【掌 ―旅の理由―】
遠くから見ても闘技場は熱気に満ちていた。
「え、参加者の連れなの? え、今から会って話したい? えー駄目だなー、もう始まっちゃうし」
外に待機している関係者の元へ駆け込んで訴えても、首を縦に振ってくれることはなかった。ただ、急募で採用したトップバッターの特徴は、聞けば聞くほど陛下に酷似していく。最悪。
「なんとかなりませんか!? へ……坊っちゃんはきっと、何かの手違いで応募しちゃったんです。たとえばこれは重病で死んでいく相手を励ます仕事なんだとか、トークバトルとか甲子園とか」
「コウシエンって何?」
「……なんだっけ」
なんとなく思い浮かんだだけー。
「、こっちだ」
このままだとまずいと判断したらしいコンラッドが手招きした。観客用入り口の方だ。私が来るのを確かめてから、自分も急いで中に入る。進みながら説明した。
「ここにはヴォルフやヨザックも来ているはずだ」
「えっ? ヨザックさん、も?」
「多分ね」
どうしてだろう。ヨザックさんは西の老人施設に行ってるんじゃ……。よくわからないけれど、考えてみればコンラッドも既に戻って来ていることだし、そのくらいは予測できるのかもしれない。
そして、コンラッドの予想は当たっていた。
階段を昇った所にある観客席を捜すのは意外と簡単だった。ヴォルフラム閣下の金髪って、珍しい上に目立つんだもん。周りの観客が興奮していて、辿り着くのは少し苦労したけれど。
「ヴォルフラム閣下っ、ヨザックさん」
「? 、か?」
「あれぇ、お姫さんに隊長? もう来ちゃったの?」
「もうって……」
「ヨザ、これはどういうことだ」
私を制してコンラッドが問い詰めた。声も表情も硬い。…怒ってるの?
群集はこれから行われるイベントのことで頭がいっぱいのようで、私達の様子には目もくれない。そんな中で、ヨザックさんはむしろ冷静に返す。
「どうって言われてもなあ。このまんまだよ」
「しらばっくれるな。おまえなら……」
観客の熱狂ぶりは、心なしかどんどんエスカレートしているみたいだった。きっとイベントはすぐ始まるんだろう。でもいくらイベントと言っても、立派な処刑で、誰かが死ぬ。このままだと……。
「陛下……」
「っ」
どうすればいいのか全然判らなかったけれど、眺めているだけも出来なくて、私はふらふらと観客席まで歩いていった。距離的にも、高さ的にも陛下達に一番近い、柵の所まで。
だめ。殺すのだけはダメ。
陛下がもし人殺しをしてしまったら、何かがいけない方向に変わってしまう気がした。
「どうにかしてあそこまで行けないかな……」
「何を言ってるんだ、!?」
いつの間にかすぐ後ろまで来ていたヴォルフラム閣下が顔色を変えて叫んだ。ヨザックさんもコンラッドも、近くにいる。
「お姫さん、なんだってそんな風に焦るんだ?」
「ヨザックさん……」
「お坊ちゃんだって男だ。いざとなればやむを得ず、ってこともあるだろ? なんでそんなに心配するんだ?」
「ヨザ!」
「私は今のままの陛下が好きです」
「え……」
「あ、いや、皆も好きですけどね?」
ヨザックさんは何か言いかけて、結局口をつぐんだ。私は真っ直ぐ陛下達のいる方を眺めているから見えないけれど、ヴォルフラム閣下もコンラッドも、じっとこちらに注目している気配がした。
「…だから私は一緒に旅をしているんです。実はウルリーケ様とも約束してるんですよ、どうしても仕えたくなかったら、やめてもいいって。それをしないのは、仕えても良いと感じたからです。永世平和主義の公約が利きましたねー。だからそんな人に人殺しはさせない。させたら後悔するのはこっちの方ですよ。それにやむを得ずじゃない。今回は私達がフォローできるし。――それじゃダメですか?」
振り向いてにこやかに尋ねかけると、ヨザックさんは最初、どうしたものかと頭を掻いていた。
でも、すぐに笑顔になる。正しくは苦笑かな。
「お姫さんがそこまで言うんなら、しょうがねェな。…わかったよ」
「そうですか? 良かった。あっでもお姫様じゃないですってば」
「結構しつこいねー」
「そっちこそー」
「二人とも、それを言い合っている場合じゃないぞ」
お互い、うーふーふーと効果音のつきそうな笑顔で冷戦をしていると、コンラッドがやけに冷静な声で指摘してきた。しまった、そうだった。
さっきまで誰も居なかった闘技場に、誰か知らない男の子が現れていた。そばかすで目が血走っていて、持たされた剣を震えるくらいに力強く握り締めていた。……陛下の相手だ。時間がないわ。
そのとき、意外なことに私達にお声が掛かった。
「そこの方達!」
「え? 誰…」
「お前、シュバリエか!?」
「知っているんですか?」
聞けば、ツェリ様に仕えている人らしい。道理で綺麗な金髪だと思った。
あれ、待って? どうしてそんな人がここにいるの?
