「今日から俺んちにくる奴か」
冷めた瞳をした男がソファーに座り込む少女を覗きこんできた。
全身を舐めまわすように眺め、嘲笑を浮かべた。
「こんなガキが俺んちになぁ。役に立つのか?」
「ご心配なく。プロイセン様。きちんとお役に立ってみせます」
澄ました顔で男を一瞥し、すぐに視線を落とす。
「リヒテンシュタインねぇ。
まあ、見た目は悪くねぇし、血気盛んな奴らの慰め物ぐらいには役にたつかもな」
侮蔑的な発言だろう。だが、彼を睨むわけでもなく、澄んだ瞳でまっすぐに前を向く。
稟とした眼差しに、彼は苦笑し、顔を近づけた。
「悪くねぇ。気に入った。
他の奴らに食われる前に、俺が味見してやる」
手首を押さえつけ、ソファーに押し倒した。
めくれたスカートから見える白い脚を指で撫で、脚の間に膝を押し入れる。
軋むソファーに手をつき、滑らかな首筋に唇を近づけ。
「つまらねぇ。もう少し抵抗とかすりゃいいのに」
唇が触れるか触れないかぎりぎりの所で動きを止め、
ぽつりと呟く男に、少女は微かに笑みを浮かべた。
「民を守る為ならば、どんな仕打ちでも耐えてみせます」
決意の色が宿る少女の瞳に、男は大きく息を吐く。
彼女の上から体を退け、椅子に気怠そうに座り込んだ。
「わかった。お前は俺らの敵ではない」
がしがしと頭を掻きながら、もう一度彼女の全身を眺める。
今度は侮蔑的な意図はなく、真面目な眼差しで。
立ち上がり、服についた埃を払いとる。
彼女には背を向けて。
「だが、俺らにとって負に作用すると感じたら、容赦なく切り捨てる。
それだけは覚悟しとけ」
冷たい声で言い放つと、彼は部屋を後にした。
一人残された少女は、彼の言葉に込められた意味がわからず、ただたたずむしかなかった。
朝起きてから。昼食前後。午後の休息時間。仕事が終わってから。睡眠前。
必ずといってもよいほど、彼は自室から消えていた。
いつもの事。
あのプロイセンに予測できる行動を望む方が無謀だと思ってはいる。
だから、特別気にした事もなかったのだが。
仕事の途中、家の奥深くへと消える彼を見かけたのがきっかけだった。
丁度尋ねたい事もあったし、後を追いかける。
彼が向かう先は大きな一室。
その部屋は立ち入りを禁じられていた部屋。
ドアの合間からそっと覗いてみる。
大きな玉座の上で一人の少年が眠りについていた。
彼は口元を緩ませ、その少年に歩み寄る。
「今日はな、条約締結したんだが、とてもくだらない事で。
眠くて眠くて……」
眠る少年の頭に手を置く。
いつもの冷めた瞳ではなく、慈悲に満ちた光が宿っていた。
しかし、撫でられた少年は反応を見せず、規則正しい寝息を立てるだけ。
「……あれは……神聖ローマ? でも……」
彼女は過去に良く似た顔を見たことがあった。
オーストリアの家にいた頃、一緒に生活していた少年に面影は非常に似ていた。
だが、そんなはずはない。
『彼』は消えたと教えられたから。
小さくため息をつく。
彼女にとっても神聖ローマは思い出深い少年だ。
違うと思っても、あまりにも似すぎている。
よく眠る彼の顔を見ようと身をのりだし、そばにあった本の山を崩してしまった。
「誰だ!」
プロイセンが怒鳴り声をあげる。
先ほど少年に向けていた瞳とは違い、冷たい瞳で。
あまりの変化に、彼女は動く事ができなかった。
今の彼ならば、剣で切りかかってきてもおかしくないぐらいの剣幕。
「誰だといっている。
そして……何のようだ」
刺すような冷たい声。
彼女は声もだせず、ただ佇み。
「……ん?どうしたの?」
寝ぼけた声をあげたのは、プロイセンでもリヒテンシュタインでもなかった。
玉座に座る少年が瞳を開け、眠たそうに目をこする。
その姿を見た途端、プロイセンの表情が変化した。
柔らかな笑みを浮かべ、少年の頭を撫でる。
「ん、何でもない。ヴェストは気にするな」
『ヴェスト』と呼ばれた少年は、プロイセンに頭を撫でられ、幸せそうに瞳を細め、
「あれ?お姉ちゃん誰?」
