
 国林の言葉に言外に含むところを感じ、それを問いただそうと国林を振り返ろうとしたが、国林の動きが更に激しくなりそれどころではなくなった。
 腰を掴んだ手でも僕の腰を引き寄せながら、強く腰を打ちつけて、何度目かのときついに僕の中で国林は射精した。
 熱いものがドロッと中に吐き出される感じに、僕は嫌悪のための鳥肌がたった。
 国林のものはドクドクと脈打ち、断りも無く僕の中を汚していった。
 しばらく、僕の中に入れたまま余韻に浸っていた国林だが、それが終わるとやっと僕の中から出て行った。
 解放された僕は力なく横へ倒れ込んだ。途端に中に吐き出された精液が、股の間から流れ出てくるのを感じた。気持ち悪いことこの上ない。
「いい光景だな」
 下半身を出したまま、国林が嫌な笑みを浮かべながら僕を見下ろす。
 睨み付けて罵声を浴びせてやりたいところだが、僕はグッと我慢して国林を見上げ問う。
「さっきのは、どういう意味?」
「さっきの? どのことだ?」
 本当は僕が訊きたいことを知っているのだろうが、はぐらかすようにワザと問い返してくる。
「先輩は『そんなもんじゃない』っていう……それは、どういう意味?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だ。お前も、あの体力馬鹿で色魔の園華に気に入られて大変だな、と」
 『お前も』?
 ということは、こいつも――?
 僕が困惑していると、はじめて気づいたとでも言うように国林が手を叩いた。
「ああ、そうか。お前は知らなかったのか。実は俺と園華が付き合っていたのを」
「っ!!」
 驚愕に目を丸める僕を見て、国林は満足そうに微笑んで続けた。
「そうだ。先月まで付き合っていた。知ってるか? あいつが男のものを咥えて善がる姿は、なんともイヤラシイ痴態だ。そこらの女よりは断然色っぽい」
 信じられない言葉だった。
 現に国林の言葉は僕の耳に入っても、なかなか意味を成そうとしなかった。
「いつもヤられ側のお前には、想像できんだろうな。私のものを尻に咥え込んで、『もっと』と懇願するあいつの姿など」
 国林の言葉に僕の頭は想像しようと働くが、上手く成り立たず失敗に終わった。
 本当に想像できない。先輩が――?
「あいつは私にゾッコンだったよ。私も彼を手放すつもりは無かったんだがね。
だが、ちょっとした喧嘩で別れるだのなんだのという話になった。私はそのうち彼の怒りも治まるだろうと放っておいたんだが――それが良くなかったか。
お前が現れて、私は学校を辞めねばならなくなった。
知っているよ。お前があいつの下僕だってことはね。まったく、あいつもいい玩具を見つけたよ。忠実にあいつの命令だけを聞く玩具をね――。おやおや」
 気がつけば、僕は放心したまま涙を流していた。
 本当を言えば、先輩に心底好きだと想われているとは、僕は思っていなかった。
 先輩にとって僕はとても都合のいい人間なんだろうって。
 でも、体を求めてくれたとき、ほんの少しでも僕を好きだと想う気持ちはあるんじゃないかと、僕は密かに期待していたんだ。
 だけど、恋人と別れるために僕を使うということに、僕はとても胸が痛んだ。
 今まで悪事を働いてきたツケを払うときが来たようだ。
「真山。お前も可哀想なやつだな。あいつに気に入られたために、こんなことをさせられて。おいで、私が癒してやろう」
 憐れむように言って国林が再び僕を抱き寄せた。
 僕はもう抵抗する気力も無く、国林にされるがまま快感に身を委ねた。
 後ろから、あるいは前から、また下から突き上げてくる衝動に体をガクガクと揺らせながら与えられる快感を貪った。
 今、この悲しみを忘れさせてくれるのは快感しかない。
 国林でも誰でもいい。僕をめちゃくちゃにしてくれれば誰でも――。
 だけど、国林は何度も僕の中でイッて、僕は一度もイクことが出来なかった。
 頭を過ぎるのは先輩のことばかりで、国林の言葉が頭をぐるぐると回るばかりだった。
『お前も、あの体力馬鹿で色魔の園華に気に入られて大変だな、と』
『真山。お前も可哀想なやつだな。あいつに気に入られたために、こんなことをさせられて・・・』
 ふと何故か、今までなかった熱い想いが胸の奥から沸き起こった。
「せんぱい……先輩――せんぱ、いっ!」
 国林に貫かれながら、僕は目を閉じると先輩との情事を思い出した。
 こんな状況ですら、僕は先輩にどんな風に抱かれたか鮮明に思い出せる。
 いつもの傲慢な顔が少しだけ歪んで、そして少しだけ赤く熱り、威圧的に僕を見下ろす。
 そんな視線で見つめられ、攻められると僕は――体中を、そして心をも先輩に支配される心地良さに、僕は何度でも果てるんだ。
 気がつくと、僕は「先輩」と連呼しながら背を仰け反らせるとイッた。
 国林の腹の上に白濁をぶちまけ、体中を痙攣させながら快感の余韻に浸った。
 そんな僕を下から睨み上げながら、国林が吐き捨てた。
「『先輩先輩』と、そんなに園華がいいのか、お前は」
「そりゃそうさ。英(すぐる)は俺のペットだからな」
 僕の返事を期待していただろうか、国林は別の場所から答えが返ってきて驚いたようだった。
 細い目を丸くして部屋の入口を凝視した。
