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暗い照明の中、上品な音楽が流れるBARで、歩はひとり気に入りのカクテルを飲んでいた。
ひとりで飲むことはそれほど少なくはないが、親しい者がその表情を見れば「珍しく落ち込んでるな」と思ったかも知れない。
9月ももうじき終わり、大学の夏期休暇の終わりも近づいて来ている。もちろん、それが歩の落ち込む理由にはならないが、原因のひとつではあるのだろう。
「よ、歩。久しぶりだな」
「ヨシか……」
唐突に声をかけられて振り向けば、彼の言うとおり久しぶりで会うヨシオが断りもなく隣の席に座るところだった。
以前、密との会話に出てきた男だったが、歩はそれほどこの男を好いてはいない。貧弱な体と容姿をしているくせに、やたらに自分を飾りたて格好をつけているのが歩には気に入らないかった。
ただ、向こうは歩に対し好意、というよりは興味を持ってはいるようだが。
「なんだ、元気ねぇな」
下心のある奴に心配されても嬉しくないと、歩は肩を軽くすくめるだけでそれには答えなかった。さらに訊ねたところで歩の機嫌を損ねるだけかと察したのか、ヨシオはそれ以上歩のことには触れず別の質問を口にした。
「最近、密を見ねぇんだけど、なんか知らねぇ?」
「……密? さぁ、オレもそんな親しくないし」
そう答えながらも歩は訝しく思った。
姿を見ないとは、ヨシオを避けているだけなのか、それとも――
「リオさんの方がよく知ってんじゃないの?」
「いや、リオさんも最近会えないっつってんだ。だからおれに捜せって言ってきてさ」
「へぇ」
ということは、売春自体を避けているのかも知れないと、歩は意外な展開に内心で驚いた。
もしかしたら、祐介と会ったことで彼の中の何かが変わったのかも知れない。
それはそれで祐介にとっては朗報だろうし、密自身にとっても良い方向へ向かっているということだろう。
だが、歩はそんな気持ちとは裏腹に、なぜだか嫉妬心も沸きあがった。
「もしかしたら、好きな奴でもできたのかもな」
そうヨシオに言うことが、この後の展開にどう影響するのか、それがわからない歩ではなかったが、それでも口にしてしまったのは以前から密のことを良く思っていなかったからだ。
今までさんざ好き放題やってた奴が、何の報いもなく幸せになるのかよ、と。
しかし、その後ヨシオがしつこく「誰だ」と訊いてくるので、その執拗さに危機感を抱いた歩は、それ以上は知らないとシラを切り通してヨシオと別れた。
もちろん、密がどうなろうが自業自得だと思うが、祐介自身の身に何かあってしまっては、それは歩の本意ではない。
それでも、自分にしては迂闊だったと思いながら、歩は自分の気持ちがささくれ立っているのを感じた。いつもだったらヨシオのような男に、どんな情報だって渡さなかったのに、と。
数日後、歩はまた教授の研究室にいた。
携帯に「会いたい」とメールが来れば、大切な用事がない限りは友人の約束さえキャンセルして、歩は教授との情事を楽しんでいる。
だが、今日に限って言えば断りたい気持ちの方が強かった。もちろん、そんなことおくびにも出さず教授に抱かれているのだが。
ソファの上に四つん這いになり、後ろから教授に貫かれながら、激しくはないが徐々に高まる快感を覚え、気持ちとは裏腹に歩も喘ぐ。
自分の中の確かな存在感と、熟した大人の技に歩も次第に翻弄されつつ、それでもつい考えてしまうのは英斗との違いだった。
あの日、ビデオレンタル店の前で英斗を見かけたのは偶然で、その後をつけたのは好奇心からだった。そして、AVを選ぶ英斗を見て自分の家に連れて行こうと思ったのは興味本位からだ。
観察眼は鋭い方だと自負していた歩は、実のところ薄々英斗の自分に対する想いに気づいていて、英斗が選んだAVを見るとふと悪戯心が出てきてしまった。
それでつい、英斗を惑わすように自分の部屋へ連れ込んで押し倒してしまったが、英斗はそれでも幸せだというような表情で「また来てもいいか」と言った。
一瞬だけ考えたものの、歩自身も英斗との情事は新鮮で楽しかったので「したくなったら来いよ」と言い、その通りに英斗は何度か家に来ては歩を求めた。
当然、不慣れな英斗のそれは拙く、常に歩が主導権を握って事を進めて行ったが、英斗はそれに不満を持たず、歩もそんな状況を楽しんでいた。
「あっ――!」
急に体を引っ張られる感覚に、英斗のことを考えていた歩は意識を今に戻した。
繋がったまま体位を変えられ、仰向けにされて両脚を教授の肩に抱え上げられると、教授には珍しくも激しく責め立ててきた。そうして、激しく責めながら教授が言う。
「歩くん、何か考えごとを、していたね?」
「はっ、あ――教授っ」
「言ってごらん。何を考えてたか」
