【守りたいもの】





 ぶっ倒れた陛下は、死んだように眠り込んだ。
 どうやら上様モードというのは相当パワーが要るらしい。陛下が体力を充電している間、私は身の回りの細かな整いをしたり、城の中を探検したりした。

「……おれがサインをださないと……ゲームはずっと……」
 陛下が夢うつつにそんなことを呟きながら目を覚ましたのは、三日後のことだった。

「お気がつかれましたか?」
「…ギュンター? それにも。……おれ……死んだんだっけ」
「縁起でもないことをおっしゃらないでください。一時は陛下のお身体を案じて、国中皆で祈っておりましたのに」
「そうですよぉ。三日も眠っていらしたんですから」
「……、貴方はたくましく生きていたと思いますが」
「三日も!?」
 私が言った後半の言葉に陛下は目を丸くした。まぁ、妥当なリアクションよね。

 身体に異常はないというギュンターさんの説明を受けた陛下は、どうも忘れているようだった。何をって、上様だった自分を。
「きっとめちゃめちゃ怖かったんだろうなー、記憶がなくなるくらいだもん」
 なんてぼやきながら首をコキコキ鳴らす。三日間眠っていた身としては、体が鈍っているのだろう。

 それを見つめつつ、私は一瞬「こうなると思っていた」を待ってしまった。
 でもすぐに無駄だと再認識する。これはコンラッドの、陛下に言うための言葉だ。その彼が今近くにいないから、待っていたって聞けない。

 ……聞きたいのかしら、私。

「コンラッドは、どうしたの、仕事?」
 陛下の見抜いたような質問に内心どきりとした。それを打ち消すように、慌てて説明する。
「は、はいっ! ……国境近くの村で紛争が起こったので、グウェンダル閣下と共に鎮圧に出かけています」
 報告しながら、不意に子供たちのことが心配になってきた。紛争はあの子達の所で起こっている。本当は私も行きたかったけれど、さすがにそれはできない。私は今陛下の所にいなきゃ…。

「…そっか」
 陛下が頷いたそのとき、妙に大きい咳払いが聞こえてきた。
 ヴォルフラム閣下だ。開け放たれた扉の向こうで、むっとした顔でこちらを見ている。
 ギュンターさんは小さく笑い、声をひそめて陛下に教えた。

「あのあと、ツェリ様からお咎めを受けたのですよ、ヴォルフラムは」
「へえ、あのお袋さんが子供を叱ることなんてあんのか」
「あの方の怒りをかうくらいなら、私は……」
「余計なことを話すなギュンター!」

 靴音高らかにヴォルフラム閣下は部屋に入ってくる。陛下の方を決して見ず、微妙に斜め上を見ているのが不自然で、なぜか少し微笑ましくもある。

「それでは後は若いかた同士で。――――行きますよ、
「私も一応若い部類ですけど……ま、いっか」

 軽くギュンターさんに肩を叩かれて、私も足を踏み出す。良く解らないけれど、きっとそうした方がいいのだろう。歩いてくるヴォルフラム閣下と一瞬すれ違う。

 微かに、それでいて確かに声が聞こえた。
「この前は悪かったな、女」
「っ」


? どうかしましたか?」
 足を止めた私に気づいて、ギュンターさんは不思議そうに声をかけた。
「……なんでもありません」
 急いで再び歩き出す。完全に部屋を退出する直前にもう一度二人に一礼して、廊下に出た。

 人知れず顔がニヤついてしまうのは仕方がなかった。
 ほらね、って言いたかったけれど、その相手が居ないから我慢した。


 そしてこの数時間後に、陛下とヴォルフラム閣下がどこかに行ってしまったという報告が入る。



       *       *       *



「紛争中のあの村へ? 本当!?」
 城中を駆けずり回った挙句、馬小屋で働くお爺さんからそれを聞けたのは幸運なことだった。出発の準備をするヴォルフラム閣下の私兵達が話しているのを、偶然耳にしたらしい。

「私にも一頭貸してください! 今すぐ!」

 またかい? と困惑顔なのを無理に押して、私は城を出た。
 できるだけ全速力で馬を走らせた。気を紛らわせるために。


 辿り着いたそこは、赤々と燃えていた。術者の炎によって。
 死傷者の出ない紛争なんてあるわけがない。そう解ってはいても、見たくもない惨状で、背筋に嫌な汗が出る。馬から降りて、安全なところに繋いでおいた。

 …陛下は?