「ああ、あいつは……」
少し眉を顰めてから、彼女を手招きした。
恐る恐る歩み寄ると、少年の前に立つ。
少年は首を傾げ、彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。
「こいつは……」
「リヒテンシュタインと申します」
スカートの裾をつまみ、一礼。
そんな彼女に、少年は満面の笑みを浮かべ、手を伸ばしかけ。
……再び、両の眼を閉じ、深い眠りへと誘われてしまった。
「ん……今は眠れ。ヴェスト……」
少年の髪を撫で、小さくため息をつくと、彼女に視線を移す。
いつもの冷たい瞳で。
彼女は震えそうになる体を押さえ、まっすぐに彼を見つめた。
問いたい事はたくさんある。
「……あの少年って……神聖ローマですよね」
最初に口から出たのはその言葉だった。
彼女の言葉を聞いた途端、彼の顔が強張る。
何かを言いかけ、口ごもり。
「前はな……今はヴェスト……いや、『ドイツ』だ」
珍しく歯切れ悪く言い放った。
いつも自信満々な彼が彼女から視線をそらしながら。
「ドイツ……ですか?」
現在、彼女がいる家は『ドイツ連邦』
だが、実質はプロイセンとオーストリアが仕切っている。
だから、最初『ドイツ』という名称に違和感を覚えたのだが。
「その子がドイツさんですか……」
納得したかのように、何度か頷いてから、再び彼の瞳をまっすぐに見据えた。
「神聖ローマは死んだ。
神聖ローマはもう無い。だからこいつはドイツだ」
それだけ言うと口を噤み、瞳を閉じる。
それ以上は語りたくないのだろう。
「もういいだろ。今日は疲れた」
大きく息を吐き、床に座り込んだ。顔を手で隠して。
「……出て行け。もうここにはくるな。ここで見たものは忘れろ。いいな」
指の合間から見える冷たい瞳に、彼女は声もでず、小さく頷くしかできなかった。
「えっと……その、失礼いたします」
どうにか声を絞り出し、一礼してその部屋を後にした。
そして……彼は残された室内で、笑いを押し殺す。
とても悲しげな笑い声を。
「……話がある。仕事がひと段落したらあの部屋に来てくれ」
あの出来事から幾分か過ぎた頃、神妙な面持ちでプロイセンが話しかけてきた。
振り返る暇もなく、彼はその場を後にした。
そして、何事も無かったかのように仕事をこなし続ける。
「……プロイセン様?」
彼の後姿を彼女はただ見つめるしかできなかった。
「プロイセン様……いらっしゃいますか?」
前に少年がいた一室の扉を開けた。
目に入ってきたのは淡い光の中、玉座で眠り続ける少年の姿。
あの日と全くかわらない室内に、彼女は静かに微笑み。
「……またお会いしましたね。ドイツさん」
玉座の前にしゃがみ込み、少年の頭に手を伸ばしかけ。
「ヴェストに触るな!」
怒鳴り声に、彼女の動きが止まった。
激しい剣幕で睨みつけると、少年に駆け寄る。
規則正しい寝息を立てる少年を目にし、小さくため息をついた。
慈悲に満ちた瞳で少年の頭を撫で。
「……よく来てくれた」
視線を合わせそうとせず、少年の前に佇む。
「それで……どのようなご用事ですか?」
沈黙に耐え切れなくなったのだろう。
彼女は少年から1歩離れ、二人を視界にいれながら問う。
それでも彼はしばらく言葉を発せず、少年の頭を撫でているだけ。
再び沈黙が場を支配し。
「頼みがある」
抑揚のない声でまずは一言だけ。
「……ヴェストを……ドイツと会ってやってくれ。
本当は身内以外誰にも会わせたくない。ちゃんとした国になるまでは余計な刺激は極力避けたい。
だが……」
眠る少年の頬を優しく撫で、頬を緩め。
「……ヴェスト……ドイツが目覚める度、お前の事を聞いてくるんだ。
『あのおねえちゃんはどこ?』ってな。だから」
胸元を探り、何かを取り出す。
それを彼女に投げ飛ばした。
反射的に彼女はそれを受け取る。
銀色をした一本の鍵だった。
「……ここに入る事を許可する。たまにヴェストに会いに来い。
ただ、この事を他の奴らに話すな。わかったな」
