右足義足のマスター、ダークメルヘンちっく、グロテスク
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夢とうつつの境に優しい気配がある。左足の踵がほかほかと温かい。甲に熱い吐息がかかるのを感じて身じろぎすると、シロップみたいな声が「マスター」と呼んだ。うつらうつらしたまま、柔らかなシーツに左手を泳がせると気持ちよくて、まだこうしていたいと思う。その手をきゅっと掴まれて、今度は手首がほわほわと温かくなった。マシュマロみたいな感触がしてもまだじっとしていると、左耳から「マスター」という声をとろりと注ぎこまれた。ああ、素敵だ。ゆっくり瞼をあげれば、染みとおるような瑠璃色があって口元をゆるませた。
「愛してます、マスター」
「おはよ、かいと」
そっと体を起こされてクッションに寄りかかると、白いマグカップを差し出された。ふんわり甘いミルクティーで体を温めていく。こくこくと飲んでいたら、瑠璃色が近づいてきて左瞼に口を這わされた。
「ん……、そんなに楽しみ?」
「はい、明日が待ち遠しいです」
「日付が変わったらいつでもいいよ。カイトの好きな時間に」
「俺が好きなのは貴方と居る時間ですよ」
「うん、……ふふ、取ったらまた口に入れるの?」
「小さいので、初めは舌で味わいたいです」
「あんず飴みたいに」
「はい、可愛くて美味しいです」
「美味しそう?」
「とても……、つやつやして、柔らかくて……、少しずつ、口の中で溶かしたいです」
「ん……、まだ、我慢」
明日が何時間後にくるのかは分からない。カイトが知っているならそれでいい。きっと何も乗っていないお皿とナイフとフォークを持ってくるから、その時に左の眼球をあげる。
*
アルティメットカイトは、チェスのルーク。
マスターを見つけたら「チェック」と呟いて真っ直ぐ走ってくるよ。
曲がり角では二段階右折するよ! 逃げる隙はこれぐらいだね!
壁際まで追い詰められたら、チェックメイトだ。
アイヴィーファントムは、幽霊。
ホーンテッドハウスで生体のマスターと仲良く暮らしているよ。
ときどき「お腹が空いた」と言ってマスターの精気を吸うんだ。
素敵だね!
*
「カイト居ると買出しが楽だな。助かる」
「すべて俺が持ちますのに」
「おまえ、この前、卵パック全滅させたじゃん」
「それはすみません」
「いいんだよ。本来、おまえがやることじゃないし」
「マスター、手伝わせてください」
「言うと思ったから、今日は煮込みにした。雑に切ってもいいぞ」
「……っ、く……」
「力みすぎ。包丁はメゾフォルテで。人参まわして」
「こう……、こうでしょうか」
「おう、素晴らしく大雑把だ。これ火通るかな……、もう一回――」
「……ッ」
「指あぶねえ! そいつは俺が処理するから乱切り続けろ!」
「切り終わりました」
「お疲れ。うんうん、悪くない。パプリカ先輩の見る影もないが……」
「メゾピアノにすべきでしたが、気づくのが遅すぎました」
「いいよ。炒めるのは俺やるから、トマトペースト持ってきて」
「はい」
「開けなくていいからな。殺人現場ができてしまう」
「マスター、鍋に葉っぱが入ってしまってますよ」
「うん。それ、ローリエって言って香りつけてんの」
「そうでしたか」
「あとは味付けだな。カイトやる?」
「え、それは一番難しいと」
「おまえなら出来る。ソース持って」
「はい」
「BPM90、3拍子で6拍分だけ入れる。いいか? カウント、1、
2……、1、2、3、1、2、3、パウゼ!(※)」
「っ……、どうでしょうか?」
「それ! それが今回の適量!」
「やりました」
(※休止符)
「食器しまい終わりました」
「ご苦労さん」
「マスター」
「んー」
「こっち向いてください」
「ん……、っ、ちょ……、待っ……、……パウゼっ!」
「…………。……まだですか」
「っまだまだ」
「何拍、待てばいいですか?」
「……4分33秒くらい?」
「ふふ、……分かりました」
「…………。……こう、っ、しても、動かないな。えらいえらい」
「…………」
「…………」
「…………」
「……カイト」
「…………」
「…………。……コン・モート(※)」
「まだ、2分47秒しか経ってませんよ……、マスた……」
(※動きをつけて。速く)
*
カイトは指先にまとい付いた蜜をねぶりながら、くたっと横たわっている姿態を見下ろした。
絹布に沈むマスターの肌は、首筋から内腿に至るまでそこかしこに花を咲かせている。しつこい愛撫で中心は糸を引くほどに濡れ、今しがた引き抜かれた指が恋しいのか、蕾をはしたなくひくつかせていた。
「物足りない、ですか?」
「ッお前が……っ」
「俺が?」
問い返しながら、ゆっくりとベルトの尾錠を外し、ボトムをくつろげて怒張した雄蕊を露にした。
「知らな……」
言葉を詰まらせたマスターは絹布を掴んだ手に力を込めた。彼の左足を抱えあげた手は少し乱暴だ。猛り立った蕊が蕾に当てられると、吸いつくような反応をした。
「素直ですね」
