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天下泰平。
そんな言葉が不覚にもポンと浮かぶほどの青空の下。坂田銀時は爽快な青空に勝るとも劣らない真っ青な顔で、ふらふらと帰路についていた。
「やっべ、マジやっべ。冷や汗まで酒臭い。これ何。もしかしてオレ全身で奈良漬状態? 汗が酒ってことは今後一生酒いらず? ってか自分自身に気持ち悪い。思春期の娘がオヤジに対して鼻つまむ勢いで自分に鼻つまみたい」
昨日、珍しくもパチンコで大勝ちした勢いで酒屋の暖簾を潜り、梯子に梯子したまでは覚えている。だが朝方、気づけばオカマバーで全裸で倒れていた経緯については一切記憶がなかった。同じくどれだけ酒を飲んだのかも定かではない。わかることと云えば、二日酔いのために今にも吐きそうな己の状態だけである。
「おっかしいな。どうしてあのバケモノ小屋に行っちまったんだろう。しかも全裸。ありえねーよ。オレいつから裸族に入会したよ。今なら入会費30パーセントオフでもありえねーよ。財布の中身はすっからかんだしよー。一体何やったってーんだ。男の子として大事なものを失ってないことを祈るぜ、このヤロウ」
気を抜けば速攻で胃の中のものが逆流してきそうで、必死になってこらえた。早朝の真っ白い日差しでさえ、今の銀時には凶器でしかない。世界が黄色く歪み、脂汗が額に滲む。
一歩進むごとに頭蓋骨の中で脳味噌がタプタプと揺れているような気がして、思わず壁に手をついて立ち止まった――時である。
「よぉ、旦那。朝っぱらから、なに今にも嘔吐しそうな不景気なツラしてんでぃ!」
ドン、と背中を勢いよく叩かれて、銀時は慌てて込み上げてくる酸っぱいものと戦った。両手で口を覆い、涙目になって振り向く。黒い制服に身を包み、帯刀しているのは真選組の証。サディスティック星から来た王子こと沖田総悟が立っていた。
「お、おま…ウェ! この、嘔吐しそうって、ウェ! わかってて、ウェ! よくも背を…っ。ウェ!」
「上? 上になんかあるんですかい」
わざとらしく上を向いた沖田の胸倉を、銀時が掴む。
「相変わらずのサド王子っぷりだがなぁ、時と場所を選ぶことを覚えたまえよ、沖田くん」
「ちょっと旦那、アンタ奈良漬臭せーよ。って、おい、離せ。離してくだせぇって!」
銀時の頬が膨らんだのを察した沖田は、恐怖に顔を歪めた。
「オェエエエ―――ッ!」
「ギャァアアアア―――ッ!」
期待を裏切らず、銀時は胸倉を掴んだまま胃の中のものをぶちまける。逆境に弱いガラスの剣を心に持つ男、沖田は楳図かずお画で絶叫。制服は見るも無残な状態になり、通勤中の人々もいっせいにふたりを遠巻きにした。
「だ、旦那ぁぁああ! てんめぇえ、何ひとの一張羅をゲロまみれにしてくんれでさぁあ! オレは電信柱かぃ、それともポストかぃぃい!」
「やかましぃい――っ! 電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも全部酒さぁ! 酒が悪いのさぁ! 男はよぉ、酒飲んでよぉ、打って遊んでこそ男よぉ!」
「酒臭いゲロまみれで何男語ってんでぃ! んなもんは男じゃなくて、ダメ人間って云うんでさぁ!」
「つか、臭いから近寄るなよ」
「おいぃぃい――っ! 今すぐいくか。いっとくか。黄泉の門と桜田門、どっち潜っとくかぁ!」
「……何やってんですか、アンタら」
往来の真中で吐瀉物撒き散らしながらいがみ合うふたりを、皆が見ないふりして足早に通り過ぎるのに対し、声をかけたのは万事屋の従業員志村新八だった。右手にスーパーの袋を持っているので、今から万事屋に出勤し神楽や銀時の為に朝食を作るのだろう。
