熱い吐息が漏れる。
男は肩を震わし、小さく息を吐く。
潤んだ瞳で男を見上げ、何かを口にしようとするが、すぐに甘い声へと変化していった。
軋むベッドの音を耳にしながら、彼女は快楽に身を委ね続ける。


「ネ、香港……」
じっとりと汗をかいた背中に顔を摺り寄せ、甘ったるい声で彼の名を呼ぶ。
彼はちらりと彼女の顔を見つめ、それからすぐに視線を逸らした。
大きく欠伸を一つ。
頬を膨らませ、彼の頬をつつく。
「ネエ、香港、こっち向いてヨ」
「台湾がその声出す時は、何かおねだり的な。マジ無理な事言うつもりでしょ」
彼の的確な指摘に、彼女はびくりと身体を震わせた。
視線を逸らし、あらぬ方向をしばらく眺め。
「ソレはソレとして。
ね、香港、今度のイベントの時、着て欲しい服があるんだケド……」
「……また偽娘な服?」
眉を潜め、呟く彼の言葉に、彼女の瞳は輝いた。
満面の笑みを浮かべ、興奮した様子で語り始める。
「そうダヨ。香港ってば似合うんだモン。
今回は淡い水色のチャイナドレスでネ……」
楽しそうに衣装の出来から、イベントでのみなの反応を話し続ける彼女を、呆れた眼差しで眺め、再び欠伸を一つ。
横目で彼女の様子を眺めてから、今度はため息をつき。
「だからネ、私は隣で男装を……んっ」
続けようとする彼女の唇を奪い、口の中に侵入する。
蕩けるような表情を浮かべる彼女を確認し、しっとりと汗をかいた柔らかな胸に指を這わした。
「や……ン、そんな……ごまかす気デ……ふぁっ」
熱っぽい舌を吸い上げ、絶え間なく溢れ出す蜜を指でかきだす。
非難めいた視線を気にする事無く、彼はもう一度熱い中へと自身を侵入させ。

 


「……マジ機嫌悪い的な」
会議室でぽつりと呟いたのは香港。
いつものように中国と一緒に参加した世界会議で。
同じように一緒に参加している台湾は不機嫌そうな表情を浮かべていた。

いつもならば、中国の発言に、香港が毒を吐き、台湾がフォローと紙一重の止めを刺す。
涙にくれる中国を苦笑混じりに二人で慰め。

だが、今回は違う。
香港が毒を吐いても、彼女はフォローを入れることもなく、彼と視線が合うたび、頬を膨らませ、目を逸らす。
「先生はいじけてても気にしない系だけど……台湾は」
頭をぽりぽりとかきながら、彼は大きなため息をついたのだった。


「なぁ、台湾」
「きーこーえーなーいデース」
「なぁ」
「ああ、空が青いですネ」
「今日は外は雨的な。だから……」
「何も聞こえないデスー」
早足で去ろうとする台湾を、やはり早足で追いかける香港。
それを何度も繰り返し、先に耐え切れなくなったのは香港だった。
少々駆け足気味に彼女の前に立ちふさがると、彼女の腕をしっかりと握り締めた。
「いい加減に!」
「お前コソ、いい加減にしやがれデス!」
手を振り払うその腕で、彼の頬に裏拳が入る。
赤くなった頬を押さえる姿に、彼女は一瞬気まずそうな表情を浮かべていた。
反射的に謝罪の言葉が出そうになったが、不機嫌になった彼に押し黙り。
「……あっそ。ソレならばいい」
むっとした顔で彼女に背を向け、歩き始める。振り向くこともなく、立ち止まる事無く。

「……香港……」
後姿を見送るしかできない彼女の瞳には後悔の色が滲んでいた。

 

――少し困らせたかっただけだった。
いつもマイペースな彼を困らせたかった。
何を考えているかわからない彼に、自分の事を考えて欲しかった。
だから少しだけいじけてみせたのに――


