カーテンの隙間から見える暗い空には、満月が昇り始めていた。
「ねぇ、月って本当は何色?」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
言った傍から、ノートで軽く頭をはたかれる。あたしの横には青い髪が印象的な秀才クンがいる。
ここはあたしの家の中。そして勉強部屋、机の前。天才少年は、勉強を手伝ってというお願いに、渋々承諾してくださったのだ!
「まずはこれを読め」
ロマンの欠片もなく、少し分厚い本を渡される。その題名は『楽しくマイクロユニット製作!』だ。――でもはっきり言って、あまり楽しく感じられない。
「わかったな、?」
本当は解りたくないけど、わざわざ来てもらってるしなぁ。
「はぁい、アスラン…」
あたしは仕方なく返事をした。
――はぁい、《あたしの大好きな》アスラン。
【 moment 】
最後に黙ってから、わずか十分後。
「――――…アスラン」
「なんだ?」
「やっぱ、駄目」
「……」
あたしとは別に読み物をしていたアスランは、何も言わずに本を閉じると、深々と溜め息を吐いた。
普通に無理ないと思うけど。
「…ごめん」
先回りして、素直に謝る。だって自分でもこんなにダメとは思わなかったし。
「次の製作課題までに少しでも理解したいって言ったの、だろ? 俺はもう手伝わないぞ?」
実は、あたしは以前マイクロユニット製作を手伝ってもらったことがある。偶然に席が隣で、まごついているあたしに先生が見兼ねたのか、アスランに頼んでくれたという経緯があって。だから今回も気軽に、彼に手伝いの依頼ができた。たまたま家がご近所だったのも幸いしたし。
そこまでは良かったんだけど。
「でもさ、アスランだって勉強見てくれるって言っても本読ませてるだけじゃん!」
少し気になるその不満を、なるべく控えめに反撃した。
「これが最初の一歩だろ……。これくらい自分でやれ!」
「…むー…」
あっさり返り討ち。しかも腹立つくらいに正論。
しばらくお互いに黙り込んでいたけど、やがてアスランの方が溜め息混じりに口を開いた。
「……じゃ、行くか」
「えっ何処へ?」
「散歩」
「…へ〜」
俺がいない間少し頭を冷やせ、ってことなんだろうと思っていた。
立ち上がりかけたアスランだったけど、ぼーっとしているあたしに気づいて、何故か動きを止めた。そして質問する。
「――行かないのか?」
「えっ何処へ?」
「…だから、散歩」
しばし沈黙。
「あたしも行っていいの!?」
「わッ! いきなり怒鳴るなよ!!」
驚いたこちらに、これまた驚いたあちらが一喝した。
二人してぎゃーぎゃーわめきあった後、思わず顔を見合わせて――――そして同時に笑った。
「あはっ、アスランうるさーい」
「…お前もな」
目を細めてアスランが言う。とても優しい顔。笑うとそんな表情になるんだ、って何気なく考えた瞬間、なんだかとても嬉しくなった。
「じゃ、行こうか? 外」
アスランと夜道をデートなんて、またとないチャンスだよね。内心そう考えているあたしに、アスランは快く応じた。
「行くか」
クスクス音を立てながら部屋を出る。靴を履いて外に出る。夜気は少しひんやりしていて気持ちが良かった。
* * *
家の近所を適当に歩きながら話し合う。
それだけ。でも、それだけで充分。
「しっかしお前、なんでマイクロユニットできないんだ?」
「ごちゃごちゃしたのは嫌いだもん」
「プログラムは速いくせに?」
「…う…」
随分と痛いところを突かれた。
「――はぁ。どいつもこいつも…(ボソ)」
「あ、聞こえたよ!? そりゃアスランは皆よりできるけどさー」
「そうじゃなくて…」
「え?」
後日、このとき彼が比べていたのが、彼の親友とあたしだということが解りました。
兄弟みたいに仲良かったんだけど、引越しで今は離れ離れなんだって。…残念。是非一度会ってみたいよ。
アスランはどこか楽しそうに続けた。
「ま、いいけどさ。それでも」
「えっいいの? これからも頼って」
「……」
それはなんか違う、という目をしているアスラン。いいじゃん、勘違いしたままで。夢見させろ。
だってアスラン、あたし知ってるよ?
