「スイス、仕事の話しにきてやったぞ。感謝しろ~」
「いつもいってるが、窓からじゃなく、玄関からこいと言ってるであろうが」
「だってお前んちの玄関、セキュリティーがめんどくさくてな。
あ、リヒ遊びにきたぞ」
「ちゃんと手順を踏んで入ればいいだけであろう。
というか、遊びに来たわけではなかろう。今日は仕事の話で……」
スイスとプロイセンのいつもの会話。
最近はこの声が聞こえると、少しだけ安らぐ。
プロイセンのマイペースさにスイスが怒鳴り声を上げ、それでもやはりマイペースに事を進める。
彼らの為にコーヒーをいれようと台所へと向かった。
お気に入りのコーヒー豆を挽く。
さっぱり目が好きだから少し荒めに。
沸騰したお湯を火からおろし、一呼吸。あまり熱すぎても、コーヒーの風味を殺してしまうから。
最初に少しだけお湯を中心に注ぎ、軽く蒸らす。
それから、静かにお湯を注ぎ……
あらかじめ温めておいたお気に入りのカップに注いでいく。
さっぱり目のコーヒー。でも、疲れているだろうから、隠し味程度に砂糖をいれてみる。
ふんわりと立ちのぼる芳ばしい香り。
そろそろ話も一段落したころだろうか。
コーヒーに合う甘めの菓子を探し……
ドアをノックする。
「リヒテンシュタインです。入ります」
浮き足立つ心を抑え、静かに声をかけた。
二人はまだ仕事中で、資料を見ながら、意見を交わし合う。
いつもはスイスに怒鳴られてばかりのプロイセンだが、この時ばかりは真剣な眼差しで指示をする。
そんな姿も好きで、邪魔をしないよう、コーヒーをそっと置いた。
ちらりとプロイセンの瞳が彼女を捕らえる。炎のような瞳が。
「お、ナイスタイミング。丁度腹減ったとこだった」
「まて、ここの話がまだ終わってないである!」
叱責されるのも気にせず、彼女が持ってきたホットケーキを手にとった。
キツネ色にふっくらと焼けたホットケーキの上で、とろりと溶けるアイス。
その上いっぱいにカナダから分けてもらったメイプルシロップをたっぷりとかけた。
「菓子に手を出す前に、この動きに対して」
「あ~それはこっちに動かして、この一部をこちらに配置すれば」
すでにフォークを握りしめ、ホットケーキにかぶりついているが、的確に指示をとばしていく。
スイスはその指示を紙に書き留め、大きく頷く。
その間にも、プロイセンのホットケーキは小さくなっていき、最後の一切れを口に放り込んだ。
ちらりとスイスの手をつけていないホットケーキを見る。
スイスはじっくりと書類に目を通している。
プロイセンのフォークがホットケーキに静かに伸び、
「うをっ」
食卓ナイフがプロイセンの手元をかすった。
慌てて手を引っ込めるプロイセンに、スイスはするどい視線を向けた。
「……我が輩のに手を出すのではない」
「ぶー、食わないんだったらよこせ。俺が有意義に食ってやるから」
「食わないわけではない!だから、我が輩のに手出すな。そんな目で見るな」
いつもは冷静なスイスですら、どこか子供っぽくホットケーキを保守する姿に頬が緩む。
「ホットケーキはまだありますから」
ホットケーキ攻防戦に助け舟を出すと、攻め一方だったプロイセンの瞳が輝いた。
「よっしゃ~流石は俺のリヒ。大好きだ」
「さりげなく自分の宣言しているのではない。
……我が輩もおかわりするのであるから、残しておくように」
取られないように、書類を置き、ホットケーキを食べ始めるスイスに、
すでに二皿目に手を出し始めたプロイセン。
――最初にプロイセンに出会った時は、彼の奔放さに驚きもした。
しかし、あまりにも素直な行動に好意すらも抱き。
「んじゃ、今日は帰るからな」
「はい。またいらしてくださいまし」
優雅に一礼してから、微笑を浮かべる。
プロイセンも笑みを浮かべ、ちらりとスイスの様子をみる。まだ書類を片付けているらしい。