「何してらっしゃるのですか?」
「シュバリエ、陛下があそこにいるんだ」
「なんですって!?」
「なんとか止められませんか!?」
事のあらましを聴いたシュバリエさんは、少し考えた後、わかりましたと頷いた。
「それでは、ここの兵士の制服を調達した方がいいでしょう。変装のために」
「へんそう?」
「ツェツィーリエ様がマリーナにいらっしゃいます。そこまで辿り着ければ、なんとかなるでしょう」
「それじゃ、ヴォルフとヨザがその役だ」
要領を飲み込んだコンラッドはきっぱりと断言した。それに私の名前は入っていない。
「……私は?」
「何を言ってるんだ。は、ユーリを助けに行ってくれるんだろう?」
思わず言葉を失った。彼はいつものあの微笑みで私を見ている。
「……うん」
「よし、行動開始だ」
陛下の登場で会場がひときわ沸いたと同時に、私達も走り始めた。待ってて。
* * *
と、そのときは真剣だったのだけれど。
「お願いですー、私、この中にいる人に会いたくてー。花束持って来てないけど」
「え、ちょっと困るよ、お客さん…」
「まどろっこしいねェー、こうしちゃえばいいのに」
どすっ。音響制作、ヨザックさん。声もなく倒れた人、兵士A。
「どうせ制服をかりるんだしィ」
「……やっぱりこうなるんですね……」
「なんだ! 何があった…あ!?」
どすげす。音の原因はグリ江さん。合掌されるべきは兵士B。
「どうした……」
ぼかぅ。音の以下同文。合掌以下同文C。…なに、今の音。
「あぁっ、もう!」
「、いいから入るぞ!」
勢い良く開け放たれた扉の向こうには、自分の出番を今か今かと待ち構える人々がいた。中には女性もいる。この人は青ざめていたけれど。
「なんだ、お前ら」
特殊な場所なだけに、突然現れた私達を見て、皆さん思いっきり警戒している。でも説明する時間なんてもちろん無い。黙ったまま、歓声の聞こえる方へ駆け抜けた。静止は聞かずに。
陛下はもうすぐ近くにいた。魔剣に血は付いていない。でも、剣が震えている…?
「ちょっと、モルギフ、今の何!? 変なもん拾って食っちゃいけません、ぺっしなさい、ぺって!」
やっと再会できた陛下は意外と元気でした。いや、何を言っているのかさっぱりだけれど。
「陛下!!」
「あれ、とコンラ……うわあ!」
でも陛下がこちらを振り向いて驚いたそのとき、信じられない事が起こった。
魔剣が何か吐きました。
「……はい? も、モルギフさん?」
「こらっモルギフ!? 服にかかっ……感触はないな」
とっさのことで事態が飲み込めない。陛下も混乱しているみたいだった。…どうしろと…。
と、不意に陛下の足元に蹲っている人物が見えた。
さっきのそばかすの男の子だ。なぜか矢が刺さっている。
「陛下、この子は!?」
「あ!? あぁ、リックだよ!」
名前を訊いたんじゃないんですけど。
「さん、そいつを治療して!」
陛下は暴走し始めるモルギフさんを両手で抑えながら叫んだ。
「…陛下…?」
「その子はちゃんと裁かれなきゃいけないんだ! こんな方法じゃなく!」
陛下の顔は、平和論を主張していたときのと同じだった。
「、陛下の言う通りにして。陛下の事は俺が何とかするから」
コンラッドが陛下の方に走り寄りながら言った。それで私の腹も決まる。
「はい!」
ざっと状況を把握すると、リックくんは矢傷のほかにお腹にも打撃を食らっているみたいだった。打撲の方はすぐに応急手当できるけれど、矢は深く刺さっていて無理に引き抜くのは危なそうだ。
「大丈夫だからね」
男の子に一言掛けて術を施した。ちなみに、ここは魔術が使いにくい場所だけれど、私の治療術は自分の『気』を使うから問題ない。だてに地球で気功を習っていない。
しばらくすれば、陛下の方の問題は片付いた。
「もう行くよ、」
「…わかった」
まったく疲れを見せない素振りで、コンラッドはリックくんを荷物を抱えるみたいに持ち上げた。矢の刺さっている場所を考慮しての方法だ。彼が男の子に触るとき、掌が垣間見られた。
* * *
それからも大変だった。
控え室まで戻って、陛下達は兵士から奪った制服を身に付けた。女である私は、それを着るのは却って変だから、大きな布を被って何かの犯罪者っぽく振舞うことにした。行くのは警察でも拘置所でもなくマリーナだけど、周りはどこも混乱しているから大丈夫だろう、ということで。
陛下達の変装した制服姿の効果は抜群で、道の人口密度が高いにもかかわらず、比較的すんなり進むことが出来た。あぁなるほどね、って思った。
ツェリ様が恋愛旅行に使っている船『愛の虜』号は、数多くある豪華クルーザーの中でも、ひときわきらびやかで優雅だった。
