そして一夜が明け、真昼を通過しもう一夜が終わって。
陛下の目が覚めたのは、実に約二日後のことだった。
ちなみに陛下が起きて開口一番のセリフは「……ロシア民謡が……」。
――どんな夢を見ていたんだろ?
【以下同文】
けれどその前に時間を少し遡らせて。昨日のことだ。
「ちゃッらーんッ! 朝飯よん」
お盆に食べ物を乗せて元気に登場した人物がいた。
明るそうな性格の男の人だ。最初はこの船の乗員かと思ったんだけど、この後の会話で、そうでないことが分かった。
「昨晩はお熱いダンスだったねェ、隊長」
「……やめろヨザック」
隊長? コンラッドと知り合いなの、この人?
「にしてもお姫さん、陛下のあの魔術に遭遇してへっちゃらなんざ、かなりタフだーねェ」
「お姫様じゃないですけど、あれは海賊対象だったし、……『へいかの』?」
三人がまとめてこっちをじっと眺めていた。明らかに次の言葉を興味津々に待っている。
「……そう言えばどっかで聴いた声のような」
「へえ、どこで?」
どこだっけ。
なんとか正解を出そうと首を捻っているうちに、ふと、新キャラの髪の色が心に引っ掛かった。
鮮やかなオレンジ色だ。私はつい最近これをどこかで見ている気がする。自分の以外で。
「あ。ミス上腕二頭筋さん?」
「ご名答」
「うそ!? 当たっちゃったの?」
すんごく適当だったのに!
「そー当たっちゃったのォ。ちなみに女装は仕事上の都合ね」
そう言ってミス上腕二頭筋さんことヨザックさんは、頭の横で片手をヒラヒラ振って見せた。…どんな都合で女装が必要だったのかは、謎のままだ。
ふと思い出したことがあった。陛下が初めて血盟城に来た夜のことだ。
「……あれ? コンラッド、この前言ってた知り合いって、この人のコト?」
「そうだよ」
「なんだ? 何の話をしている?」
「いえ、大したことじゃありません」
ヴォルフラム閣下とヨザックさんが不思議そうな顔をするけれど、なんとなく説明が面倒なので誤魔化す。(気になる方は第四話を読んでねっ)ん? 今、なんか聞こえた?
「ところで隊長、陛下はずっと眠ってるのかい?」
「ああ。まだ起きる気配はないな」
「そうかい。そんじゃーまた来るわな」
食事を乗せていたお盆を脇に抱えると、ヨザックさんは立ちあがった。
「そんじゃねェお姫さん♪」
「だから違いますってば……」
手を振られたので振り返しながらも訂正しておく。ちゃんとわかってんのかしら。
「まったく。毒気をあてられるこっちの身にもなれ」
不機嫌そうに呟くヴォルフラム閣下の視線を追ってコンラッドを見ると、彼はいつも通りの調子で「何がだ?」と返していた。
――変なの、コンラッドが毒気なんて出すわけないのに。
* * *
そして現在。
夕方に陛下の意識が戻った後、改めてヨザックさんの紹介がされた。本名はグリエ・ヨザック。なんでもコンラッドと同じく片親が人間で、同じ所で育って同じ隊に所属して同じ戦場で生死を共にしたらしい。いわゆる幼馴染みってやつだ。なんかいいな、そういうの。
陛下が動けるようになったということで、次の早朝に船から脱出することになった。
「そんじゃ、また夜明けにね〜。お姫さんとその他」
「……えーと」
私への呼び方を訂正すればいいのか、陛下達を『その他』とまとめることを注意すればいいのか迷って結局何も言えませんでした。行っちゃうの早いよ、ヨザックさん!
とゆーか皆さん。
「どうして誰もツッコまないの?」
「何をだ? 」
珍しいことにヴォルフラム閣下が問い掛けに応じてくれた。何をそんなに不思議がっているんだ、と言わんばかりの表情で。
「私がお姫さんって呼ばれてることとか」
核心をついているハズのこの意見にも、特に態度は変わらなかった。
「ぼくの母上がお前を娘だと言ってるじゃないか」
「へ?」
「母上の娘なら、姫でも構わないんじゃないか?」
一瞬納得しかけた。根本的に間違っている。そりゃあもうオフィシャルに。
「ツェリ様の娘だったとしても元プリンセスですよ。ってそーじゃなくて、いちいち真に受けてちゃ駄目ですってば! あの方だって冗談で……」
「いや、冗談とは思えないんだが…。それに、意外と相手によっては『姫』なんじゃないか?」
「何をそんな意味深なことをあっさりと……」
ヴォルフラム閣下はそれ以上言わなかった。その代わりチラリとあさっての方向へ視線を投げる。もう二人の同室者の方へ。
「あれ、コンラッド、なんか嫌なことでもあったのか?」
「いえ別に」
振り向けば今度は陛下とコンラッドの意味深っぽい会話。
だから、なんでそこで彼が機嫌悪くするの?
