【空からの贈り物】





《二種類の人間》による、あの、大規模な戦争の終結から、早くも一年が経過していた。

 そんなとき、地球のある場所でのこと。


「キラッ!」
 白く濁った空の下、楽しそうに呼ぶ声がする。
「何、?」
 それに僕、キラ・ヤマトは、やっぱり楽しそうに応えた。

 僕とは、つい一ヶ月ほど前に知り合ったばかりだ。
 出会いのパターンは極めてベタ。復帰したスクールに行くとき、彼女のマンションの横を通りかかるんだよね。登校時間が重なるのか、建物から出てくるに会うのがしょっちゅうなんだ。同じクラスだから、話し掛けないのもオカシイだろ? …ま、そんな「嬉しい」偶然の積み重ねで、よく話す仲になったってわけ。

「も少しで、雪、降りそうじゃない?」
「うん、そうだね」

 今はもう十二月。
 だいたいの試験ももう終わり、あと今年の行事といえば、終業式とクリスマスと大晦日くらいのもんだ。ちなみに今は下校中。
「キラは雪は好き?」
「え? …まぁ、降ったら降ったで嬉しいかな。でも後で凍った地面で滑るのはちょっと……」
 って、なんでそんな先のことで悩んでんだ、僕は……。
「あはは、カガリが言ってたよー、『キラなら何もない地面でも転びそうだ』って!」
「えっ? あいつ、そんなこと言ってたの!?」
 ……。かーがーりー。そんなこと言うなよー。よりによって…………に。
 だって僕は彼女のこと…き、気になってるのに///
 ――ま、自分から振った話題だから、今更言い訳なんてできないけど(汗)
 せめて僕は、話題を変えてみることにした。

「そ、そういえば、は冬休み中はどうするの?」
「え…………?」

 …………………。
 ……あれ?
 何かまずいことでも言ったかな。ぱったり会話が途絶えちゃった。
 まいったな。どうすれば――――

「空を見てる」

「…え?」
 良かったー会話が続いたー…じゃなくって。そ……そら?
「あ、今キラってば馬鹿にしてるでしょ」
「え? あ、そ、そんなことないよ!」
 とんでもない。ただちょっと驚いただけです。
「空は特別なんだよ」
「とくべつ?」
「うん、特別」
 そう言っては華やかに笑う。

《華やかというのは、しかし、花のように儚いものだ》

 誰か昔の偉い人が言ったような言葉が何故か、浮かんだ。どうしてだろう。
「キラはどうするの?」
「え?」
「……だれと、すごすの?」
「――――」

 そのとき、
「おーい、キラ?」
 僕達の後ろの方から聞き慣れた声がした。
「…あ…アスラン?」
「ん、なにあすらん? ――あ、じゃー私先に帰るね」
「ちょ、ちょっと待ってよ…」
 親友と好きな人の板ばさみになって、僕はすぐに返事が出来なかった。
「またねー!」
 駆けて行く彼女は、いったい何を考えていたのだろう?


 アスランがいなかったら、僕はなんて答えていたんだろう……?



   *   *   *   *   *



「それは素直に『両親と』とか言ってたんじゃないか?」
「あ、アスラン!」

 真顔で平然と茶化すアスランに、僕は思わず声を荒げた。
 僕は思い切って相談したんだぞ? だって…のことが気になって気になって…。な・の・に! この仕打ちはないだろー。そして当のアスランといえば。
「…フ、そんなキラは初めて見たな」
「――〜〜っ」
 純粋に相談した僕が馬鹿だった。
「それはそうとキラ、お前ラクスの復活コンサート行くのか?」
「え? ……あー行くよ」
 突然な話題だけど、ラクスとは勿論、あの歌姫のラクスだ。最近彼女はやっとまた歌が歌えるようになったんだよ。

「どうせならそのキラの彼女連れてきたら?」
「は?」

 ……………………。

「彼女じゃないって!///」
「つっこむところが違うと思うぞ」
 こんなときのアスランはお兄さん顔だ。僕の方が五ヶ月も年上なのに。
「女の子を独りにするなよ(意味深な笑み)」
「……」
 あーもう、僕はこの親友には敵わないや。



   *   *   *   *   *



 ぐずついた空模様はまだ止まらない。
 それでも僕は――――。

〈ピンポーン〉

「…はぁい」
 ドアを開けてきたのはやっぱりだった。
「きら………え、キラ!? どうして、マンションの部屋番号教えたっけ?」
「ううん。名字が『』のところを探しただけだよ」
 ドアの傍に立っている僕の影にいる彼女は、間が抜けたようにアハハと笑った。
「あ…そう。そうだよね」
 そして僕を部屋に招き入れてくれた。

