それまでゆったりとしていた空気だったのに、急に騒然となった。
「な、なに、事故?」
「わからない……」
さすがにダンスを止めて、二人で騒ぎに耳を傾けてみると、とんでもない言葉が聞こえた。
「「 ……『賊の侵入』!? 」」
【子守唄】
「ユーリ!」
「陛下、いますか!?」
「沈むのか!?」
「……沈みません」
以上、陛下とヴォルフラム閣下のいる部屋に駆け込んで繰り広げられた最初の会話。長っ。
「なんだ、沈まないのか」
船が沈まないとわかった陛下は、安心したように肩を撫で下ろした。…ん、ちょっと待てよ?
「タイタニック号じゃないんですから」
「沈没することはないと思う、けどそれ以上にまずいことになった。ヴォルフラム!」
コンラッドが後を引き継いで、閣下に呼びかけた。まだ本調子じゃなさそうだけれど。
「なんだ」
「剣はあるか?」
「ある!」
剣という言葉を聞き、ヴォルフラム閣下はわかりやすいくらいに輝いて見えた。自分のテリトリーだから嬉しいのかな。
「よし。じゃあ二人とも、ここに隠れて」
「何すんだよっ」
コンラッドは手早く陛下と閣下をクローゼットへと押し込めると、今この船に海賊が侵入していることと、そこでやり過ごして欲しいことを伝えた。
「もこっちに!」
「え!?」
クローゼットの扉を閉めると、彼は今度は私の腕を引っ張った。ベッドの下を指差して言う。
「ここに隠れていて欲しい」
「こ……コンラッドは」
「俺は行く」
どこに、とは言わなかった。でも問い返しても無駄だ。
「そんな…――――」
「もし……俺が戻れなくても」
不吉なセリフは最後まで言い切られなかった。
コンラッドは一瞬目を伏せて、息の止まるような笑みを見せた。強い意思の宿るその瞳で。
「――必ずまた逢うよ。だから泣かないで」
「な…、ま、まだ泣いてなんか!///」
「しっ」
何か大きな物が派手に壊れる音がした。結構近くだ。
「わかったな? 急いで隠れて!」
「あ………」
彼は本当に行ってしまった。私も仕方なくベッドの下に潜り込む。
体の震えを止めるので精一杯だった。
怖くて怖くて本当に泣きそうだった。
陛下と閣下が賊に見つかって一人になったときなんか、最悪だったわ。
* * *
「……もう、平気だよね」
しーんと静まり返った中、いい加減安全を確かめた私は、ごそごそとベッドの中から脱出した。
おぼろげな手つきでドレスに付いた埃を落とす。髪はもうぼさぼさだったからほどいてしまった。
どうしよう。
これからどうすれば、皆にとって良いだろう。
「たすけて」
自然と感情が口から出てきた。ばか、助けなきゃいけないのに。
部屋のドアの前までそろそろと移動する。出来るだけ耳をすましてみても、大した物音は拾えなかった。……どこか一ヶ所に固められているのかな。どんな海賊? 奪うのは金品だけ? たとえ人殺しはしなくても、女性や子供を連れ去るって事はないのかしら、人身売買は儲かるみたいだから。それなら、男性や船員はどうなるの?
考えが次から次へ出てくる。私は捕まらなかったから良かったなんて安心している場合じゃない。ちっとも良くない。だって、だからってどうなるのよ。
そもそもこの旅は陛下達がいないと意味がない。それにこんな別れ方は嫌過ぎる。
また逢いたい。……一番、誰に? それはよくわからないけれど。
「よしっ」
とりあえず決心してドアノブに手を掛けた。廊下から恐る恐る顔を出してみた。誰もいなかったから、ゆっくり足音を忍ばせて歩く。気分は忍者さんだ。
そうして少しずつ甲板へ向かった。
* * *
たくさんの人がいる気配は、だんだん大きくなっていた。
やっぱり皆ここに集められているんだ。確信した私は、外を見られる窓を探して、こっそり覗いてみる。暗いから思い通りには眺められないけれど、松明を持った男たちが、女性客を別の船に乗せているのが確認できた。ヤな感じ。皆の注意は主に海賊船に向けられているみたいで、私がかなり堂々と窓の前に立っても気づく様子はなかった。
……ここまで来れたけど、今度こそ本当にどうしよう?
私一人じゃ大した戦力にはなれない。というか、攻撃よりかは防御専門だ。これまで女一人で旅することは多かったから多少力技は使えるけれど、所詮自分の為だけのものだ。二、三人なら相手はできても大勢だと適当に逃げるのが現状。
それに武器もないし……そうだ、厨房に行ったら包丁くらいあるかな?
苦肉の策を思いついて、移動しようとまた身をかがめた、そのときだった。
ぞぞ。
「…………」
背筋が凍りつく音にも似た地響きが聞こえて、私は黙って辺りを見まわした。
微かに足元が揺れている気がする。船の上なんだから当たり前ではあるのだけれど、それとも違う気がする。なんだろう。
ぞぞぞぞぞぞ。
「……………………」
船の中から?
ありえない、なんで!? でも、確かに聞こえる。それも私の進行方向から……。
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。
「……………………………………ひゃー」
逃げろ!
