「おぅ、邪魔するぞ」
「ジャマするぜぃ」
丁度、晃が夕飯の準備をしようと2階から降りてきたタイミングで高次と宗太がやってきて、そう晃に一言声をかけると「どうぞ」と言うよりも前に、もうすでに玄関を上がってサッとリビングに入って行ってしまった。
遠慮も何もない態度に少々鼻じろむ晃だったが、もとは高次らの兄である一也の家なので何も言えない。
晃も高次らに続いてリビングに入ると、先にソファに座った高次が晃に向けて何かを放り投げてきた。
咄嗟に受け取って見ると、見覚えのあるデジカメだった。
「これ……?」
「お前の恥ずかしい写真、消していいぞ」
ハッとして晃はデジカメを起動すると、中のデータを確認した。すると、たったひとつ晃が強引に半裸状態にされ、宗太に押さえつけられている姿の画像が入っていた。
「!」
晃は羞恥に頬を染めつつ、急いでデータを削除した。そんな晃の様子をニヤニヤと眺めながら高次が続ける。
「おれが消してやっても良かったんだが、自分で消した方が安心するだろ?」
それはもちろんだが、気がかりがないわけではない。
「どっかにコピーとかしてないですよね? 現像とか、ネットに流したりとか――」
「そんなことするわけねぇだろ。兄貴の応援はしてやりたいが、別に怒らせたいわけじゃねぇからな」
あくまで兄を思っての行動だと言いたいらしい。白々しい高次の態度に晃は不審な目を向けていたが、抗議の声を上げるよりも先に宗太が声を上げた。
「なーなー、何かねーの? 酒か水以外で」
声のする方を見れば、宗太がキッチンで冷蔵庫を覗き込んでいるのが見えた。
「……コーヒーか紅茶なら」
もともと一也が常備しているもので、ジュースの類が置いてあることは滅多にない。
「んじゃ、コーヒーな」
「じゃ、オレもコーヒーでいいや」
当たり前のように言われて、仕方なく晃は2人分のホットコーヒーを淹れるため、宗太と入れ替わりでキッチンに入る。
お湯を沸かしている間も、リビングから2人の会話が漏れ聞こえてきた。
「あれ、何か入ってんじゃん、これ」
「お、18禁か?」
2人の会話を聞いてDVDプレーヤーにDVDを入れたままにしていたことを思い出す晃。
(アダルトなわけねーだろ)
内心でツッコミを入れつつ、再生が始まってからの2人の反応を待っていると――
「うえっ! ホラーじゃんっ! えぐっ!」
映画はちょうど佳境に入ったところで止まっていたらしい。凄惨なシーンが映し出されたのだろう、宗太が抗議の声を上げるのを聞いて晃は内心ニヤリとした。だが、
「なるほどな。これを見ながら兄貴に抱きついたわけだ」
高次にはあっさり作戦を見破られて晃は頬が熱くなった。しかし、こちらに話しかけてきたわけではないらしいので無視する。
リビングではまだ宗太が映画を見ながら喚いていたが、返事をしなければいけない必要性を感じなかったのでやはり無視することにして、コーヒーを淹れながら夕飯の準備を少しでも進めておこうと、あらかじめ洗っておいた米を炊くため炊飯器のスイッチを入れる。
夕飯はコレとコレを使ってアレを作ろう、と頭の中で料理のレシピと手順を組み立てつつ、冷凍庫から凍らせた肉を取り出す。
その間もちゃんとコーヒーを淹れ、買い置きしておいたお菓子とともにリビングに持っていった。
晃の様子を眺めていたらしい高次が、コーヒーを受け取りつつ尋ねてきた。
「晩飯はいつもお前が作ってんの?」
「ええ、まぁ、大体は」
「カズ兄みたいにマメだな、あんたも」
とは宗太の発言だ。言い方にムッとくるものはあったが、確かに高次や宗太のような男から見れば、毎日のように料理するのはマメだと感じるかも知れない。
「居候の身だからね。実家でも手伝ってたし、実家出てからは節約のためもあってほぼ毎日作ってたよ」
「それは、あの同居人の分もかよ」
「そうですけど……」
「健気だねぇ」
からかうように高次に言われ、晃はサッと頬を染め抗議しようと口を開くが、それを遮るように宗太が尋ねてくる。
「んなことよりさ、カズ兄ともう寝た?」
「ねっ!?……寝てない」
憮然として答える晃を宗太が心底不思議そうに凝視する。
「なんでっ!?」
力いっぱい訊かれて晃は困惑した。なんでと言われても、そうならなかったのだからしなかった、としか言いようがない。
返答に困り沈黙している間も、なお宗太は不思議そうな顔をしていたが、なぜかふいに焦りだして腰を浮かすと声を上げた。
「ちょっと待てよ! 寝てないってことは、おもちゃは使ってねーってことか!?」
大きな声で発言するその内容に驚き、今度は晃が慌てて声を上げた。
「あ、当たり前だろっ!」
そもそも、おもちゃはやらなければいけないリストから外していいと高次に言われていたし、元は一也の要望ではなく宗太の願望のようだったので、晃も無視していいだろうと最初から除外していた。
加えて、晃と一也はまだ知り合ったばかりで、互いに想いが通じ合ったのも先日が初めてだった。それすら高次が無理やり仕組んだことがきっかけで、その点は晃自身も感謝はしているものの、それ以上のことを他人から強要される謂れはないと思っている。