 そこには、壁にもたれて腕組をし、笑みを浮かべた園華先輩がいた。
 均整のとれた顔の中で、目だけは鋭く国林を射ていた。
「俺の大切なペットを、返してもらおうか」
「くっ……」
 『大切なペット』
 それは人間以下を指す言葉でもあるのに、僕は先輩にそう言われたことが嬉しくて涙があふれた。
「せ、先輩……せんぱ……先輩っ」
 手足を縛られた状態で、なんとか国林の上から先輩の方へ行こうとし、でも体に力が入らず床に倒れた。それでも、必死で先輩に近づこうともがいた。
 そんな僕の傍に先輩が近づいてくる。
「先輩、ご、ごめんなさい。僕――」
 何に謝っているのか自分でも分からなかった。だけど、何度も僕は先輩に謝った。
 先輩が隠していた国林とのこととか、隙を見せて国林ごときに捕まり犯されたとか、国林の言葉に翻弄され勝手に傷ついたと思ってしまったこととか・・・たぶん、そういうことを僕は謝りたかったんだ。
 先輩はそんな僕に何も言わず、持っていたナイフで僕の縄を解くと、どこで見つけたのか僕の制服を放った。
「着ろ」
 一言、それだけを言うと国林に向き直る。
「一体何をしたかったのかは知らないが、裏目に出たみたいだな」
「なに」
「現場はしっかり押さえさせてもらったよ」
 そう言って先輩はポケットから携帯を取り出す。
 どうやら写真を撮ったらしい。
「これをバラ撒かれたくなかったら、もう二度と俺や俺の周りに手を出すな。あんたとはもう金輪際、関係を持ちたくなんかないからな」
 もう一度、先輩は国林を睨みつけると、話は終わったと言うように出口に向かって歩き出した。
「行くぞ」
 やっと服を着終わった僕にそう言って。
 「はい」と返事を返すと力の抜けた体を何とか立ち上がらせると、必死に先輩の後を追った。
「先輩、ごめんなさい……」
 国林の家の門まで行くと、僕は先を行く先輩にもう一度謝った。
「まったくだ」
 足を止めると先輩は顔だけ少しこちらに向け言った。
「俺にこんな手間をかけさせるなんて」
 先輩の叱咤に僕は申し訳なさでいっぱいになって俯いた。
 辺りはすでに真っ暗で、静寂が漂っていた。
 もし今ここで先輩に「お前はもう必要ない」なんて言われたら、このまま闇に飲み込まれて地獄に落ちそうだ。
 そんな恐怖を僕は抱えて、心臓が早鐘を打つ。
 その静寂を僕でも先輩でもない第三者が破った。
「そいつはお前の所為でそんな目に遭ったんだぞ。そんな言い方はないだろ」
 暗闇から現れたのは、クラスメイトの大嶺だった。
 何故、こんなところに大嶺が?
 僕の困惑をよそに、会話は続けられた。
「はっ。英は俺のペットだ。ペットをどう扱おうが俺の勝手だ。部外者は黙ってろ」
「おれは部外者じゃない。そいつのクラスメイトだ。それにペットという言い方はやめろ。そいつが可哀想だ」
「ふふん。なるほどな。お前は英のことが好きなんだな。だが、残念だったな。英はすでに俺のものだ。お前の付け入る隙はないよ」
「――」
「行くぞ」
 そう言うとまた先輩は先を歩き始めた。
 僕は慌ててその後を追う。
 その僕の背中に大嶺の言葉が追って来る。
「お前、本当にそれでいいのか?」
 まるで悲鳴のようにも聞こえる大嶺の声に、僕は思わず立ち止まって振り返っていた。
 暗闇のなかで何か痛みを我慢しているような大嶺の表情を見て、何故か僕は後悔にも似た思いを感じた。こんなことは初めてだ。
 僕が立ち止まっていることに気づいた先輩が、やはり立ち止まって僕を振り返った。
「なんだ英。お前もあいつの事が好きなのか? お前、俺のペットをやめるか? いや、やめれるのか? 俺よりも、あいつに抱かれたいのか?」
「っ!」
「言っておくが、あいつを選べば俺は二度とお前を呼ぶことはない。それでもいいなら――」
「いいえ! いいえっ!! 僕は先輩が好きです! 先輩だけなんです! 一生僕は先輩の下僕でいたい! だからどうか――傍に居させて下さい。そして、僕を抱いて下さい! どうか――」
 辺りをはばかることもなく僕が叫べば、満足そうに先輩が微笑んだ。
 そして、僕を通り越して大嶺を見ると言った。
「と言うことだ。分かったか? こいつには近づかないことだ。それがお前のため――いや、こいつのためだ」
 大嶺がどんな表情をしたのかは知らないが、更に笑みの広がる先輩の顔を見れば察しはついた。
 大嶺からまた僕に視線を戻すと、先輩の手が僕の頬に触れた。
「正直者には褒美をやらないとな。あとでたっぷり可愛がってやろう」
「ありがとうございますっ!」
 僕は心底嬉しくなって顔を輝かせた。
 そうだ、僕には先輩しかいない。
 僕を打ちのめした国林の言葉ですら、気がつけば僕には賛美の言葉に受け取れていた。
 『気に入られている』僕にはそれだけで充分嬉しかった。
 だから、一瞬胸に引っかかった最後の大嶺の言葉だって、何故そんな分かりきったことを言うのだろうと、疑問に思ったからだけなんだ。
 何を指して「それでいいのか」と問うのか僕には分からない。
 だって僕は今のままで充分に幸せだから。
 そう、たとえ周りからどんなに蔑まれようとも――。

[終]

2006.07.12

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