 の部屋はシンプルだった。白い壁。木製のテーブルや棚。無地で萌黄色のカーテン。…いっそのこと、シンプル過ぎるくらいだった。
 そんなことを考えながら部屋を見回していると、声が掛かった。
「何か飲む? 今、コーヒーか紅茶かオレンジジュースくらいならあるよ」
「え? ……あ、うん、じゃあジュース」
「わかったー」
 ……こんなときにジュースを頼むのって、僕だけなのかな?
「でもさ、どうしたの、イキナリ」
 僕に背を向けて、冷蔵庫を開けながらが訊く。今、どんな顔をしてるのかな。突然の事で困ってる?
 もう少しだけ待ってよ。
「メイリン、あのさ…
 ――――僕も空を見ていちゃダメ?」
「へっ?」
 後姿のが驚いているのがわかった。思わず少し顔を赤くする。やっぱ恥ずかしいしさー。  でも、最後まで言わなきゃ。

「だっだからさ! あの…ぼ、僕は!
 と一緒に過ごしたいんだ!! それじゃだめ……?」

「「…………」」
 それっきり二人とも黙ってしまった。こんなに沈黙が怖いなんて初めてだ。
 先に口を開いたのは、やっと冷蔵庫を閉めたの方だった。

「…私が空を見るのは…、
 空の中に、家族がいるからなの」

 僕は何も言えなかった。かぞく? カゾク……
 ――――まさか。

「私の両親は、あの、”血のバレンタイン”で死んだの」
 戦争のきっかけになったあの事件。僕はあの現場を知っている。
「……頭では解ってるけどさ、やっぱちょっと寂しいよ。お墓まだつくれないの……。
 だからね? 空のどこかでお父さんとお母さんがいるの」

 は少し笑った。儚い笑みだと想った。

「空を飛んでみたいな」
「…
「見ているだけじゃなくってさ。
 だって、空を飛んだら…また会えるかも知れないじゃない」
「…………?」
「空には、大切な人たちがたくさんいるの――――この地上には残ってくれなかったくせに」
 小さな肩が揺れた。

 だから、思わず僕はを真正面に向かせて、力一杯抱きしめた。

「! キラ!?」
 彼女は最初、驚いていた。
 でも、ずっと緊張していたんだと想う。僕が突拍子な事をしたおかげで、糸がほぐれたように力を抜いて。

「――――――フ、っ――――――」
 思いっきり泣いた。



   *   *   *   *   *



 どれくらい時間が経ったのかな。灯りの無い部屋は、薄暗くなっていた。
「……ありがと。もーいいよ」
 落ち着いたらしいが、心なしか少しだけ頬を赤くして、僕から離れた。
 …そう言えば、僕、今、のこと抱きしめてたんだ…。
 やっとそれに気づいて、僕なんかあきらかに真っ赤になってしまった。……うぅ、僕って……。
「あれ?」
 そんな僕をよそに、電気をつけていたが不思議そうな声を上げた。その視線の先は……窓を隔てた空の方だ。
「どしたの?」
「――ゆき――ふってる」
 ゆきふってる。雪降ってる。あぁなるほど。
「ほんとっ?」
 と、静かに驚きながら見てみると、確かにちらほらと雪が舞い降りていた。
「うわぁ……綺麗だねー」
 は、いつものに戻っていた。華やかな笑顔。単純に嬉しくて、僕もつい笑ってしまう。
「そうだね」
 しばらく二人揃って空を見ていた。


「ね、キラ」
「なに?」
 白い結晶たちを見ながら応える。

「本当は私、ずっとキラのことが好きだった」
「へっ」

 驚いてを見る。彼女は、いつのまにか空から僕へ視線を移していた。
「いま……なんて?」
 訊き返すと、困ったように微笑まれてしまった。
「友達とは違う、『好き』なの」
「・・・・・・」
 あまりのことに、思いっきり目が点になる。――が、僕のことを…?
「でも、私の秘密を知られるのが怖かった。だって、とっても暗い考え方じゃん、いつまでも空を見て死んだ家族を想う、なんて。でも」

 真っ直ぐ見つめ返すその瞳は、僕の好きなの一部だ。

「それでもキラは私のこと、抱きしめてくれた。だからね? 私もこれからはもーちょっと前向きに考えようと思うんだ。せめて――――キラと一緒に空を見たい。……それじゃダメ?///」
 やっと言われている意味が解ってきた。僕は一瞬目を見開いた後、満面の笑みで頷く。

「ううん! 充分だよ……!!/////」



     ☆     ☆     ☆



  ひらり ひらりと粉雪は舞う

  君の肩に 自分の掌に

  まるで空に住む者のプレゼントのようだ

  だって ほら

  上を見上げる君が 結晶と共に

  僕の方へ 落ちてきたから

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