セックスやおもちゃ使用は論外だが、それ以外の抱きつくやらキスなども好意があったから出来たことで、少しの好意もなければやはり他者から強要されて良いというものではないはずだ。
――ということを晃は言いたかったのだが、宗太のデリカシーのない発言にやはり言葉をなくし、それ以上言葉を続けられないでいた。
すると、黙って聞いていた高次が窘めるように宗太を睨みつけ、
「宗太。それはお前のしたいことだろ。兄貴とこいつにまで押し付けるんじゃねーよ」
そう晃の言いたかったことを大まかに代弁した。代わりに言ってくれたことで、晃も多少気持ちが落ち着き「晩飯の準備したいんで」と高次に断りを入れてキッチンに向かった。
晃がキッチンへ離れても、リビングではまだ宗太がおもちゃの件で高次にグダグダと言い訳のようなことをしていた。
キッチンで夕飯の準備をしながらだったので、宗太の話はよく聞こえなかったが、大体把握することはできた。
どうやら宗太は「速水」という年上の男と付き合ってるらしく、宗太はその男におもちゃを使いたいらしい。ところが、速水はそれを頑なに拒否している。だが、数日前、ついにおもちゃを使ったらしいのだが、速水に媚薬を飲ませて強引に――ということらしい。
そのせいで速水はかなりご立腹で、会えば半殺しにされるから今は逃げ回っているということだった。
(その速水って人、なんでこんな奴と付き合ってんだろうな)
キッチンで話を聞いていた晃は、心底理解できないというように内心で首を振った。自分は知らない宗太の魅力的なところが何かあるのか、それとも付き合う事情というものがあるのか、あるいは体の相性がよっぽどいいのか……。
別に分からなくていいとは思うが、晃には宗太と付き合える人がいるということが不思議だった。
(ま、それこそ俺には関係ないか)
つい耳を澄ましてしまっていた晃だったが、そう疑問を払拭すると料理に集中しようとした。ところが――
「あのさ、晃さんはおもちゃ使われんのイヤ?」
デカい声でリビングから尋ねられて、しかも内容が内容だけに晃は思わず包丁を取り落としそうになる。包丁を握り直すとそのまま顔だけ振り返って、精一杯「お前は正気か!?」という表情を作った。
だが、そんなことでは挫けないのか、それとも通じていないのか宗太は「なぁ、どうなんだよ」と返事を催促する。
晃は大きなため息をつくと、仕方なく答える方向で頭を働かせた。
「……わからん! そもそも、そんなもの必要か? マンネリなカップルか夫婦なら必要なのかも知らんが、おもちゃってアブノーマルっつーイメージがあるからな。そんなに使いたいんなら、きみが自分に使えばいいんじゃないかな」
最後に多少白々しく付け加えた晃。短気な宗太のことだから絡んでくるかと思ったが、それよりも先に高次が「ぷっ」と噴き出した。
「そうそう、お前自分で使えばいいじゃん」
晃の提案が面白かったのか、高次は楽しそうに乗っかってくるが、宗太は駄々っ子がするような顔をして「えー、でも〜」と反論する。
「オレ入れられるのはなぁ。入れる方がいいし」
「はなっから拒否することはねーだろ。試してみたらいいじゃねーか。後ろは気持ちいいらしいぞ」
「んだよ。そういう高兄はしたことあんのかよ」
「女に指突っ込まれたことならある。まぁ、確かに気持ちいいな、ありゃ」
「マジかよ」
「だが、やっぱ入れる方がいいけどな」
「だろぉ! そうだよな!」
「しかしまぁ、何事も経験だよ、宗太クン。試しにやってみな」
「んー……」
「そうだ。お前、速水にボコられそうなんだろ。お詫びに『好きなようにどうぞ』つっておもちゃとケツを差し出せばいいんじゃね?」
そこまで聞いて晃は思わず噴き出しそうになったが、慌てて手で口を押さえ我慢した。
「えーっ! ダメッ! それは別の意味で半殺しにされそう!」
「お前、それはわがままってもんだぞ。おもちゃを嫌がる相手に無理やり使わせておいて、自分はボコられたくもない、怒られたくもない、同じ目にも遭いたくないって――。そのうちマジで捨てられちまうぞ」
思いのほか真剣な声で諭されて、ついに宗太が押し黙ってしまう。
やっと静かになった室内で、晃の料理をする音だけが聴こえていた。
晃は宗太がどんな結論を出すのか気になり、また耳をそばだてていたが、答えを出すよりも先に誰かの携帯が鳴った。
晃のではない。高次か宗太かと思っていると、リビングから宗太の「ひぃっ」という悲鳴が聴こえてきた。
思わず振り返ると宗太が携帯を見ながら顔を強張らせていた。どうやら鳴ったのは宗太の携帯らしい。すぐに着信は鳴り止んだのでメールだったのだろう。それを読んだ宗太がメールの内容に悲鳴を上げた、ということらしい。
一体誰からどんなメールが来たのか気になった晃だったが、それは高次も同じだったらしい。宗太から携帯を取り上げると声を出して文面を読み上げた。
