「さーって!」
 腕捲りをして意気込む。ここは血盟城内で、私、に与えられた部屋。窓から差し込む日光はぽかぽか暖かい。
 私は久々に自分の荷物を整理しようと鞄の中をがさごそ探り出した。エプロンを身に着けて頭を三角巾で覆ってるし、掃除道具は揃っているしで準備は万端だ。

 と、しばらく経ったとき。
 ぽとっ
「ん? 何これ……あ」
 とても懐かしいものが出てきた。

 それは、地球に行ったときに手に入れた占い道具。



   【8番目。】





「タロットカードかぁ」
 思わず手に取ってしげしげと小さな紙製の箱を眺めている。
 使う機会があまりなくて忘れていた物。最も広く使われているタイプだ。本当は78枚でフルセットだけれど、よく使いこなせないので22枚分残してある。詳しく占うには向かないものの行為としてはちゃんと成立する枚数だ。

 本当に久しぶりだな、どんなカードがあったっけ?
 ふと気になって、中身を開けてテーブルの上にバラバラと並べてみた。

 結果。
「あ。骨飛族だ」
 真っ先にインスピレーションが浮かんだのは13番のカードだった。骨飛族は体は骸骨で、背中にはコウモリのような翼のある種族だ。ちなみに陛下が付けたあだ名、コッヒー。
 あは、でもこのカードの意味自体は《死神》だから、本人達には黙っておこう。何気に大きな鎌持ってるし。

 お、また一枚発見。
「陛下のカードだ! …ちょっと年取ってるけど」
 番号は4。《皇帝》だ。どっしりと豪華な椅子に座ってて、髭を生やしている。威厳たっぷり、正統派なタイプだ。うちの国の王様は現代っ子だよね。

 そう言えば、タロットカードは地球でいう中世ヨーロッパをだいたいイメージしている、って聞いたことがある。正確には、それくらいの時代にモデルが完成したのかな。
 こっちの世界は少なくとも見た目は「中世」よね。探せばもっと似てるのがあるかもしれない。

「なーんでもっと前に気づかなかったんだろう。あー、私がいる」
 身一つで旅をしている風来坊。名前、《愚者》。うう。
 ツェリ様はもう退位されているけれど、当てはめるとしたら《女帝》だろう。もともと母性的なカードだ、あの方はなんというか、こう、包容力があるからぴったりだろう。《女教皇》はアニシナさんかな。唯一本を持っているキャラ、知性的な性質がある。周囲の評価は賛否両論だけど、いろんな発明をしているしね。

 えーと、他には……。
 トントン
、居るか?」
「あ、コンラッド? はいどうぞー」
 部屋に入ってきた彼は、一瞬目を細めるような仕草をした。扉の向かい側はちょうど窓があるから目眩みをしたのだろう。

「どうしたの?」
「部屋の掃除をしているって聞いたから、手伝おうと思って。何かすることあるか?」
「えっ、いいの? ありがとう。うーんそうねー」
 今までしていたことを忘れかけて唸っていると、コンラッドが何かを見つけて歩き出した。というか、そこはテーブルのある所で。

「これは?」
「地球のタロットカードよ。聞いたことある?」
「ああ、これが……」

 さっきまでの私みたく興味深そうにカードを眺めていたコンラッドは、あっと声を上げた。
「骨飛族だ」
「……考えることは皆同じなんだね」
「ん、下に文字が、ああこれは口にしないほうがいいかな」
「うんうん」
 それもドンピシャ。

「《塔》、《女帝》、《隠者》――――順番にアニシナ、母上、グウェンダルってところかな」
「え、アニシナさんは違うでしょ。《塔》は雷が落ちて崩壊してるし」
はまだアニシナの怖さを知らないから……」
 そんなしたり顔で諭されても。それにあっさり自分の兄を老人に喩えるコンラッドって一体……。私も同じか。

 他にもいろんなカードを当てはめていった。コンラッドの中では《吊るされた男》はヨザックさんにぴったりらしい。確かに吊るされたって余裕でへらへら笑ってそう(何気にひどい)。ヴォルフラム閣下は《戦車》。猪突猛進な感じがするかららしい。戦車ってイノシシだったっけ。
《星》に描かれている乙女は私だなんてお世辞も貰った。個人的にウルリーケ様かなーなんて思ってたんだけどな。……やっぱ、嬉しいな。

「ユーリは《太陽》だ」
「あ、また意見が分かれた。じゃあ《月》は?」
はまだ会ってないかな」
 コンラッドは笑ってそれだけ言った。よく意味がわからなかったけれど、訊いても教えてくれなさそうな雰囲気だったから黙っておく。太陽と対になる月。どんな人だろう。


 いろいろ想像していると、ふと新しいカードに気づいた。でも今度は複雑な心境になる。どうしても自分が持ってるモノを連想してしまったからだ。
 人を幸にも不幸にもできる、諸刃の光。

「……《力》」
「え、どれ?」

 指を指した先を少し眺めた彼は、なんだ、と小さく呟いた。
「別に悪いようには見えないけどなあ」
「うん、そうだけど、つい癖で」
 私は正直困ってしまって、仕方なく笑った。本当にその通り。

 タロットの《力》は、物理的というよりかは精神的な色合いを持つカードだ。獰猛なはずの獅子を武器を持たない女性が宥めているという絵柄で、しなやかな真の強さを意味する。
 私だってそうなれたらいいのにって思うよ。

 自分のせいで気まずくなるのが嫌で、慌てて別の話題に変えようとしたとき、不意にコンラッドが口を開いた。
「これ、だけじゃなくて、俺達みたいだな」
「え……?」
 なんで?

