【変化】
海で船旅の次は山登りだなんて、滅多に経験できるもんじゃない。
「ぜーんぜん、夢の島なんかじゃねーしーィ!」
この言葉は埋立地みたいなヴァン・ダー・ヴィーアに登っている途中、陛下が息切れ切れで呟いたものだ。まぁ、気持ちはわからないでもないわ。だってここは歩きがいのある火山島で、夢の島というよりは冒険の島みたい。温泉に恵まれているっていうのはちょっと興味あるけれど。
「、しんどくないか?」
「なんとかね。こういう坂道は、何回か経験しているし」
「……今までどんな旅をしてきているんだ?」
ん、意外とハードな旅なのかな、私のって。まーそりゃちょっとキツイけれど。
コンラッドは苦笑すると、それならいいんだと呟いた。陛下の応援の方へ回る。陛下はさっきから「世界スーパーチルド連」や「箱根の旧街道」がどうちゃらこうちゃら叫んでいる。どうやら登り始める前、コンラッドから「子供でも楽に山頂まで行けますよ」なんて言われたのを納得したことを後悔しているらしい。…どうでもいいけど、なんだかんだいって陛下ってば、肺活量がすごい気がするんですけれど。
一足先を行っているヨザックさんが、こちらを振り向いて大きく手を振った。
「もうちょっとで休憩所があるよーん!」
「ちょっとってどれくらい!?」
やけに長い「ちょっと」を登り切ると、そこには確かに休憩所っぽいお店があった。
でも……うーん。
地球のジャパンかぶれの友達がよくビデオで見せてくれた、あれに似ている。
「あーそうそう、茶店!」
「うわーさん意外とよく知ってるんだねー」
隣りで陛下が棒読みで呟いた。きっと同じ事を考えたのだろう。
陛下はへなへなと座り込み、品物表も見ずに注文する。
「おかみ、団子と茶を」
「へえ」
でも出迎えてくれたのは金髪碧眼の美人女将で、出されたものはクッキーと紅茶。
「……こんなはずじゃ……」
…そうでしょうねー。団子とお茶セットを見たことがない私も密かにがっかりしたり。
コンラッドとヨザックさんは涼しい顔で白磁のティーカップを口元に運んでいて、陛下とヴォルフラム閣下はげんなりして目の前の食物を食すのも億劫そうだ。私は…その中間かな? 全然へっちゃらでもないけれど、RPGでいう瀕死状態でもない。
そんな私達に興味が湧いたのか、女将さんは気さくに話しかけてきて、いろんな事を教えてくれた。
例えば、今ヴァン・ダー・ヴィーアは祭りの時期だけれどこの山では行われないこと。
私達の目指すこの山の頂上の泉は閉鎖されていること。
なんでもその理由が十五、六年前に降ってきた「魔物」のせいだということ。
「魔物?」
「そう。それから泉にはだーれも入れなくなって。入るとビビビっと痺れちゃうんだけども。ひどい人は心臓止まっちまったり、大火傷したりで大変なんっす。湯に触らずに奥の泉まで行って、魔物を見た人が一人だけいるんだけどもね、なんか銀色でビカビカしてって、掴もうとしたらあまりのことに気ィ失っちゃったんっす」
銀色で、ビカビカ……?
何気なくコンラッドの方を振り向くと、目が合って、ニコリと笑われた。なんだかいつも通りで、今の話に驚いた様子もない。
……もしかして、それが魔剣!?
不意に女将さんの話の続きが耳に入る。
「そいづは半死半生で発見されって、今でも意味わがんねっことぶつぶつ言うらしいんっすけどもね。顔の火傷はとうに治ってっのに、顔が顔がって喚くんですってさ」
「顔、ですか?」
よっぽど怖かったのかな。本当は剣なのに、生きた魔物だなんて思っていたから?
「安心せい、おかみ。我々はその魔物を退治するために参ったのだ。じきに泉にも平穏が訪れるであろう」
って、何をいきなり口調だけ上様モードに入ってるんですか、陛下。
「すぐに出発されるんですか?」
「おう!」
「ぼくはパスするぞ。もう1歩も動けない……」
これはヴォルフラム閣下の言葉。いちいち訊くまでもなく死にそうな表情をしている。
「じゃー私もここにいますね。そのほうがいざというとき動けそうだし」
「おう!」
そしてあなたはマおう! なんちゃって、……。――――。
今のは自主的に忘れよう。
* * *
お天気は絶好の茶店日和だ。寒くも暑くもないし、緋毛氈の椅子でひなたぼっこなんていうのも悪くないかもしれない。
「大丈夫ですかー? 閣下」
「うるさいぞ…」
ヴォルフラム閣下はげんなりとした顔で一蹴する。えーこっちは暇なのに。
「辛いでしょ。お背中、さすりましょうか?」
「よせ。あとでコンラートとヨザックにどんな目に遭わされるかわからない」
「? 何がです」
「……本人達に訊け」
それは一番わからない方法と思うんですけれどー。爽やかスマイルだけくれそう。
「、お前は結局、誰が好きなんだ?」
「え……?」
まさか閣下にまでそれを訊かれるなんて思わなかったから、私は正直戸惑った。
なんで皆それを知りたがるの? 私は皆が大切なのに。それじゃ駄目?