「なになに? 『今日中に俺んとこ来なかったら別れるからな。そうなったら二度と俺の前に現れるなよ』だって」
「だって」と言いつつ高次は宗太に携帯を投げ返し鼻で笑った。
「おい、マジ捨てられちまうぞ。いいのか?」
すると、宗太は勢いよく立ち上がって「いやだ!」と叫んだ。
「んじゃお前、早く行って来いよ」
高次が促すと、少しの間「う〜」と唸っていた宗太だったが、意を決したように「行ってくる!」とジャケットを引っつかみ玄関へ走って行く。その背中に高次が続ける。
「いいか、おもちゃとケツをちゃんと差し出すんだぞ!」
玄関が閉まる音を聞いてから、晃は我慢できずにブハッと噴き出した。「おもちゃとケツを差し出す」というのがツボに入ったらしい。しばらく手を止めて笑いが治まるのを待った。
「んで、お前はいつ兄貴に差し出すんだ」
クスクス笑っていると、思いのほか近くから高次の声がして晃は驚いた。慌てて振り返ると高次がリビングのソファからダイニングのテーブルに、いつの間にか移動していた。
わずかに跳ね上がった心臓を落ち着けてから、「何がですか?」と晃はとぼけて料理を再開させる。だが高次はそんな返事では引き下がらなかった。
「とぼけんなよ。兄貴と両想いになったんだろ。いつヤんの?」
露骨で直接的な質問に晃は思わずムッとする。だが――
「……いつ、なんて、俺らの勝手でしょう」
「そりゃそうだ」
存外、あっさりと高次が引き下がったので、晃は不審に思って振り返るが、高次はただ笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいる。
何を考えているのか分からない高次のことはとりあえず置いておいて、晃は気になったことを逆に聞いてみることにした。
「あの、宗太くんですけど、大丈夫なんですか?」
「ん? ああ――ま、大丈夫じゃね? あいつは速水命だからな。土下座してでも何とかするだろ。何とかならなかったら、ならなかったときだ。おれは知らん」
突き放したような物言いだが、本当の兄弟に対するような高次の態度に、やはり仲は良いんだろうなと晃は思う。そして、そう思ったとき宗太だけ血の繋がりがないことを思い出した。
「宗太くんって、一也さんや高次さんとは――」
途中まで言いかけて、だが内容が内容だけに言いよどんでいると、高次が後を引き継いだ。
「血は繋がってねーな。あいつは後妻の連れ子だからさ。それがどーかしたか?」
「いえ、本当の兄弟みたいだなと思って……」
しかし、晃の言葉に高次が苦笑すると珍しく言い難そうに続けた。
「ま、今はな――」
「?」
「親父が再婚した当初はおれもガキだったし、それなりに反発したってことだよ」
「反発って……でも、一也さんは高次さんと宗太くんはすぐ仲良くなったって言ってたような……」
「兄貴よりは、な。宗太と俺は似たもん同士だから、何かあっても殴り合って解決してやるっていう人種なの。あいつはおれよりも全然ガキだったが立派に歯向かってきやがったんで、おれがボコって力関係を示してやったら懐いて来たっつー感じか」
「……へぇ」
かなり乱暴な関係作りだったんだなと晃は少々引いてしまうと同時に、兄である一也も気苦労したんじゃないかと同情してしまう。
「じゃあ、高次さんも宗太くんと仲良くないときがあったんですね」
「まぁな。別におれは宗太のこと自体、何とも思っちゃいなかったんだが――。兄貴から後妻の話は聞いたか?」
「? “母の友人”って聞きましたけど」
「友人っつーか親友っつーか。お袋とは高校からの仲らしくて、お袋が入院中もちょくちょく見舞いに来てたりしてたんだが、そんな奴が1年ちょっとで親父と結婚とか、いい具合に面の皮が厚い奴だなって思わねぇ?」
「えっ、いや、まぁ……そうですね」
実際、一也から聞いたときにチラッと晃もそう思わないこともなかったが、一也がそれほど気にしていない風だったので、その辺り詳しく聞くことができなかった。
だが、高次はその点引っかかってたようだ。
「表向きはお袋を亡くして落ち込んだ親父を、お袋の友人が励まし支えているうちに親しくなって、っつー何ともありきたりな話だが、事実はお袋が入院中に病院で会い不倫。しかも、相手もまだ離婚してねーからW不倫ってやつだな。最悪だろ」
引っかかるどころか不倫を確信し、しかも強く拒否反応を示している高次の様子に、晃は意外だなと思う。自分の母親が蔑ろにされているからか、とは思うが。
「それって、事実なんですか?」
「W不倫がか? ああ、間違いない。お袋が入院してる病院から2人が出て来るの見たし、その日親父にどこ行ってたんだって聞いたら、ずっと病院に居たって嘘つかれたしな。んで、ある日学校サボって家に帰ったら親父とそいつが寝室でヤッてたんだぜ」
「……」
思わず晃が顔をしかめると高次がフッと笑った。
「だろ。最低だよな。親父も最低だって思ったが、元からんなに尊敬してたわけじゃねーし、おれん中での親父の評価はそれほど変わらなかったな」
