それはひょんなきっかけだった。
【ビオライト 前編】
金色の光が降り注ぐある朝。はいつも通りにコンラートと共に有利を起こしに行っていた。
「ちょっと眠いな」
歩きながら彼女は、俯いて小さく欠伸をする。昨夜は夜遅くまで起きていたため、その言葉はまんざら嘘でもない。それでも朝早く起床できているのは根性のおかげだ。
「グウェンからの書類を片付けていたんだろ? もう少し寝てても良かったのに。ついでに起こしたよ」
「いいのよ。ユーリの国では『早起きは三モンの徳』っていうらしいし。実際私の場合はそうよ?」
年下の幼馴染の言葉にコンラートは可笑しそうに笑って「そうか」と同意した。何のことを言っているのか解ったのである。そして意味ありげに前方に視線をやる。
「ついたよ。三文の部屋」
はちょっと照れた顔をしたが、そのことを誤魔化すようににっと笑う。
「そうね」
魔王陛下の寝室の扉を開けたはいつものように呆れた表情をした。
「まーたヴォルフがいる」
ため息混じりに言う。その口癖は少々おどけた響きがある。彼女は腰に手を当て、ある意味心を込めて続けた。
「ほんとに寝相悪いわ」
「まあまあ。……二人とも、朝だよ」
ぶつくさ言うを軽く宥めてから、コンラートは有利とヴォルフラムを起こしにかかる。この流れも日課である。はのんびり寝台を眺め続けていた。白いシーツにくるまれた二人の少年。一人は幼なじみのフォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。
もう一人は、彼女の想い人である渋谷有利だ。
(こんな光景を見るのは今朝で何回目だろ)
ひっそりは考える。彼女は、皆が畏れる有利の漆黒の瞳と髪も、王とは思えない気さくな態度も、すべてが好きだ。何よりまっすぐな心に惹かれた。その気持ちは、友情や敬愛とは違う。紛れもない恋だった。
しかしそれを表面に出したことはなかった。今まで軽い調子で接してだけに恥ずかしかったのだ。
「起きてください」
コンラートの呼び掛けに彼の弟は少し唸るだけにとどまったが、有利は気がついたようだった。格闘しながら身を起こそうとする。
「うーもー朝……おいヴォルフ! からまってくるなよ、身動きとれないだろ」
ヴォルフラムの寝相は、悪い。
「ユーリ、おはよ!」
「あ……お、おはよう」
一転明るく声を掛けたにとっさに目をしばたかせてから、有利は眩しそうに笑った。起き抜けだからこその、素朴で純粋な笑顔である。
はそれに満足して、今度はヴォルフラムに「おはよう」するべく行動を移した。勢いよくふかふかなベッドの上に飛び乗って――
「ヴォルフラムー! おっはー!!」
「ぎゃあ!?」
もとい、国王陛下にまとわりつく幼なじみの上へ、器用に飛び乗って。
「! 何をするんだ!」
これ以上ないという程の痛手を喰らったフォンビーレフェルト卿は、腹から声を絞り出す。それに対しはあっさりと答えた。
「素晴らしいお目覚めのために」
「何がお目覚めだ! どうせ日頃の鬱憤晴らしだろうにっ」
「ちゃんと起きないのがいけないのよー。これくらいしなきゃ」
「何をぅ〜!?」
「まあまあ、二人とも」
睨み合うとヴォルフラムに、コンラートがやんわりと釘をさした。一呼吸ほどの間を置いて、二人は揃ってそっぽを向く。しかし二人が口喧嘩をするのは今日に始まったことなので、心配する必要はない。いや。
そう、それはひょんなきっかけだった。
有利がふと思いついたように口を開いたのだ。
「そーいやヴォルフとって仲いいよな。うらやましー」
「……え?」
は言葉の理解が遅れて瞬きをした。次に小さく息を呑む。
「ど、どうして? ユーリ」
「そうだぞ! なじぇぼくがと仲良くしなくてはいけないんじゃり!?」
「……なんとなくだって。そんな怒るなよ」
自称婚約者の喚き声が耳に響いたのか、有利は心なしかムッとした顔で返した。そして素知らぬ様子で目を逸らして続ける。
