今度の陛下は、お風呂の中から湧き上がってくるらしい。
 壁に背をつけながら、私はひっそりと息を吐いた。すぐ横にある扉の向こう側からは、悲鳴や歓声が伝わってくる。すんごく音響がいい。……陛下はちゃんと来れたのかな?
「陛下ぁー? ちゃんと体は拭いてくださいねっ! 風邪は万病の元ですから!」



   【船に乗ろう!】





 というわけで、陛下にお仕事です。
「先を見越して言っちゃうと、最終兵器を手に入れて欲しいんです」
「なんじゃそりゃ」

 チョップをする真似をして陛下はツッコんだ。なぜかヴォルフラム閣下から浮気者と横槍も入る。
 ここはフォンヴォルテール卿グウェンダル閣下の城の中だ。さっきのお風呂場から移動して来たこの部屋はとても広い。応接間みたいなものかな? 今ここには、陛下にギュンターさんにコンラッド、この城の当主グウェンダル閣下にヴォルフラム閣下、そして私がいる。主要なメンバーは揃っている。

「しかも最終兵器って…。ま、いいや、もう少し手前から話して」
「はい。最近人間側から不穏な動きがあるそうです。まるで戦争を仕掛けるみたいな」
「みたいではない。明らかに戦争の準備だ」
 私の説明では不安なのか――当然かもとは思うけれど、グウェンダル閣下が低い声で訂正した。
 うーんでも、あんまり信じたくない。

「…はい。で、このままだと戦争になっちゃうんですが」
「まさかおれにその合図をしろと!? 絶対やらないぞ!」
「それもわかってます。だから、最終兵器が必要なんですって」
「?」

 私はギュンターさんのほうを振り返った。
「はいっ、ギュンターさん、ターッチ!」
「……。それはいいのですが、あまり説明できてませんよ」
 やっぱし?

 ギュンターさんは思いっきり嫌々そうに解説を始めた。
「我々魔族には、魔王陛下その人しか手にすることのできない伝説の武器があるのです。その威力たるや、ひとたび発動すればこの世の果てまで焼き尽くすという……実際には小都市を吹き飛ばす程度ですが……とはいえそれが伝説の剣であるということに変わりはございません。史上最強の最終兵器、その名も……」
「リーサル・ウェポン! メルギブだな!?」
 それは地球のテレビゲーム限定の代物です。
「いいえ陛下、モルギフです」
 あ、結構近かったのね。
 ニアミスに思わず感動する。異世界とは言っても意外とご近所なのかもしれない。ただグウェンダル閣下は、その紛らわしい名前がお気に召さなかったらしく、小さく舌打ちする。

 一方ヴォルフラム閣下は、素直な感想をポロリと漏らした。
「なるほど、最終兵器が魔王の元に戻ったと広まれば、周辺の国々も迂闊に我が国に手を出せなくなるな。千年近く手にしたものはいないから、王としての格も上がって畏れられるし」
「そんなにすげーの?」
「記録では、モルギフが人間の命を吸収して最大限の力を発揮した時には、岩は割れ川は逆流し人は焼き消えて、牛が宙を舞ったらしい」
「牛が!?」
 驚くポイントが独特な気もするけれど、とにかく陛下は最終兵器の凄さをわかったらしい。

「じゃあそれ、その兵器を手に入れれば、この国はどこよりも強くなるんだな? そしたら皆が畏れをなして、戦争を仕掛けてくることもなくなる、っと。いいじゃん! いいこと尽くしじゃん!? どこに行きゃいいの? 誰が行ってくれんの? メルギブ取りに」
「モルギフですってば」
「あそ」
 本当にわかってるかな、陛下は。

「同行人はコンラッド――コンラート閣下と私になります」
 仕事中なのを思い出して、慌てて言い直した。
「あれ、向こうでも一人混ざるんだっけ?」
「場合によってはね」
 不明な点にコンラッドが素早く口添えしてくれる。ちょっと嬉しいな、なんて思っていた矢先、不意に誰かの嗚咽が聞こえてくる。ぎょっとして振り返ると、それはギュンターさんのだった。
「あ、あのギュンターさん? どーしました……」
「ああ、陛下! どうしても私も行ってはいけないのでしょうかあぁ!」
 うわぁ! びっくりした!

「私、やはりこの策には賛成いたしかねますッ! 私の陛下が、に、人間が野獣の如く群がる中に放り込まれるなんて耐えられません〜!!」

「ぎゃあーギュンター落ち着けーっ!」
「ギュンターさん、深呼吸して深呼吸っ。吸ってー吐いてー」
 急に騒がしくなる場に呆れきったのか、グウェンダル閣下が部屋を出ていくのが垣間見られた。(立場上の)上司を宥めるのに精一杯で礼もできなかったけれど。


 それにしても陛下、ちゃんと気づいているのかな。
 あなたは魔王なのだから、モルギフはメルギブみたいな聖剣じゃなくって。
 ――魔剣、ですよ?