* * *
夜明け前はやっぱり眠たかった。
閣下を起こしている陛下が欠伸混じりに呟いた。
「ヴォルフラム、二度寝は遅刻の元だぞ。一限の数学、寝ていいから」
「えっ、どこやるんだっけ。確率? 三角関数?」
「どっちも苦手だなー」
何気に私も寝ぼけている。
ヨザックさんは人数分の服と薄黄色いゴム風船を取り出した。水難救助訓練用人形・救命くんだ。
「ぼーっと見てないで、早く脱いでそれ着て、これ膨らまして」
「……私は先に膨らませよっかな」
出来あがった救命くんには今までのドレスを着せることになる。ツェリ様、ごめんなさい。
ヨザックさんは風船を膨らましつつ語る。
「こいつに、ふーっ、服着せて、ふーっ、ここに残しておけば、ふーっ、あんたたちがこいつに化けたってんで、ふーっ、相手は魔族だ何をしてくるか判らんぞって、この救命くんを幽閉したりするわけよ、ひゃはは、考えるだけで楽しーねェ」
「…ふーっ、だから、ふーっ、魔族に関してでたらめが、ふーっ、やけに多く出回るんですねっ」
人間の皆さん、救命くんに化けたってなんも楽しくないよ。
全員の準備が終わると、忍者走りで用意された救命艇まで走った。
手引きをしてくれた乗員さんは、なぜか葉巻をくわえてニヤリと笑って親指を突き出しつつ見送ってくれた。陛下が言うには、その人は以前、見習いの男の子を殴ったらしいけれど、金銭であっさりと止めたそうだ。それもなんだかなぁ。
ちなみにボートの座席位置はそれぞれ、左前がコンラッドで右前がヨザックさん、左後ろが私で右後ろがヴォルフラム閣下だ。陛下はストレートど真ん中。いくらなんでも、陛下にボート漕ぎはさせられない。
「あれ? 心なしかボートの軌道が曲がっているような」
ふと隣を見ると、ヴォルフラム閣下が居眠りをしていた。違う意味で舟を漕いでいる。
「わーっヴォルフ、寝るな! 回る、回っちまうー」
「はへ」
「はへじゃなーい! 漕げっ、漕げってほら、引いてェ戻す、引いてェ戻す、ヒーヒーフー、ヒーヒーフー」
「……陛下それ、ラマーズ法なんじゃないかなぁ……」
一瞬指摘が遅れた。…というか、何でコンラッドがそれを知っているのかな、コンラッドが。
いつ船の人間に気づかれるか判らないから、一生懸命漕いだ。
どうしたわけか眞魔国の宝が眠っているというヴァン・ダー・ヴィーア。発音がちょっと難しいその島を目指して。
「はーれーるーや」
「ぶっ」
「およ? どしたのお姫さん」
「……なんでも」
いきなり陛下とコンラッドが神を称える歌を口ずさんだから驚いただけよ。魔族なのに。
「ところでお姫さん、恋人はいるのかい? こんな大変な旅に来ちゃってるけど」
「いませんよそんなの。……最近この質問が多いなぁ」
「へえ。そりゃ嬉しい……ん? 隊長どうしたんだ、不機嫌になっちゃって」
「…なってないさ」
だから! なんでそこでコンラッドが(以下同文)
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★あとがき★
今回は量少なめでお送りしております(当社比。笑)
ヨザックさん、出てきましたねー。息巻いていた割には格好良さが表現されていませんが(欧)
むしろチャラ男??(欧×2) まいったなー。いや、ほんとに。
随時精進を目指していきます!
もう一つのキーポイントはやっぱコンラッドの不機嫌っぷりですかね。
突発的に嫉妬させたいなーなんて思いついてしまいまして。
でも、ひょっとしてコンラッドが嫉妬すること自体、ありえないのかな…? えーと?
これが原因でキャラ壊れていたらごめんなさい。壊れていないのを希望しつつ。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
ゆたか 2005/02/05