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今晩の夕飯は何にしようかと、冷蔵庫を眺めながら恭輔が考え込んでいるとインターホンが鳴った。
咄嗟に、壁にかけてある時計を見上げて時間を確認したが、夜の8時過ぎに部屋に訊ねてくる者といえば大概は決まっている。
恭輔は冷蔵庫を閉めるとドアホンの画面に軽く視線をやってから玄関へ向かった。
戸を開けると恭輔には馴染みの、背の高い好青年が寒さにか首をすくめて立っていた。
背が高いと言っても、同じく長身の恭輔よりは僅かに低く、色白で細身なために“男らしい”という印象は大幅に切り落とされている。その代わりというわけではないだろうが、すっきりと整った顔立ちは概ね多くの女性に受け入れられる容姿だ。
「ども。ジャマしていーッスか?」
口調は軽くても恭輔の返事を律儀に待って、強引に部屋へ入って来ない辺りは礼儀を守っているようだ。親しい間柄ではあるが、恭輔の方が年長であることを常に考慮しているように見える。
「おう、速水か。入れよ」
恭輔は青年――速水を中へと促しながら、廊下の向こう側から雨の音が聴こえていることに初めて気づいた。
速水に鍵をするように言ってから先にキッチンに戻り、冷蔵庫からビールの缶を取り出すと後から来た速水に放った。
「雨が降ってたのか」
「気づいてなかったんスか?」
速水は缶ビールを受け取るとリビングのソファに腰を下ろし、小気味のいい音をさせて缶を開けると、躊躇いなく二口三口と喉に流し込む。
「おれが帰って来たときは降ってなかったからな」
「そういえば、ここって前のアパートより防音いいスもんね」
恭輔がこのマンションへ引っ越してきたのは、つい1ヵ月前だった。以前、住んでいたアパートは一見してボロいというわけではなかったが、築年数もそれなりに経っていたので、何の問題もなくというわけにはいかなかった。
それだけが引越しを決めた理由ではなかったが、収入も多少上がって余裕が持てたと思い、恭輔はこのマンションへ移転することにした。
「濡れたんじゃないか?」
速水が傘を持っていなかったことを思い出して恭輔が問うと、再びビールを一気に三口ほど呷ってから速水は「兄貴に送ってもらったんス」と答えた。
「兄貴ん家で飯食って、出かけるっていうからついでに送ってもらいました」
「そうか。じゃあ、もう晩飯食ったのか」
「恭輔さんはまだなんスか?」
冷蔵庫から食材を取り出しながら恭輔は「ああ」と答えた。
料理が得意ではない恭輔は、野菜と肉を適当な味付けで炒めたものでいいかと、大きく息を吐くと重い腰を上げた。
まな板と包丁を用意して野菜を切るため洗っていると、キッチンの端に速水が黙って立っているのが見えた。片手に缶ビールを持ったまま、無言で恭輔を見つめている。
少々不審に思って恭輔が見つめ返すと、ふと視線を外してから速水はゆっくりと恭輔に近づいてきた。近づきながらキッチン台に置かれた缶の音が軽く、中身はすでに空だということを知らせていた。
「今日は残業だったんスよね。だったら料理なんてめんどくさいことせず、弁当とか買ってくればいいじゃないスか。なんなら俺買ってくるし、それかピザでも」
そう言いながら恭輔の腰に腕をまわして抱きついてくる速水の頬はすでに赤い。
「お前、もう酔っ払ってんのか。兄貴んとこでも飲んでたな」
恭輔が指摘すると速水がクスリと笑って、その振動が恭輔にも伝わってくる。
「おれは腹が減ってんだけど――」
だが、強引な口付けに言葉を奪われ、体を滑る手つきに抵抗する気持ちも奪われた恭輔は、
「お前が奢れよ」
そう言って速水を抱き寄せた。
場所をキッチンから寝室へ移して、たっぷり2時間情事を楽しむと恭輔の空腹は限界を超えて、すぐにベッド脇に置いてある子機からピザの宅配を頼んだ。
それほど混んでいないらしく15分ほどで届くというので、ベッドでへたばっている速水を放ってさっとシャワーを浴びる。服を着て髪をタオルで拭いているところに、今日二度目のインターホンが鳴り、恭輔は速水が脱ぎ捨てた服を漁って財布を抜き出すと、そこからピザの代金を払った。
届いたものをリビングのテーブルに広げていると、リビングの扉が開いて下着姿の速水が現れて、恭輔はやっと出てきたかと速水を振り返った。すると、テーブルの上に並んだものを見て速水が目をむいて固まっていた。そして、やおら声を上げる。
「ひでぇっ!」
速水がひどいと言ったのは注文したその量だった。Lサイズのピザが2枚に、スパゲティが2つ、チキンとナゲットとポテトもゆうに2人分あって、さらにデザートも3種類あった。缶ジュースも4個並んでいたが、これはおまけで付いて来たんだと恭輔は言いはった。
「お前が言ったんだぞ、ピザにしろって」
半泣きになっている速水にそう言って、恭輔はさっそくピザを1ピース軽く食べきる。そうして、未だに立ち尽くす速水に声をかけた。
「早く風呂入って来いよ。お前の分、なくなるぞ」
まだ何か言いたそうにしていた速水だが、渋々といった様子で言われたとおりバスルームに向かう。そして10分ほどして腰にタオルを巻いただけの格好で出てきて、その格好のまま恭輔の隣に座るとピザを食べ始めた。
「その格好、寒くないか?」
季節は冬も近い11月である。暖房は付けているが温度はそれほど高く設定していないので、裸では寒いのではと恭輔は思う。だが、速水は答えない。
「なんだ、怒ってんのか?」