この辺りはきっと一也と変わらない感覚なんだろうなと晃は思う。一也も再婚についてとくに何も思わなかったと言っていたし。
「だが、お袋の友人――後妻に対しては腹が立って仕方なかったんだよな。高校からっつったらかなり長い仲だろ。お袋は親友だっつってたし、そいつを信頼していた。なのに入院して苦しんでるお袋を騙して、親父と寝てたんだからマジ最低だなと。おれも思春期だったし、女のそういう部分が気持ち悪ぃとも思った」
その気持ちは分かる、と晃は頷いた。自分が中学のとき同じようなことがあったら、きっと女性不信になるに違いない。
「ま、そういうのがあったんで、再婚当初おれは反発しまくってて後妻にもキツい態度をとってたわけよ。だが、後妻の息子にとったら意味もなく悪態つくおれの方がムカつくわけだ。当時、宗太はまだガキだったし、おれのお袋との関係やらW不倫やらなんて知らなかっただろうし。おれが理不尽に後妻にキツくあたってると思ったんだろうな。そんなおれに宗太が突っかかって来て、それでおれがボコるに至るっつー経緯だ」
「……なるほど」
高次と宗太の本当の兄弟のように親しい関係の経緯には、そんなこともあったのだと晃は理解した。
当時の状況はわかったが、今その後妻とはどうなっているんだろうと晃はそのことが気になりだした。だが立ち入ったことを聞くのも気が引けたので黙っていると、それを察したというわけではないだろうが、高次がさらに先を続けた。
「んで、おれと宗太が普通に話してんの見てな、後妻が『仲良くしてくれてありがとう』っつって泣くもんだから、おれも毒気を抜かれたっつーかアホらしくなってな、好きにしろっつって気にしなくなったんだ」
「へぇ。じゃあ今は普通に話したりするんですか?」
「まぁな。つっても数年前に親父が死んでから、あの人も自分の実家へ引っ込んだんで、最近は滅多に会ってねーけどな」
「ふぅん」
高次が開けっぴろげに話をしてくれるので、晃はここには居ない一也のことも聞いてみることにした。
「一也さんはどうだったんですか? 不倫のこと知ってたんですか?」
「ん? んー、知ってたと思うぞ。おれと兄貴はその頃ほとんど会話らしい会話もしてなかったからな。兄貴が当時どこまで知ってて何を考えてたのかはわからねーが、あの年齢なら察しはついてただろ」
察しはついてたという部分にはやっぱりと思いつつ、一也と高次が当時会話をしていなかったという部分に晃は驚いた。
「一也さんと高次さん、その頃仲良くなかったんですか?」
「その頃っつーか、最初から仲は良くねーよ。親は長男の兄貴に対して厳しくしてたし、おれは大体放置されてたからな。気がついたら晩飯のとき以外会わなくなってたし、もともと性格が全然違うから話も合わなかったし、家の中で隔離っつーか壁みたいなもんがあって、他人と一緒に暮らしてるっつー気分だったな」
「へぇ……」
兄弟でもそんなことがあるのかと晃は驚く。兄弟の居ない晃にはまったく未知の感覚だった。
「反抗期だったんかお袋が入院してるときも見舞いは義務みたいな感じだったし、お袋が亡くなっても兄貴は泣かなかったな。なんか知らねーが、親父や後妻よりもお袋に怒ってるっつー感じだったし」
晃はつい先日、一也から聞いた話を思い出した。
厳しい父親に傅き、父親に倣うように一也に厳しく接する母親に反発する気持ちがあった、というようなことを言っていた。
「だが親父が再婚して少し経った頃、後妻の前で泣いたっつー話を宗太から聞いたんだが――お前、その辺のこと何か聞いてねーか?」
尋ねられて晃は話していいものかどうか迷ったが、高次にいろいろ話を聞かせてもらってる手前、自分からは話せないというのはどうかと思い、躊躇しつつも一也から聞いた話を高次に伝えた。
話を聞いた高次は「なるほどなぁ」と少し考える仕草をし、納得したというように頷いた。
「後悔っつったらおれもあるかもな」
「高次さんも、ですか?」
「ほら、おれこういう性質だろ? ケンカばっかして問題ばっか起こして、学校に親呼び出されたことも1度や2度じゃねーしな。兄貴は優等生で品行方正だから、周りから比べられて『兄はああなのに弟と来たら』みたいなんはしょっちゅう言われてたな」
言いながら高次は自嘲気味の笑みを浮かべた。
晃は「へぇ」と相槌を打ちつつドキッとしてしまう。自分も同じようなことを思っていた自覚があったからだ。
「ま、おれはンなに気になんなかったけどな。ただ一度だけ、お袋に『一也は手がかからなかったのに』って愚痴られたことがあって、そんときの口調とか表情とかは今でもよく覚えてんだよな」
よく覚えてるということは、強く印象に残っているということで、それだけ高次はショックを受けたのかも知れない。
「お袋が入院してるとき、今までの自分をやっぱちょっと後悔したよな。なんでおれは兄貴みたいにできねーんだろうって」
今度ははっきりと自嘲して高次はコーヒーを一口啜り、話の向きを元に戻した。
「でも、兄貴がそんな風に思ってるとはな」