「見たらわかるだろぃ! こいつを汚食罪でしょっ引くんでさぁ!」
「なんか漢字違わない!? 感覚で勝手に罪状決めないでちょーだいよ!」
「ああもう、とにかくゲロまみれで取っ組み合いは止めて下さい。色々な意味で見苦しいから。そこのアホの坂田は置いておいて、沖田さんウチに来てください。まず洗濯しなきゃ」
「おいぃー! 雇い主に向かって『そこの』は無いんじゃないの、新ちゃん!」
「アホの坂田は否定しないんですね、旦那」
「だまらっしゃい、サドの王子様。略してサドプリ」
「サドプリってなんかなんかカッコ良くないから、せめてサドプリンにしてくれやせんかぃ」
「美味そうじゃねーか!」
「はあ、もうなんかとにかく臭うから黙ってくださいよ。沖田さん、ウチのアホ社長が失礼しました。一緒に来てください。朝食がまだなら貧相なものしかありませんがご馳走しますよ。一食分余りますし」
「待って新ちゃん。そんなオジイチャンお口臭いなんて逃げないで! 銀さん、髪の色はこんなんだけどまだまだピチピチのシャイ侍だから。一食分ってそれ銀さんの分じゃないの!?」
「喧しいですね。小さい女の子ひとり家に置いて、金もないのに朝まで飲み歩くダメ侍なんてそこら辺のゴミ箱に捨てられてればいいんですよ。さ、行きましょう沖田さん」
「助かりまさぁ。こんな姿で町歩いちゃオレが汚食罪でしょっ引かれちまう」
新八の横に並んで沖田が歩き出す。無視された銀時は、いまだむかつく胸を抑えてよたよたと後に続いた。
「ちょっと待ってよ新ちゃーん――ウエップ。銀さん、まだ本調子じゃ…っ」
「沖田さん、仕事大丈夫ですか。連絡入れておいたほうがいいんじゃ」
「いやあ、朝の散歩がてら見廻りと云い張ってきたんで、一日中姿見えなくとも気にされませんぜぃ」
「そうですか。なら良かった」
スタスタと早歩きで万事屋へと向かう若者ふたりに、覚束ない足取りの銀時が追いつけるわけがない。遠くで「よくねーだろ。税金泥棒でしょっ引かれちまえー」と叫ぶのが精一杯だった。
「なんでコイツがいるあるネ。思春期の女の子の寝巻き姿拝みにきたアルカ。真性の変態ネ」
「お前のほうこそ、オレの珠のような肌をいやらしい視線で舐めまわすんじゃねぇやぃ。年齢で騙せると思うなよこの痴女予備軍め」
万事屋の事務所内。寝巻きに寝癖のついた髪の神楽と、シャワーを浴びて銀時の浴衣を借りている沖田が、剣呑な表情で睨み合う。ふたりはいわゆる犬猿の仲で、寄ると触るといがみ合っていた。今も朝食が並べられた卓を挟んで一触即発の雰囲気を醸し出しているのだが、口喧嘩だけで済んでいるのは、まずは神楽が食事を優先させているからである。
白飯と新八が自宅でつけている沢庵。油揚げと豆腐の味噌汁に、レンコンの金平。ノリと卵焼きというオーソドックスな朝食だが、神楽はもりもりと平らげ、既におかわり五杯目に突入していた。
洗濯のために着替え、ついでにとシャワーを浴びた沖田も、食欲のそそられる匂いにつられて結局ご相伴に預かっている。
オレの分〜と、主張していた銀時は、酷い二日酔いで食べられるはずもなく。ソファの片隅でいちご牛乳を片手にぐったりとしていた。
「沖田さん、おかわりは?」
三角巾にエプロン姿でしゃもじを持ち、神楽にわんこ飯をしている新八が問う。
「ありがてぇ、じゃあもう一杯頂きやしょうか。このレンコンの金平が美味いっすね」
「お口にあって良かったです。簡単なんですよ、作り方」
「けっ、人様んチでよくバクバク食うあるネ。私なんか沢庵だけで五合はいけるネ!」
すかさず神楽が米粒飛ばして文句を云った。
「おめぇみたいに腹に蟲飼ってるようなヤツと一緒にすんなぃ。オレは普段は少食でさぁ。朝からこんなに食えるなんて珍しいんでぃ。そんだけ美味いって褒めてんじゃねぇーか」
