なんだか嫌な予感がした。
 いえ、確信と言っても良かったのかもしれない。
「行こう……」



   【出会いと再会】





 城から馬を一頭借りて、私は急いで『そこ』に向かっていた。
 正確には、『何処かわからないそこ』に。
 だって、なんだか嫌な予感がした。
 とにかく、陛下をまだお迎えもしてない忙しい時だったけど、私は城の人に荷物を預けるなり出て来てしまったの。
 大丈夫かな。お城の偉い人が怒っていたらどうしよう。…なんて、ちょっと心配に考えていたけど。
 ――私はようやく『そこ』に辿り着いた。


「…なんてこと!」
 馬を止めるのもそこそこに、私は馬から飛び降りた。よろめいたものの、急いで駆け出す。
 目の前には村人たちに囲まれた一人の少年がいた。そう……髪も瞳も、服も黒色の男の子が。
 ――まさか、まさかまさかっ、信じられない!!

「あなた達、何してるの!」
「!?」
「も、もしかして……?」

 村人たちは動揺した。よく見ると、見知った顔ばかりだ。いつの間にか来たことのある場所に来ていたらしい。彼らが鍬や鋤を握り締めているのを確認しながら、私は叫んだ。

「この方は次期魔王よ!」

「なんだってー!?」
 後から考えてみるとかなり無謀な宣言に、みんな一斉に目を剥いた。だって本当に魔王か確証無かったし。

「陛下、大丈夫?」
「???」
 やっと男の子の元に辿り着いてそう尋ねると、男の子は何も言わずに困ったような顔をした。それで直感的に気づいた。この子は私の言うことが――言語が解らない。
 ほぼ間違いなく、魔王だ。
「…………よかったーあたってて。」
? どうかしたのかい?」
「なんでもないですー」
 へらっと笑って村人に曖昧に返事をした。対象が王様なだけに、あてずっぽうに言ったことがバレたらちょっぴり怒られそうだ。

「さてと、陛下、馬に……えーと」

 ひとまず城へ戻った方がいいんだけど、それをどうやって伝えたらいいのか、わからない。
 私は陛下の育った世界に行ったことはあるけど、『ニホンゴ』というのは知らなかった。『英語』ならわかるのにな。でもそれは『ニホン』の話し言葉じゃないって聞いたし。どうしよう? ボディーランゲージなら平気かな? それともいっそのこと、腕っ節に自信は無いけど、強引に……、なんて考えていたときだった。

「へえ。この坊主か」
「え?」

 聞きなれない声に思わず目を遣ると、馬にまたがった大きな男性が陛下を眺めていた。
「あなたは誰?」
「おや、知らないのかい?」
 わかりやすいくらいに白々しい口調で問い返すと、その人は何気なく馬から下りた。てゆーか、名乗ろうよ。そして陛下に近寄ると……

《――ビリッ!》

「あ――――――――っ! 何やってるのよ!?」
 陛下の頭を両手で掴んで術を使った。そりゃあ御丁寧に。
「見ての通りさ。ありがたく思いな」
 ぞんざいに言い放つと、わざとらしく肩を竦める。黙って陛下の方を見ると、彼は「いってーな。なんなんだ?」とか、ここの言葉でぼやいていた。そりゃあはっきりと。
 …この人、陛下の内に眠っていた言語能力を引き出したんだ。へえ、そこそこ出来る人なんだ。それは良かった。…でも…。
 法術だったよね?

「――あなた、人間ね? 何処の人? この辺じゃないでしょ」
「ふん、当ててみな」
「答えて!」
 その人は無表情で私を一瞥すると、口だけで笑って言った。
「故郷なんてとっくのとうに捨てた」
 とても冷たい空気だった。思わずぎくりとする。
「な……どういう……」

「ほら、こい、坊主」
「え? 何、おれ?」
 そう言ってその人は双黒の魔王を連れて行こうとした。って、ちょっと待ってよ!
「待って陛下!」
「えっ、ひょっとして、それもおれなの? オレオレ?」
 事情が掴めてなさそうな陛下は、きょとんとされて首を捻った。ちょっと可愛いとか思っている場合じゃないんです。マスコットキャラにも危機は来る。
「さっきからうるさい女だな……」
 そして私にも。
「いっそのこと……」
「――なんか、嫌な言葉が続きそう」
 何気に剣の柄握ってるように見えるし……。

 そして不意に思った。魔王陛下の御傍に居る限り、常に自分も危ないってこと。
 ヤ・バ・イ。
 そう感じて、思わず身構えたときだった。


「ユーリ!」
「!?」


 やけに通る声が乱入して、私は目を見張った。
 誰? 敵? 味方…?