スイスの動きに注意しつつ、彼の顔が彼女に近づき……
「……んっ」
軽い口づけ。頬が赤く染まっていくのがわかる。
「またな」
対して、彼は全く動揺をみせない。
不敵な笑みを浮かべ、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
荒い手つきだが、それも心地よい。
彼女の後ろで睨みつける保護者の視線に気がつき、乾いた笑いへと変化する。
頬をぽりぽりと書き、片手を上げ、慌てて家を後にした。
そして、すぐに辺りに響く銃声音。
――いつからか、彼女は彼にひかれ、彼も彼女に引かれていた。
いつしか、二人は恋仲となり、秘密のキスを繰り返す。
スイスも気がついてはいるようだが、あえて見て見ぬ振りをしてくれているのは、愛故だろう。
だが、プロイセンだけは本当に気がついていないと思っていたりするのだが。
今日も仕事と言い張り、スイスの家を訪れる。
そして、いつものように彼女の入れてくれるコーヒーを味わい、そしていつものように……
と、いけばよかったのだが、今回ばかりは少し様子が違った。
「いい胸してんな」
仕事の話の合間、時折混ざる雑談。
つけていたテレビに巨乳の女優が出た途端、彼の唇からぽつりと出た言葉。
隠さない、隠す気もないエロさにスイスは睨みつけるだけで、特に突っ込みを入れなかったのだが。
「こう、揉みごたえのある胸はいいな。
あ、そここっちにやった方が効率的だ」
「……そうであるか。じゃあこちらは」
「これはこっちで
で、スイスはどうなんだ?
そっち方面は。やっぱおっぱい重視か?」
「……これは?」
「ああ、これをもう少し減らして……
で、胸か尻か?
それとも両方か?」
仕事の話の合間にエロ話を振って来ていたが、しばらくは聞き流していたのだが。
「お前もおっぱい魔人って事なんだな」
空気を読む気がない発言に、何かが切れる音が聞こえた気がした。
ライフルに充填される音、鋭く光る瞳。
「そこに直れ!!一度蜂の巣にしてくれる」
とうとうキレたスイスがライフルを連発する。
逃げ惑うプロイセン。そして、それを偶然聞いてしまった少女が一人。
「それじゃあ、今日はこれで帰るな」
「ええ。ごきげんよう」
いつもの帰り際の儀式。
スイスの行動を確認し、顔を近づけて、
「あ、忘れていましたわ」
彼女が体を翻し、背を向けてしまったので、彼はバランスを崩し、前のめりに倒れ込んでしまった。
「そんな所で寝ていては風邪ひきますよ」
……見下ろす彼女の瞳が一瞬だけ冷たく感じた気もしたが。
「ん、まっいっか」
ポジティブ精神の塊のプロイセンは、特に気にする事はなかった。
「仕事に来たぞ。歓迎しろ~」
「だから、玄関から来いと何度も」
いつもの会話。いつもならば、このあたりで彼女が笑顔で迎えてくれるのだが。
辺りを見回すが、それらしい人物の姿はない。
「あー、リヒテンシュタインならば、先程買い物へと」
「そっか。そうか……」
明らかに元気のなくなっていく姿に、スイスは苦笑を浮かべた。
こんなに感情を隠さないで、彼女と恋仲という事をまだ隠しきれていると思っているのが凄いというか。
犬のように尻尾があったのならば、確実に尻尾は垂れている事だろう。
「あー、うんまあ……じゃ、コレが概要だ。んじゃな」
「まて」
書類だけを手渡し、回れ右で家を後にしようとするプロイセンの首根っこを捕まえた。
「用事は済んだんだろ。リヒがいないんじゃ美味しいもん食えんし、帰る。
ヴェストにでも何か作って貰うから」
「遊びに来たわけではなかろう。まだ仕事は残ってるから、おとなしく仕事をするである」
「はーなーせーかーえーるー俺は帰る~」
じたばたと抵抗するプロイセンを引きずり、仕事部屋へと向かう。
あまりにも子供のようなだだのこね方に、スイスの額に青筋が浮かんだ。ライフルに手を伸ばし……