「……っ」
「挿れたら、どんな反応するんですか」
*
「……本当に嫌なら命令してください。たった一言、やめろと言うだけだ。そうでしょう? マスター」
「っ……」
「そうやって顔を背けるくせに。どうして言ってくれないんですか。残酷な人だ。きっぱりと諦める機会もくださらない。わずかな望みに期待して、いつまでも貴方に執着する。恋人の居る貴方に」
やめなくていいと言ってしまったら、もう本当に後戻りできない。
「簡単に突き飛ばせるでしょう? ほとんど力を入れていませんよ」
「……、ッ……」
「……では、そのまま目を伏せていてください。貴方は何も悪くない。夢魔にあったと思えばいい。正体不明の悪魔におそわれる夢です」
「……ッ……ハ、……っ、ヵ……、カイ、ト……、っ……」
「……名前を呼んだら、だめじゃないですか……。見なくていい。考えなくていい。貴方は何も知りません。全部、夢です」
*
「本日よりお世話をいたしますカイトと申します」
「本当は弾けるのに、なぜ下手な振りをするのです」
「練習時間が延びれば、それだけサボれるだろう」
「なんでカイトを寄こしたかな」
「女の子に気を取られて練習が疎かにならないように、ではないですか」
「ふーん。じゃあ、……っ、……俺がカイトとキスしてるなんて知ったら、どんな顔をするだろうな」
「……大胆なことしますね、マスター」
「あ……? っお前……っ、何するんだ」
「先にしてきたのは貴方ですよ」
「へえ。……で? 悪ふざけの続きをしたいのか?」
「怖いんですか?」
「煽るな、カイトのくせに、……っ」
「早く脱がせろ」
「誘い方ってものがあるでしょう? マスター」
「勃たせてるくせにうるさい」
「お望みどおり、たくさん泣かせてあげますよ」
「調子に乗るな」
「なぶられるの好きなくせに」
*
「カイトが好き」
「……俺も好きですよ」
「そうじゃなくて……、恋人になりたい」
「マスターは未成熟ですから、今の気持ちを恋だと勘違いしてるんです。数年後には何でそんなこと言ったんだろうって思いますよ。ほら、夕食にしましょう」
「ッむかつく……、いつか振り向かせてやる」
「俺はマスターなんだから、カイトを好きにしていいはずだ」
「なるほど……。スリープ中に枷でも付けられたらよかったですね」
「おまえ、起きるの早すぎ……」
「こういうことになりますからね。……それでどうするつもりです?」
「っ犯す……!」
「俺に力で敵うと思ってるんですか?」
「今日、飲み会って言ってませんでした?」
「カイトと居る時間が減るだけだからいい」
「せっかく経験を積む機会なんですから」
「ちゃんといろんな人と交流してるよ。でも、俺はカイトが好きなんだ」
「その遊びまだつづいてたんですか?」
「カイトが分かってくれるまで言いつづける」
「……俺の気持ち、うっとうしい?」
「貴方には貴方の人生があるんですから、俺に固執しないで幸せに――」
「カイトが隣に居ない人生なんてどうでもいい」
「なんで……、諦めてくれないんですか」
「仕方ないだろ。好きで好きでずーっと好きなんだよ! 分かれよ!」
「いつかは結婚を――」
「しない! 今、カイトに嫌われて死ぬ……!」
「……嫌いになんてなりませんから、生きていてください」
「ひっ、く……、嫌い、って言え、がんばて、諦め、ぅ、から……」
「……マスター」
「なん、っだよ……」
「俺もずっと、好きですよ」
「ッうるさ、も、っやだ……」
「……こういう意味ですよ?」
「っ……同情はいい、っから、ごめ、も、いい……」
「……本当は、貴方の手足を縛ってどこにも行けないようにして、愛しつづけたいと言ったら……、信じますか?」
「……できな、いくせ、に」
「してもいいんですか?」
「や、てみろよ……」
「……言いましたね」
「カイト……」
「はい、マスター。どうしました?」
「……と、トイレ、行きたい、んだけど」
「お小水ですか?」
「ん……」
「尿瓶を持ってきますね」
「え……!?」
「仰向けになってください」
「ちょっと……っ、ひゃ……」
「どうぞ(にっこり)」
「え……、ほ、本当に……?」
「はい」
「む、無理だって……!」
「我慢は体に毒です。……出して」
「っ……! わ、分かったから、あっち向け……!」
「なぜ?」
「え、え……、だっ、だって……、恥ずかし……」
「いつも白いの、出してるでしょう?」
「それとこれとは……! あのなっ、好きなやつにこんなとこ見られたくないよ……」
「(最中に失禁してたけど……、憶えてないのか)……俺は見たいですよ。ほら、我慢したらだめです」
「や、待、触っ……、ダめ、だめだめ……っ」
「……シーツに漏らすマスターも良いですね、ふふ」
「この……! 意地悪……!」
「どうしますか?」
「……こ、これにする、……るから、見ないで……」
「リラックスしてください」
「やっ、やあっ……、お願いっ」
「顔を隠さないで、……見せて、出してるところ」
「うう……っ」
「愛してますよ、マスター」