「……そういう話とか、しなかったんですか?」
「全然。兄貴としての小言とか説教とか、お互い話さなきゃなんねーこととか報告とか、そういう会話はあったけどな。昔あーだったこーだったっつー話はしねーな」
「そうなんですか……」
「ただ、兄貴と宗太が普通に話すようになってから、おれと兄貴の間もちょっと変わったかも知れねーな、とは思うな」
それを聞いて晃は、宗太と普通に話ができるようになったのはごく最近だと一也が言っていたのを思い出した。
実のところ一也のその言葉を聞いて、まるで正反対に見える一也と宗太が、一体どうやって距離を縮めたのか晃は気になってしかたなかった。
ここはやはり訊ねるべきだろう。
「一也さんが、宗太くんと普通に話せるようになったのはごく最近だって言ってたんですが、何かきっかけがあったんですか?」
「ん? ああ、もちろんあったぞ」
そう言ってニヤリと笑むと高次が当時のことを語りだした。
一也と宗太が打ち解けたきっかけは父親が亡くなったすぐ後のことだという。
「兄貴と宗太が親父のことでケンカしたんだよな」
宗太は後妻の息子だったからか、父親も宗太に対しては厳しく躾けるということはしなかったらしい。そのため、宗太は父親をそれなりに慕っていたようで、父親の死を本当に悲しんでいた。
だが、一也は長男ということもあり厳しく育てられ、もともと一也と父親の性格や考え方の違いからか折り合いが悪く、一也は育ててくれた恩はあるものの死を悼む気持ちにはなれなかった。
そんな一也の態度に宗太が文句をつけたのが喧嘩の始まりだった。
「宗太が誰彼かまわず喰ってかかんのはいつものことだし、普段の兄貴ならうまくかわしたり受け流したりすんのに、そん時だけは違ったんだよ」
宗太に一方的に言葉を叩きつけられ、一也は受け流したりはせずきっぱり言い返したらしい。
珍しい光景にその場にいた高次はただ眺めているだけで、そのうち一也は静かに、宗太は騒々しくヒートアップしていった。険悪な雰囲気が強まりついに衝突してしまうが、手を上げたのは宗太だけだった。
頬を思い切りなぐられた一也は1、2歩後退ったが、倒れもせず殴り返しもせず、ただ宗太を見つめ返し続けた。
そして、やはり静かにこう言った。
『僕の父親に対する思いは変わらないよ。ましてや、きみが今振るった暴力では絶対にね。きみだって両親に対する思いを、僕が変えろと言ったところで変えられないだろ。自分が無理だと思うことを、暴力で相手に強要するなんてきみは酷いことをするよね。僕が敬遠する父親でさえ、そんな理不尽なことはしなかったのに。それを自覚してもまだ強要したいなら、いくらでも僕を殴ればいいよ。僕は殴り返しもしなければ気持ちも変えないけどね』
淡々と言い終えると一也は部屋を出て行き、残された宗太はまるで打ちのめされたように立ち尽くしていたという。
「その後、反省した宗太が謝りに行って、兄貴も『自分も言い過ぎた』っつって謝って、そんでどうしたことか宗太が兄貴を慕うようになったんだ」
「へぇ」
「ま、それ以前の宗太は兄貴に興味なかったから、兄貴が柔道やってたの知らなかったんで端っからナメてたんだろうな。しかも、いつも弱腰で説教はするもののヘラヘラしてるんで、意外にも頑丈で意思の強いとこがあるって知って驚いただろうし、それが慕う結果になったんだろうよ」
高次の言葉を聞きながら晃はつい何度も頷いてしまった。
晃は別に宗太のように一也と喧嘩したわけではないが、数日前に宗太と似たような体験をしたことを思い出していた。
祐介の想い人である密が、問題のある人物と対決しようとしていて、晃がその助っ人に行った日のことだ。殴られて帰ってきて何があったか事情を話したとき、つい晃は溜まっていた鬱憤を吐き出してしまった。
慰められつつ諭されそうな雰囲気になったとき、晃は納得したくなくて少し反発してみせた。
すると意外にも自分のこれまでの言動を肯定されて、晃の強張った感情がうまい具合に解されてしまった。
おまけに抱き寄せられ、頭を撫でられ、晃は一也には敵わないなと感じた。
きっと当時の宗太も、一也には敵わないなと思ったんじゃないかと晃は思ったのだ。
「なんだ? なんか妙に納得してるが、お前も同じようなことがあったとか?」
「ええ、まぁ、殴ったりはしてませんけどね」
晃は料理を再開しながら詳しい返答はせず、高次への質問を続けた。
「さっき、一也さんと宗太くんが話すようになってから、一也さんと高次さんの関係もちょっと変わったって言ってましたけど、どんな風に変わったんですか?」
「あん? あー、どんな風にっつっても説明しようがねぇな。これはおれの推測なんだが、もし宗太がおれらの弟になってなかったら、親父が死んだあとおれと兄貴は疎遠になってたんじゃねーかなと」
今の一也と高次の関係を見た限りでは、疎遠になるようには感じられなかったが、昔は「他人と一緒に暮らしてる気分だった」と言っていたので、きっと何事もなく父親の死を迎えていたら2人疎遠になっていただろうという、高次の感覚は正しいのだろう。
