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『あなたへのHallelujah』    by Riko






その年の師走、悟空は社会人になって初めてのクリスマスを迎えようとしてい
た。
当然のことながら、外食産業にとってクリスマスというイベントは重大なかき
入れ時である。それは悟空の勤めるレストランも例外ではなく、数日前の仕込
みの段階から、既に殺人的な忙しさとなっていた。
到底イヴの夜を三蔵と過ごすことなど望めるはずもなく、悟空はかなり前の時
点で三蔵にその旨を話していた。軽く両手を合わせ「ゴメン」と謝る悟空の頭
を、三蔵は無造作な手つきでクシャリと撫でた。
「別にお前が謝ることはねぇだろ。そういう職種なんだから仕方ねぇ…それよ
り、根を詰めすぎて体調崩したりすんなよ。」
三蔵の口から出たのは共に過ごせないことへの不満ではなく、何よりもまず先
に、多忙な悟空の体調を気遣う言葉で。その手の温もりを感じながら、悟空は
少々気恥ずかしそうに「ヘヘッ」と笑った。
「うん…今風邪ひいたりとかしたら、みんなに迷惑かかっちゃうしな。気を付
ける。ありがとな、三蔵。」
明るい声でそう答えた悟空は紫の瞳を覗き込み、頬に軽いキスを送った。


そして、クリスマスイヴ当日。既に予約がびっしり埋まっているレストランの
厨房は、まさしく戦争状態であった。とにかく後から後からするべきことが山
積していき、全く息をつく間もない。
「おい孫、そこの段ボール外に出してきてくれっ」
「はい!」
先輩に指示され、食材が入っていた段ボールを裏口へ置きに行く。邪魔になら
ぬよう潰した段ボールを片付けながら、ふと表通りへと目を遣る。
「あ…」
街はイルミネーションの輝きに彩られ、幸せそうな家族連れや恋人同士で溢れ
ている。悟空はひどく眩しいものを見るように、金の瞳を僅かに細めた。
(…しょうがないよな。この仕事はみんなが楽しんでる時が一番忙しいんだし、
それをわかってて選んだのは自分だもんな。)
何度か大きく左右に首を振り、悟空はパン、と軽く両手で頬を叩いた。
「さぁ、仕事仕事。」
自らに気合いを入れ直すようにそう口にした悟空は、力強い足取りで厨房へと
戻った。


長い長い、嵐の如き一日がようやく終わり、他のスタッフと労いの言葉を交わ
し合いながら店を出る頃には、既に日付が変わっていて。
「イヴ…終わっちゃったな。」
みんなと別れ一人になった後、腕時計の文字盤に目を落とした悟空がぽつりと
呟く。
三蔵はこの夜を一体どのように過ごしたのだろうか。何処かのパーティーにで
も参加したのだろうか。それとも悟浄達の店にでも赴き、二人を相手にグラス
を傾けたのだろうか。
否。彼のことだ。おそらく部屋で一人、いつもと変わらぬ夜を過ごしたことだ
ろう。
(何か…すっげぇ顔見たいな…)
ふと悟空の胸をそんな思いがよぎる。とは言っても、今から三蔵の家へと向か
えば夜中になってしまう。それに彼も自分も、明日はまた普通どおりに仕事が
あるのだ。
フゥ…ッと長い溜め息を一つ落とした悟空は、そのまま進路を変えることなく
通い慣れた家路を辿った。


細い路地を入り、自らの住むアパートへと目を遣った悟空が僅かに瞠目する。
「え…?」
視線を上げれば、誰もいないはずの自分の部屋に、灯りが点っていて。悟空は
慌ててその場から駆け出した。
息せき切って階段を上がり、鍵穴に鍵を差し込むのももどかしく、玄関の扉を
開ける。
「おー…ようやく戻ったか。」
咥え煙草で振り返ったその顔は、平素と変わらず淡々とした様子で。
「何…で…?」
思いも寄らぬ展開に茫然としてしまった悟空は、玄関から動くことも出来ない。
煙草の火を消し、こちらへとツカツカ歩み寄ってきた三蔵は、悟空の一言に口
をへの字に曲げた。
「何で?じゃねぇだろ、阿呆。お前が去年、俺に言ったんだろーが。」
悟空の正面に立った三蔵は、その冷えた頬にそっと手をあてた。

「今夜は、一番一緒にいたいと思う相手と過ごす夜だ───ってな。」

少々面映そうな色合いを含んだ紫の瞳が、静かに微笑む。悟空は言葉もなく、
零れ落ちそうなくらい金の瞳を見開いて、目の前の恋人を見上げていた。
「さん…ぞ…」
名を呼ぶ声が小さく震える。何かを考える余裕すらなかったこの数日間。横目
で見るだけだった華やかな街のイルミネーション。幸せそうに通りを行き過ぎ
る人々を、複雑な気持ちで見送ったこと。そんな様々なことが、いっぺんに頭
の中を巡っていく。
「…お前なぁ」
短く息を一つ吐き出した三蔵が、小さなこげ茶の頭をグイと己の胸元へ押し付
けるように引き寄せる。
「これぐらいのことで、ガキみたいにベソかいてんじゃねーよ、バーカ…」
悪態を吐く声は、ひどく温かくて。三蔵の胸に顔を埋める形となった悟空は、
金の瞳を淡く滲ませ「ありがとう。」と呟いた。


軽くコーヒーを飲んだ後。三蔵が徐に、コートのポケットから小さな箱を取り
出す。「開けてみろ」と促され、悟空が丁寧にラッピングを外していく。
すると……
「うわぁ…」
思わず悟空の口から歓声が漏れる。箱の中から姿を現したのは、掌に乗るほど
小さな、スワロフスキーのクリスタルで作られたクリスマスツリー。キラキラ
と眩い光を放つ透明なツリーを、悟空は瞳を輝かせて眺めていた。
「気に入ったか?」と訊かれ、子供のような満面の笑顔で大きく頷いてみせた
悟空だったが、次の刹那「あ…」と声を上げ、その表情を曇らせた。
「ゴメン…俺、三蔵に何にもプレゼント用意してない…」
途端にシュン…と項垂れてしまった悟空の肩を、三蔵は柔らかな仕草で抱き寄
せた。
「つまんねぇこと気にしてんじゃねーよ。そうだな…だったら、代わりと言っ
ちゃ何だが」
『大晦日と正月は独占させろ』と耳元に囁きを落とされ、悟空が顔を上げる。
三蔵と瞳を合わせた幼さを残すその顔に、再び笑みが戻った。
「うん。御節詰めて、一緒に蕎麦食おうな。」
微かな笑みを刻んだ秀麗な顔が静かに近付く。悟空はそっと金の瞳を伏せて、
その甘い温もりに身を委ねる。

聖なる夜、二人は久しぶりの優しいキスを交わした───。


                         …HappyEnd.


《戯れ言》
…というわけで、久々のこの二人でした。ちょっと時間が戻って、時期として
は『ここから〜』の後のクリスマスということになりますかね。
こんなバカ甘い二人を書いていたというのに、私の頭の中でずっと流れていた
のは、何故か浜ちゃんの『チキンライス』でした(笑)
読んで下さった貴方にも、楽しいクリスマスの夜でありますように…。

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