ったくかったりーな。



   【嫉妬のランプ】





 俺は今、おちびさん(人柱候補の一人)の女を、ごろつきから助けてやったばかりだ。
 別に可哀相だなんて思わなかったけど、おちびさんの方に変な支障が出るのも面倒だしな。ちっ、人間のくせに難しい。

 もう夕方だ。決して明るくはない路上に、俺達は突っ立っている。
 俺が助けた女は、大きい袋を二つ持っていた。明らかに買い物袋だ、夕飯にでも使うんだろうね。おちびさんよりも更に小柄なくせに、頑張り屋さんだねえ。

 おちびさんの女は妙に顔をキラキラさせて俺を見ている。まるで犬っころだ。
「すごいですね! 強そうなおじさん達をたった一人でのしちゃうなんて!」
 ありゃ柄悪いからってだけで、大した力なかったし。

「本当にありがとうございます!」
「いえいえ」
 にしてもこの女、まったく騒がしいね。見ていて飽きない。
 半ば感心しているうちに、ふと、案を思いついた。
 こいつを上手く利用したら、もっと楽におちびさんの監視をできないかな…?

「……ねえ」
「はい?」
「あんた、名前は?」
「えっ――あぁ! です。
「ふーん……ちゃん、ねぇ」
 ちゃん。そんな簡単に『悪い奴』に名前を教えちゃいけないよ?

「俺はエンヴィーだよ。荷物重そうだね、一つ持ってあげようか?」



 の家に着くまでには、かなり打ち解けていた。呼び捨てで名前を呼び合うくらいには。まぁこれくらいならお安いご用だね。
「何から何まで本当にありがとうっ! エンヴィー」
「気にすることないって。にしても、初対面の俺を家に上げちゃっていいのかな?」
 感覚を研ぎ澄ましてみれば、この家に誰か他の人間がいる気配はなかった。
「うん! 家の中片付いてるし」
 いや、そういう基準じゃなくって。

 買い物袋の中を手早く処理して、がお茶の入ったポットを持って来た。紅茶だな。
「はい、どうぞ」
「ありがと♪」

「ね、エンヴィーって不思議な服着てるね。いつもそんな黒づくめなの?」
 首を傾けながらは言う。どうやらずっと聞きたかったらしい。ちなみに「不思議な服」というのは、ノースリーブに短パンに巻き布、ラスト達といるときの標準スタイルのことだ。そう言えば、格好とか考えずに助けちゃったからね。
「あー、まーね。都合によって細々と変わるけど」
「変わる?」
「いわゆるTPOってやつだね。普段はこれが一番多いの」
 服だけじゃなく。

「普段はどんな事をしてるの?」
「うーん…管理職ってやつかな?」
「……建物の?」
「いや、情報とか、人間の管理だよ」
「へえーっ、よくわかんないけど、上司なんだね!」
「まあね」
 ある意味間違っちゃいないね。


 こんな調子で、いろんな事を話し合った。
 はよく笑う女だ。ころころと表情が変わる。うじうじしないし、俺を見ても怖がる様子もない。…まぁ、特に怖がらせるような事はしてないけどね。

 紅茶を一度だけおかわりして、その日はおさらばすることになった。ちゃっかりまた会う約束はしといた。が玄関まで見送ってくれる。
「またね、エンヴィー」
「んじゃね。もう悪い男に引っ掛かっちゃダメだよ?」
「大丈夫だってば!」

 でもおちびさんの前では無防備でしょ?

 不意にそんなフレーズが脳裏に浮び、に背を向けてから聞こえない程度に舌打ちした。
 どうしてそんな事を考えたのか、自分でもわからなかった。



       *       *       *



 それからは時々会って、話したり散歩したりして。

 いつも俺の方から家に遊びに行くわけじゃなかった。時間の空いている時にを見つけたら俺から会いに行ったし、逆にの方から声を掛けてくることもあった。後者の方は本当に稀で、一度しかないけどね。人殺しをして片付けをした直後だったからびびった。


 きょとんとした顔、拗ねた表情、……笑顔。

 人間なんて所詮、賢者の石を造るための駒だけど、と一緒にいるのは悪くない。
 まぁ、敢えて感情的に言うなら、嫌いじゃない、ってヤツかな?


 でも一つだけムカつくときがある。

 があいつ、おちびさんの事を話すとき。

 瞳が僅かに潤んで、口元は緩んでて、頬はピンク色に染まってて。
 なんでああなるんだろ、なんか気持ち悪いじゃないか。
 あんたにそんな間抜けな表情は似合わないんだ。カラッと明るく、元気に笑えばいいんだ。

 もっと俺を見



       *       *       *



「エンヴィー」
「ん? …あーラストおばはんか」

 名前を呼ばれて、俺は空想の淵から顔を覗かせた。とは言ってもどうせ周りは薄暗い。人間どもに忘れられた、とある地下の研究室だから、いろいろと便利ではあるけどね。

「こんなトコで休んでていいのかしら?」
「いいじゃんか。ここには誰も来ないって事くらい、わかりきってるし」
「そんな事言ってないわよ」
「はあ?」
「鋼の坊やの彼女」
 思わず目を見開いた。息も一瞬止まる。何でラストの口からその名詞が出て来るんだ?