「それが兄貴と宗太が普通に話すようになったら、宗太が兄貴とおれの仲を取り持つっつーんじゃねーんだけど、何かあると兄貴の味方したり、かと思ったらおれの肩持ったり、でフラフラするわけよ。したらいつの間にか3人になってんだよな、会話してんのが」
「へぇ」
晃は相槌をうちながら、その光景を思い浮かべて何だか笑みがこぼれた。
「宗太がどっちにもいい顔しようとするもんで、うまい具合に橋渡しみたいになってたんだろーな。今までしようとも思わなかった会話を宗太につられて兄貴としてるうちに、間にあった壁みたいなもんが気がついたらなくなってたんだ」
高次の話を聞きながら、晃は宗太への評価を変えざるを得ないと思った。粗野で短気でデリカシーがない奴だと思っていたが、意外にもいい所があるじゃないかと、そんな所に速水という恋人は惹かれたのかと、それなら納得できると晃は思った。
「最初はW不倫の末の再婚とか最低だと思ったし、今でもその気持ちは変わんねーけど、おれら兄弟にとって宗太が弟になったことは良かったんだろーなとは思うな」
今まで話を聞いていた晃も、それには同感とばかりに頷いた。
知り合ったばかりの頃はアンバランスな兄弟だと思ったが、こうやって話を聞いてみると上手く釣り合いのとれた兄弟だったんだと晃は気づかされた。
しかし、一也のことを含めていろいろな話を聞くことができたのは良かったが、ここまで深く突っ込んだ話を他人の自分が聞いても良かったのかと、今更になって晃は心配になってきた。
どうして訊かれるまま全て話してくれたのかと、振り返って尋ねようとしたとき――
「お、帰って来たな」
「えっ!?」
高次の言うとおり、耳を澄ますと一也の車の音が駐車場から聴こえてきた。
(やばい。晩飯できてねーよ)
つい話に夢中になって料理が途中までしか進んでいないことに晃は焦り、今頃になって手早く料理を進めた。
少しして玄関から一也の「ただいま」という声がし、続いてダイニングへ入ってくると高次を見つけ、
「やっぱり高次か。今日はどうしたんだ?」
そう高次に声をかけながら、ダイニングのイスに鞄と脱いだコートを置く。そうして、高次の返事の前にキッチンに居る晃へ「ただいま」と声をかけた。
晃もダイニングに来て「お帰り」と返すと、まず料理が出来てないことを謝った。
「すみません、一也さん。晩飯がまだ出来てなくて」
「ああ、いいんだよ。どうせ高次が邪魔したんだろ?」
「ついでに宗太もな」
「宗太も来たのか。それは騒がしかっただろ。ごめんね、晃くん」
逆に謝られて晃は焦った。
「い、いえっ、全然! あの、風呂の準備は出来てるんだけど、どうします?」
「そっか。じゃあ先にお風呂に入るよ」
「わかりました」
一也の返答にホッとして晃はキッチンに戻ると料理を続けた。
だが、ダイニングではまだ一也と高次の会話が続いている。
「で、高次はいつまで居るんだ?」
「もう帰るよ」
「晃くんに用事だったのか?」
「ま、な。返さなきゃなんねーもんがあって」
「?」
たぶん晃の裸の写真のことだろう。キッチンで聞いていた晃は冷や冷やしたが、高次は一也に対してその辺りのことはボカしているようで少しだけ安堵した。
「それから、兄貴のして欲しいことを晃に無理やりさしたことのお詫びに、な」
「ふ〜ん」
(お詫び? お詫びなんてあったか?)
高次の言葉に引っかかり、晃は首をかしげた。
「晃もゆくゆくはおれたちと家族になるわけだろ。だから、ちゃんと家族になれるよう、おれら兄弟の事情をイロイロ話してやってたんだ」
(!?)
それがお詫びになるのかという驚きとともに、だから自分に言いにくい家庭の事情まで話してくれたのかと晃は妙に納得した。
しかし、「家族になる」という言葉があまりにも突拍子もなくて、そこまで考えていなかった晃は思わず身を硬くしてしまった。
一也も同じように思ったのか、困ったような声音で言った。
「高次、それは先走り過ぎてないか。僕らはまだそこまで考えるような段階じゃないよ」
ところが、高次はまたもやあっさりと引き下がると「わかってるよ」と肩をすくめた。
「冗談だって。流れでイロイロ話しちまったんだ。兄貴と宗太がケンカしたときのこととか。悪ぃ」
すると、少々表情を硬くして一瞬沈黙する一也。
「……他には?」
「他? ってーと?」
問う一也に高次がさらに問い返すと、一也は渋い顔で何やら言い難そうにしていた。そんな一也を眺めつつ高次は少しの間考えて、そして何かを察したらしく「ああ」と手を叩いた。
「反抗期のとき、靴を揃えず脱ぎっぱにしたり、服もハンガーに掛けず脱ぎっぱで放置したり、それで反抗したつもりになってたこととかか?」
(何それ、かわいい)
晃はつい笑みが零れそうになるのを必死に我慢した。チラッと一也を見ると、顔が今までになく赤くなっていた。
「それとも、高校のとき女子にモテまくってて、バレンタインにチョコをたくさん貰って家に帰ったら、親父に『たるんどる!』って叱られたこととか?」