鋭い視線に、彼女は身を硬くし……
だが、彼の表情にどこか柔らかいものが混じってきた事に気がついたのだった。
「わかりました。では今後お邪魔させていただくことにします」
手にした銀色の鍵を握り締め、彼女は優雅に笑った。
――その日から、彼女の日常に『ドイツと会う事』が追加されたのだった――
「リヒー、ねぇねぇこれ何?」
「これはですね……」
顔を並べ、本を覗き込むリヒテンシュタインとドイツ。
純な笑顔を少年が向ければ、柔らかい笑顔で返す彼女。
そんな二人をつまらなそうな顔で眺めているのはプロイセンだ。
「ぶー、ヴェスト〜俺とも遊ぼうぜ。なぁなぁ」
「このお勉強が終わったら、兄さんと遊んであげるからね」
頬を膨らませ、遊びを要求する彼に対し、大人びた表情で流す少年。
どちらが弟かわからない状態に、彼女は笑い声をあげる。
最初はぎこちない三人の時間。
だが、少年の前だけで見せる子供っぽい彼の行動に、徐々に彼女の肩から力が抜けていった。
彼女がくる度、少年は無垢な笑みを見せてくれる。
まだ知らぬ世界の事を教えるため、彼女は様々な文献を持ち寄る。
少年は水を吸うスポンジのように知識をどんどん吸い込んでいった。
接する時間が増える度、徐々に成長を見せる少年に少し戸惑いながらも、
彼女は様々な文献を持ち寄る。
いつしか、少年だったドイツは、彼女の背を簡単に追い抜き、青年へと変化していった。
「……で、この文献についてだが」
顔を近づけてくるドイツに、彼女は思わず頬を赤く染める。
吐息がかかるくらい近いのに、彼は気にせず更に近づき。
「ヴェスト、そろそろ武術訓練しようぜ」
むっとした表情で剣をドイツの側に放りなげるプロイセン。
嫉妬しているのは、弟に対してか。それとも彼女に対してなのか。
「……了解した。すまないがリヒはもう少し待っていてくれ。
この文献についてもう少し話を聞きたいから」
礼儀正しく謝罪の言葉を口にすると、大きくため息をつき、剣を手に取った。
「よーし、それでこそヴェストだ。いくぞ」
甲高い音が響き渡る。剣と剣がぶつかり合う。
大きな身体が舞い踊るように動き回り。
それを静かな微笑で見守る彼女。
熱くなった頬を冷ましながら。
成長とともに、再びぎこちない動きが見られるようになってきた。
最初は、大きくなったドイツを意識した彼女が。
それから、そんな彼女を見て、不機嫌になるプロイセン。
微妙な雰囲気を悟り、やがて彼女との距離を置くようになるドイツ。
気まずい雰囲気の中、時が過ぎ行き……彼女達を取り巻く情勢も変化していき。
その影響か、ドイツは再び眠る時間が増えていった。
「今日も……眠っていますのね」
玉座で静かな寝息を立てるドイツの頬に触れ、小さなため息をつく。
たくさんの書物をもってきたのだが、この様子では起きる事はなさそうだ。
側の椅子に腰掛け、静かに天井を見上げた。
「……いつまでここに来れるでしょうか」
主であるオーストリアとプロイセンとの仲は悪化し、今日もどこかで戦っている。
彼とは戦いたくはないが、主を支援するため、応援は出したのだが。
「本当ならば、戦いたくありません……でも」
安らかに眠るドイツを見つめ、寂しげに笑う。
何か言葉を口にしようとし、首を横に振る。
沈黙の時を、ぼんやりと過ごし。
そろそろ帰ろうと腰を上げかけた時だった。
ドアが乱暴に開かれた。
部屋に入ってきたのは傷だらけのプロイセン。
冷たい眼差しで彼女を睨みつける。
「……いやがったか。クソアマが」
機嫌悪そうな動きで彼女の側へと歩み寄る。
椅子に腰掛けたままの無言の彼女を見下ろし。
「俺は言ったよな。俺等の負になるなって」
彼女が座っている椅子を激しく蹴る。
彼女ごと、椅子は横倒しになった。だが、彼女は悲鳴も上げず、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「なんだ。その目は?」
足が彼女の顔に振り下ろされる。
