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「マスター、おはようございます。好きです」
「おはよう、カイト」

 一日の始まり。今朝も変わらない。マスターはにこにこして挨拶を返してくれた。今日も笑顔がキュートだ。そのまま俺の言葉など気にしていない様子で洗面室へ向かう。もう恒例になってしまって、これ以上の反応は期待できそうにない。
 朝食を摂って、作業を始めたマスターの横でじっと眺めていたら、声を掛けてくれた。

「どうした? 何か用?」
「いえ、見ていたいと思いまして」
「そっか」

 そうしてまた作業に戻ってしまう。マスターに振り向いてもらうのは簡単なようで難しい。
 俺から告白して付き合い始めたのが先々週の事だ。「恋人にしてください」とシンプルに伝えると、マスターはこくっと頷いて「よろしく」と言ってくれた。軽いキスなら何度かしたし、この前の休みはデートに出掛けた。寝るのはまだ別々だし、それ以上の事は出来ていないけれど、俺からしたら天にも昇るような気持ちだった。
 しかし、マスターにとっては大した事でもないのか、俺が何をしたってにこにこ笑っているばかり。「それで?」「どうした?」「ありがと」というのが大体の反応だ。もしかしたら、からかわれているだけなのかもと不安になる事が多い。

「マスター、作業終わりそうですか?」
「もうすぐ終わるよ」
「俺、貴方の事、愛してます」
「うん……」

 俺が一杯一杯になって告白したって、マスターは目を細めて頷くだけだ。笑った顔は可愛くて大好きだけれど、もっといろんな表情を見てみたい。俺の行動が彼に何かをもたらせたら、それ以上素晴らしい事はないのに。
 テーブルにペンが置かれたのを見てマスターの肩を掴んだ。そのままラグに押し倒すと、彼は特に慌てた様子もなく、じっと俺を見上げてきた。

「俺、こういう意味で好きなんですよ?」
「作業終わるまで待ってたんだ。良い子だな」
「……驚かないんですね」
「なんで。恋人だろ? 普通だよ」
「マスターは俺にこのまま抱かれてもいいんですか?」
「カイトがしたいなら」
「っ……」

 マスターの気持ちは――? そう言いそうになった声を飲み込んだ。良いと言ってくれているんだ。深く考えるのはやめよう。いつか捨てられた時のために、思い出だけでも残しておきたい。後ろ向きな考えだなと思っても、マスターに好かれている自信なんてなかった。

「ここでは体が痛いですよね。掴まって貰えますか?」
「うん?」
「失礼します」

 膝を掬って横抱きにすると、マスターは少し目を見開いた。持ち上げられるとは思っていなかったらしい。連れて行きたい一心で抱き上げただけで、彼が反応してくれるなんて思わなかったから、予想外に嬉しい。

「力あるな」
「マスターを守るためです」
「ありがと」

 マスターはふふっと笑うと、運ばれている間中ずっと見つめてきた。廊下を抜けて、俺の部屋のドアを開けて、ベッドに下ろすまで。時間にして僅か数十秒だったが、注がれる視線に頬が溶けてしまうのではないかと思った。

「緊張してる?」
「してます……」
「可愛い」
「……俺、初めてなので、イヤな事をしてしまったら言ってください」
「イヤじゃないよ」

 安心させるように言ってくれるマスターは優しい。優しすぎて勘違いしてしまいそうになる。何が良くて、何がだめなのか、ちゃんと見極めなければ。まだ、もう少し、出来ればずっと嫌われたくない。本当は俺と同じくらい好きになって貰いたいけれど、そんなのは夢だ。今こうして居られるだけでも奇跡なのだから。
 キスをしながら服の裾を捲り上げ、マスターの胸に触れると、彼は首を振って、両手で俺の手を押さえ付けた。早速、イヤな事をしてしまったと焦って身を引くと、マスターは自分で服を脱ぎ捨てて、そのままにじり寄って来た。

