冬。僕はきみの傍に、

好きだったかも知れない[5]

 次の週から前期の定期試験があり、それが終われば長い夏期休暇がある。
 僕は試験を待たずにサークルを辞めて、ケータイに登録していた宮下のアドレスも消去すると、完全に宮下との接点をなくした。
 キャンパス内ですれ違うことがあっても、顔を合わせようとはしなかったし、宮下の方でも気を使ってか何も言って来ない。
 たぶん本人が言ったように、僕が自慰をしていた写真や、今までセックスしたときの写真など、本当に全部消去してくれたのだろうし、そういうのがばら撒かれてる様子も全くなかった。
 だが、実のところ僕はそんなことなどどちらでもよくて、宮下の思ってもみなかった行動にがっかりした、ただそれだけだった。
 もう宮下に呼び出されることもないし、写真をネタに脅されてギリギリな行為を強要されることもない。
 激しい攻めに悶えることも、言葉で責め苛まれることもない。
 僕は本心でそれを求めていたのに、宮下はそんなことにも気づかずに僕から離れた。
「……」
 ふと、宮下が最後にキスをしたのを僕は思い出した。
 初めてで、最後だったあのキスは、宮下にとっては決別のキスだったのかも知れない。
 それにも気づかないで僕は、やっぱりなんて馬鹿なんだ。
 だけど――でも、ずいぶん勝手じゃないか。
 宮下から始めた関係を、僕は受け入れていたのに、それを嘘だと決め付けてやめてしまうなんて。
 僕はずっとマゾヒストな自分を押し込めて、普通の生活を送ろうとしていたところだったのに、そんな僕の隙をついて本性を曝け出させておいて、自分の思い込みでそんな僕は僕じゃないみたいな言い方して……。
 再び目覚めてしまった僕は、一体きみなしでどうやって生きて行けばいい?
 そこまで考えて僕はハッとした。
 僕が考える以上に、僕は宮下のことが好きだったのかも知れない。
 僕を脅迫する宮下を、獣の目をして舌なめずりする宮下を、言葉でも体でも僕を責め苛む宮下を、強者に組み敷かれる悦びを思い出させてくれた宮下を――僕はずっとずっと好きだったのかも知れない。
「……秋山?」
 ふいに名前を呼ばれて我に返った。
 講義中に僕は物思いに耽ってしまっていたらしい。
 しかも、涙まで流して。
 隣に座っていた和気に怪訝に思われてしまったみたいだ。
 僕は慌てて「なんでもない」と笑って誤魔化しつつ涙をふいた。
 信じられない。
 僕は宮下との接点をなくしておきながら、あれからずっと宮下のことばかり考えている。
 泣いてしまうほど、狂おしいほどきみを求めているというのに――。
 だけど……。

 今日の講義がすべて終わり、僕はすぐに寮へ戻ろうと思った。
 途中、篠沢に会って二言三言、言葉を交わし、また寮へ向かおうと歩き出したとき、その先に宮下の姿が見えた。
 しかも、なぜか呆然としたように、立ち止まって僕を見つめている。
 だが、僕は気にせず歩みを進めた。
 宮下のそばを通り過ぎるとき、宮下が僕に何かを言いかけたが、僕は見向きもせず無視をした。
 僕は宮下に振り回されないと決めた。
 気持ちがどうにかなってしまいそうなほど、きみを求めてしまう浅ましい僕を、心の奥に押し込めようと決めた。
 宮下が僕の想いに気づかないなら、いっそなかったことにしようと決めた。
 そして、胸に開いた穴を再び、勉強に集中することで埋めようと決めた。
 少し歩くと門のところに差し掛かった。
 僕は曲がる寸前、無意識に一瞬だけ後ろを振り返った。
 まだ、宮下が立ち尽くしているのが見えた。
 口元に卑猥な笑みが浮かんでいるのが見えた、ような気がした――。

[END]

修正:2010.04.25

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