【前夜デート】
「どこまで連れてくつもりだよ、」
「もーちょっと!」
彼女は声を弾ませて言い、シンは口を一文字にした。
まだ春の気配がない夜のことだ。二人は人気のない街路を歩いていた。街路といっても建物はあまりない。通常なら家でのんびりしているような時間帯、嬉々として外出するを彼が怪訝に思うのは、当然のことだった。
「なんでもいいから、もう戻ろう。だいぶ遠くまで来たし」
「それじゃ意味がないでしょ」
「だいたい、なんで車じゃないんだよ」
シンは不満たらたらだ。それでも彼女は帰らない。彼は腹の底から溜め息を吐いた。こんな場所では、置いて帰るわけにもいかない。やってみたところで後が面倒だ。
容赦のない夜気に、耳が細い針で刺されるように痛い。シンがまた行き先を尋ねてみようかと考えていたとき、前を歩く彼女の足が止まった。彼女が振り向く。
「これっくらいでいいかな」
「は?」
「シン、上を向いて」
「なんで――」
見上げたシンのセリフが止まった。
それは曇りなき満天の星。
一つ一つの光が、彼の瞳に、優しく降り注いだ。思わず息を呑む。家の窓からはこんなに見えない。戦った宇宙空間でも、こんなには煌いて見えない。
「不思議なの」
共に夜空を見上げながら、は独り言のように呟いた。シンは我に返ったように視線を元に戻したが、彼女はそのままだった。
「これを、二人で見たかったの。どうしてかはわかんないけど、とにかく見せなきゃって思ったの。不思議よね」
「」
彼は何かを言おうとしたが、結局言葉が見つからなかった。仕方なくまた空を見上げた。少し沈黙が続く。
星はいつまでも瞬いていた。夜なのに暗いとはちっとも思えなかった。そしてシンは唐突に思いつく。が迷わず進んでいたのは、だからではないかと。
「……やっぱり、車で来たらよかった」
「え? なんで?」
自然と口を突いて出た言葉に、はきょとんとしてシンを見た。シンも視線を合わせたが、不意に顔をしかめて逸らす。
ぶっきらぼうに続けた。
「車の中だったら、……ガマンすることもなかったのに」
「あー! ここでそれを言うー!?///」
「怒鳴るなよ! 本当にそう思ったんだから!」
「だからって言う!?」
顔を真っ赤にして二人は叫びあった。幸い近所迷惑にはならない。ひとしきり言い合って、シンとはぜいぜいと肩で息をした。
お互い、長い喧嘩にはならない。
「もう、シンってば、素直すぎー……」
は堪えきれずに声を出して笑い始めた。シンは笑いこそしなかったが頬が火照っている。
「帰ったら、覚えとけよ」
「覚えないもーん」
「覚えとけってば!」
「はいはい。……でもねシン、気づいてる?」
「……なにがだよ?」
「明日、何の日だと思う?」
言われてシンはふと考え込む。二月はどちらも誕生日ではないはずだ。何かの記念日か? いや思いつかない。そもそも明日は何日……。
「……十四日」
「と、いうことは?」
「……チョコを、くれる日?」
「あったりー♪」
は満面の笑みを浮かべた。嫌な予感のするシンに向かって、一言告げた。
「疲れることをしたら、あげない」
「……っ」
「それに、どうせ今から帰ったらすぐ眠くなると思うし」
「だっ」
じゃー帰ろっかと背を向けた彼女に、シンはよほど言いたくなった。
(だから、車で来ようって言っただろー!)
ご愁傷様である。
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★あとがき★
シンが不憫で不憫でなりません(自分で書いたのに…)。
なぜかバレンタイン当日の夢ではありませんね。
しかもバレンタインって、種運命的に地名だし。しかも有名な。
でもやっぱチョコはあげたいということで!(どういうわけで?)
この夢はフリーですが、著作権は放棄していません。
サイトに載せるときはどうぞ作者の名前を消しませぬように。
ちなみにソースをペーストしただけでもデザインは変わりません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
ゆたか 2006/02/14