「カイトも脱いで」
「っはい」

 そうして上半身裸になると、マスターは俺の胸に手を這わせてぺたぺたと触ってきた。

「意外と体格いいのな。力持ちだもんな」
「マスターが細いんですよ……」

 何気なく話をしているつもりだったけれど、彼の指先が触れるたびにそこからじんわりと熱くなって、落ち着きを無くさせた。最後の砦は理性だ。この瞬間でも頭の片隅は冴え冴えとして、間違いがないように監視していた。

「カイト、今どんな顔してるか分かってる?」
「え?」

 マスターは俺の胸をいじめながら愉しそうに笑みを浮かべた。きらきらとした目が凄く綺麗だ。

「しかめ面。……エロい」

 耳元に寄られ、内緒話のように告げられた言葉に、カアッと頬が熱くなった。指摘されると妙に恥ずかしい。

「マスターに触れられると、どうかなってしまいそうです……」
「我慢しなくていいのに」
「俺は、貴方に喜んでもらいたいんです。俺の手で」

 迷った末、マスターの手首を掴んで体を押し倒した。シーツに縫いとめられた彼は特に気分を害した様子もなく、俺を見上げて天使みたいに笑んだ。細められた目が『どうするの?』とでも言うようだ。余裕そうな彼の表情が乱れる瞬間が見てみたい。
 指で胸の突起を弄り始めると、赤く熟れてぷっくりと浮き上がってきた。吸い付きたいと思うままに、舌でくにくにと倒したり、転がしたりしているうちに、マスターの息が上がってきたのが分かった。顔を背けてきゅっと唇を引き結んでいる彼もまた堪えているのか、しかめ面だ。

「我慢してますか?」
「してる。手首痛い」
「あっ、ごめんなさいっ」

 押さえ付けていた手を離して慌てて身を引くと、マスターはくすくすと笑った。

「冗談だよ」
「人が悪いです……」
「ふふ」

 手を伸ばしてきたマスターに驚いて身を固めると、彼は「うん?」と首を傾げて引っ込めてくれた。
 何をしてくるのか分からないその手が少しだけ怖かった。そのうち、理性も溶かされてしまうのではないかと思うと、ずっと掴まえておきたい。

「俺が触んのイヤ?」
「あ……、俺、余裕がなくなってしまうから……」
「セックスの時に余裕なんてなくていいよ」
「……マスターはすごく余裕そうです」
「汗掻いてきてるけど」

 確かにしっとりと汗ばんだ肌は、掌に吸い付くようだ。そのまま胸を弄るのを再開しようとすると、マスターはパッと両手を挙げて俺の腕を押さえ付けてきた。

「……胸、イヤですか?」
「イヤじゃないよ……」
「え、でも……」

 口ではそう言っても俺の腕を離そうとしない。マスターは優しいから「イヤだ」と言わないだけで、出来れば触ってほしくないのかも知れない。

「……それなら、少し腰を上げて貰えますか?」

 ボトムを脱がせたくてそう言ったけれど、マスターは動かずに顔を背けてしまった。困った。これ以上、続きをしたくないのかと最悪の事も考えながら、じっと様子を窺っていると、彼の肌が薄っすらと赤く染まっていくのが分かった。判断を、間違えないように――。

「……マスター、怒らないでくださいね」
「なに……」
「可愛いです」

 押さえ付けられた腕を振り解き、胸の突起をきゅうっと摘み上げると、マスターは喉を反らせた。とっさに唇を噛み締めようとしたけれど、堪え切れなかったようだ。

「あっ、あぁ……っ、や、う……」

 ふるふると首を振って身悶える彼は目を見張るほどに可愛い。声を出したくなかったようで、掌で自分の口を押さえ始めた。

「我慢しなくていいって言ったの、マスターですよ」
「……」
「声、我慢しないでください」
「……」
「俺が触るのイヤですか?」
「イヤじゃない……」
「ずるいですよ……」

