西病棟に助けてくれの声あれば、走って行って脈をとり、東治療棟に死なないでの声あれば、全速力で駆けつけて呼吸を確かめる。
 これは別に、私のポリシーではない。いや助けられるなら助けるけれど。
 キュートなムンク系の魔剣、モルギフさん(なぜかさん付け)に魂を吸わせるために。
「ちっとも可愛くなんかないしィ!」
「そうですか? 意外とモルギフさんみたいなのが好きな人っていそうですけど」
「それは物好きって言うんだよ」
 へぇ、そうだったのか。



   【すれ違い】





 で、さっきから私達は病院レースをしているんです。
 陛下に見事手に取られたモルギフさんは、長年活躍していなかったせいか、「はう……」と呟いたきり、元気がなくなってしまった。…剣に顔があるのはこの際良いとして…はうって。

 モルギフさんは魂を吸って力を発揮するらしい。
 さすがに元気な人間を……殺すのは、陛下も私も大反対して、重病患者がやむなく亡くなったその魂に協力してもらおうということで落ち着いた。

 苦しんでいる人がいて何もしないっていうのは、正直私には試練だけれど。

 でも世の中は上手く出来ていて、今朝から誰一人としてご臨終しないのよ。
「どっ、どうしてこの病院は、生存率が異様に高いんだろ。いや、あのね、患者さんのご家族にとっては、いいことなんだよ? いいことなんだけど」
 三ツ星クラスの病院だわ。いや、生存率が高いのは、私達にも原因があると思う。特にヴォルフラム閣下に。

 さっきも意識のなくなった老人の心音を閣下が確かめようとしたところ、当の老人が閣下の腕を掴んで、かっと両目を見開くわ女性の名前を叫ぶわ。親戚の皆さんは大喜びで大感謝されていたけれど、ヴォルフラム閣下は相当ダメージが大きいみたいだった。掴まれた部分を手で抑えて何か呟いていた。後で訊けば、魔除けの言葉だって。思わず笑ってしまった。
 川岸のこちら側に絶世の美人がいたら、渡らないに決まっているじゃない。



「……なんか、作戦として、駄目だったのかもしれない」
 病院の食堂で昼食をとりながら、陛下はそう呟いてぐったりとテーブルに頬をつけた。

 今日は祭りの最終日ということで、周囲に人は少ない。こんな所で油を売るなんて、患者と関係者と職員さんくらいだ。いや油でも水でもいいけどね。

 今居るこの病院には、もう重態の患者はいないとのことだった。コンラッドさんは語る。
「となると島の東の療養所と、西の老人施設のどちらかに向かうしかないな」
「やだなあ、いくらモルギフのためとはいえ、こんな、誰かが亡くなるのを待ってる生活」
「生活ったってまだ半日しか過ぎてねーじゃんよ、陛……おっと、お坊っちゃん」

 陛下はなんだか元気がなかった。

 きっと私と同じだ。誰かの死を待ち望むこの状況に、ストレスを感じているんだと思う。特に陛下って、ご先祖が真っ直ぐで頑固なジャパニーズだからなぁ。曲がった事を見ると「てやんでィ、こちとら江戸っ子でィ、この桜のタトゥーを見やがれ!」とか叫んでたんでしょ。あれ、違うっけ?

 とか何とか考えていたときだった。
「よせって、ガキじゃねぇんだから!」
「ん?」
 はっと我に返った私が見たのは、コンラッドと陛下の顔が重なっている光景で。

「――――」
 一瞬、思考がフリーズ。
「熱はないけど、顔色がいいとはいえないな。多分、昨夜の疲れも残ってるんでしょう」
 顔を離してから、こともなげにコンラッドは言った。そして不意にこちらを向くと、不思議そうな顔をする。

 て、ビックリした……。熱を計ってただけなのね!///
 それならせめて、おでことおでこじゃなくて、手を当てるとかにしてください、コンラッドさん。
 思わず陛下に嫉妬しそうに…―――あれ今何考えていたっけ、私。



       *       *       *



 効率が良いからとかで、コンラッドが東の、ヨザックさんが西の施設に先に行って、様子を見てから陛下に知らせることになった。陛下と閣下と私の留守番組は、さっき借りた民家の二階で休んでていいんだって。

「ルッテンベルクの獅子ってなに?」

 唐突に陛下がこんな質問をしたのは、その民家の二階に落ち着いたときだ。
 ルッテンベルク……? 眞魔国の地名のはずよね。あっ、前の戦争で活躍した英雄に、確かそう呼ばれた人がいたような。

「そういえば昔、コンラートがそう呼ばれているのを聞いた」
 少しの間があって、手に持っていた日記帳に視線を戻したヴォルフラム閣下が答えた。ギュンターさんが新品と間違えて持たせてくれた、ギュンターさん本人の日記らしい。

「って嘘。それ本当ですか!?」
「うわっ? ……なんだ、知らなかったのか?」
「なに、すごい事なの?」
 陛下と閣下がそれぞれ驚いた顔をしてこっちを見つめている。私は咄嗟に、何も言えなかった。
「い、いえ。…陛下、どこでその言葉を知ったんですか?」
「あーいや昨日ヨザックがそんな事を言ってたなァーと」
 だから結局誤魔化した。

「あの頃はもう少し髪が長かったからな。ルッテンベルクはあいつの生まれた土地の名だ」
 こうヴォルフラム閣下は補足してくれた。コンラッドの生まれた土地。私はそれも知らなかった…。

「じゃあ、ジュリアって誰」

 また叫びそうになった。だからどうしてそんな言葉を!

