――乾いた破裂音が辺りに響き渡った。
 襲撃を企てた青年が紅い液体を撒き散らし、声もなく、仰向けに倒れこんでいく。
 くすんだ金髪が風に流れ、地面に広がる。大きく息を一度吸い、血の塊を吐き出して呼吸が止まった。
 人間の急所は良く知っている。痛みを長く与えながらも生かす手段も、その逆の方法も然りだ。
 一瞬の判断。一瞬の隙が死を呼ぶ。だから、大抵は一発で殺す手段をとる様、訓練された。
 愛するものを守るため、放った弾丸。それは脅威から、愛するものを救ったはずなのに。
 弾丸を受けた青年の仲間だろう。青ざめた顔で彼に駆け寄ってくる。
 力なくうなだれた身体を抱き上げると、喉の奥から搾り出すように声を上げる。
「マルセルーーー!!」

 ――その瞬間、時が止まったように感じた――
 
「……リグレット、大丈夫か?」
 不機嫌そうな声が彼女に声をかける。目を見開くと、やはり不機嫌そうな顔をしていたアッシュが目に入る。
「大丈夫だが、何か?」
 かなり動揺したが、それを隠し、返事を返した。その答えに彼は首をひねる。
「……書類が逆さまだが、それで読めるのか?」
 よくよく見れば、書類が確かに逆さまに置いてあった。逆さまのまま、デタラメなところにリグレットのサインが書いてある。
「ああ、気にするな」
 そうは言うものの、気にならないはずは無い。いつも生真面目なリグレットが、そのようなヘマをするなんてアッシュには想像もつかない。その原因となることといえば……
「……今朝の暗殺者か?」
 アッシュの言葉に、びくっと反応を示すリグレット。だが、視線を書類に向け、淡々とした口調で言う。
「気にするなといっただろう。……とっとと訓練にもどれ」
「……俺が気にすることではないとは思うが……もう少し、肩の力を抜いたらどうだ?」
 それだけ呟くと、踵をかえし、リグレットの前から去っていった。
「……肩の力か……」
 ――姉さんってば、いっつも真面目ぎだよ。もっと肩の力抜いたら?
 昔――弟に言われた言葉。それが頭の中で何度も繰り返され……
 小さく震えていた自分の肩をぎゅっと抱きしめた……
 銃を構える。標的は人間に見立てた木製の人形。訓練生が使う、射撃練習用の的だ。
 銃口は的の中心。人間であれば、急所である心臓がある場所。
 狙いを定めようとするが、手の震えが止まらない。両手でしっかりと銃を支える。
 いつもならば、二つの銃をつかうというのに。
 ――情けない――
 震える手をどうにか押さえ込み、トリガーをひく。だが、指は彼女の命令に逆らい、動こうとしない。
 フラッシュバックするあの光景。くすんだ金髪が血に染まる光景。
 弟と同じ名前、似た風貌の青年。
 彼もくすんだ金髪で、姉であるジゼルのハニーブロンドをうらやましがっていた。
 弟もあれくらいの年で、あれくらいの身長で、あれくらいの時に……
 全身に嫌な汗をかき始める。視界が歪み、呼吸が乱れる。
「くっ!!」
 自分が殺したのは暗殺者だ。愛する者を殺そうとした不届き者だ。弟ではない。
 わかっているが、頭の片隅で、あの日の弟の死に様と重ね合わせてしまう。
 握り締めたグリップが手に食い込む。かみ締めた唇から、一筋の血が流れ落ちる。
「――おやめなさい。譜銃を苛めて楽しいですか?」
 背後から聞こえてきたのは、不機嫌そうな声。振り返れば、椅子に腰掛けたディストの姿があった。
 いつもならば、高笑いと共に現れることが多い男だったが、この時ばかりは口元が笑っていなかった。
 光の加減で、眼鏡の奥は見えやしなかったが、きっと蔑んだ瞳をしているのだろう。
「譜銃は貴女と違って繊細なのですよ。――頭を冷やしなさい」
 その言葉に、彼女の肩から力が抜ける。
 あまりに情けない自分の姿を目の当たりにして、膝の力が抜け、地面に座り込んでしまう。
 彼は半分癖のように、中指で眼鏡のずれを直す。彼女を一瞥すると、小さな声で呟いた。
「……そして、自分をもそんなにも苛めてはいけませんよ。では、失礼」
 その言葉にリグレットは顔を上げるが、すでにディストの姿は遥か遠くに消えていた。
「……苛める? ……私がか?」
 不可思議な言葉を問いただそうにも、言葉の持ち主はすでにいない。
 彼女はうつろな瞳を手の中の銃に向ける。幾度も人の命を奪ったことのある罪深き銃を……
 
