【喧騒の中に】
二晩の航海を経て、船は無事に目的地へと着きました。
ネオン煌めくラスベガス。夜のない街ラスベガス。ああ青春のラスベガス。命短しラスベガス。
そんなベガス賛歌があるらしいけれど、気の毒なことに、うきうきしていた陛下の目に飛び込んできた光景は、予想されていたのとは違う光景だった。
「……ていうか、熱海?」
コンラッドが丁寧に説明をする。
「アタミじゃなくて、ヒルドヤードの歓楽郷です。世界に名だたる享楽の街」
「あらゆる娯楽を取りそろえて贅の限りを尽くしたんじゃなかったっけ?」
「取りそろえてるはずですよ」
「だって全然ラスベガスじゃねーじゃん!? ジェットコースターもピラミッド型ホテルも噴水もステージもミュージカルも」
「ベガスってこんな感じの都市じゃないんですか?」
ラスベガスに行ったことがないらしいコンラッドはそう言って、私と顔を見合わせた。実は私もない。ピラミッドみたいな建物があるんだー。
「とにかく宿にチェックインして、早いとこ温泉であったまりたいよ」
「そですねー。地球では手ぬぐいを頭にのっけるのが決まりでしたっけ?」
「……う、うん、まーそーだねー」
あれ、違うのかな?
両隣に商店が建ち並ぶ、賑やかな通りを進んだ。この地には一度、あっちこっち旅をしていた数年前に足を運んだきりだけれど、この人ごみの多さはそのとき以来だ。へたするとそれ以上かもしれない。懐かしくていろいろ目移りしていた。
「おい、そんなにきょろきょろしているんじゃない、」
「はーい閣下。じゃなくて、うーん、」
この場で「閣下」じゃ、「陛下」ほどでなくても目立つのではないかということに思い当たった私は、少し考え込んでみた。
「……プーさん?」
「それはわがままプーの略か!?」
「じゃ、ぬいぐるみの黄色いクマの名を借りて」
「なんなんだそれは!」
「ま、まあまあヴォルフ! それは保留ってことで!」
ものすごく笑いを堪えている顔で陛下、…坊っちゃんが宥める。やっぱりまずかったかな。愛嬌があって、いいと思うんだけど。
「、わかってて言ってる?」
コンラッドも可笑しそうな顔をしながら、肩を抱いてこようとする。私が何かを言おうとする前に横槍が入った。プーさんことヴォルフラム閣下だ。
「コンラート! お前だけそんなことをするんじゃない。というか、公衆の面前では控えるんだ、はしたない」
「……はいはい」
ため息と一緒に出たような声で、彼はその腕を解いた。決して自惚れているつもりはないけれど、その様子はすごく、すごく残念そうに見えた。私はついこっそり笑ってしまった。あえて言葉にすれば「幸せ」だった。けれど完全にしっくりこないから、もっと何か他の感情も混ざっているのかもしれない。
だからかな。自然とコンラッドの手に触れた。
彼は最初、驚いていたようだった。
私が握った彼の掌が、ピクリと動くのが判ったから。
どう想っているかな? 変なの、って思ったかな。
思い切る加減があやふやで、ちょっと怖くて俯いていた。
じゃりじゃりと鳴る地面。
ちらちらと端っこに見える人の足。
でも。
数瞬後に、手を握り返す感覚が伝わってきた。
いつもとは少しだけ違う、どこか子供っぽい笑顔。
そっと顔を上げたらそれが見えて、また嬉しくなって私も笑った。
「おい!」
よっぽど目を皿にしていたのか、ほどなく閣下にまた見つかったけれど。
本当に残念だ。
* * *
ヒルドヤードは本当に何もかもが充実している。料理店も、それぞれいろいろな国籍の民族料理が揃っている。いい匂いも、する。
「……むしろゆですぎた卵というか……」
「ああこれは硫黄、温泉の」
坊っちゃんとコンラッドが言葉を交わす。食事する場所にまでこの臭いがくるのって、どうなんだろう?
そんなことを考えながら歩いていると、お買い物ゾーンを抜けてお遊びゾーンに突入する、直前、ふと私の目を惹いた物があった。それは、通りの端に鎮座している、どうかすると見落としてしまいそうな露店に置かれている。
キラキラと。
「うわ……」
青い石のペンダントだった。
そう、陛下がいつも身に付けているのとそっくりな首飾り。コンラッドがお守りとしてあげた、ジュリアさんの形見。ここにあるのは、ただのアクセサリーだろうけれど。
「すごいそっくりです、ね……あれ?」
誰かの意見を欲しかったのに、振り返るとそこには、誰もいませんでした。皆気づかないで行っちゃった!
