雨が屋根を強く叩きつける。
静寂は雨音で打ち砕かれるが、それでよい。
独りきりの夜に、静寂は悲しいから。
兄は今夜は帰ってこないだろう。
まだ降り止まない雨、闇より暗い空。こんな時はいつまで続くのだろうか。
ホットミルクに少しだけブランデーを落とす。
酒の力をかりないと眠れそうにない。
湯気をたてるカップを両手で持ち。 ――微かに聞こえたノックの音。

少しの期待をこめ、早足に玄関へと向かった。
「お兄様……?」
そっとドアを開ける。目に入ったのは期待とは違う人だった。
いつも陽気で、太陽のような笑顔を見せてくれる男。
その彼が、泣きそうな表情で玄関先にたっていた。それもずぶぬれで。
男はドアが開いた事に気がついていない様子で、焦点の合わない瞳でどこかをみていた。
あまりに異様な光景に、彼女はしばし言葉を失い、やっとの事で言葉を絞り出した。
「す、スペインさん?」
彼女の声に、瞳に光が宿る。
満面の笑みになり、誰かの名を呟こうとして、彼女の顔を見て、力なく笑う。
「あーリヒテンシュタインちゃんかぁ……
おかしいなぁ。俺はロマーノに会いに来たんはずやのに」
微かに笑い、目を伏せた。
「じゃ、俺はロマーノに会いんくから、またな」
再び瞳から光が消え、雨の中、力もなく歩き始めようとする。
さすがにこの状態で帰すわけにもいかない。
濡れることなど気にせず、彼の後を追いかけ、後ろから抱きしめた。
「スペインさん、落ち着いてください!
ロマーノさんはあちらには居ません!彼は今……」
そこで言葉を飲み込む。
『彼は今、連合国と戦ってるのだから』
その言葉を発してしまったら、スペインはどうなってしまうだろうか。
壊れてしまうかもしれない。
中立を保つ以上、連合にも枢軸にも接する事はできない。
もし、今、接してしまえば、必ずや争いに巻き込まれてしまうだろう。
だから、今彼を止めないと、争いの中、体も心も壊れてしまう。
「ロマーノいないん? いないんか……
ベルギーもいーへんし、フランスもイタちゃんも…
どこ行ったんやろうなぁ。折角美味しいトマトできたのに」
どうにか笑って見せるが、壊れた笑みしか浮かばない。
あまりに痛々しい姿に、彼女は彼の手を握り締める。
ひどく冷えた手に、一瞬だけためらうが、両手で強く握り締めた。
「とりあえず、私の家にいらっしゃってください」
手をひけば、素直に後についてきてくれる。
いや、もう自分の意思で歩こうという気がないのか。
部屋の中までつれてくると、タオルで彼を包み込む。
椅子に座らせ、暖炉の火を強くする。
その間も、ぴくりとも動こうとしない彼。
次にできることを考え、身体の中から温めることを思い出す。
「今、ワイン温めてきますので、少々お待ちくださ……」

「なんだ。ここにいたんか。ベル」
手首を押さえられ、壁に押し付けられた。
足の間に腿を差し入れられ、身体を拘束される。
彼は無邪気な笑みを浮かべる。焦点の合わない瞳で。
彼が口にするのは、愛するものの名前。今もどこかで戦っているであろう女性の名。

「寂しかったんや。ロマーノもイタちゃんもフランスも、どこかいっちゃって。
でも、ベルは俺の傍にいてくれたんやな。嬉しい」
唇が重なる。冷たい唇。舌が進入してくる。口の中まで冷たくて。
抵抗したかった。好きではあるが、愛している者ではないものに唇を奪われているのだから。
しかし、ここで抵抗したら、彼ははかなく壊れていくだけだろう。
長い間、口の中を蹂躙されてから、唇が離れる。深呼吸すると、彼女に瞳を向けた。
だが、瞳に彼女は映っていない。
「なぁ、寂しかったんや。でっかい家に一人は凄い寂しいねん。
ロマーノは好きや。でも、フランスも好きや。どっち選ぶなんてできん。
それにな、皆の事思うと、喧嘩したくないんや」
彼の瞳から涙が溢れる。初めて見る涙。
どんなに辛いときも、笑ってどうにかしようと頑張っていて。

首のリボンが外される。手がワンピースの合間をぬい、進入してきた。
冷たい手に、身体が硬直する。首元を触り、唇を落とす。
軽く抱き寄せられ、背中のファスナーが下ろされる。
「もう、独りはいやや。誰かと一緒にいたいんや。
誰かのぬくもりが欲しいん。な、ベル。お前もそうやろ」
白い鎖骨に赤い印が刻まれる。柔らかな首筋に唇を滑らせ、もう一度、唇が重なる。
水音を立て、口内を荒らす。涙が口の中にはいり、微かな塩味が広がった。
胸の先端に冷たい手が触れ、ぴくりと身体を震わせる。