 
 
 

 青白い月の下、淡い緑色のネグリジェが風に揺れる。
 窓辺に腰掛けた彼女は月を見上げていた。不知夜月の光は、今、彼女には眩しすぎた。
 手元には二つの譜銃。どちらも深い思い入れのある銃だ。
 かなり改造された後のある銃を手に取り、月明かりに照らしてみる。
 それは――懐かしき弟との思い出の銃。
 軍に入ったばかりの時、弟が初めて出た給料で買ってくれた譜銃。
 最初は、とても簡易な銃だった。譜銃でもない、ただの銃。
 『姉さん美人だから、自分の身は自分で守らないとね』と笑いながらプレゼントしてくれた。
 安い銃だから、女性には撃った時の反動が強い。試し撃ちした時に、派手に後ろにひっくり返ったのだ。
 けらけらと笑い声を上げる弟に、顔を赤らませ、頬を膨らまして不満を表しもした。
 『人に撃つことは無いだろうけれど、これじゃ姉さんには無理だね』
 彼は元々譜業好きだったので、譜銃への改造を率先して始めた。
 給料が出ると、まずは姉の銃の改造費用にする。
 より良い譜銃に。そして姉に負担の少ない銃になるよう、手間とお金を惜しまなかった。
 銃が弟の手によって改造されていくのを見ているのが、彼女にとって一つの楽しみとなっていた。
 だが――弟の死により銃はその形のまま、時を止めた。
 その銃は――弟との思い出。
 
 
 もう一つの銃を手に取る。比較的新しい銃。多くの傷を表面に残したままの銃。
 それは――愛しき者の想い。
 弟の死。悲しみは怒りに。怒りは軍に、そして上司であったヴァンに自然と向けられた。
 ヴァンを殺そうと近づくが、あまりの力の差にあっけなく阻止されてしまったのだ。
 何度も何度も殺そうと試しみたが、一度も成功することは無かった。
 何度目の挑戦だったのか、すでに記憶が定かではない。
 弟の形見である銃を突きつけた時、彼は身をかわすこともなく、新しい一丁の譜銃を取り出し、机の上へと置いた。
 『殺したければ、私の側近になるがいい。殺す機会が増えるぞ。
 そして、殺るならば、マルセル……いや、お前の弟の姉に対する想いが詰まった銃ではなく、この銃にしろ。
 この銃に私への憎しみを込めろ。――ただし、私もそう簡単には殺られない』
 その言葉で、彼女は彼の側近となった。殺すつもりで側に寄り添い、彼を見続けた。
 見続ければ見続けるほど、憎しみが強まる。あまりに冷血な判断を下す彼を。
 部下である者が死亡しても、眉一つ動かさず、淡々と仕事をこなす彼を。
 それと同時に――彼の弱さを思い知った。誰にも頼ることも無く、悲しみを涙に変えることのできない弱さ。
 いつしか、強さと弱さを兼ね備えた、ガラスのような彼に引かれていって……
 ――恨みと憎しみの詰まった銃は、やがて情へと変化していった。
 だから、この銃は――ヴァンへの想い。
「銃の撃てなくなった私が……ここにいる理由はないな……」
 冷たい空気に言葉が溶けて消える。
 愛おしそうに銃に触れると、優しく握り締め、不知夜月を見やる。握った手を大きく振りあげる。
「……さようなら。マルセル……」
 勢いよく銃を投げ捨てる。銀色の光が銃を照らし出し、夜空に弧を描く。
 そして――弟との思い出は草むらへと飲み込まれて……消えた。
 
 
「閣下、今日を持って、第四師団長、副官の官職、そしてこの銃をお返しいたします」
 朝一番、ヴァンの元へとやってきたリグレットは、もう一つの銃を机に置くと同時にその言葉を紡いだ。
 突然の申し出に、周りにいた兵士達はざわめき立てる。
 優秀な人材なのだ。彼女を尊敬している兵士も多い。
 しかし、当の本人であるヴァンは眉一つ動かさない。
 彼女が返却してきた銃を手に取ると、それに刻まれた傷を感慨深く見つめる。
「……お前がそう望むならば、止めやしない。今まで仕えてくれたことに感謝する」
「はっ、では……失礼します」
 淡々と言葉を吐き出す。
 あふれ出しそうになる感情を抑え、彼に今の顔を見られないよう足早に部屋を出て行く。
 ヴァンの執務室を出て、本部の廊下を歩きぬける。思い出深い本部に別れをつけず、振り切るかのように歩き続けた。
 ――あの時、閣下が呼び止めてくれれば。あの時、銃を突き返せば……私は……
 甘い考えが浮かんでは消える。
 引き止められる事を望んでいた自分に気がつき、情けなさに涙がこみ上げてくる。
 ――銃の撃てない私は、閣下の負担になるだけだ――
 その言葉を呪文のように繰り返し、彼女はオラクルを後にした。

