【旅の入り口と出口】





 花咲き乱れる、うららかな春の午後。
 暖かな日差しに、誰でもつい頬を緩めてしまうとき。

 それは人口の多いセントラルでも、例外ではないのだ。



   *   *   *   *   *



「あれ、エド、そこで何やってるのっ?」

 は、自分の特等席に寝転がっている先客に、思わず素っ頓狂な声をあげた。
 ここは河づたいにある草原。日光がよく注ぐ割に人気が少ない場所なので、彼女にとっては恰好な穴場なのだ。

「見てわかんねぇのかよ」

 睡眠を妨害されて機嫌が悪いのか、仏頂面でエドワード・エルリックは応じる。呼びかけで一度開いた目を、また閉じた。
 あまりに素っ気ない態度にはむっとしたが、ふと疑問が湧いてそれをそのまま口にする。

「――査定は?」
「もー終わった」

 今度は視線を向ける努力すらしない。
 はこっそり溜め息をついた。少し迷って、自分もエドの横に寝転がる。

 今日の天候は晴れだ。あったかい光が二人を包む。

「そーですかっ」
「ああ」

「…………またどっか行っちゃうの?」

「……そうかもな……」


 陽気すぎる天気が今ちょっと憎い。
 そう感じたのは、一体どちらの方か。



   *   *   *   *   *



 無言の時間がしばらく続いた。

 やがて陽射しが緩やかになってきたころ、エドは目を覚ました。微妙にけだるそうに瞬きすると、ふと気がついたように隣のを見やる。
 よほど日向ぼっこが気持ち良かったのだろう、彼女は眠っていた。警戒心なんてまるで無い。
「…ばーか」
 こっそりと呟く。しかしその表情は穏やかだ。
 じっとを見つめていたエドだったが、まだ夢うつつなのか、無意識に彼女の方に手をかざした。かざそうとした。そのとき。

「…う…っ」

 タイミングがいいのか悪いのか、不意にが身じろぎした。とたんにエドの意識は絶好調に覚醒する。
「うわっ!? な、なんだよ、俺は何もしてしてねーぞ!」
 いや、絶好調すぎたのか、思いっきり後ずさりしたあげく、余計なことまで口走った。

 それでも彼女は起きなかった。これはもう熟睡のレベルだろうか。
「はーっ、びっくりしたぜ…」
 ひそかに安堵しているエドの背中側で、ふとが声を出した。つまり、寝言である。
「……エド……」
「え?」

 ――――そのとき、何の前触れもなく太陽が雲に隠れた。


「どして、私いつも、留守番」
「――――……」



   *   *   *   *   *



  俺は右腕と左足を取り戻したい。
  アル――俺の唯一の家族である弟にも、体全部を取り返してやりたい。
  錬金術師としての最大禁忌『人体練成』を犯した俺達。
  重罪にふさわしく、足掻く手段なんて今のところ『賢者の石』を探すことぐらい。
  それでもずっと二人で迷宮を彷徨っていた。



   それだけが全てだと思っていた。今だってそれは大切なこと。

   …でもいつのまにか、新しい楽しみが増えていた。


   無意識に心だけがゴールへ向かうんだ。



   *   *   *   *   *



「うー、……えど?」
「遅い御起床だな」

 時は既に夕暮れどきだった。空は色を変え、星がちらほら姿を見せていた。もともとここ一帯は街灯が少ないため、太陽が完全に沈んでしまえば、三メートル前を見ることさえ困難になるはずだ。

「もう夜……あ〜ぁ、またこれから寝なきゃいけないのかぁ」
「…って何律義にまた寝ようとしてんだよ!」

 一旦開いた瞳をもう一度閉じようとするに、エドは思わず突っ込んだ。春とはいえ、夜はまだ冷えるのだ。また眠られてしまえばいろいろと面倒なことになってしまう。…そんな問題でもないが。

「おい、起きろよ」
「む〜ぅ〜…」
「おいってば!」

「んー……じゃぁ、家まで送ってよ♪」

 は、目を閉じたまま、少し悪戯っぽい表情で呟いた。さっき相手にしてもらえなくて、拗ねていたのかもしれない。
 そしてもうひと時の間、エドと一緒に居たかったからなのかもしれない。