「なぁ、ベル、好きや。大好きや。
だから、どこにもいかないで。ずーっと傍にいてくれんか」
微かに震えている彼の身体。すがるような瞳。

あのスペインがこんな表情を見せるとは思ってもいなかった。
人が好きなスペインが、誰にも会わず、会えず、独りでいたのだから仕方がないのかもしれない。
もし、自分が兄と一緒ではなかったら。もし、彼と同じように独りだったら。

震える彼の肩を強く抱きしめる。
「スペインさん、傍にいます。大丈夫です。私はここにいます」
今度は彼女から唇を合わせる。ついばむようなキスだが、それで十分。
肩の震えが収まる。彼の身体に熱が戻りつつあるのだ。
「……ああ、ベル、愛してる愛してる」
まだ瞳に彼女の姿は映らない。だが、凍りついた笑みが、徐々に溶けていくのがわかった。
冷たい手をとり、両手で握り締める。ゆっくりと暖かくなっていく手を頬にあて、甲にキスを一つ。
「ぬくいな。幸せや」
彼は冷たくなった服を脱ぎ捨てる。肌と肌を合わせ、強く抱きしめた。
適度に筋肉のついたからだが気持ちよい。彼の鼓動の音が心地よい。
下着の中に手が進入してくるが、抵抗はしない。彼に身を委ねる。
背中に回った手が、滑らかな背筋をなぞる。緩やかな曲線を描き、柔らかい臀部へとたどり着いた。
少しだけ足を開かせ、背後に回った手で秘所に触れる。
「……やっ」
味わったことのない刺激に、小さく声を上げた。
堕ちそうな快楽に、彼の肩を強く抱きしめる。
「大丈夫や。俺に任せてくれれば。もっと声聞かせて」
頬に口付け。唇は首筋を通り、胸へとたどり着く。
手のひらにすっぽりと隠れてしまう胸。それが彼女のコンプレックスの一つ。
反射的に胸元を手で隠そうとしたが、肩を抱きしめていないと膝から崩れてしまいそうで。

「かわええなぁ。俺にぎゅっとしがみついて。もっともっと可愛がってやる」
やっと見せてくれた微かな笑み。
それが嬉しくて更に強く抱きしめる。
壁に彼女の身体を寄りかからせ、ほんのりと膨らんだ胸に唇を落とす。
小さな胸だが、形は良い。なだらかな山の先端にある小さな蕾。
手で山の形を崩し、蕾を舌先で優しく転がした。
その度に、唇をかみ、声を押し殺しながらも甘い声を上げてくれる。
「可愛い声聞かせてや。もっともっと」
唇に触れ、指で軽く開かせる。軽く口付けし、耳たぶに舌を這わせた。
「ふぁ……んっ」
今度は素直に快楽の声を上げてくれる。
そして、自らのあまりにも甘い声に顔を赤らめて顔を逸らそうとする。
だが、彼の手はそれを許さずに、もう一度深い口付けをした。
唇を重ねたまま、彼女の下着を下ろし、直接秘所に触れる。
くちゅっと小さな水音を立て、指先が沈み込んだ。
「もうこんなに濡れて。俺を受け入れる準備はできているみたいやな」
耳元で呟き、指を動かし続ける。とろりと溢れ出す蜜を指で絡め、小さく主張する豆を指先でつまみあげる。
絶え間ない刺激に、彼女はただ彼に抱きついて快楽に耐える事しかできなかった。
膝ががくがくとして、もう自らの力で立っている事ができそうに無い。

「や……ダメです、もう……」
「はいはい。甘えっこやな。ベルは。もう入れて欲しいんか」
違う女性の名を呼ぶ彼に、少しだけ熱が冷めていくのを感じた。
そう。彼は愛する者を抱いているつもりで。
このままおとなしく抱かれ続けていいものかと、彼の顔を見上げ……
「……スペインさん……」
無邪気な笑顔を見た途端、その迷いは消えた。
彼が癒されるのならばそれでいい。
彼の首に腕をまわす。そして、唇を重ね。
「愛してます」
「俺もや。愛してる」
抱きかかえられ、ソファーへと運ばれ、優しく横たえられた。
真っ直ぐに彼女を見つめる瞳には、もう悲哀の光は無い。
「……愛してる」
もう一度愛の言葉が口から出てきた。彼女の上に重なり、熱くなった男根をゆっくりと押し付け、
「……っ!!」
声にならない声。彼の背中に強く抱きつく。