「マジでか? 私の中に蟲がいるあるか? 定春六十六号がこんな所に」
「沖田さん、褒められてなんですが神楽ちゃんに嘘教えないで下さいよ。本気にしますから」
「嘘あるか! 騙したあるネ、サド野郎! 腹に蟲がいるだなんて妖しいと思ったヨ、乙女心玩んで楽しいあるか!」
食卓に神楽が足を乗せ、今にも飛び掛らんばかりに怒鳴る。沖田のおかわりを盛った新八は、それを手渡しつつ「御飯中に足乗せちゃダメだって云ってるでしょう」嗜めた。
「お腹に蟲がいるって現象は確かにあるよ。寄生虫っていってね。だけど生肉とか食べなければ普通寄生されないから、大丈夫だよ」
「え…生肉…?」
劇画調で驚く神楽に、同じく新八が劇画調で驚いた。
「身に覚えがあるんかーい! ってか肉なんかどこで拾って食いやがった!」
「ひ、拾ってないあるネ。掠め取っただけあるネ」
「尚悪いじゃねーか、犯罪だっつーの!」
「おうおう、おまわりさんの前で犯罪発覚かぁ、こら」
「だーっ! お前等うるせぇーんだよぉ! 二日酔いで苦しんでいる家主を尚も苦しめて和気藹々とアットーホムしてんじゃありません!」
いちご牛乳で額を冷やしていた銀時が、たまらず割って入った。怒鳴り声がする度に、頭がズキズキと痛むのである。
「なにが家主あるか、賃貸のクセに。お前こそ新宿の寄生虫ネ」
「大体オレがここで飯食ってんのも、八割五分方旦那のせいじゃねえですかぃ。自業自得ってもんでさぁ」
「煩いってーなら隣の和室で寝てりゃあいいんですよ。まったく、何度も酒で痛い目みてるくせに、どうして懲りずに飲むんですか? そんな金があるんなら給料払えってんですよ」
神楽、沖田、新八とお子様,Sに邪険にされ、三十路に手の届く位置にいる銀時は情けない顔をした。
「何さ何さ。その飯代だってオレ出してんのに。どうしてみんなそんな白い目で見るのさ」
「気色悪い口調でいじけないで下さいよ」
呆れて新八が鼻白む。銀時は本格的にいじけ始めた。
「オレだって毎回、こんなになるまで飲まないようにしたいさ。だけどいつの間にか宇宙人に記憶消されて、気づけばどっぷり酒を飲まされているのさ」
「そのまま宇宙の果てまで連れ去られちまえよ」
「そんな軽蔑的眼差しを向けないでおくれよ新ちゃん。うう〜もう酒臭いー。身体の穴という穴から酒の匂いがするよ〜助けて新八〜満足にボケも云えないよ。今なら甘酒精製できんじゃねえのか。銀さん印の甘酒が」
「朝からシモネタはやめてください! どんだけ糖尿をネタにすりゃ気が済むんですか」
「や、まだ予備軍だから。二軍以下だから」
「云っておきますけどね。酒だって生活習慣病の元なんですよ」
「大丈夫。酒って、ホラあれだ。百薬の長って云うじゃねーか。パフェっぽい糖分とか相殺してくれっから」
「ホラあれだ、って云い始めた時点から、ひとは老いていくんですよね」
「ええ、何突っ込むとこソコなの? 糖尿ネタはスルー? スルーされるとなんか本格的にヤバイ感じがしてイヤなんですけど」
「好き嫌いで話しをするなら、先天性の糖尿病で苦労している方もいるんですから、今なら間に合うアンタの自覚がないあたり嫌いです」
「そりゃ、好きなやつぁーいねーよ。でも人間好きなヤツばかり相手できないじゃん? 嫌いなヤツと向き合い長く付き合っていくからこそ大人ってもんでさ」
「はあ、この先糖尿と末永くお付き合いを決意したわけですね。どうぞおひとりで頑張って下さい。ちなみに糖尿病患者の治療費は保険使っても四千六百万かかるんだそうですよ。プーのあんたが払えるんですか?」
「新ちゃん、いつからそんなダークキャラになっちゃったの! 銀さん悲しい。オエッ」
「あーもうここで吐かないで下さいよ! 吐くならトイレいってください。流し台はダメですよ。つまりますから」