「うん、女の子の気持ちなんかわかるわけないヨネ」
パンダのぬいぐるみを抱きしめたまま、ぽつりと呟いてみる。
何を考えているかわからないパンダの顔に、誰かさんの影を重ね、少しだけほっぺたをつねり。
「……デモ、私も男の子の気持ちわかんないカラ、お互い様カナ?」
パンダの頬から手を離し、今度は頭を優しく撫でる。
それでも表情の変わらないパンダに、小さく笑みを浮かべ。
「キミまでそっくり。やっぱ香港から貰ったからカナ?」
強く抱きしめ、顔を埋める。
微かに肩を震わしながら、しばらく抱きしめたまま時間が過ぎ。


「ウン、ここでこうしてても仕方が無いネ。女は実行ダヨ!」
パンダにパンチを叩き込み、強く拳を握り締めた。
「覚悟してるがいいネ。後悔させてあげるヨ」
彼女の浮かべた笑みには力強さがにじみ出ていた。

 

「はぁ……」
頬杖をつき、ぼんやりと外を眺める香港。
あの日からまともに台湾の顔を見れていない。
太陽の笑みを見れないと中々元気も出ず。
「はぁ」
深い深いため息をもう一度。
天気がいいが、何もやる気は起きない。
机の上に仕事の書類は溜まっていく一方だが。
「マジ、何もやる気ないっていうか」
ため息混じりに呟くと、机の上につっぷした。
ざらざらと書類が雪崩を起こしもしたのだが、気にはしない。
そのままひと寝入りしようと瞳を閉じ、大きく呼吸をし。

――鼻をくすぐる何かの香りに気がついた。

顔を上げ、周りを見回す。
その香りは窓の外から漂ってきたようだ。
「……これは……梅の花の香り?」
ほんのりと甘い香りは確かに梅の花の香りだ。
周辺には梅の木など有りはしない。
だから興味が湧いても仕方が無いだろう。
窓の近くへと歩み寄る。
窓辺に置いてあったのは、一本の梅の枝。先には可憐な花がついている。
先ほどまではなかったはずなのにと、彼は首をかしげ、外を眺める。
彼の目に入ったのは、蒼い空の下、ひらひらと揺れる白い梅の花。
「……いや、あの後姿は……」
よく目を凝らせば、それは走り去る少女の姿だった。
「……あ、こけたし」
石に躓いたのか、バランスを崩し、白いスカートがゆらりと揺れる。
どうにか体勢を立て直したのか、地面にキスする事なく、再び駆け始めた。
何となく滑稽な姿に、彼の口元に笑みが浮かぶ。
「……しょうがないって感じ? 馬鹿な子ほど可愛いって言うか」
呆れた様子で、彼は小さくため息をつき、彼女の後姿を追いかけ始めた。