「だって他の奴よりも気兼ねしてない感じがするぜ? 喧嘩するほど仲がいいって言うし、実際すぐ仲直りするじゃん。だから、そうなのかなってさ」
声もなくベッド(もといヴォルフラム)の上に座り込んでいると目が合った有利は、微かに眉をひそめながらも笑い掛けた。それで彼女には彼が困惑しているのだとわかる。慌てて口を開く。
「そんなわけないじゃん! ヴォルフなんて馬鹿だしイヤよ。」
「ばっ……こっちこそお断りだ、なんて!」
「なによ」
はヴォルフラムを睨もうとした。
実際に目がつり上がって口元が歪んだのだが、しかし、それはどこか失敗した表情だったようだ。その証拠に、ヴォルフラムがぽかんと彼女を見ている。
(あれ)
は視線を僅かにさまよわせた。
何も考えられない。何をしたらいいのかさえわからない。ただ、耳の中であの言葉が、何度も再生されていた。
――ヴォルフとって仲いいよな。
「……何を固まっている?」
ヴォルフラムが探るような目つきで問い掛ける。有利もコンラートも、彼女に注目していた。その気配があったからこそ、は一番安全と感じたシーツから目を動かせなかった。
「……用事を思い出しちゃった」
ようやくそれだけ言うと、はもぞもぞと動きだした。ベッドから下りて、几帳面に脱いでいた靴を履く。
「用事? なんの?」
「えーと……書類の片付け。まだ残ってて」
コンラートの質問に顔を上げずに答える。でも、去り際、一度だけ振り向く。できるだけ自然に笑う。
「じゃユーリ、今日も頑張ってね!」
そして、静かに扉を閉めた。
自室に戻った彼女は、一つしかない扉を静かに閉じる。そのまま机に向かうことはなく、広い寝台に飛び込んで突っ伏した。小さなため息が洩れる。机の上は整理整頓されていて、埃一つ無い。
「……ユーリの馬鹿」
ぼそりと呟く。と同時に、澄んだ瞳から涙が溢れ出した。カーテンを閉じた薄暗い部屋の中、彼女は肩を震わして泣く。
は、声に出してみたくなったことを、脈絡を構わず叫んだ。
「違うのに。あれは……鈍感!」
自分が有利以外の人物と仲が良いと、他でもない有利に言われたのが苦痛だった。
その言葉は裏を返せば、彼がそれを言えるほどのことは気にしてないということなのだ。の想いと、有利の思いがすれ違っている。それが悲しかった。
「わかってるよ? 私は不釣り合い、でも、信じ、――」
やるせない感情を消化しようと、彼女はしばらくそうやって時間を潰していた。
----------------------------------------------------------------------
★あとがき(もしくは謝辞)★
本当はこれ、一ヶ月くらい前に書きたかったんですよね…。
アンケートまでして決めたお題だったのに。
どうしてこうも遅くなったのか……ぶっちゃけても良いでしょうか??
気に入った曲な割に具体的なイメージが湧かなかったのです(沈)
前後編になってるあたり、ぐだぐだ悩んでる感じがでてるでしょ(投槍)
おまけにちゃんと報告できないくらい筆が遅くて。
日記とかも「完成させるまでは」と思って遠慮してたら、
なんと一ヶ月空いてしまったのでしたトサ。…しかも前科もちですよ(去年の八月頃)
ほんと訪問してくださる方たちには申し訳ない状態なわけです。首が回りません。振り向けません。
でもね、ユーリのことは本当に好きなんです(言い訳じゃないモン)
キャラソンを買って良かった。歌詞が好きだし、元気な曲だし。
曲を聴いた感想がそのまま夢小説の中に出てるといいなぁ…。でも今のままじゃ無謀ですね。
この夢はお持ち帰り可です。著作権表示のため下の名前だけ消さないでください。
あと、ドリームメーカー2使用なので気をつけてください。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
ゆたか 2006/05/07