「…に、最近接触しているんですってね」
「……だから何?」
「別に、確認しただけよ。ただ」
 不自然に言葉を切ってから、ラストは腕を組み俺をまじまじと見た。なんだかイライラする。言いたい事があるなら早く言えば?
「あなたらしくないわよ」

「何それ。ワケわかんない!」
「わかるでしょう」
「だから、ちゃんと説明してくんない?」
 返しながら段々気分が悪くなってきた。長い付き合いだから判るんだけど、こういうときのおばはんはロクな事を言わない。ケチをつけるとか、効率が悪い手段を提案したりとか。

「あーもういいや! ちょっと出掛けるよ」
「…エンヴィー」
「だからなんだよ!」
「彼女は人間よ」
「……」

 とびっきり最悪の言葉だ。
 俺は開けかけの扉を思いっきり乱暴に閉めると、階段を駆け上がり始めた。



 空は曇っていた。まだ昼なのにぱっとしない。雨でも降るかな。
 出掛けると入ったものの、特に用事は無い。ふらふらと歩き続けた俺は、いつの間にか、の家の前に辿り着いた。ラストおばはんが変なことを口にしたせいだ。そうでなきゃ来るもんか。

「ち」
 引き返そうかとも思ったけれど、せっかくここまで来たんだ、少し顔を見せるくらいはしても良いかな。今はおちびさん達がここに来るハズもないし。

 そう結論付けて、呼び鈴を鳴らした。今は何をしているんだろうと考えながら。

 でも、出迎えたの様子は予想外だった。

「……エンヴィー」
「あれ? どうしたの?」
 なんでそんなに泣きそうになっているんだ?

「ごめんっ!」
「え!?」

 いきなり力一杯抱きしめられた。
 よろめきかけて、反射的に踏み止まった。胸辺りに顔が強く押し当てられて、顔の近くで吐息が聞こえる。なんなんだ?

? おーい、ちゃーん?」
 軽く背中をさすってやりながら声を掛けると、小さな声が途切れ途切れに伝わってくる。

「…夢…出て……」
「ゆめ? 夢を見たって?」
「うん。……エド達、が、ひどい…目に……」
 おちびさんの名前が出て俺はむっとした。彼氏の事を話すのは当然のことでも、今は聞きたくない。
「それで?」

「相手は……黒づくめ、…なの」
「……え?」
 それは。

 はやっと顔を上げた。涙が目に溜まってはいるが、流れてはいない。必死に堪えている。苦しそうな表情で呟いた。
「ごめんね……私、エンヴィーに似てるって思っちゃった」
「……」
「そんなはずないのに。ごめんなさい。エンヴィーは優しいのに…」


「気にするなよ、そんなの」
「……でも」
「でもじゃないね」
 ぐいっとを腕で離して俺は告げた。とにかく泣くのは駄目だと思った。泣かせなければ良いと思った。それには許せばいいんだろ。

「ほら、涙を拭いて。ぜんぜん傷ついてないし」
 しばらく、は俯いて歯を食いしばっていた。それほどリアルな夢だったのかな。でもやがてふっと口元をほころばせると、やっと笑顔を作った。
「…ありがと///」
「はいはい、どーいたしまして」
 照れたように笑ってから、は思い出したように付け足した。
「今の、内緒ね」
「うん?」
「男の人に抱き着いちゃったって知られたら、エドが嫉妬しちゃうもん♪」

 一瞬、頭が真っ白になった。

 どうしようもなく引き攣りそうになる顔の筋肉を、必死に堪える。おちびさんのことを殺したい、となぜか考えた。のことは逆に殺したくなかった。どうしてなんだ。これじゃまるで……

「エンヴィー?」
「え……」
 気がつけば、が心配そうに俺を見つめていた。
「どうかしたの? 顔色悪いけど」
「……なんもないよ」
 そう?と首を傾げつつも、は納得した。もういつものだ。それでいい。

「あ、家に入る? ちょうど新しいお茶の葉を買ってきたから、一緒に…」
「いや、用事があるから」
 誘いを断って俺は背を向けかけた。それをが止める。
「ねぇっ、エンヴィー!」
「なに?」

「ありがとう!」

 今日一番の、最高の言葉だ。
 無意識に笑って、手を振りながら今度こそ背を向けた。ちょうど街中に一筋の太陽の光が差したところだった。少し気分が良くなった気がする。そうして俺はその場を後にした。



       *       *       *


 なぁ、でもな。

 もしかしたら俺は、あのときを忘れられないのかもしれない。
 おちびさんを殺したいと思った、あの衝動を。そんな気がするんだ。

 どうしてだろうね。いや、本当は薄々気づいている。ラストに言われる前からね。
 ……嫉妬だろう?
 だって俺の名前はエンヴィーだから。嫉妬って、意味なんだろう?

 何かを奪われたくないから、何かを憎むという気持ち。

 帰って来ない方が良いよ、おちびさん。の悲しむ顔を見たくないからさぁ。










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  ★あとがき★
  ……。これ、悲恋テイストなんですか?(訊くなよ)

  決して甘々でも、ギャグでも、ましてや逆ハーではないし、
  シリアスかもしれないけれど恋が実っていないので悲恋に入りそうなんですが、
  エンヴィーがエンヴィー(?)なので、悲恋っぽく思えませんね。うわ長い文章。

  ちなみにエド夢の『右手の体温』にちょこっとリンクしております。
  でも読まなくても話は通じますので、ご安心ください。

  エンヴィーって書くの難しいです。ちゃんと彼っぽくなっていたでしょうか?
  何か一言感想があれば連絡くださーいっ! もれなく管理人が喜びますので(笑)

  ここまで読んでくださってありがとうございます。
  ゆたか   2005/03/02


   追伸……もしかして、ブラック風味?

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