「……台湾の家的な?」
彼がついた先は、紛れもなく台湾の家。
「にしても、この大量の梅、どうする?」
いつの間にか彼の手には沢山の梅の枝が抱えられていた。
追いかけている最中、何故か梅の枝がいたる所に落ちていたのだ。
鼻をくすぐる梅の香りに、彼は少し頬を緩め。
「しょうがない。悩んでいても仕方が無い的な。当たってくだけろって感じ」
彼女の家のドアをノックし、しばし待つ。
家の中では慌しい物音が響き、ドアが開いた。
中から顔を出したのは、ほんのりと頬を赤らめた台湾。
なぜか肩で大きく息をしていた。
「あ、香港。いらっしゃい」
彼の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
それから視線は彼の手元を見て、更に笑みを深めた。
「ワァ、それ、プレゼントですカ? 嬉しいヨ」
「……若干棒読み的な」
ぽつりと呟いた香港の言葉に、彼女の笑みが凍りついた。
気まずそうに彼の顔を覗き込み。
「やっぱバレてタ?」
「当たり前って言うか……」
彼の言葉の先を期待するかのように、目を輝かす彼女。
この瞳をした時は、彼女は大抵無茶な事を望んでいるから。
彼女に気がつかれぬよう、小さくため息をつき、まっすぐに彼女の瞳を見つめ。
「……お前の事は誰よりもわかってるつもりだ」
かなり棒読みだったのだが、彼女は幸せそうに微笑み。
「香港も演技下手ネ。かなり棒読みだヨ」
彼の腕から梅の花束を受け取り、目をつぶって少し背伸びをする。
その仕草をした時の彼女の要求も理解している。
彼女の肩を優しく抱きしめ、顔を俯ける。
柔らかそうな唇にぎりぎりまで近づき、彼も瞳を閉じ。
「……んっ」
甘い吐息に、彼の鼓動は自然と早くなる。
少し強めに肩を抱きしめ、うっすらと開いた口の中へと侵入した。
響く水音。舌を動かせば、彼女も呼応してくれる。
うっすらと瞳を開けると、頬を赤く染めた彼女の姿。
『そういえばまだ外なんだよな』と考えながら、彼女の腰を引き寄せた。
唇を離し、惚けたままの彼女の身体を抱きかかえ、部屋の中へと入っていく。
センス良くそろえられた家具。
時折、二次元キャラのグッツが見えもしたが、見なかったふりをして部屋の奥まで進んだ。
柔らかなソファーの上に彼女の身体を下ろし、上に圧し掛かる。
「相変わらず、少女漫画好き的な?」
「だって、少女漫画は女の子の夢……んっ」
滑らかな首筋に唇を落とし、スカートから見える白い腿を指でなで上げる。
快楽に身をよじる彼女の手首を押さえつけ、彼は笑みを浮かべた。
「俺にこうして欲しかったんだろ」
小刻みに震える彼女のスカートの奥深くに指を滑り込ませ、耳を舌でなぞり。
「ぷっ、だ、ダメだヨ。香港演技下手すぎネ」
笑いをこらえきれず、彼女は肩を抱きしめ、大きく噴出した。
笑い転げる彼女を尻目に、彼は頬を膨らませ、不機嫌な表情になる。
「折角、付き合ってあげたのに、笑われるだなんて変っていうか」
背を向け、ソファーに座り込む姿に、彼女は涙を拭い、彼の背中にしだれかかった。
膨らんだ頬を指でつつき、
「ごめんネ。そんな事しなくても、香港はかっこいいヨ」
頬に口付けをし、彼の頬を指で撫でる。
彼の前に割って入り、今度は彼女から軽い口付け。
「ネ、大好きだから、もういじけないで」

真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳に、彼の中で何かが弾けとんだ。

唇を熱く重ね、ソファーの上へ彼女を押し倒した。
胸元のボタンを片手で器用に外し、滑らかな胸元へと手を侵入させる。
「ふぁ……んっ、香港…」
甘い声が彼女の唇から零れる。吐息を漏らすたび、彼の体に熱が篭っていく。
露になった胸の先端を唇に含む。淡いピンク色の蕾は、まるで梅の花のようで。
つんと立った突起を舌で転がし、強く吸い上げる。
手に余る柔らかな胸をもみながら。
体中に咲き乱れる赤い花。
しっとりと濡れる肌が重なる。
スカートの中に差し入れた指はすでに蜜で濡れていて。
「香港……お願いだヨ」
潤んだ瞳で見上げてくる彼女の腰を軽く持ち上げ、蜜に濡れる下着を取り除く。
乱れた身体を隠す事なく、腕を広げて待ち望む彼女。
足を少し開かせ、彼は腰を押し付ける。
「ふぁっ!」
身体の中に入り込む異物感に、彼女は一瞬眉を潜めたが、すぐに快楽の色を湛え。
「あぅ……香港っ! いつもより熱……」
快楽の声を漏らす彼女を優しく見つめながら、彼はかける言葉を考えていた。
彼女の好きな少女マンガならば、ここで『綺麗だよ』とか『可愛いね』とか『もうぐちょぐちょだよ。本当にえっちだね』とか
甘い台詞を吐くところだろうが。
「……無理的な?」
彼女に聞こえない程度の声で呟くと、小さくため息を吐き。
更に腰を動かし、更なる快楽を与える。
彼女の表情を確認し、少しでも快楽を増幅できるよう。
腰をぶつけながらも、胸の刺激は忘れない。