「城から来ました。陛下、ここに来ていますよね?」
 近くにいた兵士に場所を訊いて、できるだけしっかりと歩き出す。

 しばらく移動すると声が聞こえてきた。叫んでいるみたいだ。
「宣戦布告だって!? こっちから戦争しかけようってのか!? 冗談じゃない、どうかしてる」
 私は歩く。そしてひたすら耳を澄ます。
「専守防衛って知ってるか!? とにかく守るだけって意味だよ! 自分から戦ったりは絶対しないって意味だよ!」

 最初にこちらに気づいたのはコンラッドだった。次にヴォルフラム閣下。陛下がしゃべっているから敢えて何も言わないみたいだけれど。
「現代日本は平和主義なんだ、戦争放棄してるんだ、憲法にもちゃんと書いてあるぞ!? 日本人に生まれて日本で育った、おれももちろん戦争反対だ、反対どころか大反対だッ」

 グウェンダル閣下も気づいた。陛下は私に背を向けているからまだわからない。コンラッドを指差して、尚も続けた。
「地球だって人間同士で争いがあるって、さっきおれにそう言ったよな!? あーあるさ、全然ないってわけじゃない。けどそういう時でも必ず、誰かが止めようと努力してたね! 世界の人口の大半は、平和になるよう願ってたね!」

 さくり、と砂利を踏んでしまって、陛下は私に気づいた。けれど一度上がったテンションはなかなか止められないらしい。そのまま勢いで尋ねてきた。

はわかるよな!?」
「はい」
 即答。

 一瞬辺りがしんとした。あまりにあっさりした返事に却って冷静になったのか、陛下は少し穏やかになって、重ねて質問してきた。

「……えっ本当に?」
「もちろんです。戦争はいけないって、そういう話でしょ? 賛成に決まっています」
「そうだけど…」
「あ。それにしんどいし」
「そんなぶっちゃけていいの!?」

 私はにっこり笑って言った。
「国の利益云々よりも自分の生活に必死な市民って、皆そうだと思いますよ。争いよりもやってみたい事がある。誰かと話したいし、おいしい物だって食べたい。安らかに生きたい。戦争って、そういう願望がいともたやすく崩されるでしょ。だからしんどいんです。どうせ生きるなら楽に、ってね♪」

 さっきまで御自分が一番述べていたくせに、陛下は半ば呆れたような目で私を眺めていた。でもすぐに顔がほころんで、楽しそうに笑った。それが嬉しくて、私もまた笑う。
「……なんか無敵だな」
「素敵でしょ。あっ、和やかになったところで、もっと切実な現実も知って欲しいんですけれど。ギュンターさんが大暴れしています」
「げ」
「そろそろ兵士の方が弾切れだから、血盟城が壊れるかも」
「げげっ。……ってか、ひょっとして逃げてきたろ?」
「いいえ! 本当に陛下達が心配で駆けつけました。…そりゃ話を面白い方向へ転がしましたけどー」
 陛下の周りで、三兄弟が一斉に盛大な溜め息をついたのは、言うまでもない。

 と、そのとき近くで、カサリ、と音がした気がした。
 なんだろと思う暇もなく、目の端を何かが素早く動く。
「な……」

「動くな!」
!」

 あっという間だった。私は誰かに背中から抱きしめられるように拘束されて、首元に鋭い金属があたる。冷たいわ。

「誰も動くなよ、動いたらこいつの喉を掻っ切る。お前も無駄な抵抗はすんな!」
「…その前に、だれ?」
 どこまでもマイペースな私。はよ驚きたい。

「そいつはこの村の紛争を起こした首謀者だってば!」
「え、今一番怒鳴ってやりたい相手ナンバーワンに捕まってんの私!?」
「……ちったぁ人質らしく黙れや!」
 思わず違う方向に驚いてしまった。ああもう。

「いいから来い! ……ち、本当は魔王だっていうあのガキの方が一財産稼げて良かったんだが、こっちになっちまった」
 こっちで悪かったわね! 本気で怒るよ!?