 だが、それに対する反応は、意外なものだった。

「いいぞ」

「………えっ?」
「なんだよ、帰らないのか?」
「――――ううん! かえろっ」
 慌てて起き上がり立ち上がり、服についた草をはらう。その目の覚めようは、先刻の誰かさんのようだ。


 彼は小さく笑い、彼女より一足早く路上に立った。



   *   *   *   *   *



 昼間はどれだけ賑やかでも、セントラルにも静かな時間は来る。

 二人は、石が敷き詰められた都会の道を、ただコツコツと歩いていた。並んではいない。どちらかというとエドが一歩先を進んでいる。

「……」
「……」
「…ねーエド」
「ぁんだよ」

「体に悪いもんでも食べたっ?」

「はぁ?!」

 思いっきり怪訝な顔をして後ろの相手に視線を送る。自然と歩調が止まった。
「え、だって、なんか様子変だし」

「――そうか?」

「うん。いつもそんな素直じゃないし」
「一言余計な奴だな」
 そういう割には嫌そうではない。の疑問は、ますます深くなった。それなのにエドは、何か考え込んだように顔を伏せている。

 しかしやがて、ぽつりと呟いた。

「絶対来るなよ」
「え? どこに――」

「俺達の旅に」


 は何も言えなくなった。


 どうしてそんな、今までだって。…違う。どうしてそんな悲しいこと言うの?


「エド」
「わかったな?」
「わ、わかんないよ! いきなり何なの!?」
「なんでも。とにかく、お前が入り込むような場所じゃないんだ。わかったな」
 強引に言い含める。は何も言わない。それが精一杯の抵抗だった。
 しかし。

「その代わり、出迎えてくれよ」

「…………へ?」
 意外な言葉に、抵抗はあっけなく砕かれた。思わず返事をしてしまう。
「青い軍服ばっかはちとつまんねぇしな。同い年もいないし。だから、セントラルでの居所になってくれよ」


 お前は神の領域を知らないから。知って欲しくないから。旅になんて来なくていい。


 必要以上のことを語らないエドの、エドならではの優しさ。
 それに触れた気がして、は自分でも知らないうちに泣いていた。

「なっ何で泣いてんだよ!?」
「う、だっ、て、いきなり絶交された、て思ってっ……びっくりした!」

 最初は戸惑っていたエドだったが、なかなか泣き止まないに、気づかないうちに微笑んでいた。ただ嬉しかった。だから自然と、彼女を抱き寄せた。

「絶交なんて一生しないから安心しろよ」


 二人の傍で、街灯に光がついた。
 きっとしばらくの間、二人を静かに見守るのだろう。



   *   *   *   *   *



 所変わって、ここはある宿屋の一室。

「遅いなぁ」

 ベッドいっぱいに金属の体を伸ばしながら、アルフォンス・エルリックは呟いた。ご存知、鋼の錬金術師の弟である。
 彼は天井を眺めながら独り言を続けた。
「どこまで行っちゃったんだろ。もー兄さんの非行少年」
 さほど心配はしていない様子だ。もししていたとしても、兄を知り尽くしている弟としては、今更な話なのだが。

 寝転がっているのに飽きたアルは、読みかけの本があるのを思い出し、本棚に腕を伸ばす。
 溜め息まじりに次の一言を語り、読書に没頭し始めるのだった。


「ちゃんとさんに会えたのかなぁ?
 いかにも『逢いたい』って顔してたし。帰って来たら問い詰めてやるんだい」











 ★あとがき(舞台裏トーク)★

  うーん、もうちょっと違うのを予想してたんだけどなぁ…。
 「僕、これただの砂吐き小説だと思うよ?」
  おぉこれはこれはアルフォンス君。砂吐き小説って?
 「砂糖を体から出しそうになるくらいラブラブストーリーってこと」
  ふーん。最近ヤバイ糖尿病対策ってことですな。
 「……」
  ところでなぜ君が出ているの?
 「だって僕出番が少ないんだもん」
 「いや、俺もさっきからいるんだけど」
  あ、エド。
 「。良かったらまた俺に会いに来てくれよな」
 「できれば僕にもね♪」

  感想・アドバイス待ってます。
  ゆたか   2004/01/20

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