玄関の開く音。途端にプロイセンは目を輝かし、スイスの手から逃れ、玄関へと走る。
「リヒ~お帰り」
会えなかった反動か、スイスの視線など気にせず、抱きしめようと腕を広げ、
「あら、ごきげんよう」
さらりと受け流すと、彼の横を通り過ぎた。
広げた腕が空しく空気を掴み、
「ちぇっ、照れてるのかよ。ま、いいが。今日もリヒのおやつ楽しみにしてるからな」
気にせずに、大きく手を振って後姿を見送った。
――そこで彼女の変化に気がついていれば、軽症ですんだだろうが――
「これはこうやって……っと」
「ふむ。相変わらずの手腕であるな。それではコレはこうして」
「いやいや、むしろソレを動かさず、こっちの一部とあっちの一部を動かせば」
的確に指示を飛ばしていくプロイセン。
しかし、時間と共に落ち着きが無くなっていき、ちらりちらりと台所の方向を見つめていた。
こうなってはさすがに仕事もはかどらない。
ため息を一つつき、プロイセンと同じように彼女が入ってくるであろうドアを見つめた。
丁度扉が開く。お盆の上には白い湯気を立てるカップとスコーン。
「ををっ、リヒ、今日はスコーンか。腹減ったぞ」
机に置くやいなや、プロイセンはスコーンを手に取った。そして大きく口を開け、それを頬張り。
「ん、やっぱりリヒの菓子はうま……うま?」
動きがぴたりと止まった。顔が青ざめる。
口の中のスコーン……いや、『異物』を吐こうと唇を開きかけたが、食べ物を粗末にする事などできず、勢いで飲み下す。
口からは消えたはずなのに、未だに口の中を支配する異質な味。
その味を排除するために、コップを手に取り、勢い良く飲み干した。
……そこで二度目の衝撃を受けることになった。
今度は口の中に広がる妙な甘ったるさ。まずくは無いが、甘すぎる。とてつもなく甘すぎる。
口の中が焼けるよわうな甘さ。
飲み干したカップに残されていた液体を見る。コーヒーの色ではない。まるでミルクにコーヒーを入れたぐらいの白さ。
いや、コーヒー牛乳の方が甘さは抑えられているだろう。
一番近いのは……ベトナムコーヒーか。そのコーヒーに更に練乳と砂糖を足したような甘ったるさ。
さっぱりしたコーヒーを好むプロイセンにとっては、かなり衝撃の味だった。
机の上で死に掛けているプロイセンと、すました顔で彼を見つめているリヒテンシュタイン。
そんな対照的な二人に、珍しく動揺を見せるスイス。
「あー……リヒテン、お前は何を?」
「イギリス様から分けていただいた手作りスコーンと、日本様から頂いた加糖練乳入りコーヒーですの。
お気に召してくださったようですわね」
随分と冷めた声。そこでスイスは彼女の変化に気がついた。
表情を見ようと、彼女の顔を見上げる。影になって見難いが、微かに泣きそうな瞳。
その瞳が見つめていたのは、死に掛けているプロイセン。
最近の行動を振り返った。前はプロイセンが来る日は、朝から落ち着かなくなることが多かったが、
ここ二・三日はため息をつくことが多くなった。
つまり。
「プロイセン、貴様、リヒテンに何かやったであろう」
瀕死状態のプロイセンにライフルを突きつける。彼の事だからきっと簡単には思いつかないだろう。
予想通り青ざめた顔でスイスを見上げ、少し考え込み首をかしげた。
「さあ、それは俺が聞きた……」
「プロイセン様のばかぁぁっ!!」
感情的なリヒテンシュタインの声が家に響き渡った。
次々と投げつけてくる文具品をどうにかかわし、泣きじゃくる彼女へとかけより、肩に手をふれ、
「触んないでくださいまし!」
ケースに入った缶コーヒーがプロイセンの頭にクリーンヒットした。
きっと先ほどの甘ったるいコーヒーなのだろう。黄色い缶がばらばらと床に転がっていく。
溢れ出す涙を拭うこともせず、肩を震わせる。
「プロイセン様なんて……ウクライナさんの胸で窒息してしまえばいいんですっ!!」
