そうね、歌うときはいつも衝動的ね。





   【神の領域《静かな月光》】







 教会というものは、どの場所であろうが、独特の雰囲気を持つ。
 それは、神様を一途に信じるという人間が為せる空気のせいかもしれない。


「これが太陽の神様かぁ…」


 礼拝堂の一番前の席で、は呟いた。ちなみに他には誰もいない。
 軽くシャギーを入れた短い黒髪に、印象的な象牙色の肌、雲一つ無い空色の瞳。華奢な体格に似合うワンピースと上から羽織った大きな肩掛けは、どちらも髪と同じ黒色だ。喪に服しているとでも言いたげな出で立ちだ。悲しみを伴わないその表情さえ除けば。

 今彼女はサンダルを脱いで裸足の右足を立てて座っていた。しかし、その行儀の悪い姿勢でさえ美しい。
「……けっこう老けてるかも」
 ぼんやりしながら、サラリと神様を冒涜する。別にここの信者ではないのだ。

 彼女は右の膝に顔をうずめる。活力のない姿勢。怠惰なその仕草。…吸い込まれる。

「…姉さんが頼んできた人ってどんなだろう」
 透きとおった声が響く。
「何処…そして誰?」

 そのとき、不意に祭壇にある蝋燭の炎が揺れた気がして、彼女は顔を上げた。髪が少し乱れ、目の端に掛かる。静かに見開いたその瞳に、灯が写った。

「――早く逢えるといいなぁ」
 結局変化のない景色に、彼女は苦笑して独りごちた。姿勢を正して立ち上がる。軽く伸びをすると、深呼吸する。そして。

 そして…。



     *     *     *





 聖域が『静』だとしたら、その外は『動』だ。生活臭が漂うその世界は、生きている音で満ち溢れている。

 ――教会の前に、目立つ二人の兄弟が立っていた。
「ここから入るのかな、兄さん」
「そうだろうな」

 一人は、これでもかというくらい大きな鎧に身を包んでいて、身体的特徴はわからない。もう一人を兄と呼んでいたので、こちらが弟なのだろう。
 もう一人は、金髪に金色の目だ。黒いシャツとズボンの上から赤いコートを羽織っている。強い意志のあるツリ目の顔立ちが、シャープな印象を与える。

 二人は、さっき店先で仕入れた、レト教の「奇跡の業」の情報について疑問を持ち、調べてみることにしたのだ。

「さ、入るぞ、アル」
「ん……、あれ?」
 建物の中に踏み込もうとしたそのとき、不意にアルと呼ばれた弟が疑惑の声を上げた。その視線はしっかりと前方を見据えている。気になった「兄さん」は、不思議そうに後ろを振り返る。
「どうした?」

「なんか……歌が聴こえる」

「は? 賛美歌か?」
 弟に同調するように耳を澄ましてみるが、周囲の喧騒に気が散ってうまくいかない。
「もしかして今礼拝中…?」
「さっきまで宗教放送してたじゃねぇか。それはないだろ」
 思わず扉の前で二人して考え込む。やや沈黙があって、兄の方が肩をすくめた。
「ま、入ればわかるだろ」
「…それもそうだね」
 お互いに苦笑すると、兄が重い扉に手をかける。ぎこちない音が響いて視界が開けていく。刹那――――



    《私の手放した魚は何処へ向かうというの?》



「「 ……! 」」
 清らかな歌声が二人の耳を優しく撫でた。
 見える人影は独りだけ。
 黒の髪と服装。細くて丸みのある身体。自分達と同じくらいの年端の少女だ。
 日光の差す場所に佇むその背中に、一瞬天使の翼が見えた気がしたのはどちらの方か。



    《氷は黒い闇を放ち やがて光を閉じ込めた水に変わる》



 ガタン――
「…? だれ?」
「…あ…」
 少女に気を取られてドアを静かに閉めるのを忘れてしまった。

「わ、悪ィな。邪魔して」
 慌てて兄の方が謝罪する。金の眼と青の眼が交錯する。ややあって、少女は我に返ったように、口を開いた。
「…いっ、いいよ〜、歌いたかっただけだし? …あはは、聞かれちゃったな///」
 そう言って少女は心なしか頬を染める。可憐な表情に、兄弟の視線が釘付けになった。
「き、キレイな歌だったよね、兄さん///」
「あ……ぁぁ/////」
 思わずぼそぼそと話し合う二人。しかしそれを聞き取ってしまった少女。
「あっ、ありがとう。『月光』ていう曲なの。嬉しいな…♪///」
 素直に礼を言う少女。照れながらの満面の笑顔に、ノックアウト二人前!