まるで宿六と文句を云いつつ世話をする妻のような会話だなあ。と、思いながらも沖田はテレビドマラでも見ているかのような感覚で傍観し、黙々と飯を平らげた。
「ご馳走様でした」と告げる言葉に重なり、携帯の着信音が部屋に響く。新八があっと声を上げて、棚の上に置いてあった携帯を取りにいった。
「そうだ。洗濯する時にポケットに入ってたんで、抜き取ったんですよ。はい、沖田さん」
「すみませんねぇい」
新八から受け取ると、沖田は笑顔のまま携帯を開き、
「呪われろ」と一言で切断した。
「……仕事の電話じゃないんですか」
恐る恐ると新八が問う。
「かもしれねーけど、制服なきゃ仕事もままらないでさぁ。オレぁアイドル顔だからよォ、制服ねぇと女やスカウトが束になって迫ってきてねぇ」
「はあ…」
突っ込みの鬼である新八も、沖田にはどう突っ込むべきか悩んでしまう。その悩みを解消してくれるのは、沖田に限り突っ込みの猛鬼と化す神楽だった。
「なーにがアイドル顔ネ。散々新聞やニュース沙汰になって、お前が真選組のサドプリであることはみーんな知ってるあるネ」
「サドプリンでぃ」
「どーせならプッチンサドプリンでいいあるヨ」
「銀さん、普通にプッチンプリンが食べたい。新ちゃん、食べたい食べたい」
「財布を空にして帰ってきた、甲斐性なしに与える甘味などございません。――また鳴ってますよ沖田さん。急ぎの用件なんじゃないですか」
新八に心配そうに気遣われ、沖田は仕方なしに携帯に出た。
「へい、なんでさぁ」
『てんめぇー! 住居と職場が同敷地内のくせに大遅刻とはイイ度胸じゃねぇーか! しかも緊急の用事に《呪われろ》の一言で切りやがるとはどうゆう了見だっ!』
携帯越しでも全員の耳に届くほどの怒声だったが、沖田は不遜にも片眉を顰めただけである。通話相手の声は、万事屋メンバーもよく見知った男のものだった。
「はい? 云っときますが今始めて土方さんから連絡を取ったんですぜ。最初の《呪われろ》ってのは知らねーですよ。マジで呪いの電話かけちまったんじゃねぇですかい」
『マジでか!?』
「あ〜あ〜、大変だ。土方さんの余命も残り二週間でさぁ。あとの副長の座はオレが守るんで、あと腐れなく成仏してくだせぇ」
『うるせぇー! 成仏するときゃぁ、てめーも道連れだこのヤロウ!』
「悪いけど土方さんの愛には答えられねぇーな」
『おいぃいい―――っ! どんだけ耳掃除してねぇんだ、てめーはよ。いや、悪いのは脳味噌か!? 脳味噌にウジ虫でも湧いてんのかぁああ!』
ここで神楽が「脳味噌にも虫っているアルか?」と銀時に問い「そういやー昔『頭の中にハエがいる』とのたうちまわったアイドルがいたっけなあー」と十代にはわからないボケをした。
「すげーあるネ。頭の中にウンコあったか」
「いやいや、そういう意味じゃなくてな。精神が、こう病んでるってか」
万事屋突っ込み要員新八は、心のままに無視をする。
『んなことより、仕事だ仕事! 松平のとっつぁんから緊急招集がかかった』
「なんでさぁ。お嬢さんがマヨラー13にコマされでもしたんでぃ?」
『人聞きの悪いこと云ってんじゃねぇ! 未成年に手ぇ出すほど不自由してねっつの! 数年前に江戸で大犯罪犯したくせに、宇宙に逃げてたクソ野郎がのうのうと戻ってきたとかで戒厳令が出たんだ』
「大犯罪? 誰でさぁ」
『元家老、沼多田だ』
「ぬまただださん?」
『ちげーよ。ぬまただ、だ』
「ぬまただだだ、あ、痛! ださん?」
『噛んでんじゃねぇ! しかもサンいらねぇから! とにかくさっさと戻って来いやぁ!』
ガチャリ、と通話は一方的に切られた。
「オレ制服が…って聞いちゃいねーな、この高血圧で心筋梗塞予備軍が」