あまりにも気の抜けそうな捨て台詞を放ち、彼女はその場から姿を消した。
だが、スイスはこの言葉で、彼女が不機嫌になった原因を理解した。
意識が朦朧としているプロイセンの前にしゃがみこむ。
「……完全に貴様が悪い。今日中に原因を理解した上で、きちんと謝るがいい。
我輩は席外してやるから、ゆっくりと話し合え。ただし」
瞳が鋭く光る。ライフルの銃口を頭に突きつけ、
「……リヒテンに不埒な真似をしようとするならば、死を覚悟しておけ」
それだけ言い放つと、スイスは立ち上がり、部屋を後にする。
一人残された部屋で、消え行く意識の中、彼女の泣き顔だけが瞳に焼き付いて離れず。
「……畜生」
小さく呟くと、意識は闇に閉ざされた。
見慣れぬ天井が目に入った。
ぼんやりと見上げ、現状を把握しようとする。
リヒテンシュタインの食物攻撃を受け、その後、直接攻撃も食らい、昏倒して……
痛む頭に手をやり……額に乗せられたタオルに気がついた。
冷たいタオルが、痛む頭に気持ちよい。
このような事をスイスがするとは思えない。そうすると……
自然と目に浮かぶ光景。きっと殴った後、そっと様子を見に来たのだろう。
で、倒れている彼を見て……
「あーもう可愛いぞ」
ぽつりと呟いてみる。
「ま、ここで寝ててもしょうがねーし、リヒと話し合ってくるか」
重い身体をどうにか起こし、二階にある彼女の部屋へと向かった。
怪我を負っている身としては、彼女の部屋までに仕掛けられている罠を越えていくのは一苦労だったが、
満身創痍になりながらも、どうにか部屋の前までたどり着いた。
「くぅ……スイスの野郎。俺を殺す気だろう。こんな罠仕掛けやがって」
ドアに手をかけ、開けようとするが、全身の力が入らずドアの前にずるずると座り込んでしまった。
扉に背を預ける。耳を澄ませば、微かに聞こえてくる啜り泣きの声。
罪悪感があふれ出した。理由はわからないが、彼女が泣いているのは自分の責任なのだ。
「畜生。だから女は泣き虫だから嫌いだ」
昔だったら、本当にそう思っていただろう。
しかし、今は彼女を愛している。愛しているから、本当に嫌いなのは泣かしてしまった自分なのに。
ぼんやりと天井を眺め……
「あーもう俺らしくねぇ!! リヒ、出て来い!! じゃないとドアぶち破るぞ」
忙しなくドアをノック……いや、叩き壊す勢いで叩いた。
ドアの内側で動く気配。ドアの側までやってきたのだろうか。
「……侵攻してきたら、中立国として徹底抗戦させていただきますわ。ご覚悟を」
中から聞こえてきた声。できる限り冷静な声をだしているつもりなのだろう。
だが隠し切れず、言葉の端が微かに震えていた。
その声に、罪悪感が募る。
「……すまん。とにかくすまん……謝らせろ。だから、扉開けてくれ。お前の顔が見たい」
珍しく殊勝な態度に、部屋の中の彼女の動きが止まった。
しばらく沈黙の時が流れ、鍵のあく音。
「……鍵は開けました」
小さな声。ノブをまわすと、あっさりとドアが開いた。
「入るぞ」
一応、言葉をかけ、部屋の中へと入った。
女の子らしい暖かな装飾。壁には様々な切手と兄ととった写真。そして、机の上に伏せられた写真立て。
彼女はベッドの上で大きなクマのぬいぐるみに顔を埋めていた。
前に気まぐれにプレゼントしたぬいぐるみ。
あれはドイツが活き活きと買ってきたクヌートの巨大ぬいぐるみの始末に困り、押し付けるようにプレゼントしただけだったのに。
未だに大切にしていてくれたことがとても嬉しい。
緩む頬をどうにか押さえ、1歩彼女に近づき、
「近づかないでくださいまし! 私とプロイセン様はまだ交戦中なんです! だからそれ以上近づいたら戦う覚悟で」
悲鳴に近い声に、彼の足が止まった。
「交戦って……喧嘩してるだけだろ。そんな大げさな」