「あ、ひょっとして閣下、陛下を取られると思ってるんですか!?」
「な!? ち、違う!///」
心なしか顔を赤くしてヴォルフラム閣下は怒鳴った。思わぬところで元気になった。顔色限定。
「ぼくが言っているのはそんなことじゃない! ただ、はっきりさせておきたかっただけだ」
「だからなぜですか? そんな事を言われたって、よくわかんないですよ」
「海賊に襲われた夜、あんなにコンラートと良い雰囲気になっておいてか?」
へ? ……コンラッドと、なんて?
「ぼくとユーリがクローゼットに隠れていたときと、人間に監禁されたときだ。いろいろ話していたじゃないか」
「いろいろ話し…って、あのときまだ起きてたんですか? 後者の方」
「悪夢にうなされるよりかはマシだ」
あーそれは解る気がする。
「で、どうなんだ?」
「コンラート閣下とはなんでもありませんよ」
本当のことを言ったつもりだった。
でも上手く笑えていない感じがしたのは、なぜだろう。
* * *
「なんだ、取ってこなかったのか?」
「……とてもじゃないけど、おれの手には負えねーや」
すごく暗い表情で戻って来た陛下は、低い声でそう言った。取ってこなかったのは魔剣のことだ。
今夜は茶店でそのまま泊まることになった。ヴォルフラム閣下と陛下の相部屋、コンラッドとヨザックさんの相部屋、そして私の一人部屋。……なんか居心地が悪い感じがするのは気のせいかな。
皆浮かない表情をしている気がする。何かあったのかな。いや、剣が取れなかった時点で、残念なことではあるけれど。
晩御飯を食べた後は、主に女将さんから祭りの話を聞かされた。炎の神輿の見物の仕方とか、港近くの闘技場で行われるグランドフィナーレは面白いとか。一体どんな事をするんだろう。ちょっと興味が湧いた。
「……眠れない」
今はもう布団に入り込んでからかなり時間が経っている。お酒飲んだほうが良かったかな。ちょっと口に入れただけでも二日酔いがひどい性質だから、あんまり飲まないようにしているんだけど。
『あんなにコンラートと良い雰囲気になっておいてか?』
暇だから気晴らしに何か考えようとしても、なぜか閣下のあの言葉ばかり思い出してしまう。
良い雰囲気って、どんなだろう。いくらよく話すからって、そんな事を言ってたらコンラッドに失礼だと思う。だってコンラッドが私のことをそんな風に想っているわけ……って、どんな風よ!?
「…………」
セルフツッコミで余計目が冴えてしまった。
ちょっと外に出てみようかな。ちょっと夜風に当たっていたら眠気が戻ってくるかもしれない。
そう思って、ベッドから這い出て羽織る上着を手に取る。部屋を出て、陛下と閣下の眠る部屋を通り過ぎた辺りのことだった。
「黙って死に行く覚悟をな」
「っ?」
衝撃的なセリフが聞こえて、私は思わず歩を止めた。
コンラッドとヨザックさんのいる部屋の方だ。ドアは閉まっているけれど、少しくぐもった声が聞こえる。意外とドアは薄いのかな。さっきのはヨザックさんの声みたいだ。
何の話をしているの?
ヨザックさんが続けた。
「誤解すんなよ、オレはツェリ様をこれっぽっちも恨んだことはないし、それどころか実の親以上に慕っているつもりだ。けど、あの方は間違えた。ご自分の眼で全てを見ようとはしなかったんだ。だから次はどういう時代になるのかを、ココロの準備として知りてぇんだよ」
王様の…陛下の話をしているのかな。というか、そうだ。
「だからといって」
今度はコンラッドの声。非難の混じった声音だ。ヨザックさん、何かしたのかな? 陛下を試すような、何かとか。
「お前だってそうだろ?」
コンラッドを制するようにヨザックさんは問い掛けた。でも答えは期待してなかったようで、すぐに言葉が続く。
「何人の部下を失った? どれだけの友を奪われた? シュトッフェルなんかに任せずに、ツェリ様がご自分で判断されていたら、ジュリアだって今頃は……」
「ヨザック!」
びくりとした。
コンラッドの苛々した怒鳴り声なんて、聞いたことが無かったから。
ジュリア、さん。……ジュリアさん?
「あ」
確か、そんな名前の人物と、戦争前に一度だけ会ったことがある。
その人は、戦争中に無理をして死んでしまった。
フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア。三大魔女の一人、白のジュリア。
「誰かいるのか?」
声を出したことで気づかれたのか、声がした。ドアに近づく気配がする。
でもその前に私は無意識に歩き出していた。
ふらふらと、自分でもどうしたらいいのか判らない体で。
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★あとがき★
シリアスですねー。次回もこの路線でいきそうです。
本当はもうちょっと先に進めた方がキリが良かったんですが、長くなりそうで断念。
さて、ジュリアさんとは一体誰なのでしょー。どうなることやら。
あ、明日はバレンタイン。まいっかあんまり関係無いし(←寂しいヤツ…)
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ゆたか 2005/02/13