「ぼくではなく母上に訊くといい。ジュリアと親しかったはずだから」
 ヴォルフラム閣下は淡々と説明を続ける。一方私はドキドキしっぱなしだ。心臓に悪い。適当に理由をつけてこの場を離れた方が、いろいろと無難なのかもしれない。

「あのっ喉渇きませんか? 何か飲み物を持ってきましょうか」
 うーん、ちょっと強引かな。
「あ、じゃーおれお茶欲しいな」
「ぼくは要らない」
「そうですか。じゃ、待っててくださいね」

 なるべく動揺を悟られないよう努力しながら部屋を出た。扉を閉めた後、無意識に溜め息が出る。
 勘弁してよ、もう。
 ジュリアさんは貴方なんですってば、シブヤ卿ユーリ陛下! …あれ、またなんか違うような。



       *       *       *



 最初は部屋を貸してくれている家の人に頼もうと思ったんだけれど、捜しても誰もいないみたいだった。皆どこかに出掛けたのかな。今日は祭りだから、おかしい事ではない。

 勝手に拝借するのは気がひけたから、悩んだ挙句、外で買ってくることにした。店はすぐに見つかったけれど、やっぱり祭りだから、却って混んでて時間が掛かってしまった。陛下、痺れ切らしてないかなぁ。不機嫌だったらどうしよう。
 でも、ま、こんだけ時間が経っていたら、さすがにあの話題は終わってるわよね。

「ただ今戻りましたー…って、あれ」
 やっとのことで帰り着いたそこには、誰もいなかった。

「あちゃー、すれ違っちゃったのかな?」
 どこ行っちゃったのかしら。もし私を捜しているんだったら、早く戻った事を知らせないと。

 考えながら、テーブルに飲み物を置こうとしたときだった。そこに紙切れがあるのを見つけた。
「? ……チラシ?」
 飲み物の代わりにそれを手に取った。黄色に赤い文字という派手なものだ。上手いのか下手なのか判らない絵が添えてある。

 私は結構人間の書く文字も読める方だ。何とはなしに目を滑らせる。
『急募! 命の最後に立ち会う仕事』、フムフム。『死を目前にした同年代の少年を励ましてみませんか? 十代の容姿端麗な少年求む』。あ、もしかしてこれの面接に行ったのかな。陛下が。

『剣持参歓迎、賃金破格、面接随時。……キミも祭りのグランドフィナーレに参加しよう』?
「これって」
 まさか!?

 また外へ飛び出して近くにいたオジさんを呼び止める。チラシを見せて、訊いてみた。
「すみません、このグランドフィナーレってなんですか?」
「おや、知らないのかい? ……罪人と死闘を繰り広げるんだよ。大丈夫、仕事人が死ぬ事は滅多に無いし。ああでもお嬢ちゃんにはちょっと無理じゃないかなあ?」
 私が見世物に出たがっていると勘違いした通行人は、そう笑って行ってしまった。あんまり笑う気になれない。もしこれに陛下達が行ったんだとしたら……?

 どうしよう。そんなのダメだわ。
 止めなきゃ……! でもどうやって


? 何やってるんだ、そんな所で」

「っ――――コンラッド」
 振り向けば彼は穏やかにそこにいた。いつも私が落ち着いてしまう、あの微笑みで。

 今だけは笑い返すとこまではいかなかった。それでも私は少し多めに息を吐くと、さっきのチラシを見せた。
「少し離れていたら、皆いなくて、これがテーブルに」
「……これは」
「さっき確認を取ったけど、コロシアムの対戦相手の募集って! 陛下が行ったかもしれない」
 コンラッドの対応は素早かった。私にも来るよう指示して、馬を借りに走る。

 幸いにも馬の貸し手はすぐに見つかったけれど、一頭しか無理だった。
「一緒に乗って」
「うん!」
 先に乗ったコンラッドから躊躇いもなく伸ばされた手を取った。後ろに座った途端に出発する。反動で落ちそうになって、思わずコンラッドにしがみつく。

「ごめんなさい、こんなことになって」
が謝る事じゃないよ」
「……間に合うかな」
「ぎりぎりだな。とにかく、急がないと」

 それっきり会話は止まってしまう。コンラッドは手綱をさばかなきゃいけないし、私も敢えて無理に喋ろうとしなかった。

 こんな状況でと思いつつ……やっぱり彼の背中は温かかった。

 風で、コンラッドの茶色い髪が僅かに私の頬に掛かる。昔はもっと長かった、というヴォルフラム閣下の言葉をぼんやり思い出した。
 ルッテンベルクはコンラッドの生まれ故郷。

 他には?

 その言葉はコンラッドの耳には届かなかった。風の音に消されたか、ひょっとしたら最初から呟いていなかったのかもしれない。それでも、とにかくそう感じた。他には?
 どんなことが好きで、どんなことが嫌いなのか。教えて欲しいと想った。

 知りたくて仕方ない。
 どうしちゃったんだろう。こんなの初めてだ。どうしてコンラッドの事が知りたいんだろう。


 私、何を考えているの?










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  ★あとがき★
  相乗りだ〜、げへへ(おっさんかよ!)

  さぁ、モルギフ編も佳境に近づいて参りました。
  ちなみにチラシの最後の文章は勝手に付け加えてます。ヒロインに行動させるために。
  どう終わらせようかな? 結果は一週間後にわかる!かもしれない…。

  どうでもいいことですが、私はPCのメモ帳にドリームを書いてからhtmlに直してます。
  で、『リトル・レインボウ』はこの回でついに100KB越しました。正しくは102KB。
  パンパカパーン! …いや、マジでそれだけなんですけど(苦笑)

  次でモルギフ編終わりです。
  ここまで読んで下さってありがとうございました♪
  ゆたか   2005/03/07

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