「……」
「大丈夫だって。話してねーから」
「っ、今話したんだろっ! もういいから、これ以上言うな、わかったな?」
「へいへい」
一也は高次に釘を刺すと、鞄とコートを持って2階に行ってしまった。少しして着替えを持ってきたのだろう一也が、バスルームに入っていくのが足音でわかった。
それを確認したあとで晃は、我慢できず高次に尋ねた。
「あの、今言ったこと本当なんですか?」
つまり、反抗期とかチョコとかは本当にあったことなのかと。
そんな晃の問いに高次は肩をすくめてみせた。
「兄貴のあの反応でわかんだろ。兄貴にはこれ以上言うなって言われちまったしな」
高次はそれ以上言わず、立ち上がるとリビングに置いておいたジャケットを取り玄関へ向かった。
晃はガスの火を止めてから慌てて追いかけた。
「もう帰るんですか?」
「邪魔したくねーしな。久しぶりで兄貴のあんな表情が見れて楽しめたし、お前と兄貴との関係がちゃんと進んでんのがわかったし」
「? わかったって……」
玄関で靴を履いた高次が晃を振り返りニヤリと笑んだ。
「お前も兄貴も、2人の関係に突っ込んだこと言ったら『俺ら』とか『僕たち』って言ったろ。ちゃんとくっついてんだなって思ってな」
「っ――」
高次の意外な観察力に晃は驚いた。そして、晃や一也がその言葉を発したとき、あっさりと引いたのにはそういう意味があったのだと気づいた。
以前、晃の祐介への想いをいくつかの自分や密の言動で言い当てたことから、かなり洞察力は鋭い人だとは思っていたが、本当にただの喧嘩の強い女タラシではなかったのだと晃は感嘆した。
また、昔一也のことを他人だと思ってたとは思えないほど、兄想いなんだということも改めて感じる。
宗太だけでなく高次への評価もまた改める必要があるようだった。
「そうだ。お前、部屋探してるらしいけど、このままこの家に居ついちまえよ。んで、就職失敗したら兄貴の嫁になれ。お前にぴったりだ」
「なっ!」
途端、晃の顔がサッと赤くなる。羞恥とも怒りともつかない感情に言葉を詰まらせていると、高次はそそくさと玄関の戸を開き、
「そうそう、裸エプロンは男のロマンって言うし、新婚のときやってやれよな」
「!?」
そう言って下種な笑い声を発しながら出ていった。
玄関の戸が閉まったあとで、やっと晃は声を上げることができた。
「じ、冗談じゃないっ! 誰がするかっ!」
やっぱり高次は高次だったと晃は憤慨し、肩を怒らせつつキッチンに戻った。
だが、料理を再開しながらいつか一也たち兄弟と、同じ食卓を囲んで食事が出来たらといつの間にか考えていた。
もちろん、ずっとこの家に住むとか、一也の嫁にとか、そんなことは安易に考えたくはないと晃は思うが、いつかみんなで食事する光景を想像していると、晃はつい楽しくなって気がつくと鼻歌を歌っていた。
「機嫌良さそうだね」
鼻歌を歌いつつテーブルに料理を並べていると、お風呂から上がってきた一也が少々憮然とした表情でそう言った。
なぜそんな顔をするのかと晃は首を傾げつつも答える。
「いろいろ話が聞けて良かったなと思って」
「そんなの、僕に聞いてくれればちゃんと話したのに」
もしかして拗ねているのだろうか。晃はそれに気づいて、つい顔がほころんだ。
「えっと、高次さんも言ってたけど、話の流れで聞いただけで、別に一也さんに聞けなかったとか、そういうんじゃないんで……」
「そう」
それでも、一也は納得していない様子でテーブルについた。
そんな一也の様子に晃は少々戸惑う。
「やっぱり嫌ですよね。勝手に過去のこと話されて……すみません」
すると、一也は顔を上げてまっすぐ晃を見つめながら訴えた。
「それはいいんだ。いや、恥ずかしいんだけどね。でも、晃くんに聞かれて困るようなことはないし、過去を誰に話されてもいいんだけど、できれば僕から話したいなって思ったんだ」
一也の裏表のない言葉に晃は何だか嬉しくなった。
「……でも俺、聞いたのは全部高次さん側の話だったから、俺も一也さんからもう一度聞きたいんですけど、ダメですか?」
晃の提案に一也は少し考えたあとで、表情を緩めると頷いた。
「そういうことなら、いくらでも」
どうやら機嫌が直ったらしいと晃はホッとするが――
「でも、僕も晃くんの昔話が聞きたいな」
そうニッコリ微笑みかけられて晃は慌てた。
「俺の? 俺は良くも悪くも普通だから、聞いてもきっと面白くないですよ?」
「そんなことないよ。好きな人のことは何でも知りたいし、晃くんの初恋の話とか聞きたいな」
一也の「初恋」という言葉に晃は幼い頃の初恋の相手を思い出し、瞬間的に顔が熱くなった。初恋の相手がバレるなんて耐えられない、と晃は、
「俺の初恋は祐介――親友だよ」
と、もごもごと返答しながらキッチンに逃げた。
しかし、そんな晃の態度に納得しなかったのか、一也はキッチンまで追いかけてくると晃を少々強引に抱き寄せた。
「本当に? 何だか怪しいなぁ」