すべてを見透かしているらしい教授は、きっと自分が別の男のことを考えていたことに嫉妬しているのだと歩は思ったが、この関係自体が普通ではないのだし、そこのところを教授自身もよく承知してるだろうと、歩はとくに構えることなく話した。
「同級に、オレのことが、好きだって奴が、いるんだ」
「もしかして寝たのかい?」
「あ、ああ――ちょっと、からかってやろうって」
「私というものがありながら、きみはイケナイ子だね、歩」
教授の声に熱がこもり、その責めに歩はたまらなく悶えた。
「うっ、あぁ、教授っ」
「それで、きみはそっちの子が気に入ったのかな?」
笑みさえ浮かべて訊いてくる教授を、歩はまるですがるように見つめた。
「まさか――」
「まさか?」
「だって、そいつ、全然下手だし、オレ、教授が、いいっ」
「そう。きみを気持ちよくしてあげられるのは、私だけだよ、歩――」
「あっ、教授っ!」
ずっと放っておかれた歩のものを教授が握ると強い刺激を与えられて、急激に上り詰める快感に肌を粟立たせながら歩は欲望を解き放った。同時に、教授が歩の中で熱い迸りを放つのに、また歩は快感を覚える。
余韻を味わっていると頬に教授の手が触れるのを感じた。いつの間にか瞑っていた目を開けると、間近に教授の顔があった。この場に相応しくないほどの穏やかな笑みを浮かべて、その笑みに似つかわしくないことを言う。
「きみの体は本当に魅惑的だね」
「教授、あなたのせいだよ」
「ふふ、そうか? でも、きみと私の関係を知ったら、そのきみを好きだという彼はどう思うだろうね」
「さあ――」
そうして再び体位を変えると、今度は歩が教授の上になって情事の続きを求めた。
だが、「さあ」と言ったその質問の答えを歩は知っていた。
つい先週のことだ。歩の家に来ていた英斗と情事を終えて、歩はつい彼に「英斗ってオレのこと好きだろ」と訊いていた。とぼけるかとも思ったが、英斗は顔を真っ赤にしながら「……うん」と答えた。
自分自身、意外なほど胸を高鳴らせながら歩は再度訊ねた。
「どんなところが?」
その質問には少し考えて、
「い、色っぽいところとか……エロいところとか……?」
などという答えには些か脱力したが、
「歩って気取らないだろ。顔いいのに普通にエロい話とかするし、AVとか平気で持って来るし……そういう所もいいなって思うんだ」
という答えには満足した。
それでも、純粋に真っ直ぐ想われてるらしいことに少し引け目を感じた歩は、次にこんな質問をしてみた。
「でもオレ、ちょっと強引だとか思わない?」
「ううん。あ、いや、確かにちょっと強引かなと思うけど、でもおれそういう人が好きなんだ」
「……というと?」
「子供のころから気の強い子とか、ちょっと乱暴な奴とかを好きになっちゃって、おれってそういう人を好きになりやすいんだと思う」
「へぇ」
「付き合ったことはないけど、おれって振り回されるのが好きなのかもって……」
言いながら気の抜けた笑みを浮かべる英斗を、歩はじっと真顔で見つめた。
「じゃあ――」
そんな歩を英斗が怪訝に思うころ、やっと歩が口を開いた。
「じゃあ、お前さ、オレが他の男とも寝てるって言ったらどう思う?」
「え……?」
英斗の顔が凍りついたのがわかった。
「しかも相手は大学の教授で」
「……教授」
「教授には妻子がいる」
ついに何もしゃべらなくなった英斗を、歩はやはりじっと見つめ続けた。
きっとショックを受けているのだろう。歩の言った言葉の意味を、英斗はどれだけ理解できているだろうか。
しばらくして、英斗はまったく関係ないことを、つまり会話の断絶を図った。
「あ……おれ、帰らないと」
そう言ってふらふらとした足取りで部屋を出て行った。
歩は呼び止めなかったし、特に反応を期待していたわけでもなかった――と自分に言い聞かせて、英斗とはこれで終わったなと思った。
今から思えば、どうしてそんなことを言ってしまったんだろうと思うが、もしかしたら英斗ならそれでも好きだと言ってくれそうな、そんな気がしたのかも知れない。
再び意識は現在に戻り、見ると教授が何か言いたげな視線で歩を見ていたが、あえてなのか何も言わない教授を見つめ返して、歩は思考を振り払うように快感を貪ろうと腰を振った。
「ああっ、教授!」
「歩――可愛い私の歩」
「あっ! イクッ」
今日2度目の絶頂を迎えて、歩は荒い息をつきながら教授の上に倒れ込んだ。
頭を撫でる教授の手を感じながら、考えたのはやはり英斗のことだった。
(傷つけた、よな。それに嫌われた……かな。――別にいいけど。執着されても困るし)
言い訳じみたことを考えながら、歩は教授の求めに応じて目を閉じ唇を重ねた。
本当なら心地良い充実感のある一時のはずが、この時の歩の心には荒むものしかなかった。