 手を引いて体を離すと、マスターは安心したようにハーっと息をついた。彼の言葉は本当なのかも知れないけれど、俺にされていた事がイヤだったように見えて少し寂しい。

「でも、俺、嬉しいです。マスターはいつも平気そうで、俺が何をしても動じないみたいだったから……」
「……」
「続きをしてもいいですか……?」
「俺にも触らせて」

 すっと起き上がったマスターは四つ這いでにじり寄って来て、俺の顔を覗き込んだ。

「え、っと……」
「イヤ?」

 猫みたいな仕草がまた可愛くて、本当にずるい。

「いいえ……、お願いします……」
「ボトム脱いで」
「ど、どうして」
「ふはっ、ベッドの上でどうしてなんて言うやつが居るか」

 どこを触るつもりかなんて初心な事を考えても答えは分かり切っている。俺がもたもたと脱ぐのを、笑みを浮かべて見守っているマスターが今度は悪魔に見えた。

「顔赤い。可愛い」

 当然といえば当然だけれど、自分のペースを保っている間、マスターは凄く余裕そうだ。
 下着も取れと言われなかったのを良い事に、ボトムだけ脱いで正座をすると、マスターは「それじゃ触れないよ」と言って膝の間に割り入ってきた。そのまま躊躇う事なく、細くて長いマスターの指が下着越しの熱にあてがわれた。

「ッ……」
「硬い」

 やんわりと撫でていく動きがもどかしいような、それ以上されたくないような複雑な心境だ。

「マ、すたーも、」
「ん?」
「脱いで、ください」
「うん」

 マスターは軽く頷き、同じようにボトムだけ脱ぎ捨てた。その間に膝を閉じてみせたって意味がない。ほんの十数秒で「だからそれじゃ触れないって」という声と共に、再び割り入ってきた。
 俺ばかり余裕をなくすわけにはいかない。マスターの熱に触れようと手を伸ばせば、さっと腰を引いた彼は、伸びをする猫のように体を伏せて、腹部に顔を寄せてきた。その体勢は非常に不味いので止めてほしい。

「マスター、だめですよ……?」
「どうして?」
「俺にさせてください」
「それならお互いしようか」
「俺はいいですから……」
「フェラがイヤなんて変なやつ」

 イヤではない。マスターにして貰えるなんて死んでしまいそうなほど嬉しい。だからこそ、理性がきちんと働いているうちに断っておきたかった。彼が本当にイヤだと思う事の判断が付かなくなるかも知れない。そう考えると目の前に転がる快楽なんて投げ捨ててしまえた。嫌われて、捨てられる未来はもっとずっと先でいい。
 マスターの肩を掴んで、そのままぐるんと横転させると、彼はハッとした様子で俺の腕を掴んできた。見上げてくる視線は、少しだけ困ったような色を滲ませている。

「……やっぱり、俺にされるのイヤなんですよね?」
「イヤじゃないって……」

 不安が半分。もう半分は、余裕をなくしたように見えるマスターへの愛おしさだ。

「それならどうしてですか?」
「だって、俺が触るのイヤがるくせに、カイトばっかりずるいだろ」

 一理あった。だけど、我慢するなと言ってきたマスター自身我慢していたのだから、俺ばかりずるいという事もないはずだ。
 俺の気持ちを分かって貰うには、一つ一つ説明していくしかない。

「……俺、貴方が好きで好きで、大好きです」
「うん……」
「貴方にされる事全てが嬉しくて堪りません。いつ、理性を失ってしまうか分からないくらい」
「そんなの捨ててしまえ」
「マスターだって、我慢してましたよね?」
「……」
「もしも暴走したりしたら……、……だから、怖いんです」
「カイトは行儀が良いよな」
「そうですか?」

 強引に動けないのは、行儀が良いと言えるのかも知れない。だけど、俺はそれが情けないなと思っていた。俺の事をもっと好きになって貰うにはどうしたらいいのだろうと、考えれば考える程、思考は行き詰って無難な事しか出来ない。

「……行儀が良いやつなんて、つまらないですか?」
「可愛いと思う」
「うー……」

 そのままで良いのか良くないのか、はっきりした答えは判らない。
 お喋りをしている間に、芯を無くしていたマスターの熱に触れると、彼は息を詰めて目を伏せた。

「下着、脱がせますね」
「カイトも……」
「はい……」

 自分だけ脱ぐのはイヤなのだろう。その気持ちは俺も分かったから、先に脱ぎ捨てて、マスターの腰の下に腕を滑り込ませた。

「失礼します」
「やっぱり丁寧だ」

 ふっと笑みをこぼすマスターに参ったなと思って、乱暴にするより良いだろうと自分を納得させた。
 腰の下に枕を置いて体勢を安定させ、サイドテーブルの引き出しからジェルを取り出すと、一連の動きを見ていたマスターは感心したように言った。