「いえ! オーストリアさんが戦った時、私もお手伝いしてました! だから、まだ終わってないんです!」
「あ~貴族との戦いん時か。確かにお前もいたが、あれはもう俺の勝ちだったし、そもそもお前はほとんど戦わなかった……」
「それでも! 講和条約で私について何も書かれていませんでした! だからまだ続いているんです!」
もう悲しみのあまり、混乱しかけているのだろう。クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、声を荒げる。
今、スイスがいなくて本当に良かったと思った。こんな彼女の姿を見せたら、命はないだろうから。
「う~ん……リヒ、あのな……」
「いやです! プロイセン様の話なんて聞きたくないです!」
何を言っても聞く耳を持たない彼女に、頭をがしがしとかいてから、大きく息を吸い込んだ。
こちらを見ようとしない彼女に鋭い視線を向け、
「うるせぇ! 黙れ!」
一喝した。突然の怒号にきょとんとした顔を彼に向けた。
「やーっとこっち向いてくれたか」
安堵の表情を浮かべ、彼女に歩み寄り、
「こないでください! いやです!」
それでも彼を拒否する彼女の腕を少し強引につかんだ。
必死に振りほどこうとするので、両腕を押さえつけ、ベッドに押し倒す。
涙に濡れる瞳を見るたびに、胸の奥がちりちりと痛い。だが、こうでもしないと話を聞いてくれないだろう。
まっすぐ瞳を見つめた。
「そんな昔の事気にするんだったら、望み通り講和条約に追加してやる。
まず、俺を見ろ。そして話を聞け。……これであん時の戦いには終止符は打たれただろう」
彼女は涙を浮かべたまま、小さく頷いた。だが、まだ表情は硬い。
軽くおでこにキスをしてから、もう一度瞳を見つめた。
「それで、本題だが……何でお前は機嫌が悪いんだ?
……俺、鈍感な所あるから、はっきり言ってくれないとわからねぇ」
自嘲気味の笑みを浮かべた。しばらく彼女は彼の瞳を見つめ……ぽろぽろと涙をこぼした。
強気に出てるとはいえ、男というものは女の涙には弱い。慌てて手首を解放してやる。
「え、あ、手首痛かったのか? すまん、そんな強く握ってたつもりは無かったのだが。泣くな泣くなぁっ!」
はっきり言って女子供の相手は苦手だ。特に泣くモノは。
どうやって慰めていいものかと部屋の中を見回し……先ほどまで抱きかかえていたクマのぬいぐるみと目が合った。
不意に昔の記憶が蘇った。泣いていたイタリアを慰めるハンガリーの姿。あの時は……
クマを手に取る。羞恥心やら男のプライドやらが手の動きを止める。
しかし、彼女を慰めるためには、そんなものをかなぐり捨てなければいけない。
何度か深呼吸し、クマを握り締め
「か、『可愛いリヒ、泣き止んでくれないかなぁ』」
クマの腕をつかんで操ってみせる。緊張のせいか、妙に甲高い声になってしまったし、おもいっきり噛んだ。
きょとんとした彼女の瞳が彼を見つめた。途端に顔が火照ってくる。
クマに赤くなった顔を隠す。沈黙を保つ彼女の様子を見ようと、クマを少しずらし、
「ふふっ、うふふふっ……プロイセン様、なんだか可愛い……ふふっ」
「あー、リヒ、俺は必死にやったのに笑うな!」
微笑が戻った事に少しだけ安堵しつつも、笑い続ける彼女に飛びかかった。
ベッドに再び押し倒される。しかし今度は笑いながら。
じゃれあうようベッドの上で身体を絡め、自然と唇が重なり合う。
一度、二度、ついばむ小鳥のように何度も唇を重ねる。
柔らかい髪が手に気持ちよい。暖かな唇が随分と久しく感じる。
愛おしい白い首筋に唇を落とし、首元のリボンを解いた。
解くだけでいつも心が熱くなる。清純な少女の秘密の鍵を開けてしまった気がして。
抱き寄せ背中にあるファスナーを下ろした。
細い肩からワンピースが軽い音を立て落ちる。可愛らしいブラジャーが露になった。