派手にバタン!と音を立てて甲板に出た。近くにいた見張りの海賊がぎょっとして私を捕まえようとする。でも無駄だ。素早さだけなら私の方が早いし、何よりそんな事をしている場合じゃない。
すぐ後ろに骨の大群が迫っている。
海賊達はすごい悲鳴を上げた。この船で料理される食肉の量は半端じゃない。それがなぜか自分たちばかりに襲い掛かるのだから、ショックは相当大きいだろう。
「!」
私の登場に気づいたコンラッドが叫んだ。良かった、大した怪我はないみたい! 彼の傍にはヴォルフラム閣下やヒクスライフさんやなぜかミス上腕二頭筋(陛下が付けたあだ名)がいて、それぞれこのおぞましい現象に耐えていた。いや、ほとんどの乗員乗客は気を失っているのだけれども。
「……コンラッドっ。これ、もしかして陛下が……」
「あたり」
やっぱり。
「おい、二人とも何でそんなに平気なんだ!? ぎゃーこっちにくる! コンラートくるぞ!? なんとかしろ、なんとかッ」
ヴォルフラム閣下がそう叫びながら、ホットプレートの上の海老みたいにぴょんぴょん跳ねて、骨を防ごうとする。元気だな。
私はのんびり解説をした。
「平気ではありませんけど、地球で観た映画はもっとすごかったので。緑色の血が流れないだけマシ」
もっともその映画に出ていたのは魔族ではなくて悪魔でした。
「そうだったのか。……ヴォルフ、動かないでじっとしてるんだ。蠍や毒グモをやり過ごす要領で」
「あーっ、のっ、のっ、登ってくる!」
「騒ぐな」
騒ぎは引き続いて、さすがにうんざりしてきた頃、海賊船の中で見守っていた女性客達が歓声を上げた。シロマンの巡視船がやって来たのだ。
「追って沙汰を、申し渡す」
それまで上様モードだった陛下が、前のめりになって倒れた。きっとこれから爆睡するんだろう。
あ、でも、コンタクトどうしよう。
* * *
陛下は一人気持ち良さそうに眠っている。羨ましい。
「ったく、こいつは……」
ヴォルフラム閣下はぶつぶつ愚痴りながらも陛下の頭を自分の膝に乗せながら座っていた。いわゆる膝枕。…なんだか本当の夫婦みたい。
私達は今、狭くて薄暗い部屋の中にいる。家具は一つも無くて窓には格子が嵌っている。四人も横になれないから、とりあえず並んで座り込んでいる。コンラッドが真ん中で、陛下と閣下がその右側、私が左側だ。
何もかもが一段落して、静かだ。
刻一刻と夜がふけていく。不機嫌そうなヴォルフラム閣下はそれでも少しずつ眠くなってきたみたいで無口になってきたけど、私は眠れなかった。体育座りをしながらぼーっとする。
しばらくして、コンラッドがぽそりと呟いた。
「、起きてる?」
「起きてるよ」
お互い顔は前を向いていた。つまり、隣にいる相手の方を見ていなかった。私はなんとなくだったけれど、コンラッドはどうしてだったのかな。
「生きてるといろんな事があるんだね。今回は私、しみじみと実感したわー」
「今からそんな事を言ってどうするんだ……」
「あはは、そうだね」
寿命はまだまだ尽きない。
私もコンラッドも、もちろん陛下も閣下も、まだちゃんと生きている。
「そうだね…」
「……もしかして、何か言いたいことがあるのか?」
唐突に質問されて、一瞬言葉に詰まった。言いたいこと?
そんなの別に……あるかな?
さっきからずっと同じことばかり考えていた気がする。それは、「陛下は今回どのくらい眠るんだろう」でも、「海賊はあれからどうなるんだろう」でもなくて。
もっと自己中心的なこと。
「また逢えて、良かったなぁ」
「…うん」
コンラッドの返事はとてもシンプルだった。それでいて満足できた。
そのとき、偶然だと思うけど手と手が触れ合った。私の右手と、コンラッドの左手。
どちらからともなく繋ぎ合った。なんでかな。リラックスしていたから…? 皆バラバラにならなかったのを実感したかったのかもしれない。とにかく、手を繋ぎたかった。
そういえば、ダンスのときと同じ手だね。
「おやすみっ」
無理に呟いて瞳を閉じた。急に眠たくなった。まるで子守唄を聴いた子供みたいに。
「……おやすみ」
意識がなくなる直前に囁かれた気がしたけれど、夢かもしれない。
――夢なら、それはそれで嬉しいと想った。
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★あとがき★
どうもシリアスになったような…。意識はしなかったのですが、おかしいなあ。
これでも今回は二回書き直してるんですよ。必死に明るくしようと!(でも無駄骨)
結果、最後まで書き切ったのがこれです。どうでしたか? 感想があればお待ちしています♪
ヨザさんがなかなか活躍してくれないとです…! いきなりヒロシ風に(苦笑)
でも最後のシーンをどうしても書きたかったので断念。ごめんねグリ江。
さすがに次回は出てこられそうです。せめて全力で格好良くしてあげよう…。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ゆたか 2005/01/27