 と、少女はふと思うことがあって、二人に質問した。
「あ、ねぇ、二人とも旅の人?」
「…あぁ」
「実は私もなの。って言います。よろしくね!」
「え、一人で旅してるの?」
「うん。まぁね…」
 は少し困ったように話す。事情アリなのがすぐに見て取れた。
 僅かに沈みかけた空気に、鎧の弟が慌てる。
「あっ、ボクはアルフォンス・エルリックっていうんだ。こっちはボクの兄さんで……」
「エドワード・エルリックだ」
 アルフォンスの先手を取って、エドワードがぶっきらぼうに呟く。

「アルフォンスに…エドワード…」

「……面倒臭いからエドでいい」
「ボクのことも、アルでいいからね♪」
「…そっか」
 きょとんとしていただったが、そのうち楽しそうな表情になって、声を弾ませる。


「よろしくッ、エドとアル!」



     *     *     *



 和やかなムードになっていたそのとき、新たな人物がやって来た。教主コーネロと話をして戻ってきたロゼだ。

「あら、たしかさっきの…」

 三人の顔を交互に見比べて、にこやかに頭を下げる。エドとアルとはお供え物を買った店で、とは教会内に入ったときに会っていたのだ。

「レト教に興味がおありで?」
「いや、あいにくと無宗教でね」

 素っ気なくエドが答える。それでもロゼは目を輝かせて力説した。
「いけませんよ、そんな! 神を信じうやまう事で日々感謝と希望に生きる…なんとすばらしい事でしょう!
 信じればあなたの身長もきっと伸びます!」
「なんだとコラ(怒)」
「まぁまぁ兄さん」
 タブーな話題をされてキレかけたエドを、弟のアルが手慣れた様子でなだめる。そしてきょとんとしてそれを眺める

「ったく…」
 しばらく黒いオーラを放っていたエドだが、なんとか怒りを抑え、溜め息混じりに切り返した。

「……神に祈れば死んだものも生き返る…かい?」

「ええ、必ず…!」

 ロゼは臆することもなく言い放つ。そして――その瞬間は表情を無くす。

「…?」
 急に顔つきが変わったに、エドが気づく。心配そうに彼女を覗くが、その空気に溶けてしまいそうな儚い美しさに、思わず息を呑んだ。
「そんなことあるはず…ないですよ?」
 弱々しく呟く。とても真剣な眼差しだ。
「きっとありますよ! 信じていれば!!」
 ロゼはそれでも聞き入れない。こちらはこちらで真剣だ。

 するとエドは溜め息を吐き、小さなメモ帳を取り出した。その中のあるページを開く。そして読む。

「水35l(リットル)、炭素20s、アンモニア4l、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素…」

「…は?」
「大人一人分として計算した場合の人体の構成成分だ。今の科学ではここまで判ってるのに、実際に人体練成に成功した例は報告されていない」
 呆気にとられているロゼに説明する。その口調はとても静かだ。
「”足りない何か”がなんなのか…、何百年も前から科学者達が研究を重ねてきてそれでも未だに解明されていない。不毛な努力って言われてるけど、ただ祈って待ちつづけるよりそっちの方がかなり有意義だと思うけどね」

「……」
 はそれを聴きながら、ふと強い不安を感じた。まさか、この人は…。

 この人が、錬金術師?

 エドは強い瞳で尚も続けた。
「ちなみにこの成分材料な、市場に行けば子供の小遣いでも全部買えちまうぞ。人間てのはお安くできてんのな」
 カッとなったロゼが叫ぶ。
「人は物じゃありません! 創造主への冒涜です! 天罰がくだりますよ!!」
「あっはっは! 錬金術師ってのは科学者だからな、創造主とか神様とかあいまいなものは信じちゃいないのさ。
 この世のあらゆる物質の創造原理を解き明かし真理を追い求める…、

 神様を信じないオレ達科学者がある意味神に一番近い所にいるってのは皮肉なもんだ」

(…エドは…)
「高慢ですね。ご自分が神と同列とでも?」
「――そういやどっかの神話にあったっけな。

『太陽に近づきすぎた英雄は、蝋で固めた翼をもがれ地に墜とされる』…ってな」

 不意に引き出された神話の話題に、ロゼが訳がわからないという顔をする。
 そしてにとっては。

(エドは……いったい何をしたっていうの?)




     *     *     *



 ねえ……姉さん。
 どうして私に、あんなことを言ったの?





     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆










  ★あとがき★
   大変お待たせしました。やっと一話です……前編ですが。
   さぁー、とっとと中編書くぞー! 中編かよ!(ノリツッコミ)

   ここでヒロインが歌っていた曲の紹介です。
   鬼束ちひろ・作詞&作曲&歌『月光』。二番のサビですね。
   教会のイメージにピッタリ♪ ヒロイン自体にもリンクしてるかも…。
   私は鬼束ちひろさんの歌が好きです。お気に入りは『Cage』『Tiger in my Love』などなど。
   すごく丁寧に歌っていますよね。さんはどうですか??


   ところでさん……あなた、何者なんでしょう(エ!?)
   第二話の中編で、だいぶ明らかにするつもりです、だいぶ。
   良かったらまた読んでくださいね!!

                         BY.ゆたか  2004.04.22


追伸(あとがきの灰色の部分について)
※著作権の問題のため、歌詞を自作のものに変えましたのでご了承ください。※  2005.09.08

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