 澄んだ青空。その中に一人取り残されたように思えるのが、どこか悔しい。
 軍人ではなくなった自分。昨日とは違う自分。存在価値のなくなった自分。
「……エンゲーブでのんびり生活するか」
 ――戦いから離れ、静かに暮らすのも悪くは無い。
 ブウサギを育てながら、草花を育てるのも良い。
 ……もう戦いとは関係ない。オラクルに所属していたころの自分ではない。
 そう、今日から第四師団長リグレットではなく、昔に捨てた人物……ジゼル・オスローなのだ。
 戦いを共にした仲間たちの顔が頭に浮かぶ。が、それを打ち消すかのように頭を振った。
「さ、まずは港に向かわなくちゃね。これからがんばろっと」
 昔のように女性らしい口調で呟いてみる。どこかくすぐったく、微笑を浮かべた。
「……まだなれないが……もうリグレットは捨てないと……ね」
 振り切るような言葉。これからはジゼルとして生きなければいけない。
 彼女――ジゼルは一人で歩み始めた。
 
「……囲まれた……か」
 多数の殺気を肌で感じながら、彼女は呟いた。
 いつもの癖で森を突っ切ろうとしてしまった。一般人ならば避けて通る森を。
 多分、盗賊の輩だろう。女性を集団で狙う卑劣な輩はそれくらいだから。
 前の――『魔弾のリグレット』ならば、これくらいの敵は他愛も無い。
 だが……今は武器も無い。多少の体術は心得ているが、それは一対一での場合だ。多数の盗賊を相手にする自信はない。
「……ちっ!!」
 まずは殺気に気がついていないふりで、足早に駆け抜けようとする。出来るだけ普通の女性を装い、森の暗闇におびえるかのように。
 きっとその行動で敵は油断するだろう。油断した所を一体ずつ倒せばどうにか……
 それが――彼女の油断だったのかもしれない。
 足元で音を立て、何かが破裂する。煙があたりに漂い、視界を奪われる。
 何も見えない中、必死に気配を探るが、足に何かが絡みつき、地面に倒れこむ。腕を何者かが押さえつけた。
「けっけっけっ、上玉じゃねえか」
 げひた笑いが後ろから響いた。煙が風に流れ、男達が姿を現した。その数は十数人。そろいもそろって『盗賊だ』と主張しているかのような格好をしていた。
 動揺を抑え、できる限り冷静に男達に話しかける。
「……ダアトの膝元でこんなことを行っていいと思っているのか」
「ダアトが何だというんだ?  俺らはスコアすら詠んで貰えないならず者だから、関係ねぇさ」
「そうそう。こうやって森に入り込んだ女を襲って金品強奪するのが、俺らの仕事なんだよ。
 ついでに身体も頂くが、命だけは助けてやるよ」
 話をしてどうなる相手でもない。彼女は観念して目を瞑った。男の笑い声が聞こえる。
「中々、諦めがいいじゃねーか。げへへ、気持ちよくさせてやるよ」
 一時我慢すれば澄むことだ。愛する者以外に触れられる事に嫌悪感を抱くが、仕方が無い。
 できる限り、意識を身体以外に集中する。荒くれだった指が彼女の胸に触れる。
「閣下……」
 自然と出た愛する者の名前。目元から一筋の涙がこぼれた。
 ――例え、身を汚されても貴方の事を愛しています――
「リグレット!! 貴様そこまで腑抜けになったのか!! 屑が!!」
 その声とともに、手足の拘束が解かれる。目を開けた途端、入ってきたのは……
 ――赤い影が剣をひるがえす。それが盗賊をなぎ倒していった。記憶にある姿。よく知っている姿。
「……アッシュ……か」
「とっとと立て!! 死にたいのか!!」
 怒号と共に彼が何かを投げつけた。反射的に受け取と、それは懐かしい重さをした銃だった。