お馴染み、お久しぶり、の陛下が苦笑いをしてしまう情熱的な挨拶を交わした後、私達はクルーザーの中に入れてもらえた。ツェリ様がたまにくれる視線が痛い。今回も後でいろいろ質問がきそうだな、とりあえず水色ドレスの事はちゃんとお礼を言おう。
他にも、初めて陛下とコンラッドのジョギングに付き合ってみたり、モルギフさんのかなめでもある額の黒い石が取れてしまって大騒ぎになったり、その黒い石をヨザックさんがどこか誰にもわからない場所に捨てに行くことになったり。
本当にいろんな出来事があった。
たった一回の旅の中に、たくさんのモノが詰まっていたよ。
「……ふぅ」
「どうしたんだ?」
振り返ると、コンラッドがそこにいた。ここは船の甲板で、さっき晩御飯を食べたばかりだ。明朝スタートの帰国だから、エンジンは聞こえない。二人しかいない。静かだ。
「ん、ただの考え事ー」
「何を考えてたんだ?」
彼は笑って、私の横に立った。手すりに肘をついて星を眺める。なんの事はない、いつもの表情。
「…コンラッドのこととかね」
「それは光栄だな」
「はい」
手を差し出した私に、彼は不思議そうに瞬いた。それを見つめたまま、私は続ける。
「掌を見せて」
「……やっぱり気づいていたか」
「当たり前でしょ」
溜め息を吐いてコンラッドは素直に両手を出した。その掌は痛々しく腫れ上がっている。
「闘技場でモルギフさんに触ったのね?」
「そうだよ」
「言ってくれたらすぐに治すのに」
「あのときは暇が無かった。それに…」
「それに?」
「いや、なんでも」
私は俯いて、ゆっくりと彼の両手に自分のを重ねた。淡い緑色の光がぼうっと広がる。
「……治癒術って光が出るんだな。知らなかった」
「うん。もともと、緑色っていうのは治癒効果があるんだよ。科学的なデータもあるって」
「そうなのか」
しばらく経つと、だいぶ腫れが治まってきた。私が今できるのは、これくらいだろう。
「はい終わり。後は酷使しなきゃすぐ治るよ」
「ありがとう」
「隊長ォー、ワインのコルク抜きを知ら……おおっと」
手を離そうとしたそのとき、ヨザックさんがやって来た。なぜかすぐにニヤリと笑う。
「まーたお姫さん口説いてんですかー?」
「くっ…!? ちょ、何言ってんですかヨザックさん! 口説かれてませんよっ/// それに『まーた』って、どういうことですか?」
「あーらヤブヘビねん」
全然ばつの悪そうな顔をせず、ヨザックさんはするりと背を向けた。それではごゆっくり〜の、ポーズだ。弁明をする隙もない。
「…あー…///」
どこか気まずさを感じていると、横でコンラッドがくすりと笑った。肩をぽんと叩いて明るく喋る。
「。部屋に戻ろうか」
「……うん、そーだね」
「せっかく本当に口説こうとしたのにな」
「え……えぇっ!? コンラッド!?」
「冗談だよ」
さらりと返してコンラッドは先に歩き出した。何、今の思いきった冗談は何!? もしかして、またアルコール? そんな匂いとかしなかったよ、コンラッドさーん!!
こうして今回の旅は終わった。
リックくんは私達が船を降りた後も、引き続き『愛の虜』号に乗ることになった。陛下が、あの子は船乗りになりたいんだと言っていた。それならあんまり間違いでもないだろう。
そして結局戦争にはならないらしい。海賊戦に襲われた船に乗り合わせていて助けたヒクスライフさんが、戦争すると噂になっていたカヴァルケードの元王太子だったらしくて、その拝謁の打診が届けられたのだ。当然、戦争するなんてもってのほか。思わぬところで陛下の骨攻撃が役に立った。
その陛下は、フォンヴォルテール卿の城に戻ってしばらくしてから地球に戻った。次に会えるのはいつくらいだろう。
少し暇ができて、私は悩みが一つ増えてしまった。
気がつくと、コンラッドの事ばかり考えてる。
もしかして私は……。わたしは。
続きはまだ言う勇気が無い。けれど、耳が熱くなってしまう。それを知っていながら、今日も私は、夜空の銀の星を探した。
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★あとがき★
モルギフ編、やっと終了でございます。
や、やっと書き上げた…。達成感と共に睡魔がっ。あーでも良かったよっ。
この回の途中あたりから、ミスチルの『掌』を何回か聞きました。弟のMD借りて。
特に掌治療のシーンですね。タイトルにも起用したり。後半のは最初につけてたヤツです。
次からは魔笛編です。え、外伝はないのか?(訊いてないって) うーん、いつか書くかも。
最後に、今回はマジで長いのに、ここまで読んで下さってありがとうございました!
ゆたか 2005/03/15