恭輔が苦笑して言うと、もの言いたげな視線を向けてから速水はジュースを呷り――
「最近、変ですよね、恭輔さん」
言われて恭輔は内心で動揺した。動揺はしたが表情では平静を装って、眉根を寄せて不機嫌さを表している速水の顔を見つめる。
「おれのどこが変なんだ?」
なるべく、どの感情も見せないように問うと、速水は恭輔と視線を合わせて、まるで詰るように見つめ返した。
「恭輔さん自身、わかってるんですよね。いつもだったら残業して遅くなった日は弁当だったり外食だったりするのに、最近はどんなに遅くても自炊じゃないスか」
いつものズボラなところを指摘され、恭輔は思わず自嘲した。
「家賃が上がったんで節約してんだ。引っ越し費用もかかったし」
最もな答えだったが速水は引き下がらなかった。
「引っ越しもそうスよ。急に引っ越すっつって、何かあったんじゃないんスか?」
「何もないよ」
「その前は珍しく喧嘩したっつって、顔も体も痣だらけになってましたよね」
「あれは、まぁ……」
「確かそのくらいからですよね、付き合いが悪くなったのは」
「……」
「他のヤツもみんな言ってますよ」
「――」
「もしかして、好きなヤツでもできたんじゃないんスか?」
思いの外はっきりと問われて、恭輔は口を噤むとテーブルに視線を落としたまま固まった。
否定はできないが、内心で肯定したくないと思う自分もいる。だが、そう思うことがすでに肯定しているのだということに気づいて、恭輔は再び自嘲の笑みを浮かべると、ずっと見つめ続ける速水に視線を返した。
「なんで分かった?」
すると、速水の表情が「やっぱり」といったものに変わった。
「そりゃ分かりますよ。セフレをナメないでもらいたいッスね」
その言い方がおかしくて恭輔が自嘲に重ねてクスッと笑ったが、構わず速水は続けた。
「ヤッてる最中もノッてないし、どんな鈍感なヤツでも抱かれりゃ分かりますよ」
「そうか……」
しかし、かといって速水に事のすべてを話すつもりはなく、少しだけ冷めかけたピザをまた頬張った。
それでも、恭輔が好きになった相手が誰なのか、気になるらしい速水がしつこく訊いてくるので恭輔は少々閉口する。
「なんでそんな知りたがるんだ」
「当たり前じゃないスか。聞けば高校卒業してからずっと、来る者拒まずでいろんなヤツとやりまくってる恭輔さんが、本気で惚れてるっぽいヤツなんてどんなヤツなのか、そりゃ興味ありますよ」
「……」
あまりの言い方に返す言葉を失くす恭輔だったが、それほど間違ってはいないのだろう、訂正することはなかった。
「あ〜あ、でも残念ス」
どんなに問うても答えてくれないと、やっと察したらしい速水はソファに深く凭れて両手を頭の後ろで組むと天井を見上げた。
「残念?」
「そりゃそうでしょ。俺、恭輔さんのこと結構好きだったんスから」
「そうなのか?」
ふいの告白に少々驚いて速水に視線をやるが、その恭輔の視線を無視して速水は天井を見つめたまま続けた。
「小学校の頃から憧れてたんスよ。家が近所だったし、恭輔さんの噂はよく聞いてました。親は近づくなって言ってましたけど、俺ってずっと強い男に憧れたんで、中学に上がってすぐ恭輔さんが不良と喧嘩してるところを見て惚れたんスよね」
脳裏ではその頃の情景が蘇っているのだろう。速水は遠い目をして語っている。
「孤高で誰も寄せ付けないって雰囲気が、俺にはすごく格好よく見えたんスよ。でも、俺みたいなガキは相手にもしてくれないんだろうなって半分諦めてて……したら、高校卒業したら男とやりまくってるって聞いて、意外でビックリしたんスけど――本当はヤッてるうちに俺のこと好きになってくんないかなって期待してたんスよ」
今度こそ恭輔は驚いて、速水と初めて出会った頃のことを思い出した。といって、恭輔の記憶にある速水との初めての出会いは4年ほど前のことで、実家の近所に住んでいたということはまったく知らなかった。
よく飲みに行く仲間に、いつの間にか速水も溶け込んでいて、何度目か仲間と一緒に飲んだその帰り道、
『俺、あんたのことタイプなんスけど、良かったらセフレでいいんで付き合いませんか?』
2人っきりになったところでそう囁かれた。大分年下のくせに生意気だとは思いつつ、恭輔も速水の顔は好みだったのでセフレでいいと言うなら断る理由もないなとOKした。
だが、セフレという関係を続けながら、まさか速水が内心でそんな風に思っていることなど、今日まで恭輔はまったく気付きもしなかった。
初めて速水に対して悪いことをしたという思いに駆られ、恭輔は謝罪をしようと言葉を選んで押し黙っていると、それを察したのだろう速水が苦笑した。
「先に言っておきますが、謝んなくていいスからね」
「速水……」
「想ってたのは俺の勝手だし、セフレでいいっつったのも俺なんスから」
だからといって「そうだな」と頷くことは出来なかったが、恭輔が謝ってしまうと更に速水を傷つけてしまうことになるのかも知れない。そう思うと恭輔はもう何も言えなかった。
「でも――」
下りかけた沈黙を破ったのは速水だった。恭輔の方へ体を向けて座りなおすと、恭輔の膝に手を置き僅かに体を寄せて、それで迫るかと思えば速水はじっと恭輔がどう反応を示すか待っている。
恭輔は速水の気持ちを考えて逡巡したが、膝に置かれた手の熱に感じて考えることを止めると、恭輔から顔を寄せて速水に口付けた。
そうして、速水をソファへ押し倒そうとしたら、逆に恭輔が押し倒されて攻め、攻められながら2人最後の情事を深夜過ぎるまで堪能した。