綺麗なピンク色の髪。透き通った声の持ち主。
「じゃーさ、――――」
「……はいはい……、え?」
とても驚いたアスラン。小さい声で言ったのに、かろうじて聞き取れたらしい。さっすが。
でも、もう一度は言わない。覚めたら霧に変わる夢なんて、嫌だから。
「帰ろっか」
あたしはやけに軽い声で、空気を震わせた。
* * *
住宅街の中をなんとなく歩き回り、とうとう家の前まで来てしまった。
「ただいまぁ。……あれ、お母さん」
とりあえず声をあげたけど、何故か返事がない。
ていうか………人の気配、なくない?
「あ」
台所のテーブルの上にメモ紙発見。なになに?
「「 お隣のオバちゃんに呼ばれたので、とりあえず行って来ます。母 」」
後ろからメモ紙を覗いてきたアスランと思わず声がハモる。…紅くなるなッ、あたし。というかそれ以前に、
「とりあえずって何?」
「俺に訊くなよ」
ごもっとも。
「…なぁ」
「ん、なに? アスラン」
アスランが何気なく訊いてきた。
「さっき何て言ったんだ?」
「? 何が…」
「だから、さっき。俺を頼るどーのこーの言った後」
うるさい。
「え〜、あ、『帰ろっか』だっけ?」
「その前!」
こまかい。
「えーなんだろなー」
「……」
しつこい。
お互いに結構ねばっていたけれど、先に折れて口を開いたのはアスランの方だった。
「いてもいいけど」
えっ。
「ちょっ」
「ま、聞き間違いならそれでも別にいいんだけどな」
「アスラン」
何? 今、なんて言ったの!?
「さぁ勉強勉強」
「待ってってば!」
少し意地悪そうな、どっちかと言うと拗ねたようなアスランが、勉強部屋に行こうとしていた体をこちらに向けた。ぶっきらぼうに「なんだよ」と呟く。あたしは一つ深呼吸して、挑んだ。
「あたし知ってるよ!」
「何を」
「……婚約者、いるんでしょ!?」
アスランが不意に瞳を見開く。あたしは構わずまくしたてた。
「噂になってるよ。あの、ラクス・クラインが相手なんでしょ? アイドルの。……知ってるよ」
何故か視界がぼやけてきた。
「知ってたよ。あの人の歌が好きだから。よく新しい情報仕入れてたし。だから」
「…」
「だから、二人がお似合いだってことくらい判って……」
「ッ!」
――次の瞬間、あたしは彼にしっかり抱きしめられていた。
その力強い動作と鬱憤を吐き出した倦怠感で、自分が泣いているんだということに急に気がついた。
「ごめんな」
アスランが耳元で囁いた。あたしの耳は赤く染まる。
「確かに婚約の話はある。でもまだ話し合いだけだ。…それより」
そのとき背中に感じる腕を強く感じた。
「がいい」
「…アスラン」
ほんとう?
「のことが好きだ……!」
「………あたしも! アスランが大好き!!」
やっと、あたしの腕が動く。彼を抱きしめ返す。ぎゅっと力を入れて、しばらくそうしていた。
どこかぎこちなくキスをしたのは、それから三分後。
* * *
「じゃーさ、『ずっと一緒にいてもいい?』」
「……はいはい……、え?」
「いてもいいけど」
口約束でもいい。いつまでも心の中でぬくもっている。
――これは、愛しい人がザフトに入る前の軌跡。そして奇跡。
★あとがき(舞台裏トーク)★
どうなんでしょう、これ。
「は、何が?」
アナタが引っ越した後の経緯が今ひとつわからなくて、設定が間違ってるかもしれないんです。
「…俺に訊かれてもなぁ(所詮は独り言)」
ゆたか 2003/11