顔をかする彼の足。やはり彼女は怯えの色すら見せない。
そんな彼女の様子に、小さく舌打ちし、足をどける。
「もうちょい怯えるとか、悲鳴を上げるとかしてくれねーとつまらねぇ」
懐から銀色に輝くナイフを取り出し、小さく笑みを浮かべて見せた。
彼女の胸元からナイフを侵入させ、一気に服を切り裂く。
清楚な下着が。白い肌が切れた服の合間から見え隠れする。
だが、それでも彼女は全く声を出さず、彼の瞳を見つめるだけ。
……それが彼の神経を逆撫る行為であるとは知らず。
「そうか。そんなに俺にヤられたかったのか」
彼女の上に圧し掛かり、耳元に顔を近づけながら、彼は笑い声を上げる。どこか冷たい声を。
白い首に舌を這わす。
彼女は小さく身体を震わせた。ざらりとした舌の感触に、熱い息が可愛らしい唇から溢れ出す。
「あ? 感じてやがるな。淫乱女が。こんな女は突っ込むだけで十分か」
切り込みの入れられた服をなぞり、なだらかな胸、細い腰を通りながら、
白い布に包まれた砦までたどり着いた。
彼に触れられるたび、身体が熱くなるのを感じていた。
こんな状況でなければ、素直に快楽を表現していただろう。
好意を抱いている男に触れられているのだから。
下着の上から丘を執拗に指でなぞる。
白い下着の色が徐々に濃い色に変化していき、指が動く度、濡れた音が部屋の中に響き渡る。
「……んっ」
やっとあげた微かな声に、彼の口元が歪む。
「やっと素直になったか。すけべな奴なんだから素直になりゃいいのに」
再びナイフをかざし、下着の合間に差し入れる。
冷たい金属の感触に、彼女は小さく息を飲み。
ぷちりと微かな音を立て、下着が切れた。
露になったまだ幼さの残る丘に、彼は唾を飲み込んだ。
誰にも触れられた事の無い聖域だろう。
くちゅりと音を立て、丘を割り入る。
指が触れるたび、蜜があふれ、床を汚していく。
「もう我慢できないんだろ。お望み通り入れてやるよ」
ベルトを外し、元気になった陰茎を取り出して、卑下た笑みを彼女に向けた。
足を大きく広げさせ、腰を押し付ける。
丘に何度も先端を摺り寄せ、蜜を絡めた。
「さ、入れるぞ」
耳元で笑いをこらえた声で呟き、根元を支え、腰を勢いよくたたきつけた。
一瞬の抵抗感。だが、力任せに行っているため、それだけの感覚。
眉を潜め、痛みに耐える彼女の顔が目に入ってくる。
大きな瞳に涙を浮かべ、それでも彼を見つめ続けている。
襲い来る苛立ちと微かな焦り。
「ちっ、もしかして身体で国を動かしてきたのか? 周りの男のちんこ飲み込んで、腰振って」
きついぐらい締め付けてくる感触で、そんな事はないのはわかっている。
動かす度に、微かな血の匂いが鼻をくすぐるのも理解している。
泣き叫んで抵抗してそれでも犯され、いつしか快楽に悶え。
そうすれば、彼を支配する黒い靄が消えるはずだった。
だけれども。
涙が一筋溢れ落ちていく。手を伸ばし、彼の頬に触れ。
「大丈夫です。ドイツさんは……目覚めますから」
彼女のその一言に、彼の肩の力が抜けた。
震える手で顔を隠し、小さな笑い声を上げ始める。
「当たり前だろ。ヴェストは俺の弟だ。何ふざけた事……」
笑い続ける。笑い声に段々としゃくりあげる音が混じり始めた。
手の合間から零れ落ちる雫を彼女は指ですくい。
「……大丈夫です」
優しい声で彼の頭を抱き寄せる。
彼の肩が小刻みに震えはじめた。
「……本当は……怖かった。ヴェストと神聖ローマが入り混じって……
『ドイツ』になれなければ、『神聖ローマ』として消えるはずだから……」
ぽつりぽつり語り始める彼の肩に腕を回し、玉座で静かに眠り続けるドイツを見つめた。
「……ここでオーストリアに奪われては…ドイツはドイツでなくなる。
オーストリアは敵だ。だから、お前も敵……」
燃えるような熱い瞳の中に、彼女を捕らえる。
呪いの言葉を吐こうと口を開き……呪は出なかった。
出たのは嗚咽だけ。
「ちくしょう! なんでヴェストはお前を認めたんだ! 何でお前は俺の前にいるんだ!