真っ赤な顔を覗き込まれながら、晃は一也を押しのけようとしてみたが、一也は簡単に晃を解放しようとはしなかった。
「本当だって。祐介は幼馴染だったし。それよりほら、座ってって。料理冷めますよ」
「やだ。晃くんが本当のこと言うまで離さない」
「……」
思いのほか強情な一也を意外だなと思いつつ、晃は一也の腕の中でしばらくもじもじと考え込んだ。
以前、話の流れで一也の初恋の話も聞いたし、自分も言わなければいけないとは思うが、言ったときのことを考えると超恥ずかしい、と晃は内心で身悶えた。
だが、ここは言うべきだろうと晃が決心しかけたとき――
「晃くん、困ってるよね。ごめんね」
「え、あの……」
「うん、ご飯食べよう」
傷ついた風でも、残念がってる様子でもなく、ごく普通に一也はそう言ってダイニングに戻ろうとするので、晃は咄嗟に一也の手を取って引き止めた。
「ん?」
引き止められて振り返った一也が、首を小さく傾げながら晃を見つめ、晃はそんな一也の視線から逃れるように俯いた。顔はやはり赤くしたままで、
「あの、絶対誰にも言わないって約束してください」
すると、一也は晃に向き直るとわくわく顔で「うん」と頷いた。
それを見て、晃は意を決っして白状した。
「おれっ、俺の初恋は特撮ヒーローのレッドなんですっ――」
言った瞬間、晃は笑われるのを覚悟したが、どれだけ待っても一也の笑い声は聞こえて来ない。不思議に思って顔を上げると、一也がニコニコと満面の笑みを浮かべて晃を見つめていた。
「あの……」
「そっか、晃くんはヒーローが好きなんだね。可愛いなぁ」
顔から火が出るとはこの事かと晃は思った。
「ということは、晃くんは正義の味方とか強い人が好き?」
「そ、そうですね……うん、そうかも」
言われてみると、晃がいいなと思う男はみんなそこそこガタイが良く、強そうに見える人がほとんどだったと気づく。
ずっと好きだった祐介もガタイが良く柔道をやっていて強い。そういうところに晃は惹かれやすいのかも知れない。
晃が振り返っていると、ふと一也が不安そうな顔をした。
「じゃあ、もしかして高次とか宗太とかタイプだったりする?」
「まさか!」
一也の言葉に晃は思わず即答した。その様子が焦ってとか慌ててではなく、本気で否定している様子だったので、一也は驚いて「なぜ?」と尋ねてきた。
晃はその理由も即答できたが、一也の弟でもあるということを思い出し、なるべく失礼にならないよう答えた。
「強い人は憧れるけど、喧嘩が好きそうな人とか、短気な人はちょっと……。それに、モラルやデリカシーがないのも……」
晃の言葉に今度こそ一也は噴き出した。
「確かにね。僕もその辺、あいつらに合わせるのが大変だなって思うときがあるよ」
一也の相槌に晃もうんうんと頷く。やはり一也も手を焼いてたんだなと、自分の感覚は間違いじゃなかったと安心する。
「でも、高次と楽しく会話してたみたいだからてっきり……」
もしかしたら一也は高次に嫉妬していたのだろうか。そう思うと晃はくすぐったい気持ちになった。
「高次さんの話は興味深かったですよ。俺、兄弟いないからさ。それに、一也さんって高次さんと宗太くんと性格が全然違うから、どうやって今みたいに仲良くなったのかって不思議だったんです。そのきっかけっていうか成り行きを聞くことができて、失礼かもですが面白かったなと……」
「そんなに面白い?」
「ええ、あの宗太くんが一也さんと高次さんにとって、重要な存在だったんだなと知って、すごい意外でした」
晃の言葉に一也はクスリと笑った。
「まぁね。宗太はいろいろ厄介なところもあるけど、居てくれて良かったなって僕も思うよ。高次もそう言ってた?」
「はい。もし宗太くんが居なかったら、きっと一也さんとは疎遠になってただろうって」
「そうか――」
そう呟いて一也は苦い笑みを浮かべ遠い目をする。晃はさらに続けた。
「高次さんが言ってたじゃないですか、『家族になる』って。俺もまだそこまで考えられないけど、兄弟そろって食事したらどんな風なんだろうなって、想像したら何か面白そうだなと……」
「それでさっき楽しそうにしてたの?」
「はい……」
「晃くん、きみって本当に――」
一也は感極まったというように言葉を詰まらせると、晃を再び抱き寄せた。
何が一也の心に触れたのか晃には分からなかったが、一也が喜んでいるらしいことに安堵しつつ、抱きしめられていることに緊張もした。
「あの、一也さん」
晃の呼びかけに一也は少しだけ体を離し、鼻が触れ合うほどの近さでまっすぐに晃を見つめた。
「好きだよ、晃くん」
一也の告白に晃は体が熱くなるのを感じた。
「俺も、好きです」
感情のままに気がつけば晃も自分の想いを言葉にしていた。
そうして、どちらからともなく目を閉じ唇を重ね、深く長い口付けを交わす。
一也の穏やかな性格からは想像できないほど、情熱的な口付けに半ば翻弄されながら晃は、いつか一也と家族になれる日が本当に来たら嬉しいなと、そのときの光景を想像しつつ今この時の幸せをかみ締めた。