手で胸を隠そうとするので、そっと手を押さえつけ、胸元へとキス。
「ふぁ……や、見ないでくださ……んっ」
「やだ。こんな可愛い胸を隠そうだなんて俺がゆるさねぇ……って、おい」
笑っていたはずの彼女の瞳に、再び涙が浮かんだ。
「え、おい、何でここで泣くんだよ。俺、何か痛い事したか?」
反射的にベッドの上で正座してしまうのは、ドイツに説教をされなれた後遺症か。
彼女を慰めるための言葉を探すが、中々出てこない。
こういう時は。
「すまん。なんだか知らんがすまん。俺が悪かった」
「……んっ、いえ胸が可愛くてすみません。プロイセン様の為に大きくなって見せますから見捨てないでくださいまし」
土下座する彼を涙目で見つめる彼女の言葉に、やっと今回の原因がわかった気がした。
「あー、そういえばそーいう話した気がするが……俺は別に小さい胸も嫌いでは」
と、そこで再び地雷を踏んでしまった事に気がつき、恐る恐る彼女の方を見た。
涙が瞳から溢れそうになっている。
これ以上言葉を重ねても別の地雷を踏みそうなだけだから……
「よし、俺が大きくしてやる」
優しく押し倒し、柔らかな胸に手を伸ばす。遠慮がちに膨らんだ胸。ブラジャーをたくし上げ、両手で包む。
「ひゃっ、あ……ぅ」
確実に快楽を感じていることを確認し、指を動かした。
「俺はな、確かに大きな胸が好きだ。だが、お前の胸はお前のだから、何よりも好きだ」
耳元でささやいてみせる。そのまま、軽く耳に息を吹きかけた。
「ふぁ……ん」
びくりと反応を見せる彼女に、満足げな笑みを浮かべ、可愛らしい胸に口付けを落とす。
ほんのり膨らんだ双丘。その頂点に色づく桃色の突起物。
微かな谷間に顔を埋めた。頬に当たる柔らかな感触。鼻をくすぐる少女独特の甘い香り。
「あ~なんか落ち着く」
圧迫されそうな肉厚な胸もすきだったが、ふんわりと顔を包んでくれる小さな胸、特に彼女の胸が好きだ。
胸に包まれ、視線を横に向ける。ほんのりと色づいた突起が目に入り、指で軽く弾いてみた。
「ふゃ…やぁっ」
甘い声と共に、突起が軽く震えた。まだ柔らかな突起を指先で軽く転がす。
最初はくすぐったそうに声を上げていたが、徐々に甘ったるい声へと変化していった。
それとともに、彼の指の中の突起も硬さを増し、つんと空を仰ぐ。
片方の突起を口に含み、軽く吸い上げる。何か出ないかと期待をしてみたが、何も出そうに無い。当たり前だろうが。
「あぅ……や、ダメです…そんな吸ったら……くぅ…私壊れちゃう……怖い」
彼の頬を手で押し、抵抗しようとするが、そんな事は気にせず、強く吸い上げる。
片方の手で柔らかな胸を撫で回し、もう片方の胸は突起を口で転がす。
揉むほどの大きさは無いが、滑らかな肌にほんのりと膨らんだ丘。
胸だけに目を向けると、幼子をもてあそんでいる錯覚にも陥るが、可愛らしい喘ぎ声をあげる彼女は妙齢の少女。
頬を赤らめ、彼の舌の動きに敏感に反応してくれる。
幼さを残す胸と淫猥な声。アンバラスさに彼の熱が高まる。
指の合間から硬くなった突起が姿を現す。それを再び手のひらに押し込め、指の付け根で転がしてみた。
頭を抱える腕。強く力がこもり、彼を抱き寄せる。
「いや…ふぁあっん、プ……プロイ……センさまぁ……はぁんっ!!」
一段と声が高くなり、大きく身体全体を振るわせた。そして力が抜けたようにくたりとベッドに横たわった。
「ん、胸でいったか。本当可愛いな。リヒは」
肩で息をする彼女に唇を重ねる。
汗で額にくっついた金色の髪を指で払い、額にも口付け。
そっと下半身に手を伸ばせば、すでにじっとりと濡れた感触。
「もうこんなに濡れてるじゃねーか。結構エッチなん……こほん」
いつもの調子で言葉で虐めてしまいそうになったが、今回ばかりはそれは自重する。
もう泣き顔は見たくないから。笑っていて欲しいから。