何で……俺はお前を……」
八つ当たりに近い言葉に、彼女は寂しそうな笑みを浮かべる。
「立場としては……敵となりますが。
――私は貴方を愛してます。今だけはただの男と女として接しさせてください」
彼女の顔が彼の顔に近づく。
唇に触れるだけの軽く口付け。
すぐに顔を離し、柔らかい笑みを浮かべ。
今度は深いキス。
拙い舌先が彼の口の中へと入り込んでくる。
「ん……ふぁ……ちゅ…」
彼女の手が、涙に濡れた彼の頬を優しく包み込む。
「……リヒテンシュタイン……」
どちらともなく腕を絡め、足を絡めはじめる。
服を脱ぎ捨て、二人は素肌を合わせる。
傷だらけの胸板に、彼女は唇を落とす。
その代わりにと柔らかな胸に顔を埋め、ぷっくりと主張する突起を口に含む。
彼女の口から甘いと息が零れ始める。
先ほどは聞こえなかった蕩けるように甘い声が混じり始め。
潤んだ瞳で彼を見上げ、小さく頷く。
彼は彼女の腰を掴み、中に侵入する。
一瞬、彼女に痛みの色が見えた。
彼の動きが泊まり、心配そうに彼女の顔を見つめ。
「……大丈夫です」
彼女の言葉に、腰を更に深く押しこみ。
「……んぁ……」
身を襲う快楽に、彼女の瞳から涙が一筋零れ。
彼が目を覚ますと、彼女は居なかった。
全身に残る彼女の香りと手首に巻かれた彼女のリボン。
けだるい身体を起こし、大きくため息をつき。
「……またな。リヒテンシュタイン……」
彼が呟いた彼女の名前に、静かに眠りについていたドイツが微かに反応を示し。
玉座で眠るドイツの周りに、多数の者達が集まっていた。
誰もがドイツの顔を真剣に見つめ。
ある男が1歩前に出た。ドイツの前に座り、肩に手を置く。
「……目覚めろ。ヴェスト……いや、ドイツ」
男の声に、微かに身じろぎをし、ドイツの瞳が開かれ。
周りの者達の表情が一瞬だけ明るくなった。
だが、すぐにドイツの動きに視線が集中し。
まばたきを数回。それから目の前に立つ男の顔を見上げ。
「――お前の名は?」
男の問いかけにドイツは少し不思議そうな顔をし、首をかしげる。
「ドイツだ。それがどうかしたのか? 兄さん」
その言葉に、周りの者達は表情を明るくした。
誰かが呟く。『新しい時代の始まり』と。
男も嬉しそうにドイツの頭を撫で、振り返って人波の中に無意識に誰かの顔を捜し。
「……いるわけないか」
寂しげに笑い、再びドイツの頭を撫で続ける。
そんな男の表情に、ドイツはまた首をかしげ。
――それが北ドイツ連邦の誕生であり、彼女との別れの日でもあった――
「兄さん、あまり引っ掻き回さないでくれ」
目の前に詰まれた書類を眺め、ドイツは大きなため息をついた。
一つ一つ書類に目を通し、的確に処理をしていく。
しばらく事務仕事をこなし、疲労のため息をつき。
「すまないが、コーヒーを入れてくれないか? リ……」
そこまで口にし、誰の名前を呼ぼうとしたのか思い出せず、首をかしげた。
記憶の中にある誰かの顔を思い出そうとしても、
霧がかかったかのように思い出せず、仕方なく自ら席を立ち。
「……ヴェストも……忘れられないのか」
書類の山に押しつぶされていたプロイセンは寂しげに笑い。
「よし、仕事止めてビールでも飲むか……って! おおおっ」
立ち上がった途端、更なる書類が雪崩を起こし、プロイセンは悲鳴を上げたのだった。
書き下ろし
リクエストの『ドイツ連邦でプロ×リヒ』でした。
ドイツのためならば冷血になれるプロイセンというイメージで書いてみましたが……
やっぱり馬鹿やってるプロイセンが書きやすいです。