「慣れてる」
「全然……、初めてですって……」
「準備してたんだ」
「痛い思いはしてほしくありませんから」
「どこで買ったの?」
「通販で……」

 俺の緊張をほぐしてくれるためか、黙っているのが耐え難かったのか、マスターはこまごまと声を掛けてきた。挙句に、また天使のような笑みを浮かべると『どう?』と言うように首を傾げた。

「今、嬉しい?」
「すごく嬉しいです」
「そっか」

 小さく頷いたマスターが少しはにかんだように見えたのは思い違いだろうか。顔を寄せて確認する前に、普段のキュートな笑顔に戻っていた。
 ジェルを手に取り、膝を掬い上げると、マスターは少し身構えて顔を背けた。後ろに触れると思っているのだろう。俺は驚かせたいと思って、濡れた手で彼の中心の熱を掴まえた。

「……っ」

 ひゅっと息を飲む声。眉を寄せて、ちらとこちらに視線をくれたかと思うと直ぐに逸らされた。ひとまず、成功したようだ。そのまま手の中で上下させると、マスターは両腕を上げて自分の顔を覆い隠すようにした。一方的にされるのは恥ずかしいらしい。
 もっと気持ちよくなって貰いたいと思って、左手で茎を握り直し、右手で頭の部分を包み込むようにした。そうして掌を擦り付けるようにぐりぐりと回転させれば、マスターはびくんっと体を跳ねさせて声を上げた。

「あっ、ん、あぁ……っ、やだ、それやだ……っ」
「良かった。気持ちいいんですね」
「イヤだって……っ」

 半分泣きの入った声は少しの余裕もない。口を押さえるのも忘れて乱れるマスターの姿に、充たされていくような気持ちがした。だけど、調子に乗ってやり過ぎたくはない。少しして手を離すと、マスターは肩で息をしながら悔しそうな声を上げた。

「そんなの、どこで覚えたんだよ……」
「たくさん勉強しました」
「バカイト。童貞」
「ちょっと……」

 もうただの悪口だ。だけど、そうやって罵るしかない程、余裕をなくしているのかと思うと嬉しかった。

「可愛くないやつ」
「マスターは今、すごく可愛いです」
「はいはい。ありがと」

 彼がふいっと顔を背けた間に、俺はまたジェルを手に取って、今度こそ後ろに指を這わせた。

「痛かったら言ってくださいね」
「っ……うん」

 口の部分をほぐすように根気よく撫でながら、中心の熱にも手を這わせると、マスターは気が付いた様子で俺を見つめてきた。

「カイト、つらくない?」
「俺は平気です」
「萎えてんの?」
「いえ……」

 彼の悩ましい姿を前にして萎えられる方法があるなら逆に知りたい。全く治まる気配もなく、ずっと硬度を保っていた。

「一回出せば」
「えっ、いえ、大丈夫――」
「見てるから」

 また悪魔のような笑みを浮かべて恐ろしい提案をしてきた。マスターの後ろをほぐしながら自慰をしろと? そしてその様子を彼は見ているという。なんて痴態を演じさせようとしているのだろう。それはちょっと……と、おたおたしていると彼はふふっと笑った。

「恥ずかしいんだ? 可愛いな」
「もう……」

 行為を始めてから、立場は行ったり来たりだ。基本的にマスターのほうが余裕があって、俺は一杯一杯で思考をフル回転させている。
 確かに、一度出しておかないと彼の体がつらいかも知れない。どうするのがいいだろう――。考え始めて直ぐに妙案が浮かんで、何だ簡単な事じゃないかと思った。