「この女性はもちろん君だ。で、こっちのライオンが俺。一応昔は『ルッテンベルクの獅子』って呼ばれていたし」
「あー! なるほ…ど…」
 ん? でもそれじゃまるで、私がコンラッドを…。
 まるで私の思考を読み取っているかのように彼は続ける。
「君は強いよ。俺よりもずっと。だからこのカードはちょうどいいな。ライオンが女性に懐いている」
 頬に当たる温かい感触でやっと気が付いた。彼はずっと私を見つめながら話していたってことを。タロットじゃなくて。

 こめかみへ滑る彼の指先がくすぐったい。コンラッドは厳かに、それでいて爽やかに言ってのけた。
 間近に見える彼は、横から入る淡い陽の光でとても綺麗。
「心を奪われてる」

「〜〜〜〜っ/////」
 なんか、完っ全に負けた。
 コンラッドを正視することなんてもうできなくて、意識したわけではないのに、私は脱力するように俯く。私を固定していた彼の掌がずれて、髪を少し梳った。
「耳まで真っ赤だよ」
「……コンラッドのばかっ。ウマシカ!」
「はいはい」
 ダメージを与えるどころか軽く受け流される始末。私の方が「強い」だなんて嘘つきだ。コンラッドが私を「強くしている」。


 しかも彼の攻撃はまだ終わらなかった。
「ところで、気づいてるよね?」
「うん? 何が?」
「他にも俺達のカードもあるってこと」
 そういって彼はあるカードを指先で軽くはじいた。その瞳はとても愉快そうだ。
「えっなに――――」
 よく見ようとして、覗き込んだことを後悔した。
 つまりそれは、六番目の。

「……」
「さあ、読んでみよう」
「……えーっと久々の英語はー」
「"The Lovers"(ぼそ)」
「ひゃっ!?///」

 言われてしまったことと、それが耳元の囁きであったことの両方にダメージを受けて、私は変な叫び声を上げてしまった。明らかに脈拍数が上昇して体が火照り、頭がくらくらする。
 そ、そんなストレートな。
「聞こえなかった? じゃあもう一回」
「いい! いいです!」
「そうか? 残念だな」
 言い切りましたからこの人。残念!

「も、もーそろそろ掃除を再開しないとね、コンラッド」
 なんとか態勢を修正するには本来の予定に戻ればいいということに気づき、私は早口に言い切った。でもコンラッドは粘る。
「え、でもあと一つあるよ」
 この上まだ!?
「今のがお気に召さないなら、俺が、」
 言葉を紡ぎながらまた別のカードを指定された。また確認してしまった自分自身に後悔。

《悪魔》。

「これになろうかな?」
「あのー、えっとー、コンラッドさーん?」
 その満面の笑顔は止めてー!



       *       *       *



 間一髪で救世主が現れた。
「ちわーミカワヤでーす、じゃなかった、さんおれも手伝うことは……うお!?」
 巧みに壁際まで追い詰められた上に逃げ出せないよう両腕でがっちりガードまでされて、キスまであと指一本分というところだった。ノックと同時に部屋のドアを開けた陛下に、ばっちり現場を目撃されてしまった。

 一同一瞬沈黙。
「へ、へいか。助けて」
「お前ら昼間っから何やってんだー! でもガンバ」

 手を伸ばそうとしたのも束の間、陛下は脱兎の如くまた部屋を飛び出して行ってしまった。それでもその場を切り抜けるには十分だった。コンラッドが溜め息をついてするりと離れたからだ。空気がぶち壊しになってしまったからだろう。
「しょうがないな。また改めて仕切り直しだな」
「そそっかー」
「今度からは陛下のおっしゃるとおりに外が暗いうちにしとくよ」
「えぇっ」
 思わず安堵をしているとちょっと不満そうに釘を刺された。

「じゃ、俺は退散するよ。このままだと君が困るからね」
 なぜか一旦私の頬に触れてから彼は本当に去って行った。まだ顔が赤いよと言いたかったのかもしれない。…誰のせいだと思ってるのよ!

 一人になって、へなへなとその場にへたり込む。とても熱い。据え置きの水差しを飲みたいところだったけれど、それはテーブルにある。カードがまだ散らばっているあそこに。しばらくは動けそうにもなかった。

 頭の中が飽和状態だ。もちろん彼ばっかり。まだ近くに吐息さえ残っている気がする。
 恥ずかしくて戸惑ってばかりだけれど、もちろん嫌じゃなかった。それを伝えられたらいいのに、私は拒んでばかりだ。


 これからどうなるんだろう。この恋心はどう成長していくのだろう。
 それを知っているのは眞王陛下か、そうでないなら、
「……じゅうばん」
 ザ・ホイール・オブ・フォーチューン。《運命の輪》ぐらいよね。










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  ★あとがき★
  つーか掃除しろよ、あんたら(笑)
  自分で書いといてそうツッコみたくなりました。本当にしてませんよね、掃除。
  しかもいちゃつき過ぎだよ、ガムシロップをそのまま呑んでる気分になった、オイラは。

  タイトルの「8番」は、《力》のナンバーです。
  私にとって一番の占いはタロットなわけで、今回のお話は結構楽でした。
  ここでちょっと自慢。これを書くに至って本は全く調べていません。すべて暗記した知識を公開。
  強いて言うなら綴りだけ確認したかな? 人物を当てはめていくのはすごく楽しかったです。

  でも「意味わかんなかったよ」という方が却っているかもしれない。説明するの苦手だから。
  だからもしそういう方がいれば、なんなりとご報告ください。いつでも改定しますので!

  ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
  ゆたか   2005/07/31

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