舌打ちをすると、沖田は万事屋の面子に顔を向ける。
「なんだか極秘任務が下ったようで、オレぁ戻らなきゃいけねーんですけど」
「極秘とか云われてもダダ漏れだったんですけど」
銀時の呟きを聞こえないふりして、沖田は新八のほうを見た。
「制服はまだ乾かないだろぃ。オレ一度帰るけど、悪いが乾いたら届けてくれねーか……」そこで沖田は言葉を止めると、訝しげに眉を寄せる。
「どうしたんでぃ。真っ青だぜ新八くん」
血の気の引いた顔で立ち尽くす新八に、沖田だけではなく神楽や銀時もその異様さを訝る。注目を浴びたことにより我に返った新八は、明らかに動揺を抑えて場の雰囲気を取り繕った。
「いえ、なんでもないんです。沖田さんの制服は乾いたら僕が屯所に持っていきますから。どうぞその浴衣着ていってください。羽織も貸しますよ。そのままじゃ寒いでしょうから」
「そうかい? 手数かけて悪いが頼みますわ」
「いえ元はといえばウチのロクデナシが悪いんですから。どうぞお仕事頑張って下さいね」
「こいつが頑張ったら確実に市民が犠牲になって泣き寝入りネ」
「こら、神楽ちゃん。一応警察として市民をそれでも守っていると思いたいんだから」
「え? 最後なんか願望?」
沖田は律儀に突っ込みつつもやはり緊急召集のためか、そそくさと万事屋をあとにしていった。
「あーもうなんか色んなトコが限界。オレぁ寝るから起こすなよ」
客人が帰った途端に、銀時はソファから気だるげに立ち上がる。一応保護者としての自覚からか、真選組の隊長がいる状態で和室にこもることができなかったらしい。その背中に向かって新八が声をかける。
「あ、今日イイ天気だから布団干そうと思ってたんですよ。悪いんですけど客布団で寝てくれませんか」
「あいよー。んじゃ今夜はフカフカの布団か」
「はい。ですから今夜はフラフラ出かけないで下さいよ」
「そんな新妻のような台詞吐かれたらどこにも行けないですよ」
「働け、宿六」
殺意の篭った鋭い視線に刺された銀時は、軽口も叩けずに和室へと逃げた。
「新八、銀ちゃんが仕事する気ないなら私遊びに行くアル」
食事を終えた神楽が、愛犬定春の頭を撫でながら伺いを立てる。
「わかった。だけど今日は日差しが強いから気をつけてね」
「おうヨ。お昼御飯には戻ってくるネ」
嬉しそうに返事をすると、神楽は着替えて万事屋を出ていった。近頃はめっきりと友達も増えたらしく、毎日が楽しそうだと微笑ましい気持ちになる。
一気に人数の減った事務所で、新八は腕まくりをして食器を片付け始めた。洗い物をし、掃除機をかけて拭き掃除を終え、洗濯物を外に干す。そして神楽や銀時の布団も並べて干した。
ひと仕事を終えると、湯を沸かし自分のためにお茶を淹れる。茶菓子など甘い物をおけば、即座に銀時か神楽が食べてしまう為万事屋に甘味は常備されていない。だが甘い物がそれほど好きではない新八は、お茶と煎餅さえあればそれで満足だった。
テレビをつけると時間帯的にワイドショーが殆どだ。平日の午前中。夜の街であるかぶき町なので、この時間帯往来は静かである。温かい日差しに照らされる部屋の中で、新八はぼんやりとテレビを眺めたが、まったく頭には入ってこず。心中を占めているのは別のことだった。
(――沼多田…沼多田継彦が戻ってきた……)
携帯越しに聞こえてきた名前に、新八は一瞬にして凍りついた。次いで訪れたのは、臓腑が煮えくり返るほどの憎悪と、そんな自分に対しての嫌悪感。
ぎゅうっと湯のみを握り緊める。
(――アイツは僕を探すだろうか)
冷え冷えとした感覚が、足先から指先まで這い上がってきてぶるりと身体を震わせた。
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