「マスター、一回出しましょう」
「うん……?」

 腰の下に敷いた枕を外させると、違う事をしようとしていると分かったらしい。彼が手を伸ばしてくる前に、肩を押さえて覆い被さった。

「なに? カイト?」
「……こうすれば一緒にイけます」
「ッ……」

 互いの熱を重ねて擦り合わせるように腰を揺らせると、想像していたよりずっと気持ちよかった。俺が押さえているせいで顔を隠せないマスターは、横を向こうとする。それを逃がさずキスで繋ぎ止めると、少しして物言いたげな視線を注がれたため、大人しく口を離した。

「隠さない、から……、腕、放して……」

 切々と訴える声に負けて拘束を解くと、マスターは本当に顔を隠さないどころか、背中に腕を回して抱き付いてきた。彼と肌を重ねているんだという実感が急に湧いてきて、泣きたいような気がした。

「気持ちいいですね……」
「ん……」

 こくりと頷きながら、合わせて律動する姿態に目が眩みそうだ。

「マスター……、好き、大好きです……」

 込み上げる想いに任せて言葉にすると、彼は切なそうに眉を寄せて、次の瞬間、熱を吐き出した。勢いよく飛散したそれは、腹から胸に掛けて点々と白く汚している。その姿がまた扇情的だ。

「俺だけイかせるなよ。ばか……」
「ご、ごめんなさい……」
「……カイト、今どんな顔してるか分かる?」

 熱を吐き出して余裕を取り戻したらしい。聞き覚えのある台詞を言ってくるマスターの顔を見ていられなくて、目を伏せた。きっと悪魔の笑みを浮かべているに違いない。

「分かってます……」
「ふふ、俺の腹に擦り付けて、すごいエロい」
「意地悪ですね……」
「足の間、挟んでいいよ?」

 マスターは自分のペースの時は驚くくらい大胆だ。ほら、と躊躇いなく太腿が開かれ、俺は誘われるままに体を下へずらした。
 彼の後ろに触れる位置だ。乾き始めていたジェルを足して、撫で付けるように動かすと彼が身じろぎした。

「入らないからな……」
「はい……」

 まだ指も挿れていないのに、そんな無茶な事はしない。もし次の機会を与えられるなら、その時でもいいくらいだ。はち切れそうな思考の片隅で、理性が制御を掛けてくる。良かった。まだしっかりと働いている。彼を壊してしまいたいなんて思わないけれど、それと似たような事をしてしまうくらいなら、行儀が良いと笑われるほうがいい。

「マスター、マスター……、愛して、ます……」
「うん……」
「マ、スターは?」
「……言わないと分からない?」
「分か、りません……。貴方、は、いつも、にこにこして……」
「そっか。こっち来て」

 呼ばれるままに顔を近づけると、首根っこを掴まれた。耳元に口を寄せるマスターの表情は見えない。鼓膜へ吹き込むように甘やかな声が注がれた。

「死ぬほど好きだ」
「ッ……!」

 たった一言。その声が脳に達した瞬間、中心の熱が前触れもなく弾けた。暴発したそれは何の抑制も効かず、気づいた時にはマスターの腿を汚していた。

「わ……、ふっふ、そんなに嬉しかった?」
「すみません……」
「謝ることじゃないよ。可愛いやつ」
「俺、からかわれてるだけかもって思って……」
「冗談で男と付き合う程、俺って変態に見えんの?」
「違っ……、違いますけど。俺は一杯一杯なのに、マスターは余裕そうで」
「だって、カイトの前では良いところ見せたい」
「俺もマスターには良いところ見せたいですよ」
「カイトは可愛い」
「……それは良いところですか?」
「良いところだ」

 にこにこと笑みを浮かべてそんな事を言うマスターは、やっぱり俺なんかよりずっと余裕そうに見える。
 俺の手の中で乱れていた姿は幻だったんじゃないかと慎重に考えても、記憶は鮮明によみがえってきた。

「……声を我慢するのは良いところなんですか?」
「うん」
「感じてくれてるんだって分かって嬉しいですよ」
「格好悪い」
「まあ……、可愛いですね」
「バカイト。童貞」

 自分の上げた声を思い出したのか、マスターはまた罵ってきた。ふいっと顔を背ける姿は本当に可愛い。辱めたいわけではないけれど、いつか、我を忘れて快楽に喘ぐ姿が見てみたいと思った。



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