「あ……」
 一瞬どうすれば良いか判らなくて、動きを止めてしまった私がやっと見たのは、陛下を誘拐しようとした男に斬りつける馬上のヒトの後姿だった。
 新しく登場したその人は、誘拐犯に尚も叫んだ。

「フォングランツ・アーダルベルト! なんのつもりで国境に近づく!?」
「相変わらずだなウェラー卿、腰抜けどものなかの勇者さんよッ!」

 あ。こいつ(既にこいつ呼ばわり)アーダルベルトって名前なのね。ん? どっかで聞いたような。ウェラー卿ってのも。どこだっけ。
 ぼうっとした頭でそう考えていたときだった。

「おれなんで飛んで……うそ!?」
 陛下の声に驚いて我に返ると、陛下が骨飛族に担ぎこまれて空を飛んでいるところだった。
「…あー…。大丈夫ですよー陛下ぁ!! 取って食ったりしませんから! そもそも出来ませんし!」
「だから陛下っておれのことー!?」
「のハズですー!」
「なんだそりゃー!」

「――――ち、集中できやしない」
 背後で誘拐犯ことアーダルベルトがぼそりと呟いた。
「あ、ごめんなさい。じゃなくて、あなた別に集中できなくていいです」
 よく考えたら敵じゃん。
「……………………このアマ。まぁいい」
 アーダルベルトは目の前のウェラー卿に向き直ったようだった。

「あんな連中のために使うには、その腕、惜しいとおもわねえのか?」
 ……『あんな連中』って、私も入っているのでしょうか……。

「あいにくだったなアーダルベルト」
 それに答えるその人は、淡々と言葉を紡ぐ。何だか私の中にストンと落ちる。
 なぜだろう。懐かしいような。

「お前ほど愛に一途じゃないんでね」

 ずっとこれを待っていたような……。

 彼の部下だろうか、村人たちを家の方へ散らし終えて、戻って来た。それを合図にアーダルベルトは馬に飛び乗る。どうやら一人では分が悪いと判断したらしい。
「少しの間の辛抱だぜ、すぐに助けてやるからなっ!」
とか陛下にほざいて(失礼)去って行ってしまった。……助けるって、あのね。

 私は未だに顔が判らない馬上の人を見上げた。ウェラー卿ってことは、貴族の人よね。最初っから陛下を迎えに来たみたいだし、もしかして。
「……血盟城からいらっしゃった方ですか?」
「はい」
 私の問いに丁寧に答えて、ウェラー卿はやっとこちらを振り向いた。ご対面、……。

「「 ――――え? 」」

 時間が止まっていく。

 こげ茶色の髪。そして薄い茶色に…銀の星が散ったような瞳…。
 知っている。過去にも会ったことがある。一旦止まった時間は、逆の方向に進み始める。目的地の、十五年ほど前へ。

「――あなただったのね」

 唐突に思い出した。ウェラー卿という名前は、ウルリーケ様から聞いた、前魔王の息子さんのことだ。この人が……。
 十五年も経てば、変わるものなのかな。「あの時」暗い表情をしていた彼は、今はとても優しそうな表情をしていた。

 私と同じく目を見張っていた彼は、何とか衝撃から立ち直ったみたいで、微笑んで言った。
「……久しぶり。それとも、まだ名乗ってなかったから、初めましてと言った方が良いのかな?」
 悪戯っぽく言う彼に、私も微笑みかけた。
「とりあえず、久しぶりかな? ……です。よろしくね」
「ウェラー卿コンラートです。こちらこそよろしく」



「…………おーいお取り込み中申し訳無いんだけど。とりあえずこの、超よくできてる空中ライドから降ろしてくんねーかな」
 頭上から陛下の困ったような情けないような声が聞こえた気がした。










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  ★あとがき★
  まるマのポリシーに乗っ取って(?)精一杯ギャグ風味にしました。
  ただ、なんかツッコミ役がユーリくらいしかいないような…。修行不足ですね。ダメダメっ。
  で、せめて愛すべき天然ヒロインを目指してみました。でもちゃんと進めているのかは不明です。

  唐突ですが、できるだけ週一のペースでアップしたいです。
  …よし、ここに書いちゃったからには頑張ってみよう(崖っぷち作戦)!!

  次回、長男と三男と元女王が出てきます。あれがないとって感じな晩餐事件。あー楽しみ♪
  ゆたか   2004/12/12

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