「あー」
「お嬢さん、それ、買いますかい?」
「えっあー、えーと」
すぐに追いかけようにも、白髪の混じった露店の主に、素早く掛けられた言葉で縛られる形になる。きっとここは客の出入りが少なくて、店のおじさんも必死なんだと思う。周りの建物が派手で人目を惹くから、苦労してそう……。
余計なお世話よね。
「いえ、さすがに同じようなものを二つは……。あっ、じゃあこれ!」
なんとなく手ぶらで離れることができなくて、私はでたらめに隣の物を指差した。するとそれは指輪だった。銀色で、細身のシンプルな指輪。
「指に合うかい?」
「ちょっと試してみます。……あ、ブカブカ」
リングは指に引っかかりもしてくれなかった。試みたのは中指だったから、他の指でも無理っぽい。親指ならできないことはないだろうけど、そこまでして嵌める気にはなれなかった。
店主が苦虫を噛み潰したような顔で唸った。
「ああ、そりゃ男物かもしれないねえ」
「おとこもの……?」
「ここの品物は、気まぐれなうちの知り合いが作っているのさね。まったく、素人じゃねえんだから、ちったあ統一してくれてもいいのに」
ぶつぶつと呟くように説明してくれた。おじさんの眉間の皺が、なぜかグウェンダル閣下を連想させる。やっぱりいろいろと苦労を……それはいいんだってば。
「どうしますかね。意中の男にプレゼントでもしますかね?」
問われて真っ先にコンラッドを浮かべた。うーん。サイズ合うかな。彼なら瞳の色のこともあるし、付けてもおかしくないかも……はっ、今私は何を!?
「……そ、そんなことっ!///」
「微笑ましいね、顔が照れてら」
店のおじさんは急にニヤついた。年の功(いや外見の功?)で見破られている。何より、自分でもわかるほど顔が火照っていた。…私の正直者!
「どうさねお嬢さん、ささやかな応援っちゃなんだが、サービスしてもいいがね」
「……おうえん、って……」
だめだ、完全におじさんのペースに嵌ってる、指輪だけに。私はもう一度指輪を眺め直した。どうしようかな、これ。
あの人、こういうの好きかな。
* * *
そのあと、先を急いだ私が見たのは、何やら立ち止まっているメンバーだった。
「どーしたんですか……」
「おや?」
答えたのは陛下でもコンラッドでもグレタちゃんでも、ましてやなぜかいないヴォルフラム閣下でもなかった。綺麗な、ツェリ様とはまた違った妖艶さをもった女の人だ。くわえ煙草と乱れ髪が色っぽい。
そんな人がなんで、コンラッドの肩に手を置いてるの?
「あーっさん! これには深ーいワケが」
「なるほどねぇ、この子を裏切れない、ね……」
陛下の声を遮ってため息を吐いた女の人は、意味不明なことを言ってから、大儀そうに彼から離れた。歩いてくる。私とすれ違うときに、呟いた。
「男は大事にね」
「……はい?」
女の人は、何事もなかったかのようにスタスタと人ごみに紛れていった。私は呆けてその姿を見送る。完全に見えなくなってから、思い出して皆の方へ振り返った。
「え、なんだっけ? 今の人、知り合いだったの?」
「初対面だよ」
事も無げに言って、コンラッドはじっと私を見た。……初対面? なんか、そう思えないんだけど。親しげそうだった、あなたとあの人。どっちも美形だから、絵になる光景だった。
なんだかイライラした。
私の顔を見てどう思ったのか、彼は不意に目元を綻ばせた。機嫌が良さそうだ。そのまま尋ねてくる。
「さっきまで、どこに行ってたんだ?」
「え……。ちょちょっと、見物」
「ふうん?」
ちょうどそのとき、さっきからいなかった、ヴォルフラム閣下が歩いて来た。進行方向から姿を現す。私とは対照的に、置き去りにしていたのね。
「お前等なにをしているっ!? ぼくだけ先に行かせてからに。返事がないからと大きな声で話してやったのに、振り返ると誰も後ろにいないじゃないか! 要らぬ恥をかかされた」
陛下が、そのときになってやっと気づいたような顔をした。
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★あとがき★
露店のおっちゃんって何者なんでしょう。妙に書きやすかった(笑)
ちなみにこの人はオリキャラです。名前、経歴、一切不明!
場所的に不自然な露店を開いていますが、たぶん闇業者ではありません。
コンラッドに迫っていた女性は、原作にも、マニメにも出てたはず。
彼女はさっきまで未成年女子ズを追い払っていました。モテモテ次男。
対するヒロインの態度を決め辛くって。やりにくいと以前のあとがきに
書いていたのはこのシーンのことです。まだ他にありますが。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
ゆたか 2005/12/16