       *       *       *



 結局ギュンターさんは城に残ることになった。
 そりゃーあの手この手で陛下に訴えていたんだけど、なんとか収まってくれた。少しおもしろ…いやーかわいそうだったなぁ。

 そして陛下にとっては初めてらしい長期の船旅は、しょっぱなから驚きで幕を開けた。
 係りの人に荷物を持ってもらって客室に案内させたときのこと。
「遅いぞお前たち!」
 こんな風にぞんざいなお出迎えをしたのは、ここにいる筈のないヴォルフラム閣下だった。

 でも、そんな閣下は船の出発と同時にトイレに駆け込むこととなる。船酔いで。
 人間のいる土地なんて嫌いなはずなのに、どうして無理をしてまで来たんだろう……。
 婚約者が浮気しないよう監視とか? まさかねー。



       *       *       *



「……あのー、本当に私も出なきゃダメ?」
「だめ」

 それからは船酔いで苦しむヴォルフラム閣下の看護で費やしたり、隣の客室のヒクスライフさんのピッカリ挨拶に度肝を抜かれたり、チリメンドンヤの設定で演技をしたりで(ちなみに私はスケさん☆)、あっという間に翌日の夜がやって来た。

「でも、あくまで私はしがない付き添いだし」
「せっかく服があるんだから、出なきゃ損だよ」
 というか、なんであるの?

 陛下も閣下もいない廊下でこっそり手渡された、大きい割に軽い袋。

 私は困り果てていた。これから上等室のお客さまたちは舞踏会(もちろん正装の)があるらしい。もちろん、こういうタイプの場は普通、貴族が個人の交流を深めるためにあるものだから、私は関係ないやとタカをくくっていた。それにこんな場合の振る舞い方は教えてもらっていない。それなのに。

 何の因果か服が用意してあるのです。

「母上が恋愛旅行に出発する前、どこからかモルギフ探索の件について知ったらしいんだ。で、人間の船で舞踏会があるのを聞いた途端、うきうきとそれを準備し始めた。って、出航直前に渡された手紙に書いてあった。はい、これが証拠品」
「……なぜそこでいきなり私の事を思いついたんだろう」
 うな垂れつつもコンラッドから手紙を受け取ってまじまじと眺める。滑らかで綺麗な筆跡で書かれたそれの最後には、確かにツェツィーリエ様の名前のサインがある。

 前方上寄りから視線を感じる。きっと彼は悪戯っぽい瞳をしてる。ううん、絶対そうだ。
 そのくせ声は優しい。
「どうする? やっぱりやめとく?」

 しばらく黙り込んでいたけれど、とうとう私は音にならない溜め息をついた。
 ここまでされたら無視できないわ。…それに、オシャレは好きだし。

「………………わかった。着替えてくる」
「そうか。それはよかった」
「? 何が」
「別に。そのままの意味だよ」

 例の如く爽やかに笑うと、コンラッドは「じゃ、陛下の仕度を手伝ってからそっちに行く」と言って去っていった。
 ――なんか、はめられた気分。
 特に理由も無くそんな事を考えると、私も自分の部屋に向かった。男の子の準備は一般的に早いから急がなくちゃ。髪は結った方がいいのかな。なんて、まんざらでもなく計画を立てながら。

 このとき、すぐ近くの未来の自分を、私はまだ知らなかった。










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  ★あとがき★
  どんどん話は進んでまいります。と、言いつつ今回は少なめ。
  今回ヒロインがスケさんをやったのは観光風外国人(異世界人)の本領を発揮したからです。
  まあ、詳しくは書かなかったのであんまり意味無いですが…。

  話は変わりますが、この長ドリは、逆ハのつもりはありません。
  その代わり、周りの人々は基本的にヒロインの恋を応援♪
  だからユーリとヴォルフの夫婦漫才も、ギュンターの陛下命もそのまま(の、ハズ)
  でもコンラッドには一人くらいライバルをつけようかな…? ヨザさんとかヨザさんとか。
  まだ本当に決まってませんが、どうなるかは、展開を待ってください!

  次回は舞踏会とセーラー海賊っ。
  ヨザさんは次回やっと初出演です。頑張って欲しいです。
  ここまで読んでくださり、誠に有難うございました!
  ゆたか   2004/01/11


   追伸……今回は名前変換1回しかやってないよ!(さっき気づいた)

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