 男は馬と水と食料を要求する。皆から慎重に離れた。
「馬に乗れ!」
「……」
 渋々鐙に足を入れようと上げた、そのときだった。

 小さくて黒い影が動いて、男の足に突き刺さっていた矢を引き抜いた。

 男は蛙みたいな奇声を発して一瞬ひるんだ。それに馬が驚いて嘶き、走り去る。首元の刃物が離れたのがわかった私は、とっさに肘鉄を食らわして男から逃れた。
 ちゃんと周囲が見えていたわけじゃなかった。とっさに前のめりにしゃがみこんだのは奇跡に近い。

「……
 コンラッドの声が聞こえた。顔を上げる。頭上を剣が横切って、鮮血が一滴落ちた。

「大丈夫か?」
「うん、…ありがとう」
 私は後ろを振り返らなかった。振り返ったらきっと治療してしまうから。それだとコンラッドの心を傷つけてしまう気がした。でもちゃんと生きている気配はあったから、大丈夫だと思う。
 それよりも目の前の光景に目が釘付けになった。

「……ブランドン?」

 さっきの小さな影の正体だった。この村に住む、野球を知っている数少ない子供。
 馬に弾き飛ばされた彼は、いまだ村を襲う炎の近くにいた。熱いだろうに、ぴくりとも動かない。
 動けない。

「ブランドン!」
 駆け出す私よりも一瞬速く、陛下が到着した。ブランドンを仰向かせ、抱き起こす。
「……へいか……も」
「陛下なんて呼ばなくていいんだよ」
「ブランドン、大丈夫よ、私が治すから!」
 言い終わらないうちにブランドンの上に手を翳した。術に神経を注ぐ。
 そうしないと泣いてしまいそうだった。

「…あー、は…やっぱり……おせっかい女だぁ……」
「……あなただってそのおせっかい女を助けたでしょ。おあいこよ」
「あはは」
 ブランドンはぼんやりとした眼で笑うと、真上の陛下に視線を移した。

「へいか…」
「だから陛下なんて……」
「……でも、王さまに……なるんで……しょ……」
 ブランドンの頬に何かがぽたりと落ちた。私は顔を上げなかった。
「約束する」
「なげ、る……の……も、おしえて……くれ、るんで……しょ?」
「約束する!」

 雨が降り出して炎を鎮めだした。
 水の精霊たちが総勢で力を出し切っているような、そんな豪雨だった。



       *       *       *



 今回も陛下は忘れているようだった。
 何をって、魔術を使っていたときのことを。
 あの後また気を失って、あの時起こった事をまた改めて聴いて、「ふうん」とか呟いて、頭をぽりぽり掻いていた。なんでよりによって本人が、こんなリアクションを取ることになるんだろう…。
 ちなみにブランドンはちゃんと助かった。本当に良かったな。

 陛下は戴冠式で、人口滝の中央の穴に右手を入れて眞王の御意志を聞くという儀式の中、いきなり滝の中に消えて地球に帰ってしまった。
 あのときは驚いたな。でも一段落着いた後だし、いいんじゃないかと思うわ。
 あちらで陛下は何を考えるだろ? 夢だと思うかな、またここに来たいと思うかな。誰かに言うかな。ま、あそこだったら、言ったところで誰も信じないかもしれないけれど。
 でも、また逢えると良いですよね、陛下♪



「ん、なにコンラッド」
「俺の母上が呼んでいるんだ。お話がしたいとかで」
「あーわかった。今行く!」

 。現在85歳、人間的に換算すると17歳くらい。
 私は今、新しい道を歩み始めている。










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  ★あとがき★
  ブランドンのところで力尽きて、戴冠式は適当に流しちゃいました、えへ(殴)
  あ、最後の会話は、血盟城で頑張って生活してますというのを表したかっただけです(欧×2)
  ちゃんとこれギャグになってるのかなぁ。つまんなかったらゴメンナサイ!

  次はいよいよ(もしくはやっと)モルギフの章!
  管理人は何気にアニメのモルギフ好きです。良い性格してるわー。
  もっとコンラッドとの仲を進展させたいなー。うきうき。

  ここまで読んでくださってありがとうございます☆
  ゆたか   2005/01/05

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