荒い息と水音が部屋の中に響き渡る。
彼女もそろそろ限界が近いのだろう。時折引きつるような動きを見せ始め。
「……そろそろって感じ?」
少し強めに胸の突起をつまむと、彼女の締め付けが激しくなり。
「ふぁ……やっ、もうだ……ダメ」
彼女の腕が彼の首に回る。強く身体を抱き寄せる。
指が彼の背中に突き立てられ。
痛みに耐えながら、最後に奥深くまで貫き。
「あっ、あぁっ、やぁっ!」
「……ぐっ」
彼女は絶頂を迎え、くたりと身体の力が抜けた。
ソレと同時に、奥深くに侵入した彼も欲望を彼女の中へと注ぎ込み。

意識を失った彼女の身体を抱き抱え、ベッドに運び、横たえる。
気持ちよさそうに眠る彼女の頬にキスを一つし、腕枕をしてやる。
それから彼は大きな欠伸をし。

 

「……ね、香港。私の事好き?」
「……ん」
「私も香港大好きだヨ」
「……うん」
腕枕をされている台湾は幸せそうに愛の確認をし。
香港はただ言葉少なめに頷くだけ。
だけれども彼女は不機嫌になる事はない。
少女漫画のような言葉はもう望んでいないから。
「だからね……で」
「……うん」
「……だから、……で……を」
「……ん」
何度目の生返事だっただろうか。楽しそうに話す彼女を尻目に、眠たさで頭が動かない状態で頷き。
「よし、決定だヨ。じゃあ今度のイベントでネ」
目を輝かした彼女の言葉で、眠気はどこかへ飛んでいった。
「やっぱ足綺麗だし、スリットの入ったチャイナドレスかナ? 色は何色にしよう♪」
楽しそうに思考を巡らせる彼女に、彼はしばし言葉がでてこず。
しばらく口をぱくぱくとした後、やっと言葉が出た。
「イベントって……チャイナって一体何の話的な」
「やだナ。香港、偽娘やってくれるって同意してくれたヨ」
「いつ……って……もしかして」
ぼんやりと話を聞いている時に、イベントがどうのという話を聞いた記憶があった。
眠気に耐え切れず、生返事した中に、同意を求める言葉があったのだろう。
「ちょっと、それは……」
「え? もしかして私の話を聞いてなかったって事じゃないよネ。
それに香港は嘘つかないよネ」
満面の笑みを浮かべる彼女を前に、全身を酷い疲労感が襲ってきた。
うきうきと構想する彼女に何もいう事もできず、彼はベッドに沈むしかできなかった。

 


賑やかな会場で、彼はうんざりした表情をしていた。
周りをカメラ小僧に囲まれながら。
『ポーズをお願いします』という言葉を無視し、大きくため息をつく。
それから身に纏っている淡い紫のチャイナドレスを眺め、もう一度ため息をつき。
遠くでは楽しそうにポーズを決めている執事姿の台湾を眺め、少し頬を緩め。
「しょうがないって感じ。こうなったら楽しまなければダメ的な」
割り切ったのだろう。いつもの自分はかなぐり捨て、にこやかな笑みを浮かべ。
「写真よろしいですか?」
「ポーズはこれでいい的な?」
誰かの声に、のりのりでポーズを決め、振り向いた所で、彼の表情が強張った。
そこにいたのはカメラを持った知人。それもあまり知られたくない二人。
「え? もしかして香港か? お兄さん驚いちゃったよ」
すかさずカメラを構えるフランスと、まだ硬直したままの日本。
カメラのシャッター音だけが響く中、台湾がその状況に気がつき、駆け寄ってきた。
「日本さん、フランスさん来てきれたネ。
見てほしいヨ。香港の衣装私が用意したヨ。似合うでしょ」
諸悪の根源は、彼らに無垢な笑みを浮かべ。
「……扇を構えたポーズでお願いします」
淡々とポーズをお願いする日本の声に、香港は我に返り。
「何コレ、おかしい的な。本当におかしいって感じ!」
悲痛な叫び声は、賑やかな会場に響き渡り、そしてかき消されていったのだった。

 

 

 

書き下ろし
6/11に拍手くださった方と7/2のコメントを下さった碧様に捧げます。
テーマは『打ち砕け!少女マンガ』でした。
少女マンガになりそうでならない二人を描きたかったわけで。


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