彼女の表情を確認する。心配するあまり、自然と首を曲げていた。
それは犬があおずけを食らったような表情で。
頬が緩む。思わず手を伸ばし、彼の頭を撫でてみる。
「続き……お願いします」
頬を赤らめ、消え去りそうな声で呟いた。
「よっしゃ! まかされたぜ」
ロマンの欠片すらなく、自らのズボンを下ろす。すでに元気になった陰茎が顔をだした。
何度見ても見慣れぬ事の無い男の性器に、少しだけ顔を背け……すぐに真っ直ぐに視線を彼の瞳に向けた。
彼の手が下着にかかる。軽く腰を浮かせ、下着を脱げ易いようにした。
可愛らしい白の下着がしなやかな足から外された。中心部分がすでに濡れていて、女性特有の香りが鼻をくすぐった。
さりげなく下着をズボンのポケットにしまいかけ、彼女に腕をつかまれる。
「……プロイセン様……」
「……ダメか?」
少し強めに『ダメ』といいかけたが、彼のあまりにしゅんとした表情に毒気が抜かれてしまったらしく、小さくため息をついた。
「お気に入りですけれども……しょうがないです。その代わり、今度可愛いの選んでくださいね」
「よーし、思いっきりエロいの選んでやる。楽しみに……む?」
むっとした顔で彼女は彼の頬を指で引っ張った。
しばらくにらみ合いが続き、
「ぷ……ふはははっ」
「ふ……ふふふっ」
すぐに二人は笑い始める。笑いながら胸を合わせ、足を絡め、唇を重ね。
「愛してるぞ。リヒ」
「愛してます。プロイセン様」
いつもの儀式。それから彼自身を中へと進入させてき……
何度入れても慣れぬ彼女の中。幾度となく求めても飽きぬ身体。
強く優しく彼を包み込む。とろりと溢れ出す蜜が潤滑液となり、彼の動きを補助する。
激しく腰を打ち付ける度、蕩けるような甘い声をあげ、彼を求め続けた。
その声で、彼自身の熱が高まる。熱くなる身体を彼女に押し付ける。
「……ふぁ……んっ、や、熱いっ…プロイセンさま……んっ、強くもっと……ふぇ」
いつもは清楚な彼女が、乱れた姿で求める姿が愛おしい。
彼にだけ見せてくれるもう一つの姿。
唇を重ねれば、拙いながらも舌を絡ませてくれる。唇を離せば、少し照れたような微笑。
「…くっ、畜生、やっぱお前には勝てん」
彼女だけに聞こえる彼の敗北宣言。
もう一度、腰を深く押し付け……精を放ち……
「……リヒテンの事は愛している。愛しているから、我輩は妹の幸せを願ってだな。
だから、何であんな輩をリヒテンが!」
カップのコーヒーを一気に飲み干し、机に叩きつける。座った瞳で、横に立つ女性、ハンガリーに視線を向け、
「おかわりを要求するである」
まるで酔ったかのようなスイスの行動に、目の前に座っていたオーストリアが困ったようにずれた眼鏡をなおす。
「だからといって、彼女達の逢瀬のたびに、私の家に来るのはやめてくださいませんか?」
「黙るのである! 今日は我輩の話を聞くべきである! だから……」
酔っ払いのからみ酒。リヒテンシュタインの出会いから始まり、得意な料理やら彼女の失敗話など、延々と続く話。
いつもの事なのだが……
ちらりとコーヒーのカップを見つめ、ハンガリーに目配せをした。
ハンガリーはすぐに気がついたのか、首を横に振った。
つまり、そのコーヒーにはアルコールの類入っていないということ。
毎回、コーヒーだけでこんなに酔ったように話せるのがスイスの凄い所というべきか。
二人同時にため息をつき、
「聞いているであるか!」
カップが机に叩きつけられる。陶器がぶつかる音が当たりに響き渡り。
「はいはい。聞いていますよ。
それよりもカップが割れますから、叩きつけるのはおやめなさい。お馬鹿さんが」
「そんな事よりあのリヒテンが……」
終わりなき、幼馴染であるスイスの愚痴。
きっと夜遅くまで続くなと思いながら、一人分余分にかかるであろう食費に、オーストリアは大きくため息をついたのだった。