男根を締め付ける感触、そして背中に走る痛みに少しだけ眉をひそめ、それでも幸せそうに笑って彼女を見つめ、
「……ベル、ベル……べ……ベル?」
笑いが凍りついた。何事かと思い、彼女は痛みをこらえ、彼の顔を見た。
瞳に光が宿っていた。強い意志の光。それと同時に戸惑っているのがはっきりとわかった。
「え、なんで俺こんなとこ……なんでリヒテンちゃんがここにいるんや?」
我に返ったのか、首をかしげ、自らの身体の下で涙を浮かべている少女を見やる。
顔、それから露になった胸と視線を下へとずらしていき……違和感のあった下半身に目をむけ、
「え? リヒテンちゃんと? 何で俺……」
混乱している彼が腰を引くと……愛液に混じって赤いものが垂れてくる。
赤いもの。それを見た途端、混乱していた彼はやっと現状を理解した。
先ほどまで見ていた幸せな夢の正体を。
「俺、リヒテンちゃんを! 無理やり無理やり……俺が俺が!」
唇を強くかみ締める。苦悩の表情で胸をかきむしり……蚯蚓腫れが広がる。赤く隆起した肌。
それでも彼は胸に爪を立て……指先が己の血によって染まっていく。それでも彼は辞める事もなく。
「俺が俺が俺が……」
「スペインさん!」
強く彼の身体を抱き寄せ、深く唇を重ね合わせた。
抱きしめてしまえば、胸をかきむしる手を止められる。
唇を封じてしまえば、呪詛のように自らを責める言葉が止められる。
唇を重ね、躊躇いがちに彼の口の中へと進入していく。
彼の舌が触れた途端、ぴくりと身体を震わせたが、すぐに舌を絡め、彼の熱さを確認する。
唾液が口の中で混ざり合う。唇を離すと、どちらからともなく熱い吐息が漏れ。

「……リヒテンちゃん……すまん。俺、寂しくて寂しくて壊れそうで……
こないなの言い訳にもならんとは思うけれど」
うつむく彼の頬に軽くキスを一つ。
「いいんです。スペインさんが壊れてしまわなければ
元気になったら太陽のような笑顔見せてください」」
もう一度優しく抱きしめ……彼は彼女の胸でぽろぽろと涙を流し始めた。
泣き続ける彼の肩を軽く叩きながら、彼女は黙ってそれを受け入れる。
熱い彼自身を胎内に残したまま……



二人で熱いシャワーを浴び、二人で裸のままシーツに包まる。
雨の降りしきる夜空を見つめながら、身体を重ねる。
手を、足を、胸を絡め、唇も何度も何度もあわせ。
お互いの熱い身体を感じあい……生きている事を確認し。
だが中に入れるだけで、それ以上の刺激は求めない。
「……な、喧嘩が終わったら、皆でお茶しような」
彼女の肩をそっと胸に抱き寄せ、小さく呟いた。
穏やかな鼓動が気持ちよかったのか、彼女は瞼を閉じる。
「そうですね……皆様呼んで……大騒ぎしましょうね」
「ああ。連合も枢軸も関係なく呼んで、笑ったり喧嘩したり。
せや。俺、チュロス作ってくるから。あれは幸せの味なんや。きっと楽しいやろうなぁ」
気持ちのよい眠気が襲ってくる。先ほどまでは酒の力を借りないと、不安で眠れそうに無かったのに。
「ロマーノからって、フランスとイギリスが馬鹿やって、そんで皆で大笑いして……」
彼の穏やかな声が徐々に遠ざかる。彼の鼓動も穏やかなメロディへと変化していき……

――その夜は、二人とも久しぶりに幸せな夢を見たのだった――


青空の下、賑やかな声が響き渡っていた。
「ろまぁぁぁぁぁぁのぉぉぉぉ!!」
「ちぎぃ! 寄るな触るなこんちくしょーが!」
「ひん剥くならば、おにーさん手伝うぞ」
「はははははは、俺も混ぜろ」
暴走したスペインがロマーノにすりより、必死に抵抗して。半裸のフランスとイギリスが混乱に拍車をかけ。
アメリカは大笑いでその惨劇を鑑賞し、ただにこやかに眺めるロシアがいたり。
呆れ顔でお茶をすする日本と中国やら、騒ぎに乗じてリヒテンシュタインに近づくイタリアがいたり。
大騒ぎの一同に、ドイツは一喝しようと大きく息を吸い込んで……

――セダァァァァン!!――
銃声が草原に響き渡り、一同は沈黙した。
もちろん、銃声を響かせた人物はわかっている。
不機嫌そうなスイスだ。一同を一睨みする。
「我輩の庭で馬鹿騒ぎをするのではない」
一同は顔を見合わせ……にやりと笑う。そして、草原へと一斉に駆け出した。それぞれとても良い笑顔で。
その後をスイスが追い掛け回し……いつもの鬼ごっこが始まった。
一人残されたリヒテンシュタインは、そんな光景をまぶしそうに眺める。
馬鹿騒ぎはしても、喧嘩になっても、戦いにはならない。そんな今がとても嬉しくて。
一瞬だけ、スペインと目が合う。
彼は幸せそうな満面の笑みを彼女に向けると、再び鬼ごっこに興じ始めた。
走り始めた彼に軽く手を振って見送ると、手土産のチュロスを一口。
ほおばった途端、頬を緩め、笑みを浮かべた。
「……本当に幸せの味……ですね」
今の幸せをゆっくりとかみ締めながら、彼女は自分達を包んでくれる太陽を見上げ、草原に倒れこんだ。






2009/10/23初出
WW2の時二人とも中立国だったので、この二人に。
リヒはスイスが側にいたんだろうけれど、スペインは一人きりだったんだろうと思いまして。



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