「……これは……」
 ぴったりと手に吸い付くような感触。切り捨てたはずの過去の一つ。
 ――ヴァンへの想いだった。
「ヴァンの所に転がっていた!! あいつから話は聞いた! お前がいなくなったら……」
 襲ってくる盗賊を切り捨て、返り血を浴びる。鮮血のアッシュというだけあって、剣の腕は確かだ。
 しかし、多勢に無勢。少しずつだが、彼は押されてきている。
「お前がいなくなったら……あの馬鹿を誰が止めるっていうんだ!! ヴァンのブレーキ係はお前だろう!!」
「……だが、私は……銃を……」
 懐かしい重さ。だが、まだ撃てそうにも無い。
 ――あの時、弟に似た暗殺者を倒してしまったから。
 ――弟の仇を討ってやることができなかったから。
 ――仇である者を愛してしまったから……
「お前が何を考えているかは、聞くきもねぇし、言わなくてもいい!!
 だが……そんな自分を追い詰めているのが気にくわねぇ!!」
「そうですね。そんな想いで譜銃を扱われては、整備してさしあげている私としてはごめんですねぇ」
 もう一つの懐かしい声。空を見上げれば、怪しい機械とともに、空飛ぶ椅子にのった男の姿があった。
「……ディスト……」
「ハーッハッハッハ、むさい男どもが女性を襲うなんて、美しくありませんねぇ。
 この華麗なディスト様が戦いを優雅にして差し上げましよう。いけ!! カイザーディストZERO!!」
「ちぃっ!! いいとこじゃまするんじゃねぇよ!!」
 そうはいいつつも、現れたディストへ不敵な笑みを浮かべてみせるアッシュ。
 アッシュの剣が敵をなぎ、ロボットが飛び道具で応戦する。
 だが……まだ、彼女は動けないでいた。
 手にした銃がひどく重く感じる。吹っ切れない想い。
「……まだ、苛めているみたいですね。貴女はマゾですか?」
 いつの間にか彼女の横に来ていたディストが声をかけた。
 何か反論しようと、息を吸い込み……そのときに目の前に何か差し出される。
「一応点検はしました。私の改造には及びませんが、中々良い銃ではありませんか。
 今後、落としたら……私がいただきますからね」
 それは――――弟との思い出。
「命を奪うことに抵抗がなくなってはお終いですが、それで責めてばかりいては、この世界生きていけませんよ。貴女はお姫様ではありませんしね」
 皮肉めいた声の中に溢れる優しさ。
 
 
「お前は譲れない信念の元、命を奪っただろうが!! そんな柔な信念だったのか!! そんなんじゃ、殺された奴らが哀れだぜ!!」
 襲い掛かる敵を払いのけ、振り向きもせず、アッシュが怒鳴り声を上げる。
「……信念……」
 もう一度、銃を手に取る。両手になじむ銃の重さ。
 ――弟の思い出。弟の分まで生きなくてはいけない。弟が信頼していた上司を守らなくてはいけない。
 ――ヴァンへの思い。怒りを情に変えてくれた彼のため。強くも弱くもある彼を守るため。
 二つの銃。どちらか片方ではただ重い銃にしかならない。二つなければいけない。
 だから――
 すっくと立ち上がり、銃を構える。もうためらうことは無い。
「盗賊ども、命がおしければとっとと立ち去れ」
 ――流れる金髪、鋭い瞳。二つの譜銃。魔弾のリグレットがそこに復活したのだった。
 
「……二人ともすまな……」
「ハーッハッハッハ、リグレットもドジっこですねぇ。譜銃を二つとも落としていくなんて」
 謝りかけた彼女の言葉をディストがさえぎる。
「そうだな。落し物を探すために休みをヴァンに請求して、その上、森で迷子になるなんてな」
 仲悪いはずの二人が、話をあわすかのように言葉を交わす。
「総長も心配していましたよ。六神将が五人では格好がつかないってね」
「ああ、だから俺とディストを探しに出させて……たく、迷惑な。とっとと帰るぞ」
 ぶっきらぼうに言い放つアッシュに、彼女は苦笑を浮かべる。
 ――嘘が苦手だな。アッシュは。……でも、優しい嘘……か……
 自然と顔に笑みが浮かぶ。二人ともひねくれてはいるが、自分のことを本気で心配してくれた。
「ああ、帰ろう。……皆の元へ」
 嘘を追求するつもりは無い。
 彼女……リグレットは優しく微笑む。木々の隙間から見える空を見上げ、小さな声で呟いた。
「……私は……まだ戦えるみたいだ。見守っていてくれ。マルセル……」
 
 ――愛する者を守るため。弟の大切な人を守るため――
 
 一人で立ち止まっていた魔弾のリグレットはまた歩き出した……
 温かな仲間達に背中をおされるように……
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    弟がいるという話を聞いて、書いてみたくなった話でした。

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